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半竜の研究者は世界の秘密が知りたい  作者: 紺ノ
過去と未来と新たな誓い
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森で過ごすみんなの話

「マキラバと外の気温違いすぎだ。寒ぃ」


 ウィン・ホートの森の中にある不格好な一軒家に雪が積もり始めていた。そんな屋根の上でラッドが分厚いコートを着て、トンカチを振っている。


「なにやってるんだ」

「オリフィスに屋根補強してくれって言われたからやってるんだぜ」


 背が高く、枝と幹が太くて丈夫な木々に守られているので、屋根が壊れるような積もり方はしない。時折、木の枝に貯まった雪が落ちてきて屋根を貫通してくることはある。


 俺やオリフィスなら寝ていても、枝から雪がずり落ちる音に気づいて警戒態勢になる。メリアとラッドは下手したら雪に埋もれたまま凍死か窒息死だ。


 オリフィスの指示は間違っていない。気にくわないが。


「足元滑らせんなよー」

「あいよ。あぁ、そうだ。中に入ったらちゃんと褒めるんだぜ?」

「何をだよ」


 俺はラッドの言葉の意味が分からないまま、家の扉を開けた。


 すぐに火のついている暖炉の前を陣取って俺は手を伸ばす。


 戻ってきた時には飾り気のなかったはずの家のテーブルに赤い布が引かれていた。丸太椅子にも尻が痛くないようにするためか、クッションが置かれている。


「ただいまぐらい言えないかな?」


 奥から背の低い金髪の女性が出てくる。ただ、様子が少しおかしかった。


「メリア、髪を切ったのか」


 長かった金髪はバッサリと着られて首筋が丸見えだった。


「前から言ってたじゃん。悩んでるって。ラナティスにいた頃は気にならなかったけどこれから逃亡生活するなら邪魔になるかなーって。それに手配書とかにも長い金髪って書かれてるハズだし」

「あー、まぁ、そうなんだろうけどなぁ」

「もしかして、長い髪の方が好みだった?」


 メリアがひょこひょこ寄ってきて、心配そうな顔をする。


「長い髪しか俺は知らないから違和感がすげぇだけだ」


 ここまで言って、俺はラッドの言っていた意味を理解した。


 ――褒めろってメリアの髪か。しかしどう言ったものか。


「そっかそっか。まぁ、そうだよね。初めて会ったときからずっとあの髪型だったし。って、なんで難しい顔してるのかな?」


 ――思いつかねぇんだよ。まともに褒めたことないから。


「機能的に考えて、長い髪よりも短い髪の方がいいかもな。これからうんと寒くなるし乾くまでに下手したら凍るしな。手配書のことも考えるといい判断だと思う」

「わー、めちゃくちゃ早口だ」

「うっせぇわ」


 メリアは苦笑して、どこかへと向かっていく。歩いている方向にあるのは風呂釜だ。


「イヴァン、火だけ魔法で着けてよ。お風呂の準備してあげるから」

「してあげるって、なんで」

「めっちゃ薬臭いからかな。オリフィスが帰ってきたらご飯にするからそれまでに入っちゃいなよ」


 屋根の補強をラッドがしていたから薄々気が付いていたが、オリフィスはいないらしい。


「あのバカどこいったんだよ。ラッドとメリアはロクに戦えないってのに」

「ついさっき買い出しに行ったよ? 情報収集もしてくるって」


 村まで片道半日以上かかる道もオリフィスなら一時間前後だろう。しかし、日が暮れ始めようとしている時間に行くのは問題だ。夜行性の魔獣や魔物がうろつき始める。


 死ぬことはないにせよ、買ってきた物に釣られて俺たちの一軒家に寄ってこられると面倒くさい。賢い魔獣や魔物なら家の前を定期的に張り込みするようになってしまうのだ。


「なんでまたこんな時間に……」

「『ヴァンのヤツは絶対ギリギリまで帰ってこない。ヒント掴みそうな時ほど帰ってこない。下手したら説教コースになるサ』って言ってた」


 ――当たってるだけに何も言えねぇ。


「あとオリフィスの変装ってすごいよね。声も身体つきも自由に変えて変装できるなんて。今日はお婆ちゃんになって外に行ったよ!」


 興奮気味のメリアを尻目に俺は一人用の風呂釜の前で魔導陣を描き、火を出していた。


 風呂釜の下に火がつく。風呂釜の中を覗くと、水の表面が凍り始めている。二十分もすれば人が入れるようになる。


「アイツの変装のおかげで外に出れない俺たちは外から物資と情報集めできるからその辺はありがたいわな」

「私にお礼を言うんじゃなくて、オリフィスに直接言ったら?」

「死んでも嫌だね」

「嫌ってた理由も今は全部なくなったんだからもういいんじゃないかな、って」


 メリアの言う通りだった。


 オリフィスが師匠の研究資料を奪い、師匠から学んだ魔法と魔導で悪事を働いていることが許せなかった。嫌いだった。オリフィスの行動の意味を知り、理解できている今はオリフィスを憎む理由がない。前ほど嫌っていないからこそ口数は少ないが、雑談もするようになっていた。


 まだ許せていないのは、俺の問題だった。


「整理できてねぇんだよ。こちとら十年近く恨んでたんだ。その相手が実は俺のことを気にかけてたとか言われても、な」

「整理、できるといいね」

「こっちも十年かかるかもな」


 ――面倒だな。この世界も、俺たちも。


「……十年も生きていられるかな」


 暗い声でメリアがぼそりと呟いた。


 俺たちは紅い竜から逃げている。見つかれば死。今こうやって生きているのも奇跡に近い。いつ見つかるか心中は穏やかではない。


「なんとかするしかないだろうが。紅い竜のせいで世界がどうなろうが俺にとっちゃどうでもいいけど、俺の周りが死んだり苦しむ姿だけは見たくない。メリアもラッドも。ついでにおまけにおまけでオリフィスもだ。だから黒竜(ズー)の俺に任せろよ」


 最後に笑ってみせると、メリアは顔を紅くして素早く後ろ歩きをした。


「なんで離れるんだ」

「いやー、その、イヴァンからそういうセリフを聞くことになるなんて思ってなかったから、不意打ちというのかな……」

「言わなそうっていうのは自覚あるよ」


 俺は服を捲って風呂釜に腕を突っ込んで、水が温かくなっているか確認する。上はまだ冷たいが、底の方は暖かい。思っていたよりも早くに入れそうだった。


 風呂が沸くのを待っている間に服を洗ったら、ちょうどいいタイミングかもしれない。


「自分の服、ついでに洗うからメリアは他の部屋行け」

「あー、うん。わかった」


 メリアがキッチンの方へとてとてと歩いて、俺の視界から消えた。


「言うの忘れてたけど、メリアは元が美人だ。髪の長さは関係ないぞ」

「ぴえっ、ぱぶっ!?」


 遠くでモノが崩落する音がした。メリアが転んで何かに突っ込んだのかもしれない。


「なんでそういうこと言うかなー!!!」


 メリアの声が聞こえて安心した俺は服を脱ぎ始める。


 服を左肩の竜の鱗で破かないように脱いでいく。風呂場に鏡や窓はない。背中の鱗を自分で見る手段がなかった。


「写本、背中確認してもらっていいか」

「いいよ」


 写本が俺の胸から飛び出し、背中付近で浮遊する。


「どうだ?」

「鱗が四枚。範囲も少し拡大中、ってところだね」


 魔臓を使って半暴走状態になる竜化。俺は確実に竜へと近づいていた。おそらく魔臓を制御できたとしても竜の侵食は止まらない。確信めいたものが俺の中であった。


「紅い竜を倒すまで俺は人の形でいれると思うか」


 俺は風呂釜の水を桶にいれて、脱いだ服を水に浸した。


 水に反射したのは、明らかに落ち込んでいる自分の顔だった。


「僕が侵食を抑えるよ。グレンの気持ちをないがしろにして、今の世界を作った僕の罪なのだから。すべてを終わらせるまで僕のできることをしよう」

「頼んだ。侵食を抑えてくれるなら代わりに黒竜(オレ)がすべてを終わらせてやるよ」


 俺と写本は小さく頷き合うのだった。

リアルが忙しい……たちけて……。


意訳:更新は絶対するけど、頻度は低めです。

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