使い物にならないのが一人
「本当にオウラスの魔力生成を感知するだけでいいんだな」
「黙って感じるのじゃ」
マキラバの幹へ入る穴で俺は巨大な梟型の魔獣、オウラスゲイルの隣で座って、集中する。
感知対象はオウラスゲイルの中にある魔素と魔力。魔臓で何をやっているか感じろ、と言われて俺はふわふわのオウラスの羽毛に右手を突っ込んで直接オウラスの温かい肌を触る。
空気を肺の中に取り込むように魔素が魔臓に入って膨らみ、緩やかに魔力へと変わる。生成された魔力は並みの魔法師では扱えないほど荒々しい魔力だ。
魔素分解時に本来ならやっている行使する魔法に適した魔力へ変換する工程がないからだろう。質もかなり高い。アンバランスで、じゃじゃ馬な魔力すぎる。
――こんなの魔法にぶち込んだら暴発するの確定じゃないか。魔臓が使えるようになってもロクに戦えないんじゃないのか?
「私もモフモフもう一回触りたい」
「別にイヴァンくんは気持ちいから触ってるわけないぜ?」
「触りたいなら後で触らしてもらえばいいサ」
「お願いしたら、触らしてくれるかな?」
魔臓の扱いを覚えようとしている俺の後ろでギャラリーとなっている三人が騒がしい。
「真剣にやってるのが馬鹿らしくなってきた……」
オウラスの中の魔素がすべて魔臓の中で分解され、生成された魔素は膨れ上がった魔臓に蓄積された。
感覚的に何をすればいいのかは掴めた気がする。
「ほれ、やってみなさい」
「俺が魔素の分解やったら紅い竜飛んでこないか」
「ここがどこだと思っている。魔素と魔力の流れを封じ込めるマギラバだ。ここなら外に漏れ出す心配もない」
「なるほど。じゃ、やってみるか」
息を細く、そして長く吐いて、魔素の感知能力をいつも以上に鋭くさせる。
少量ずつ魔素を魔臓に取り込むイメージで腹の力を入れた。
ふと、疑問に思い、俺はオリフィスの顔を見た。
「俺ってどこに魔臓があるんだろうな」
「オレが知るはずないサ」
俺が眉を眉間に寄せて困らせていると、白竜に腹の下部。右側面あたりを触っていたのを思い出す。
どのあたりに力を入れるかイメージしやすいように白竜が触っていた部分を右手の人差し指で押さえる。
「再チャレンジだ」
魔素を魔導陣で分解するときのように集めて、口から魔素を吸い込む。味のしない液体と固形物の間ぐらいの違和感が喉を過ぎ去り、身体の中を下に下に落ちていく。
耳の奥で高い音が鳴り始める。軽い魔素中毒の症状の一種だ。
右手の指で押さえている場所に魔素を溜め込むところまでは成功した。しかし、身体への負担が大きい。
体温は一気に上がるし。呼吸が苦しくなる。
「おいおい顔色悪いぜ!?」
「魔素は人間の身体には毒サ。魔臓があるとはいえ、ベースは人間。無毒な魔力にするまで相当な苦痛を伴うのは当たり前サ」
足を開いて踏ん張っていないと、腰から崩れ落ちそうになる。身体の中にトゲだらけの異物を取り込んだ気分だ。
「ここで、分解する!」
いつもの魔力生成と同じ要領で分解する。魔素が粉々になり、純粋な力に変わっていくのが魔導陣で実行したときよりも直接的に伝わってくる。
――それはもう、過剰なまでに。
「おえぇぇぇ!!」
その場で四つん這いになって、イヴァンは胃酸と一緒に血を吐き出す。
魔素も魔力も身体にあったものがすべて抜け出してしまう。空気も吐いたのか、眩暈もする。
「イヴァン!?」
「マジかよ! ちょい、水だ落ち着いたら飲め!」
慌てて寄ってきたメリアが俺の背中をさすって、ラッドが持っていた布製の水筒を持って、横で心配そうにしゃがみ込んだ。
「フォッフォッフォ、魔素の毒に耐えきれぬだろう」
したり顔で見下ろしてくるオウラスゲイルを俺は疲労困憊の状態で睨んだ。
「下手したらこんなの死ぬわ、ボケが!」
ラッドの持っていた水筒を奪って、口に少量の水をふくむ。口の中に違和感がある。うがいをして、マギラバの外へと水を捨てた。
口の中にまだ違和感が残っているがいくらかマシになる。
「それを覚えねばならぬのだろう。痛みに慣れるしかあるまい」
「痛みだけじゃねぇぞ、これ!? 分解中は軽く発熱するし、魔力生成終わる手前で腹の中で魔力と魔素の混合物が暴れまわって破裂するかと思ったわ!」
「あ、これマジギレのイヴァンだ」
「当然だろうが! 死にかけることならあらかじめ言えって! 師匠もオウラスゲイルもなんで言わないんだよ!」
「そもそも魔獣や魔物は耐えれるものだ。人間のことなぞ知らぬわい」
オウラスゲイルの言い分も分からなくないので俺は歯ぎしりをして睨みつける他なかった。
「魔臓の使い方を覚えるのを止めるか?」
「やるよ! こっちは使えなかったら使えなかったで命が脅かされるんだ! なんだってやってやらぁ!」
ヤケクソ気味に叫ぶ俺。
間髪なしにまた魔臓での魔素分解にチャレンジする。
ラッドとメリアが若干、引いていた。
「なんかいつものイヴァンくんと違うぜ……?」
「先生と修行しているときのヴァンはこんなのだったサ。いつも気力で無理くり乗り越えてくる」
「研究者だよね? ね?」
「正直、ヴァンに研究者なんて大人しいものは合わないんサ」
「おえぇぇぇぇ!!」
「なんで休憩なしにやるのかな!? かなぁ!!!」
「待っで、たたぐな……うぷぅ!?」
メリアのさする手は叩きに変わり、俺に新たなダメージを与えた。
次回、8月21日更新予定(急な予定が入ったから……すみません)