会わせたい人が一人
「ほっ! そりゃ、 よっと!」
俺たちが通ってきた階段からメリアの声がした。
「この木はどうなってるんだぜ?」
飛びながら階段を下りてくるメリアの後ろにはラッドがいた。壁を軽く叩いて不思議そうな顔をする。
オウラスゲイルにお願いして、家にいたメリアとラッドを迎えに行ってもらっていた。変にオウラスゲイルが警戒されないように俺は手紙を持たせて向かわせた。
「二人とも来てくれてありがとう。いや、マジで」
「大きなフクロウの魔獣についてこいって言われてびっくりしたかな」
「で、この手紙の会わせたい人って誰だぜ? 禁域に来る人間なんていないはずだぜ?」
俺は両手で顔を隠した。
「正直に言う。会わせたくない。でも俺とオリフィスはあの人に逆らえません。察しろ。そして助けろ」
「……言葉遣いが変になってるぜ」
「おやおやァ? 助けろとはどういう意味かな弟子二号?」
俺の横から白くて半透明の身体の師匠が悪い子供を見つけたときのような顔をしていた。
二人に事情を説明する間、オリフィスに師匠を見張っていろと言っておいたのに師匠が現れた。
日記などが並べられている空間に行くとオリフィスが泡を吹いて倒れていた。
「何があった!?」
「いやー、どんな人を連れてくるのかきになってねェ。記憶を少々覗かせてもらったよ」
「危険だからやるなって師匠が教えてくれたのにそれを弟子するか!?」
「私も魔法を使う感覚を取り戻したくてねェ。試しにやったらやりすぎてしまったようだ」
「最初に使う魔法が危険なものなあたり師匠らしくて泣きそうだよ」
「泣いて喜んでくれるのかい? 嬉しいねェ」
俺は本当に泣きそうになった。
倒れていたオリフィスが意識を取り戻し、震える手足で立ち上がる。
「見えちゃいけない景色が見えた気がしたサ……」
「お前、死にかけてたぞ。多分」
師匠はメリアとラッドの周りをくるくると回って驚かせて遊んでいた。
「あー、なんだ。コレ、俺とオリフィスの師匠。エルシー=ル―カスっていう亡霊だ」
「だーれが亡霊なのかねェ」
「自分の姿を見て言ってくれ」
「鏡が欲しいところだがきっと美人が映っているに違いない。世界の真理だよ」
――真理が可哀そうだ。
「イヴァンのお師匠さんって死んでるんだよね?」
「死んだ。うん。死んだはず……なんだけどなぁ……」
目の前に浮いている半透明の師匠は正直本物かわからない。しかし、言葉の選び方と弟子の俺とオリフィスの扱いが元気に活動していたときの師匠そのものなのだ。
「私もこの姿で出てくるとは思っていなかったねェ。バカ弟子一号に研究資料と日記の焼却処分を依頼していたからねェ」
「形見をそう簡単に燃やせるはずがないサ」
「人選ミス。いや、あの場で頼めるのは一号しかいなかったしどうしようもないねェ」
「俺に頼むって選択肢はなかったのかよ」
師匠は俺の腹に向かって指をさす。
「二号の魔臓に溜め込まれている私の魔力がないと、この魔法は起動することが出来ないのさ。記録石が作れなかったから代替品として二号の魔臓を利用していたんだけど気が付いてなかったんだねェ」
「俺に魔臓があることは最初から知ってたのかよ。しかもすべて利用する気マンマンか」
「最初は、そうだったねェ」
師匠はいくつもある日記の中から一冊を魔法で浮かせた。
「そうそう。三冊目のこの日記に差し掛かったあたりだ。魂を別の肉体に定着させることで不死に近づこうとした。世界の秘密を暴くその日まで生きようとした」
「別の肉体に?」
「そこにいる弟子二号がそうさ。私の肉体の一部と黒竜の鱗を使って作った魔素に強く、調律を行使できる理想の肉体さ」
メリアとラッドが目を見開いて俺を見た。オリフィスから話を聞いていた俺は黙って頷いた。
「でも、世界の秘密を暴くことよりも楽しいことを見つけてしまったからねェ」
師匠はもう一冊日記を浮かせた。
「人の成長は実に面白い! 元々、魔法の先生なんてやっていたのも人の成長を観察するのが楽しかったからさ」
師匠の言葉に熱がこもり始める。
「私は世界の秘密をこの弟子たちと暴きたくなった! 世界を知り、秘密を秘密たらしめる謎を解く冒険を! 彼らの成長を観察し続けることが最高に楽しみだった!!」
俺たちの前で芝居の一幕のように激しく動き回る師匠。
「しかし、それは魔素で汚染された身体は許してくれなかった。そして私は死よりも弟子に嫌われることを恐れたんだよ」
半透明の白い身体を師匠は悲しい顔でじっと見つめていた。
「安心しろ師匠。俺たちは師匠を嫌いになったりしない」
「それはつまり大好きだと?」
「死と隣り合わせの修行をさせる師匠が大嫌いだった」
魔素や魔力の感知能力を身に着けるために魔素濃度の高いところへ寝ている間に放り込まれた。魔物の群れに置いて行かれたこともある。
よく生きていたと昔の自分を褒めたい。
「で、弟子一号は……?」
「命の恩人で命を刈り取ろうとした悪魔ってところサ」
「せめて好きか嫌いかで答えてくれないかいねェ!?」
メリアが師匠を確認するように色んな角度から眺めていた。そして、師匠の次は俺のところに来た。
「どうした」
「いやね。お師匠さんは女の人なのにイヴァンは男の子でしょ。なんでかなって」
「選べなかったんじゃないか」
「もちろん私が選んで男にしたのさ」
「男の方が身体が丈夫だから?」
「いや、金〇マ蹴って男を何度も黙らせてきたが蹴られたらどれほど痛いのか知りたくなってねェ!」
男三人は顔を青くして股を同時に締めた。
「おいおいファンキーすぎだぜ……」
「確信した。間違いない。これは師匠だ……」
「悪魔が復活したサ……」
俺とオリフィスは静かに涙を流した。
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