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半竜の研究者は世界の秘密が知りたい  作者: 紺ノ
弟子と師匠と始まりの場所
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造られた一人

「殺すつもり、なぁ……」


 森の奥へ進むオリフィスの背中を俺は追いかける。

 苔の生えた岩で足場が滑って仕方がない。木に絡まっている(ツタ)をつかんで体勢を整える。


「魔法や魔導の修行も死ぬほど辛かったがアレもわざってことか」

「そっちはオレたちを生かすためサ」

「なんだそりゃ」


 オリフィスが木の幹を蹴って、素早く先に行く。

 俺も負けじと脚を竜化させて、オリフィスと同じルートで進む。


 太い木の枝の上にオリフィスが止まった。

 俺も近くの枝で立ち止まる。


「ヴァンは竜化できることに疑問は持たないんサ?」

「疑問だらけに決まってる。だから外に出て、一番最初に調べたのは『竜と人に間に子供が生まれるか』だ。調査結果は散々だったが」


 メリアと二人、年単位で調査した。『生まれる確率ゼロ』という俺の存在を否定する結果になってしまった。メリアも俺も困惑したが、俺がいる以上、何らかの方法で生まれるのだろう、ぐらいに考えていた。


「ミッド・チャイルドっていう特殊な存在がいるんサ。でも彼らは自然には生まれない。誰かの手で生み出される人工的な存在サ」


 写本が白竜(ホロン)に俺のことを『ミッド・チャイルド』だと説明していた。知っていたのだ。写本も白竜(ホロン)も俺がどういう存在かを。


 俺はどういう顔をしたら良いかわからず、木の枝の上で胡坐をかいた。

 枝の先にある葉から露が一斉に落ちた。


「俺が仮に造られた存在だとして、だ。なんで生み出された。目的が分からん」

「ヴァンも先生の身体が長くないことは知っていたはずサ」


 グリムワンド地下にある遺跡まで師匠は出向き、蒼竜(サイファ)に治療してもらっていた。

 おそらく、メリアとラッドにやった『調律』という魔導の前身を用いた治療だ。


「まさか師匠は寿命が尽きる前に自分の身体をいじくりまわそうとしてたりしないよな。俺は実験で生み出されただけだった、とか」

「それだったらオレたちを殺す理由にならないサ」

「証拠隠滅的な意味で殺すなら筋が通るだろうが」

「オレたちって言ったサ。オレまで殺す必要がどこにもないんサ」


 確かに、オリフィスの言うとおりだった。俺を殺せばミッド・チャイルドの痕跡のほとんどを消せるだろう。オリフィスは人間だ。殺すどおりがない。まず、オリフィスの出会いからおかしい。命を救うのはまだいい。結果的に救うことになったというオチがあるかもしれない。


 救った後、殺す予定の人間と一緒に生活するのはいかがなものか。


「師匠は新しい身体を求めたのサ。自分にとって都合のいい身体を」


 都合のいい身体、と言われて、俺はズボンのしたにある竜化した脚を眺めた。


「コレ、か」


 俺はズボンの上から脚を二回、手で強く叩く。竜の鱗を叩いたところで痛くもかゆくもない。剣も矢もはじく硬質な鱗。

 人間がただ鎧を着て動くのとはわけが違う。竜と同等の筋力を与え、自分の身体に変化させているため、運動の邪魔になることもない。


 どんなに近接戦闘が苦手な人間でも達人以外であればひねりつぶすことができるだけの能力を得る。それが『竜化』だ。


「先生は魔法戦闘のプロではあったけどそれ以外はからっきしだったサ。近接戦ができない魔法師は詰められるとそこまでサ」

「対魔法戦において、魔法の弱点じゃなく人の弱点を突くのは当たり前だ。魔導が使えるならともかくな」

「そう。だから強い身体を求めた。魔素の濃い空間でも活動できる魔臓を持ち、強靭な肉体を持つ身体をサ」


 俺が造られた理由はわかった。では、造った後はどうなるのだろうか。俺は結局のところ俺という個体だ。誰でもない。

 

 ――俺の身体をどうするつもりだったんだ?


 グリムワンドで出会った不思議な人間を思い出す。あくまで可能性の話。できるかどうかはわからない。


「ワムのような精神の共存か」

「共存じゃないサ。先生がやろうとしていたのは乗っ取り。記憶も人格もすべて移して、新しい自分を造ろうとしていた」


 記録石(スフィア)と本に記憶と知識を転写して蘇ったサルミアートを知っているだけに俺は否定できなかった。


 俺はゆっくりと息を吐いて、腕を組み、オリフィスを見た。


「それで竜と人間のミッド・チャイルドを造ったのはまぁ、わかる。で、お前を殺す理由はどこにある」

「オレはスペアだったんサ。もしミッド・チャイルドが生まれなかった時の緊急避難先。移住先第二候補サ。もし第一候補が生まれて移住成功したらポイっとされる予定の」


 肩をすくめたオリフィスは木の幹にもたれかかった。


 俺は師匠のやろうとしていたことにショックを受けるどころか、違和感を覚えた。


「なんで俺たちは二人とも師匠の計画どおりになってないんだよ。おかしいだろうが」


 俺は生きているならオリフィスは死んでいるはずだ。俺の身体が乗っ取れなかったのならオリフィスの身体に師匠の人格が入っていることになる。


 ――すでにオリフィスの中に師匠がいる? いや、ないな。


 子供の頃、俺はオリフィスと共にいた。人格が変わっていれば気づく。

 俺もオリフィスも師匠ではない。これが真実なら師匠の計画は失敗したことになる。師匠が失敗するところなんて俺はまったく想像できない。


「アララ、なんか思ったよりもヴァンが元気でビックリするサ」

「俺の生まれが異常なのは承知の上だ。大体、竜になれる人間ってだけで化け物だろうが。今更だ今更」


 俺は右手を適当に振って、左手で頬杖を突く。

 

「先生がまだ人間として心があったからサ」

「心があっただと。無茶苦茶で弟子の命をなんとも思ってないような師匠がか」

「修行に関してはオレもどうかと思うところがあるサ……」


 オリフィスの整った顔が青く染まる。俺と同じ修行をしているのでトラウマの一つや二つあってもおかしくない。


 俺はオリフィスに黙って聞いていろ、と言われていたので、口に出さなかった質問を口にする。


「で、証拠はどこだ」


 名のある専門家がいくら達者に語ろうとも、証拠となる記録がなければ、机上の空論。ただの世間話だ。


 オリフィスの話にはどこにも証拠がないのだ。


「先生の研究資料および日記サ」

「それはお前が持ち出して、燃やしたんだろうが。俺はそんなの証拠だと認めない」


 俺がオリフィスを睨むと、オリフィスは腕を木の幹と頭の間に置いて枕のようにした。


「燃やしてないんサ」

「はぁ?」

「アレも先生の形見サ。燃やせるはずないサ。例え、先生に燃やすように言われても」


 オリフィスは口をへの字に曲げて、不服そうな顔をした。


「先生の資料は残ってるサ。世界で一番安全なところに保管してるサ。見たければ明日にでも連れて行ってやるサ」

「おいおい、俺は紅い竜と人間たちに追われてるんだぞ。自由に動けない」

「世界で一番安全なところを守っているのは、ウィン・ホートの空の王サ」


 オリフィスが含み笑いをした。


「なるほどな。人間も魔獣も魔物も近寄れないわけだわ」


 禁域ウィン・ホートの森の空の王。師匠と関わりを持つ大型の魔獣が守っているのだ。


 死を覚悟して奪いにくるものはいない。

次回3/20更新予定

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