死ぬはずの二人
「イヴァン、顔真っ赤だね。かわいいねー」
メリアが俺の頬をつついて、ニヤニヤする。
「うっせぇ!」
ラッドも口元を抑えて笑っていた。
「なんだよ」
「年相応の反応で安心してるんだぜ。出会った頃からここに来るまで、イヴァンくんはずっと年齢以上に見えてしまっていたんだぜ」
狙って実年齢以上の振る舞いをした記憶はない。
ただ自然と俺は俺として正しいと思う行動していただけだった。
オリフィスに会ってからは感情が優先されるというか、行動の選択に猶予がないと言えばいいのだろうか。ストッパーの処理が終わる前に行動している。
「礼儀はともかく、ではあるぜ」
「最後が余計だな!」
オリフィスが手を鳴らした。
「雑談は後にしようサ。なんせ時間がないモンでサ」
「指名手配の件か」
「それもあるけど、紅い竜にいつ襲われるかわからないからサ。やることやっときたいンよ」
オリフィスの言葉はゆったりとしていた。余裕があるように聞こえる。しかし、紅い竜だけでなく人間も敵になろうとしている俺たちには余裕はない。
「お三方の所属している研究組織ラナティスとガルパ・ラーデなンだけど、グリムワンドから責任追及されてるサ」
「なんでかな! おかしいのは私たちを竜のご飯にしようとしてた人たちじゃないかな!!」
「組織に所属してるってことは組織の看板を背負うってことだぜ。必然だぜ」
「でもぉ!」
「表にはまだなってないが、ラナティスには法団からも説明要求が出てるらしいサ」
『法団』の一言に俺は身体をびくつかせた。
「俺の、ことか」
調査に魔法を使える人間を送ったことでグリムワンドの調査隊と言い合いになった。
逃げる間際にはグリムワンドの兵士たちを魔法で退けた。オリフィスの介入があったから安定して魔法を繰り出せただけだ。でも、周囲の認識としてはどうだ。
グリムワンドの兵士たちより強い魔法師。しかも、本職じゃない。研究者でありながら。
資格を持たない魔法師は多い。ただの無資格なら大きな問題にはならない。無資格かつ実力のあることが魔法の管理を行う法団にとって問題なのだ。
「どうもヴァンのことだけじゃなくて先生――エルシー=ルーカスとの関係についても言及されてるらしいんサ」
「なんで師匠のことまで知られてるんだ!? 俺の案じゃないが偽名使ってたぞ」
ラッドがおずおずと手を挙げた。
「多分だぜ? 多分だけどよ、イヴァンくんを調査隊に加える書類作業してる時にフルネームで書いたと思うぜ……」
俺はラッドを責めることができず、目線を下げた。
「ルーカスの姓で魔法の実力アリ。それでネルシアさんはイヴァンのお師匠様のお師匠様なんだよね?」
「ネルシアの婆さんと師匠の関係を知ってる奴ならピンとくるかもな」
魔法の世界には法団を追放されたルーカス姓を嫌悪する人間はいくらでもいる。ネルシアの婆さんと師匠のことまで知っているとなるとかなり長い間、魔法界にいる人間か、元々どちらかと親しかった存在か。
「とりあえず、両方とも研究組織として継続できるか怪しくなってるサ」
「代表たちの対応はどうなってるんだぜ?」
「今は原因調査中ってコトでだんまり決め込んでるサ。抗議すれば肯定としてとられかねないからサ」
「ネルシアさん、大丈夫かな?」
「婆さんも心配だが、自分たちのこともどうにかしないといけないからな」
俺が事実を突きつけると静かになった。
メリアもラッドも苦い顔をする。
「ヴァンよぉ。もうちょっと言い方ってモンがあるサ」
オリフィスは長い両脚をテーブルに載せた。
「俺たちは他人の事を心配している時間はないだろうが」
「あっそ」
心底呆れたのか、オリフィスは軽く息を吐いた。
「紅い竜は情報が定かじゃないが、かなり遠方の島で目撃情報が出た。方角は南南東サ」
「白竜さんと蒼竜さんの情報はないのかな?」
「あるにはあるが、得た情報と時間、状況から察するに紅い竜を吹き飛ばしたときの情報しか出てこないんサ。ギルドの情報網だけじゃなくて、トリトンの伝手も使って全力で情報収集中サ」
白竜と蒼竜には助けられた。
いなかったら紅い竜に俺たちは殺されていただろう。
「とりあえずパッと出せる情報はこんなモンなんサ。他にも聞いてくれればいくらでも答えるサ」
ぐぅー。
「ン?」
「あははは、私のお腹、かなって」
「そういえば、休憩しようとしてたときにココを見つけたから何も食ってないぜ」
ラッドの腹の虫もつられるように鳴った。
「しゃーないサ。オレに聞きたいことでも考えて待ってな。さすがに三人分の食料はねェからな。取りに行くサ」
オリフィスと目があった。
「仕方がない。俺も行こう」
「待て待て。戦える二人が全員出て行ったあと、襲われたらどうするんだぜ? 戦えないぞ?」
「ここらへんは師匠と所縁のある魔獣の縄張りでな。この森の中でも上から数えた方が強い魔獣なんだ。だからここに入ってくる馬鹿な魔獣や魔物はいない」
「近づいてきたとしてもスライムみたいな本能に忠実な魔物サ。そいつらは他の魔物のエサになってるから問題ナシなんサ」
「な、なるほどだぜ」
俺は一足先に家の外に出る。
オリフィスが扉を閉めて、俺と向き合った。
「で、俺にとっちゃ本題が聞けてないんだがな」
「二人の前で話す気はないサ」
「だから目くばせしてきたんだろうが」
俺がオリフィスに眼を飛ばすと、オリフィスは家を見た。
「懐かしいサ。ここで暮らして、魔法の勉強していた日々がサ。オレはたくさんの思い出がここに詰まってると思うんサ」
「急になんだ。昔話をする気はないぞ」
「ヴァン。先生はなんでオレたちに魔法を教えてくれたンか分かるか?」
話を止めないオリフィスに俺は舌打ちをした。
「俺たちが生きるためにじゃないか。魔法が出来ればどんな形であれ生きていけるからな」
「本当にそう思うサ? ヴァンは先生にとって息子サ。でもオレは? ただ死にかけのところを先生に救われただけサ」
「物心ついた時にはお前がいたから俺は詳しいこと知らねぇよ。出会いなんて初めて聞いたレベルだ」
師匠から魔法を学んでいた当時の俺にとってオリフィスは兄弟子であり、家族であり、ライバルだった。
――だから師匠の研究資料を盗んだことが許せなかった訳だが。
「今からする話を信じるか信じないかは任せるサ。ただ黙って最後まで聞いて欲しいんサ」
敵意も悪意も感じない。
騙そうとしているのかと疑り深くなってしまう。
しかし、ここで情報を得られなければ俺は何のためにやってきたのだろうか。
「……わかった」
オリフィスは深呼吸をした。
少し泣きそうな目をして、さっきまでとはうって変わった弱い声でオリフィスはこう言った。
「先生はどうやら、オレとヴァンを殺す予定だったらしいんサ」
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