先客が一人
「オリコナで防寒具買ってて正解だな」
「だぜ。森に入ってから寒さが増したぜ」
オリコナを出る前に調達した毛皮の上着は衣服としては重量がある。しかし、防寒を怠ると移動速度が落ちることは明白だ。
俺は迷いなく三人分の毛皮を買った。
白衣に毛皮の変わった風貌の俺たちはオリコナを離れて、二回目の昼を迎えようとしていた。
「あの大木、見たことあるかも」
一番後ろを歩くメリアが汗を白衣の袖で拭いながら言った。
ウィン・ホートの森の中は目印になるような建造物はない。あるのは自然の緑と魔獣や魔物の痕跡だけだ。それでもメリアが既視感を覚えたのは何度も俺と共に森を歩いたことがあるからだろう。
実際、メリアの言っていることは正しい。
「なら、こっちかな!」
上り坂を早足で走るメリア。
寒さで白くなった息が俺とラッドを抜かしていった。
「そんなに音たてたら魔獣たちが寄ってくるぜ」
「大丈夫だ。ここに寄って来るバカはいないさ」
「でも実際、イヴァンくんがいなかったら二度ぐらい死んでるぜ?」
道中、魔物と何度か遭遇した。
もちろん魔物や魔獣の痕跡が少なく、魔素濃度が正常なルートを選んでいたが、それでも出会うときは出会うのだ。
あるときは体力温存のために息をひそめた。あるときは、やむを得ず戦った。
判断の遅れはウィン・ホートの森で死を意味する。
幼いころから生きてきた俺は身をもって知っている。
「顔を青くしてどうしたんだぜ?」
「昔『修行だ』とか言って、師匠の手で魔獣の群れに放り出されたことを思い出しただけだ」
「それは修行とは言わないぜ。立派な殺人だぜ」
俺の身体が勝手に震える。
外の世界を知った今なら言える。アレは異常だ。
竜化を覚えたてで制御も出来ていない俺と魔法と剣術をかじっただけの兄弟子を飢えた魔獣の群れに投げ込んだのだから。しかも俺たちが寝ている状態でだ。
強い獣臭で目を覚ましたらと牙が眼前にあった。
――俺、よく生きてたよ。本当に。
「イヴァン! あったよ! お家!!」
腕を振り回して跳ね回るメリア。
俺もラッドもメリアのいる場所まで走る。
「あれ!」
メリアの指さした先には苔の生えた大木が数本。その間に森には似合わない不格好な人工物があった。街や村で見る家のように統一性や清潔感なんて微塵もない。使える素材をかき集めて、無理やり家の形にしただけの代物だ。
まだ鳥の方がキレイに巣を作る。
久々に見た家のみっともなさに俺は笑ってしまう。
近づくと、さらに実感する。
建築素人の師匠と俺とオリフィスの三人で増築の真似事をしたせいで、家の左側が歪んでいる。
――不細工な俺の部屋だなぁ。
家の周りを確認していると不思議なことに気が付く。
長年放置していたはずなのに、派手には朽ちていないのだ。
雨や雪で壁や屋根の木材が使い物にならなくなることが毎年あった。
だというのに、腐っている場所が見当たらない。
「イヴァンって私に隠れて戻ってきたりしたコトあるのかな?」
「あるはずないだろう。ラナティスに入ってからは俺はサルベアから出ていないぞ」
出たとしても周囲の山ぐらいだ。
「だよねー。ならなんでドアノブの形が変わってるのかな」
俺は慌ててドアの前へ行く。
ドアノブが街の家にあるような回すタイプになっている。俺の知っているドアノブは垂れ下がった輪だ。
――手入れがされているような形跡。この家のことを知っているのは俺以外にアイツしかいない。
「おやおや、もうお着きとは想定外サ」
空気は冷たいのに肩が出るほど薄着の男がいた。斧と切ってきたばかりであろう樹皮付きの丸太を担いる。頭の後ろで括った銀色の長い髪を揺らして、爽やかな笑顔を向けてくる。
男の顔を殴りたくなった手を腕を組んで押さえつけた。
「相変わらずムカつく笑顔だな。なぁっ! オリフィス!!」
「外は寒かっただろうサ。中で温まろうサ」
エスコートしようとするオリフィス。
俺は着ていた毛皮の上着を脱いで叩きつけた。
「一番寒そうな格好したテメェが言うんじゃねぇ!」
「あったかーい。ヴァンの温もりを感じるサ」
毛皮を抱いて頬ずりをするオリフィスに俺は寒気がした。
「キモいわ! クソがっ! 話すことがあったから我慢していたが限界だ。絶対、殴る。今すぐ殴る!!」
次回、1/30更新予定。
更新予定日が1/23だと勘違いしてましたね……。
今日確認したら予定日が1/16じゃないですか……。
冷や汗をかいたね。