三色の竜
―― ◆ ―― ◆ ――
空飛ぶ写本を追いかけている紅い竜の口から炎が噴き出した。
写本は当たるまいと曲線を大きく描きながら舞い続ける。
炎は天高い大きな雲を二つに分けた。
「まだ世界を渡ろうというのかい、グレン」
「今のワタシなら元居た世界を取り戻せる! それだけの力を手にした!!」
「取り戻して何があるっていうんだ。人間は滅んだ。もう何処にもいない! 受け入れてくれ!」
「まだ生きている者がいるかもしれないじゃないか! 生きているヒトがいるなら、救ってやるべきだ。そしてやり直すんだ。元の世界で!!」
紅い竜が翼を使って空中で停止する。
五本ある右手の爪の先から魔力の塊を生成していた。
「そんなにインバールを殺したいのなら世界を巻き込むな! この世界は歪ながらも平和な世界になったんだから」
「平和だって? ヒトのいなくなった世界の平和なんて望んでいなかった。人間は竜へと姿を変えた。姿を変え、魔臓を移植した影響で生殖機能も失った。ワタシの望みは『ヒトの世界でヒトが楽しく暮らすこと』だ」
紅い竜が魔力の塊を放つ。
サルミアートは追尾してくる魔力の塊を避け続ける。魔法で守らないのは紅い竜が魔力を吸い取ることを知っているからだ。
下手に反撃や防御はせず、魔法を防御と飛行だけに絞っていた。
「大規模な世界間の移動をしたときどうなったか忘れたの? 精霊の世界は魔素が乱れ、安定するまでの半月も天変地異が起こったんだよ!? 半月だったから生き残れた。次は世界が崩壊しかねないんだよ!」
「世界の調和を乱した張本人であるアンタがそれを言うのか!」
サルミアートは話が通じないことを初めから分かっていた。少しでも話ができるならと希望を持っていたが、時は紅い竜の心を癒さなかったことを改めて悟った。
「耳が痛いね。だからこそ、みんなが生きていける手段を模索する手伝いをしたし実験にも付き合ったんだ。できる限りの償いをしようとね」
「償いの形が精神の写し身か」
紅い竜は見下すような目で本となったサルミアートを見た。
すべての攻撃を回避したサルミアートはまた空中で紅い竜と対峙する。
「そうだ。無知な者には平和を、知識求める者には試練を。先にある茨の道を超えるだけの力と知識を与える。そして誤った道へ行かないように導く。これがアルタミア=サルミアートの責任の取り方だ」
「恐ろしく傲慢な考えだ」
「――いやいや、傲慢はお互い様だと思うけど?」
サルミアートと紅い竜の間に蒼い光が入る。
「引きこもりクセによく言ったな、蒼竜!」
日の光で蒼竜の美しい空色の身体が輝く。
竜の鱗が変質して鎧のようになっており、ごつい身体のように見える。しかし腰や腕の一部は極端に細い。
「サルミアート、戻れ。彼らは逃がした。キミがこれからも導くべきだ」
「ありがとう。死なないでよ。今度会えたら、生前のボクがキミに言ってないことを教えてあげよう」
サルミアートは意味深な言葉を残して姿を消した。
「えっ、何それ!? 今ここで教えてくれてもいいじゃないか!! ――っと」
紅い竜の魔力弾が飛んできたのを蒼竜は難なく手ではじく。
「何百年ぶりの再会がこんなことになるなんてね」
「世界の魔素の調律だけをしていれば命はあったのにな」
「見ない間に随分と偉くなったものだねー。『調律』でキミが吸収できない性質の魔素や魔力に変えることができるの忘れてない?」
「黒竜よりもヘタくそな『調律』なら即死だぞ」
「一人なら、ね」
遥か彼方から白い弾丸が紅い竜に直撃する。
紅い竜の身体が勢いに押される。
グリムワンドから遠く遠く離れた人のいない大陸まで白い弾丸は突き進んだ。
「白竜! お前もか!!」
「悪いがあの黒竜の子を殺させる訳にはいかんのだ」
目的の大陸に到着すると、紅い竜を地面に叩き落しした。
白竜は純白のベールのような白い翼を大きく広げる。
長い首を伸ばして白竜は紅い竜を見据えた。
「やっぱりあの腕輪で盗聴していたんだ。悪趣味だなぁ」
「今回のようなことがあればすぐに助太刀に入れるようにしていただけじゃ!」
遅れてやってきた蒼竜に白竜が吠えた。
「さて、グレンよ。少々時間稼ぎに付き合ってもらうぞ」
「聞きたいこともあるしね。『ワム』という精霊は何者なのか。『黒竜をどうしたのか』とかね」
紅い竜が空へとまた飛びあがる。
「お前たちも邪魔をするのか。まだ邪魔をするのか。ヒトだったお前たちが!!」
「めっちゃ怒ってない?」
「ふむ。話を聞くどころではなさそうじゃな……」
――人のいない大陸で誰にも語られない三頭の竜の戦いが始まった。結末までの詳細を記した者はどこにもいない。
時折、リアルが忙しくて遅れます。
次回更新、10/3予定