蒼い竜の諦め
遥か頭上で二つの大きな魔力が暴れている。
写本の魔力が平原で感じる爽やかな風だとすれば紅い竜と思われる魔力はすべてをなぎ倒す暴風。荒々しくて誰も近づくことが出来そうにない。
殺意や憎しみはないのに攻撃的な魔力を感じたのは初めてだ。
「けふけふ」
「ごほっごほっ」
メリアとラッドが咳込んで口元を抑えていた。
「大丈夫か」
「ちょっとしんどいかな」
「手首触るぞ」
メリアの右手首に俺の人差し指と中指を当てて脈を診る。
動く脈のスピードが少し早い。
心なしか胸の動きも激しく見える。
呼吸をペースが上がってきているようだ。
「薬の効力が切れてきたか。さっさと外出て薬の材料を確保したいところだけど、上がな……」
「こっちが診ようか。二人とも背中を向けてくれないか」
涙をぬぐった蒼竜が二人の後ろに立つ。
「外部から魔素取り込みすぎたんだよね。この場所に来るには魔素が濃いところ何カ所かあるからね」
「診るって医者でもないだろうが」
「さっき言ったよね。調整をしてるって。今からするのは治療じゃなくて調整。キミらの言う魔素乱調のその先だ」
「人間の体内にある魔素の操作はまともにできない。常識だ」
魔獣化した人間たちに魔素の操作を行ったときも思った。
無理だと。
手に負えないと。
「解析」
蒼竜の言葉が心の中に強く残る。
師匠も俺もあのオリフィスも『ライズ』という。
治療のために師匠もここに来ていたようだ。
――師匠、アンタの魔導開発はここから始まったのか。
「調律」
メリアとラッドに中にあった魔素が揺らめく。
毒を抜いているわけじゃない。
外部から取り込んだであろう魔素が馴染んでいっている。
少しずつ無毒な魔素になって、初めから体内にあったかのようだ。
「終了。これでオーケーだ」
「急に身体が軽くなった気がするぜ」
「ポカポカするかな」
俺はこの現象を知っている。
偶発的にとは言え、起こした。
魔獣化の魔素が健常な状態になったあの時と同じだ。でも俺の時ほど強引じゃない。
自然で、滑らか。
対象に傷なんてない。
――俺はあのとき魔素の調整をしてたのか。
「キミたち、紅い竜に完全に捕捉されてるけど、どうする?」
「質問で返すのは申し訳ないけど、どうって言うのはどういうことなのん?」
「案としては二つ。この研究施設跡にいて余生を過ごす。防御は完璧で安全。元々インバールの軍勢に襲われても大丈夫なように作られたシェルターみたいなものだし。紅い竜でも簡単に手出しできない」
「もう一つは何かな」
「外に出る。正直おすすめはしない。紅い竜に追いかけまわされるから逃げながら生活することになる」
「でもよ、オレたちが世界の秘密を知るにはここにいちゃ何も始まんないぜ」
ラッドの言葉にメリアが頷いた。
「私、人が竜になった経緯はなんとなーくわかったけど竜って二つの成り立ちがあるんでしょ。だったらそっちも知りたいかなって」
「オレは正直、異世界があるなら文化の変化とか調査したいぜ。あ、でも行ったら『いんばーる』とか言うのがいてヤバいんだっけ」
「キミたち、命が惜しくないの?」
蒼竜が二人を半眼で睨んでいた。
「惜しい。ぶっちゃけめちゃくちゃ惜しいぜ」
「モヤモヤしたままここにいるのって嫌かな」
「だぜ」
俺は口元が緩んだ。
この二人だから俺は今まで一緒にいたのだから。
「『魔法が生まれた理由』はまったくわかってないんだよな。あと、自分が何者なのかまだわからん。今回のことで知りたくなった。だから俺たちは外に出るぞ」
「キミもかい!? そっちの緑の帽子の人。確かトリトンさんだっけ? キミは――」
「紅い竜に僕は故郷を襲われたのん。アレを殺すことはきっと残ってもできないのん」
蒼竜が唸り始めた。
「そうだよねー。サルミアートが一緒にいるんだ……。絶対に安定とは無縁な人材だよねー」
「何を言ってるのかな? 私たちは研究者だよ。元から安定よりも未知のスリルを楽しむ存在じゃないかな!」
それなりにある胸を張ってドヤ顔をするメリア。
俺は鼻で笑い、ラッドは親指を立てた。
トリトンは蒼竜に寄って肩を叩いて慰めていた。
「わかった。わかった、わかりました! キミたちを全力で逃がそうじゃないか!!」
蒼竜はヤケクソ気味に叫ぶと、俺に一冊の本を投げつけてきた。
「なんだこれ」
「エリカの研究日誌だよ。レポートは量があるからそれを持っていくといいよ」
もらった本を腰の鞄に押し込む。
「さて、サルミアートが戦っている今が逃げ時だ。行こうか」
俺たちは白い部屋に入ってくるときに見た魔法陣にまた包まれた。
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