紅い名前
真実の入口なんて簡単に言ってくれる。
世界が二つありました、なんて誰が信じるだろうか。
蒼竜の発言からこの世界に証拠らしい証拠は消されているはずだ。
「まったく、とんでもないことしやがってよ」
俺は立っているだけの気力を失って床に座り込んだ。
「ねぇねぇ蒼竜さん、イヴァンと同じ存在って話はどこなのかな?」
「きっとあれだぜ。竜化の魔法が使えるってことじゃねぇか」
「何を言ってるのラッドさん。イヴァンは半分はにん――」
「半分なんだって?」
メリアの言葉が止まる。
「もしかして……」
「……トリトンも知っているから、まぁ、そういうこったな」
――俺が半人半竜のこと知らないのラッドだけだわ。
「どうしたよ、お二人さん」
「えーっとその、ね」
「俺が半分人間で半分竜だって話だ」
「なんで喋っちゃうかな!?」
「世界が二つあった、なんてトンデモ事実がわかった後だぞ。ここから先隠し続けるのも難しいだろう。だったら今の内に話しておいた方が気が楽だ」
俺があっけらかんと言うと、メリアが背中を何度もたたいてきた。
肩たたきぐらいの力で叩かれているので気にすることもない。
「は? え? 竜なのか? 半分だけ?」
「混血って言ったらいいのかなんて言ったらいいのか正直分からないが俺は人間と竜の性質を持ってる。一応、魔臓もあるらしいぞ」
「らしいって随分と他人事のように言うぜ」
「魔臓のことは最近まで知らなかった。で、知り合いが竜だった感想はどうだ」
「そうだな。控えめに言って最高に面白いぜ。でもよ、もっと早くに教えてくれてもよかったはずだぜ」
「竜専門の研究組織所属の人間に教えるバカはいない」
「そりゃそうだぜ! 下手すりゃいい実験材料だぜ!!」
ラッドは腰を反らせて豪快に笑い始めた。
数秒笑い続けて、声が止むと真っすぐと俺に視線を飛ばしてきた。
警戒や不信感の籠った目だ。
当然の感情だ。でも嫌悪感は感じない。
敵意がないのだ。
「一つ質問だ。イヴァンくんは人間の敵か、味方かどっちなんだぜ?」
これは見定めだ。ラッドという人間が俺という異物を受け入れるかどうかの。
正直に答えるとしたら俺の回答は『わからない』だ。
人間は嫌いだ。でも、俺は人間を殺したいわけじゃない。守りたい人間も何人かいる。だから少なからず、今は人間の味方でいたいと思っている。
気に入られるために嘘を答えてもいい。
何に嘘をつく。どんな嘘をつく。
――俺は誰のために嘘をつく?
「変なこと、言ってもいいか」
「おう」
「俺は俺がわからない。なんで半人半竜なのか、なんで俺の親は俺のことを詳しく教えてくれなかったのか。世界の秘密を知れば何かヒントがあるんじゃないかって頭のどこかで考えてたんだろうな。まぁ、何が言いたいかっていうとだ。――俺もわからないから俺を見て勝手に決めてくれ」
「決めてくれ、ねぇ。どんでもねぇバカ野郎だぜ!」
「いっでぇ! なんでいきなり頭殴ってくるんだよ! おかしいだろうが!!」
ラッドは不服そうな顔を俺に近づけた。
「おかしいのはイヴァンくんの方だぜ。人間の街を命張って守ったんだぞ。メリアの嬢ちゃんが攫われたときに落ち込んでたのはどこのどいつだ。オレが見てきたイヴァン=ルーカスってヤツは人間よりも人間らしい竜だぜ――ぶぐぅ!?」
俺の視界からラッドが消えた。
代わりにメリアの小さな拳があった。
「イヴァンを殴るのは許せないかな!」
「こっちは信頼してるのに曖昧な答えで返されたらそりゃあ腹も立つぜ!? てかよ、それなりの付き合いがあったのに秘密にされてたことも含めての表現だぜ」
「さっきもいったけど竜専門の研究組織の研究者に本当のことなんて言えないかな!」
「立場はそうかもしれないが友人としてのオレを信用して欲しいところだぜ」
メリアとラッドが言い合いをしていると後ろから肩を叩かれた。
蒼竜だ。
「キミの知り合いはいい子たちだね」
「俺にはもったいねぇよ」
蒼竜がラッドとメリアの間に入った。
「ケンカしているところ悪いけど、もう時間がないんだ。もうそろそろヤツがくる」
「ヤツ?」
硬い壁を殴るような音が聞こえてきた。
何度も何度も一定間隔で鳴り響く。
「グレンが来たのさ。黒竜を殺しにね。まったく、ここを壊したらグレンも生きていられないのに」
「待て待て、グレンってさっきの細い男の名前だろう」
「そうだね。人間だったんだグレンもエリカもぼくも。そして、おそらくキミも」
「俺が、人間だった?」
「精霊の世界で普通の人間は生きていけない。なら、生きるためにどんな手を使っても変わるしかない」
蒼竜はファイルの最後の方にあるページを開いた。
――『魔臓移植による環境適合実験』だと。
「人間は人間をやめたのさ。適合しなかった人間は死に、適合しても理性を失い魔獣と同じようになった者もいる。理性を残し、魔臓を使いこなせた人間と力の強いインバールのみが精霊の世界で生きることを許された」
「音、大きくなってきてるのん」
「大丈夫なのかココ!?」
「もちろんだよ。だって愛しいサルミアートが全力で守ってくれているからね」
さっきまでいたはずの写本の姿がどこにもない。
遥か上で魔素の乱流が発生している。
「まさか外で戦ってるのか!」
「久しぶりに挨拶しなきゃねって言って出て行ったよ。再会して笑い合えないなんて悲しいね」
「助けなくていいのかよ! 写本のことが好きなんだろ!」
「無理だよ。ぼくは第一世代の適合者。グレンは第二世代唯一の適合者。魔臓の扱い方も格も違う」
「グレンは人の名前って言ってたよな。紅い竜になった人間の名前、そういうことか」
蒼竜は静かに頷く。
「昔の気弱で優しかった彼を知っている。とてもじゃないけど、ぼくはあの紅い竜を『グレン』とは呼べない。もし呼ぶのなら『崩壊を望む紅竜』」
紅い竜の新しい名を呼ぶ蒼竜は部屋の天井を見て涙を流した。
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