蒼の語る真実
サルミアートが蒼竜に俺たちの状況を伝えると当たり前といった顔をしていた。
「知り合いがグレンの餌になるのを止めにここまでよく来たね」
グレンと言われて最初はピンと来なかったが文脈的に紅い竜だと察した。
「紅い竜の名前がグレンってことなのん?」
蒼竜の表情が少し曇る。
「竜の名前? いやいや、人の名前。この写真見てごらんよ。そこにいるヒョロヒョロの男がグレン」
ズボンのポケットから手帳を出して蒼竜は俺たちに見えるように開ける。
六人の男女が森の中で戯れている絵だ。
精巧すぎて目の前に人がいるように感じる。
「うげ、なんだこの絵。めちゃくちゃリアルだぜ!? めちゃくちゃ小さいのに大したもんだぜ」
目つきの悪い男が火の前で串に刺さった肉と野菜を眺めている。その奥で釣り竿とバケツを持った男が元気に手を振っていた。
手前には本を読んで一人の世界を作っていそうな女を囲むように気の弱そうな痩せた男と長い黒髪の女が目線を俺たちに向けながら楽し気にポーズをとっていた。
左下に顔だけ出している男――蒼竜がいた。
―俺の見間違いか? 白い髪の女はどう見ても白竜だ。 でも髪の色が違う。
「今まで遺跡を色々見てきたがこんな絵見たことないぜ!!」
興奮しているラッドが手帳の絵に食い入っていると、 舌を鳴らしながら蒼竜が人差し指だけを立てて揺らした。
「ただの絵じゃないんだな、これが。写真っていって私が持ってるこのカメラで現実に起こった一瞬を切り取って、そのまま絵にするんよ」
強烈な光を何度も放っていた四角い箱を自慢げに見せつけてくる。
俺は無視して写真をもう一度見る。何度見ても髪以外は人型になった時の白竜だ。
「そんな技術初めて聞いたぜ。竜の知恵はすげぇぜ」
「竜の知識じゃなく人の知恵。もっとも、今となっては現存するカメラはこの一台だけさ」
「人の!? いや、でも……魔法でもこんなのできないぜ。だよな?」
「あ、あぁ……」
ラッドの言葉に生返事で返してしまう。
ふと、メリアが視界に入る。
目の前に喋る竜がいるのにメリアが反応しないのはおかしい。
集中しているにしても限度がある。
「メリア、何してるんだ?」
「あのね、読めるの。この資料」
メリアが持っている分厚い本のようなものを背中から覗き見る。
俺の目には何の変哲もない魔素の調査記録にしか見えない。
ただ、数値も記録の内容もラナティスの書庫で見た者よりも詳細に書かれている。
一番の違いは見やすくするために赤や青の線で下線を引いてあることだ。見たことある書物は基本的に黒のインクしか使わないので見づらい。
「で、問題でもあるのか」
「ここって遺跡の中にあって、あの蒼竜がいる場所なんだよ。本来ならラッドさんにお願いして解読してもらうような文字じゃないかな?」
メリアの指摘は正しい。
写本の記録石があった遺跡なのだから刻まれる文字は写本の記録石と同じものであるはずだ。
目の前にあるのは古代文字が読めない俺でも読める現代の文字だ。
「歴史の流れがおかしいぞ。元からこの言語体系があったとした場合、どこから古代文字が出てきた。頭がおかしくなりそうだ」
「でしょ! これって歴史がごちゃごちゃになってることに関係してると思うの!」
俺とメリアが騒いでいると蒼竜が本のようなものをメリアから取り上げた。
「これは私達が調べた研究資料ファイルさ」
「あなたって本当に竜なの?」
メリアが疑り深い眼で蒼竜を見つめた。
蒼竜はファイルを元の棚に戻しに行った――と思ったら今度は違うファイルを俺の足元に置いた。
「サルミアートがキミと私が同じ存在だとさっき言っていたね。私の口から言うのは簡単だけど気持ちの整理がつかないだろうからこれを読むといい」
「読んで何が分かるって言うんだ」
俺の質問に答えを返さないまま、蒼竜は写真の入った手帳をめくり始めた。
「あー、あったこれこれ。癖でここに入ってきた人の写真を撮ってるんだ。忘れないようにって」
写真には手入れのあまりされていない長髪に気が強そうな女とさっき見た写真で肉と野菜を眺めていた男が一緒に立っている。
――嘘だろ……?
鳥肌が立った。
もう二度と姿を目にすることはないと思っていた人がいた。
「これ、キミのお母さんでしょ?」
「なんで師匠の写真が!? どういうことだ説明しろよ!!」
「一度だけ彼女はここに来て、私の治療を受けに来たんだよ」
治療と言われて浮かぶのは亡くなる直前の師匠だ。
病名もわからない不治の病になってそのまま亡くなった。
「精霊体汚染いや魔素中毒って言った方が伝わるのか。オルガが慌てて連れてきたからびっくりしたよ。写真撮ったのは治療終わって帰る直前だね」
「師匠が魔素中毒になっただと! いやその前に精霊体汚染ってなんだ。まるで俺たちが精霊みたいじゃねぇか!」
蒼竜はファイルを俺の頭においた。
かなり重たい。首を痛めそうだ。
「そういう面倒な話がここに載ってるの。初対面の私から言っても信じないでしょ。サルミアートは絶対に言いたくないだろうからこれが最大限の優しさだよ」
「蒼竜――いや、雑賀。キミの口から教えてあげてくれないかい?」
写本が俺と蒼竜の間に入ってきた。
「サルミアート、それはキミのお願い? それとも提案?」
「もちろん前者だね。エリーもそのために黒竜くんに腕輪を渡したんだと思うよ」
「元助手の私に彼を丸投げしただけじゃないか……」
蒼竜はしばらく固まった後、ファイルを持ったまま床に腰を下ろす。
「キミたちさ、今の世界がおかしいって思ったことないか?」
メリアが一番に蒼竜の言葉に反応した。
「おかしいことだらけだよ。歴史が正確に辿れないんだもん。空白の歴史があるし、竜と人と魔法の三つは何故かちぐはぐだし」
「じゃあその間違いから正しておこうか」
心底言いたくなさそうな顔をして蒼竜はため息をついた。
「人間ってさ、いないんだよね」
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