赤と白の修道女
「申し訳ありませんが本の貸し出しは行っていないんですよ」
図書館の閉館まで数分前。
梯子の上で本を整理していた女の司書に本の借り方を尋ねると、俺の想定していない答えが返ってきた。
「マジかよ……」
俺は両手で抱えている本のやり場に困った。
本は俺の腰から頭の高さまで積まれている。
気になった紅い竜の伝承やグリムワンドの地理に関係する本たちだ。
全部で十四冊。
近くにあった木製のテーブルに置くと、テーブルが鈍い音を立てた。
「わたしゃの言った通り借りれんじゃろ?」
「今まで借りたことないとも言ってただろう。もしかしたらってこともあるだろう」
パーバルの婆さんがやれやれと首を横に振っていた。
「出来るだけ本は元の棚に直していただけると助かります。わからなければエントランスの返却棚へお願いします」
「仕方がないか」
俺はエントランスの返却棚に本を持っていく。
ずっしりとした本の重さが人間の身体に堪える。
竜化すれば簡単に持てるが、おそらくパーバルの婆さんは師匠から竜化のことをまで聞いていないはずだ。
確認して下手なことを指摘されると怖いので俺は人間としていつも通り振舞い続ける。
「随分と熱心に竜神教について調べられているんですね」
俺が返却棚に置いた本を横から女がのぞき込んでいた。
司書かと思って振り返る。
赤と白が目立つ修道士の服を着た少女だった。
胸元で竜の爪を模したネックレスが輝いている。
「っげ!?」
「なんですかその失礼な反応は。わたし、何かしましたか?」
思わず竜神教のネックレスに反応してしまった。
竜神教の総本山でもあるグリムワンドならどこにいてもおかしくはないが、向こうから声をかけてくるのは考えていなかった。
「いやいや、すまんねぇ。この子、礼儀がなっとりゃせんのでね」
パーバルの婆さんが俺の白衣を引っ張ってきた。
「悪いな、ちょっと突然声を掛けられたから驚いただけだ」
「ほんとですか? なんか妙に間がありましたし、驚いた時の声が騎士団に見つかった悪者みたいな声でしたよ?」
――適格すぎる例えはやめてくれ。
猫のような目で俺を疑り深く見てくる竜神教の少女に俺は距離を取ろうとする。
半竜だと知られて面倒になることは極力避けたい。
「で、急に話しかけてきてなんだ。そのネックレスしてるってことは竜神教の関係者だろう」
――仮に竜神教に入信しないかと言われたら、パーバルの婆さんを引っ張ってすぐに逃げよう。
「竜神教のことを知りたければ教会へ行けばいいですよー、って、わたし、教えたかっただけ。教会には竜神教に関わるものがすべて保管されていますからね」
「勧誘とかじゃないのか」
「面倒じゃないですか。誘う側も誘われる側も。なのでやりません」
竜神教をより深く調べようと思ったら竜神教の教会に行くのも必要かもしれない。必要かもしれないが気はのらない。
「なんなら今から来ます? わたし、今から教会に戻るところなので」
ぐいぐいと距離を詰めてくる竜神教の少女。
色白の肌と生意気な表情が一歩一歩近づいてくる。
俺は顔をそらすしかできなかった。
――あぁ、これはあれだ。飲みたくない酒を一緒に飲みに行こうと誘われている時の感覚だ。
俺はパーバルの婆さんに視線で助けを求める。
「お前さんはこの後、護衛ギルドいくんじゃろ?」
「そうだ。そうだった。呼ばれてるんだった。行こう。今すぐ行こう!」
「そっか、用事あるなら一緒には行けないね。教会に来ることあったらよろしくね」
竜神教の少女がくるりと綺麗に一回転する。
服がふわりと少し浮かんだときに何か甘い匂いがした。
――っつ!?
左手が反応した。
竜化はしていないが、確実に反応した。
俺の感情の揺れではなく、匂いで反応した。
こんなことは今までなかった。
「じゃあねー。お兄さん、お婆ちゃん」
左手が動かない。
手を振ってくる竜神教の少女に俺は手を振り返すことができなかった。
「どうしたんだい?」
「いや、なんでもない……」
俺はゆっくりと動くようになった左手を見て首を傾げた。
―― ◆ ―― ◆ ――
白と赤の修道服を身に纏った少女はスキップをしながら街を通る。
「面白い人見つけちゃったー。竜の匂いプンプン」
目立つはずの服装にも関わらず誰も少女を気に留めない。
「あの人はどちら側だろうね。紅かな? 黒かな?」
スキップを止めて、少女は空を見る。
夕焼けの橙と夜の紺が交じり合っていた。
「――この壊れた世界をどっちに導くんだろうね?」
次回は12/27更新予定です。
※仕事が入ったので来年更新します……。