紅い竜の記録
「調べ事なら国立図書館にいくのん」
トリトンの提案によって俺は国立図書館へ。
ウィリアムのオッサンは法団本部へ戻った。トリトンはウィリアムのオッサンの護衛役として法団までは行動を一緒にするらしい。
調べ事が終わったら護衛ギルドでトリトンと合流する約束をして別れた。
図書館までの案内はもちろんパーバルの婆さんだ。
俺は国立図書館と聞いてラナティスの資料庫を想像していたが、良い意味で裏切られた。
本棚が天井まで続いている。それが円柱状になっている四階建ての壁全面だ。
唯一床のある一階部分には本を読むための机と椅子だけ。
ゆったりと歩く人の足音や紙をめくる音が聞こえる。
時折混じるひそひそと話す声。
街中は人間の大きな声と慌ただしい足音でうるさかったのに図書館の内と外で別世界のようになっている。
「こりゃ調べがいありそうなところだな」
「本当にしばらくここに滞在する気かのぉ?」
「俺は俺のやりたいことがあるんだ。そのために俺はここに来た。手ぶらで帰れるかって」
俺は早足で図書館の案内図を見る。
――国の隠し事を調べるならまず何を調べたら手っ取り早いだろうか。
行動を起こすなら原因があるはずだ。原因は過去にある。
過去のことを調べるには歴史的な背景を知るべきだろうか。
一番いいのは遺跡の調査記録を見ることだが、調査記録が俺みたいな部外者にも開放されている図書館にあるとは思えない。
――地道に手がかりを探していくしかないか。
「こういう時、ラッドがいたら楽だったんだけどな」
ガルパ・ラーデという竜専門の研究組織にいるから忘れがちになってしまうが、ラッドは考古学者だ。 歴史に関しては俺やメリアよりも遥かに詳しい。
「竜の尾を踏む前に逃げたほうがいいと思うがのぉ。命あっての人生じゃぞ」
竜というのはグリムワンドのことだろう。
パーバルの婆さんは俺がグリムワンドに残ることにずっと反対している。
図書館へ来る間も今すぐ街を離れた方がいいと耳が痛くなるほど言ってきた。
「俺はパーバルの婆さんのこと覚えてないが出会ったのは一瞬だろう。なんでそこまで気にするんだよ」
後ろから聞こえていた杖と木製の床のぶつかる音が止んだ。
申し訳なさそうな表情で俺とパーバルの婆さんの目が合う。
「『世界の秘密』をエルシーに教えたのがわたしゃだからじゃよ……。魔導を編み出し、才能溢れるエルシーなら、と冗談交じりでなぁ」
「気にする必要がどこにあるんだ。まさか、師匠が死んだ理由が自分のせいだと思ってるのか」
口を曲げて沈黙する婆さんに俺は近づく。
「師匠がよく言っていたぞ『選ぶのは自分の責任だ』と。だから師匠が死んだのも自分の責任だ」
「そう簡単に割り切れるものではないわい」
俺は首を傾げた。
どうフォローしたらいいかわからないのだ。
師匠は別に『世界の秘密』を追って不幸そうには見えなかった。
身体を悪くしてからも体調が優れていれば数日、手紙すら残さず勝手に家を離れていたぐらいだ。
魔導を作り出して魔王と呼ばれた師匠が泣いているところなんて見たことがない。
だからきっと師匠ならこう言うだろう。
「――気にすんなよ婆さん。退屈とは無縁の良い人生だった」
「エル、シー?」
虚空に手を伸ばすパーバルの婆さん。
俺は皮膚がたるんだ細い老人の手を優しく掴んだ。
「俺は師匠じゃないぞ。あとな『世界の秘密』は俺も知りたいんだ」
俺が囁くと、パーバルの婆さんは夢から覚めたような表情をした。
婆さんの手を離すと、俺の胸の上に置かれた。
「お前さんの中でエルシーが生きておるんじゃな……」
「さぁな」
俺はまた図書館の中を歩き始める。
グリムワンドに関する歴史が載っていそうな本を探すが、全然場所が分からない。
「ある意味、迷子じゃないかこれ」
「これ、お前さん」
パーバルの婆さんが魔法で本を数冊ふわふわと浮かせながら歩いていた。
俺の前に一冊一冊積まれていく。
手に取って確認すると『グリムワンドの王家の歩み』や『グリムワンドの政策』などの俺の調べ事に使えそうな本が積まれてある。その中には『竜神教の教え』や『竜神教のはじまりと現在』といった関係ない本まであった。
「これは関係ないだろう」
「グリムワンドの歴史は竜神教の歴史でもあるんじゃ。読んで損はないはずじゃ」
自分が半竜半人であるが故に通ってこなかったところだ。
「婆さんがそういうなら読んでみるか」
人の居ない机に本を置いて読み始める。
とりあえず『竜神教のはじまりと現在』から目を通し始める。
流し読みして気になる要点だけを抜いていく。
その中に一つ気分が悪くなる記述があった。
――『暴れ狂う紅竜に贄を与えることで怒りを鎮めていた』ねぇ。師匠が一番有害なのは紅い竜だと言っていた意味がなんとなくわかった気がする。
今は生贄を竜に与える儀式はなくなり、御子と呼ばれる竜神教の中で選ばれた人間が舞を踊る儀式をしているらしい。
この舞の儀式に変わったのは四十年ほど前の話らしく、それまでは本当に死刑囚を生贄に使っていたと書かれている。
名前のない紅い竜。神聖視されたり暴君と呼ばれたりする正体不明の竜だ。
この紅い竜の文字を見る度にふつふつと湧いてくる言い表すことのできない怒りがあるのは何故だろうか。
――俺が黒竜だからか? いや、竜とはいえ俺に関係ないことなのにどうしてだ?
身体が無暗に竜化しないことを抑えてくれているであろう写本に感謝しながら俺は次のページをめくった。
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