緑の試し
「面白い冗談なのん。魔王と呼ばれた魔法界の問題児――エルシー=ルーカスの弟子もまた問題児だなんて最高に笑えるのん」
「笑い事ではないわい! オリフィスの奴はわたしゃが預かっていた記録石をすべて盗んだんじゃぞ!」
手で口元を隠しながら静かに笑うトリトンをパーバルの婆さんが杖で叩く。
まったく効いていないのか笑うのを止める気配はない。
二人を余所にウィリアムのオッサンが唸っていた。
「私達以外にオリフィスとキミの関係を知っている方はいるのか?」
「ラナティスに二名だけのはず」
――クウェイトに話すとか言ってから詳しい話なんてしてなかったような気がする。
「なら今後、オリフィスとの関係は口に出さない方がいい。私はガリオンの件でキミに恩がある。今のは聴かなかったことにしておく」
法団の幹部としてよりも一個人としての選択をしてくれたようだ。
よくよく考えれば『ルーカス』だけで嫌味を言われることがあるのに『オリフィスの関係者』という悪印象の看板二つを背負うことになる。
――面倒なこと、この上ないな……。
「エルシーの奴め、わたしゃが死んだらやはり説教が必要じゃの」
パーバルの婆さんが深いため息の後にぼそりと呟いた。
「今は死なないで欲しいのん」
「安心せい。エルシーのせがれが危機なんじゃ。死んでも死にきれん」
パーバルの婆さんは師匠のことが相当気に入っていたのだろうか。
覚悟の重さが二人に比べて異質だ。
――他人の子にそこまで言い切ってしまえるのは一体何でだ?
「彼を守るという話だが、早々にグリムワンドを出て行った方がいいと思うのだが」
ウィリアムのオッサンの言葉に俺は首を傾げた。
「そのつもりだけど戦闘になった場合、イヴァンくんは魔導を使うのん。もし魔導を使う存在がいると知られたら彼を指名手配する理由を国に与えてしまうのん」
「私にそれを裏でねじ伏せろというのだろう? まったく……ガリオンの件であまり大立ち回りは出来ないのだ。善処はするが期待しないで欲しい」
「悪いねぇ、ウィリアムや」
「今回は彼に恩を返すだけですよ」
話がどんどん進んでいく。
俺の望んでいない方向に。
「この街を出ていく気、まったくないぞ」
「なんじゃと!?」
「調べたいことがあるんだ。それに上司と知り合い置いてさっさと逃げたらそれこそまずいだろう」
メリアとラッドの二人はすでに遺跡調査に出ている。
俺が二人を残して姿を消すと俺にしか向いてなかった矛先が二人に向くかもしれない。
「俺一人にちょっかい出されるだけならいい。あの二人に手を出す奴がいたら――グリムワンドを壊すぞ」
おそらく俺は竜化と魔導を使って報復する。無残に、確実に、そして跡形もなく。
俺の本心を叩きつけると三人は固まっていた。
「本気、なのん?」
「もちろんだ」
「しかし、お前さんの身が危ないんじゃぞ……!」
「無駄なのん、パーバルさん」
トリトンがトレードマークの緑の帽子を手に持った。
「彼が本気なのは言葉だけじゃなくて気配でわかるのん。彼はどうやっても動かない『頑固者』なのん。今更だけど僕も理解したのん」
帽子をかぶり直したトリトンから魔力の揺らぎを感じる。
魔石か魔法陣かわからないが少しずつ分解している。
時折、頭に浮かぶ柔らかい布に針を突き刺すような感覚。
――こいつ! 何かしやがる!
浮かんでいた二色の魔法弾が針状に形を変えた。
「生成、成形!」
かすかに残っている魔力を集めて障壁を作り出す。
魔力が少なすぎて心許ないが、貫通はされないはずだ。
針状の魔法弾は形状変化した場所から一向に動かない。
トリトンが両手を叩いていた。
「お見事なのん。魔法に関する感知能力は僕の知る限り誰よりも早いのん。そして魔導による超高速の対応力。これなら僕は数日ここに滞在しても問題ないと思うのん」
「試したな、トリトン」
ウィリアムのオッサンがトリトンを凝視していた。
「悪いけど実力のない者の言葉はただの妄言なのん。妄言信じるほどバカをやってられないのん」
「お前はいつも過激すぎるのだ。前の集会でも同じようなことを法団関係者にして問題行動と咎められたのを忘れたのか!?」
「僕は僕の守るべき組織があるのん。何でもイエスマンになって危険な橋を渡るつもりはないのん」
トリトンは魔法弾を消して戦う気はないと手を上に挙げた。
「でもいいのん。今回はイヴァンくんのやりたいようにやるといいのん。護衛ギルドのギルド長として全力で守るのん。で、調べ事って何なのん?」
「この国が隠してる遺跡のこと、それに関する情報だ」
上に挙げていたトリトンの両手が弱々しく地面に向かう。
「ねぇ……なんでどっちに転んでも国にケンカ売る気マンマンなのん?」
「「わたしゃ(私)に聴くな」」
次回11/6更新予定。
私用で更新がしばらくずれます。
あとがきで記載した日に更新できるように書きます。多分、おそらく、きっと……。