三色の組織
オリフィスと戦った時、大剣に記録石の力を付与していた。
記録石を構成する魔素は竜を殺す魔素だ。
俺が竜殺しの魔素を口にしたときも知っていた様子だった。
――オリフィスの奴はやっぱり何か知ってやがる!
師匠の研究書を読んだのだろう。そして他の誰にも見られないように燃やした。
「あの女男、やってくれたな……!」
「女男じゃと? オリフィスの容姿なぞ、まともに知っとる者はおらんはずじゃが」
俺は口を噤んだ。
パーバルの婆さんは俺と師匠、そしてオリフィスの関係を知らないらしい。
師匠が手紙で弟子二人のことを教えているとも思えない。
オリフィスが師匠の弟子だと知ったら、どんな顔をするだろうか。
「いやいや、面白い話をしているのん」
巨大な魔石の裏側からさっきまでなかった緑色の大きな帽子が生えていた。
俺はこの特徴ある語尾を何度か聞いたことがある。
「なんでここに護衛ギルドのトップがいるんだよ。なぁ、トリトン」
「お久しぶりなのん、お強い研究者さん」
糸目のトリトンは目で思惑が読み取れない。
言葉もどこか浮ついているように感じてしまう。
真意がまったく読めない。
「遅刻もいいとこじゃぞ」
「二人を尾行してた不審者を追いかけてたから仕方がないのん」
「捕まえたのかね?」
「仲間の二人が逆尾行してるとこなのん。何かわかれば後で教えるのん」
「あい、分かった。なら本題に」
「ちょっと待っていただけないだろうか」
トリトンの後ろから眼鏡をかけた男が姿を見せた。
汚れのない臙脂色のマントとオールバックが印象的な男が俺の前で立ち止まった。
「キミが、イヴァン=ルーカスかい?」
マントにはよく見ると『法団』の文字が縫われていた。
――あぁ、ここでも罵倒されるのか。
「だとしたら文句あるか」
俺が吐き捨てるように言うと男はゆっくりと頭を下げていく。
深々と、丁寧に。
「私の息子――ガリオンが数々の無礼を働いたこと。大事件を起こし、迷惑を掛けたこと。父としてここに謝罪する」
「は?」
俺は想定していなかった事態にパーバルの婆さんとトリトンの二人の顔を見た。
「彼はウィリアム=ホーランド。キミが魔法学校で会ったガリオンのお父さんなのん」
「そして魔法師を束ねる『法団』の幹部でもある男じゃよ」
「なんでそんな大物ここに連れてきたんだよ!」
「話に必要だったからじゃよ。それよりエルシーのせがれや、ウィリアムに何か言わんと話が進まんねぇ」
ウィリアム=ホーランドは無言でまだ頭を下げていた。
「あーもう、謝罪は受け入れる。だがな、ガリオンがやったことに謝る必要はないだろうが」
「父として、魔法師として、一人の人間として教育してきた。いや、していたつもりになっていた。だから謝罪する理由はいくらでもあるのだよ。例えば、差別のことなどな」
頭をあげたウィリアムは口を歪めて首を横に振った。
「気が済んだのん、ウィリアムさん?」
「息子は殺人未遂をし、罪を償わず逃亡までした。関係各所に幾ら謝罪してもし足りぬよ」
校長のオッサンからウィリアム=ホーランドの人柄は多少聴いていた。
ガリオンが真っすぐに育っていれば同じような人格者になっていたのかもしれない。
――まぁ、あくまでももう起こらない可能性の話だが。
「私情で話を止めてしまって申し訳ない。この集まりの本題――イヴァン=ルーカスの護衛について話そうか」
「待て待て待て。俺の護衛だと」
「話してないのん?」
「お前さん達が来てから話した方が分かりやすいじゃろうよ。状況も分かっとらんようじゃしの」
俺はウィリアム=ホーランドを眺める。
――この場合は一応敬語とか使うべきか? いやでも俺使うと変になるしな。
「私のことは好きに呼びなさい」
「いやー、彼の場合話し方とかだと思うのん。クウェイトから敬語とか苦手って聞いてるのん」
「なるほど。しかし先の会話でもう口調は理解しているつもりだよ」
「俺が真面目に敬語について考えてた時間そのものが無駄だってことか。いいや、もう」
髪の毛を無造作に掻く俺。
それを見て三人が笑った。
「なんだよ」
「いや、若いなと」
「ギリギリ成人してるっての……。もうアンタに敬語使うか悩まねぇ。ウィリアムのオッサンって呼ぶからな」
少し口元を隠して笑うウィリアムのオッサンに俺は宣言した。
「そういうところが若いっていってるのん」
「昔のエルシーを思い出すねぇ」
「俺、アンタら嫌いになりそう」
「それは困るのん。これから話すことは互いに連携を取って動かないとルーカスくんが国家勢力に殺されちゃうのん」
さらりとトリトンがとんでもないことを言った。
「国家って、このグリムワンドにか。なんで」
「ここに来たのは遺跡の調査のためじゃろ。アレはごく一部の者にしか情報開示されておらん。そんな情報を部外者が知った場合どうするべきじゃと思う?」
「何らかの方法で口止めするだろうな。金を渡すのか拘束するのかは知らないが」
自分の口で答えてから固まる。
「俺のことか!」
「そうじゃよ」
「だからどうするか話し合うために僕たちが集まっているのん」
――護衛ギルドのトップと法団の幹部、魔法界の重鎮。どんな人選だよ。
「今回の件、というよりも前から遺跡調査については法団としても不審に思っていたことだよ」
「調査へ参加した人がほぼ新人だけで構成されているって話じゃな」
「その通りです。調査するならその道に精通した人材を求めるものなのに国は『新人研修がてら人を貸して欲しい』というばかりだ」
「護衛ギルドの方にもちょくちょく話がくるけど全部突っぱねてるのん。研修は事足りてるのん」
「調査に参加する魔法師の人選がおかしいと気づいていながらなんで法団は放置してるんだ」
「その質問には僕が答えるのん」
トリトンが魔法を使い、目の前に赤色の魔法弾を作り出した。
「護衛ギルドと法団って元はグリムワンドの中にあった騎士団なのん。それが色々あって分離する形でそれぞれの組織ができたのん」
赤色の魔法弾が均等に三つに分割され、赤、青、黄の三色の魔法弾となった。
「赤はグリムワンド。黄色が護衛ギルド。青が法団なのん。で、護衛ギルドは『国の優先順位で動いていては困っている民をすべて助けることはできない』って騎士団を離れた人々によって創られた組織なのん」
黄色の魔法弾が活発に動く。
「すげぇ行動力のある人間たちがいたもんだな」
「法団の方は魔法教育の必要性と魔法師の管理が必要だという観点から組織再編の際に国が創ったのだ」
今度は青色の魔法弾が揺らいだ。
「成り立ちを聴いたところで俺にはさっぱり分からないが」
「つまりね――こういうことなのん」
赤い色の魔法弾が青色の魔法弾を取り込んだ。
「国が創った法団は国の威光には逆らえないのん。対して護衛ギルドは騎士団を離れた人達の手で作られた組織だから依頼を蹴ってもお小言ぐちぐち言われたり圧力かけられるだけなのん」
「それはそれで問題じゃないのか」
「人手が足りないとか国として動くことができない事となると護衛ギルドを頼らざる負えないのん。護衛ギルドを潰すと国としてはデメリットが大きすぎるのん」
下手な傭兵を雇うよりも質がいいしお安いのん、とトリトンが付け加えた。
「法団は国の管理下だから何してもオーケーってか」
「有体に言えばそうなる」
「国は魔法関連で何かを隠したい。そんなところに魔法の知識をたんまりと持った人材がやってきた。それも遺跡調査のことも知っておる。法団の関係者でもなけりゃ外部の研究者じゃ。さて、どうするかねぇ?」
パーバルの婆さんが俺の額に杖を突き付ける。
「まぁ、口封じに殺そうとするわな」
「そういうコトじゃ。しかし国も不運じゃねぇ」
ケケケと愉快と言わんばかりに笑うパーバルの婆さん。
「どういう意味ですか、パーバルさん」
「今から殺そうとしとる相手が『エルシーのせがれ』にして『魔導使い』じゃ。これを不運と言わずしてなんと言うんじゃ」
――そこまで知ってるのかよ……。
「魔導!? 禁忌指定の技術じゃないですか!」
「確かに禁忌かもしれぬ。しかし技術は使う者によって左右される。エルシーのせがれが悪事を働こうと思えばすでに大悪党じゃ。オリフィスのようにな」
「……あのー」
俺はおずおずと手を挙げた。
「はい、イヴァン=ルーカスくん。発言を許すのん」
ふざけた言い方でトリトンが俺の発言を促した。
「オリフィス、俺の兄弟子なんだよな」
俺はこのとき、空気の壊れる音が聞こえた。
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