真っ赤な国
「ラッドさんからもらった手紙にはこの依頼書を城の警備に見せたら入れるって書いてたけどホントかな」
後ろで長い髪を括っているメリアが首をかしげると一緒に髪も動いた。
俺は竜よりも大きい城を目の前にして固まる。
「やっぱりそうだ。メリア。俺、ここ知ってる」
首都であるグリムワンドに到着する前から妙な既視感に襲われていた。
魔法列車の窓から川と水車が見えたのが既視感の始まりだ。
街の中を歩いていてもその感覚が消えなかった。
街の中央にある大きな時計塔。そして城を囲む大きな赤い壁。
ユビレトやサルベアに比べて華やかな服装をしている人間が多いことすらも見たことがある気がしていた。
グリムワンドが首都であることですら魔法列車の中でメリアに教えてもらったぐらいの無知な俺だ。
何かの間違いだと思っていたが、そんなことはないらしい。
城の屋根に見える赤い竜と剣が描かれた旗が決定的だった。
「グリムワンドに来たことあるの? 国の名前も首都も言えなかったのに?」
「魔法には関係なかったからな。グリムワンド王国なんて魔法の歴史に出てこない」
「もっと魔法以外のことも覚えてくれないかなって」
少しずつ昔の記憶がよみがえってくる。
「ずっと見上げて何してるのかな?」
「あの旗……子供の頃に師匠と一緒に見たんだ。師匠が『ろくでもない旗だ。紅い竜は一番害悪だ』って吐き捨てたのを覚えてる」
「害悪!? とんでもないよ。赤い竜はこの国の守り神でとても神聖なものだよ」
竜神教という宗教があることは俺も知っている。
半人半竜の俺が竜神教の人間に関わると絶対に面倒なことになると思って警戒はいつもしている。
ラナティスにも何人か竜神教の関係者はいた。
竜の爪を模した金属製のネックレスを付けているので一目でわかるのが非常に助かる。
「竜の研究者である私から言わせてもらうと紅竜は一番目撃例が少ない貴重な竜だから害悪どころか超、超! 特別な竜なの。わかる? ねぇ、わかるかな?」
「紅竜に呼び名がないのは特別だからか」
竜の鱗の色で竜の名は変わるのが普通だ。
黒竜であれば『ズー』に白竜であれば『ホロン』といった竜の言葉で呼ぶ。
しかし紅竜は聞いたことがない。
「紅竜は無名の竜なんだよ。他の竜の名前は遺跡とか遺物に残っているけど紅竜だけは残ってない」
「ラナティスの日誌にはがっつり残ってたけどな」
「でも名前もなければただ襲われた記録だけだったでしょ。どこ探しても似たような記録しかないんだよ」
人間を襲うという点で紅竜に話し合いが出来そうなタイプではなさそうだ。
――白竜のような竜が珍しいのか、それとも写本が前に言っていた『二種類の竜の成り立ち』が関係しているのか。
「そんな竜が神格化されてるのはなんか変な気がするな」
「自分が黒竜だからって妬かないの」
黒竜が神格化されたら、と考えたがどうでもよかった。
俺の半分が黒竜であることはどういう形であれ知られるべきではないのだ。『世界の秘密』を知るときまでは。
「聞いてないぜ、そりゃ!!」
覚えのある男の声が城壁の中から聞こえた。
「ラッドだな」
「ラッドさんだね」
俺とメリアは城門の前にいた警備兵に依頼書を見せるとすんなり入れた。
城門をくぐると馬車が五台並んでいた。
馬が引けるのか不安になるぐらい大量の荷物がすべての馬車に積まれている。
鎧を着た男と髪の乱れた中年の男が話している。
近づいて中年の肩を叩く。
「え、おう。メリアの嬢ちゃんにイヴァンくんじゃねぇか。久しぶりだぜ」
「久しぶり、ラッド。外まで声が聞こえたぞ」
「だっておかしいんだぜ? 遺跡の探索のために必要な人員や道具をこっちで確保したのに遺跡に入れないって言うんだぜ?」
ラッドが怒りを隠さないのは珍しい。
準備が無駄になることに怒っているのだろうか。
「誰も入れないとは言っていない。今回あなたの招集した研究者に魔法の研究者がいるでしょう。その方だけは入れれない」
警備兵とは違う赤い模様の入った鉄の鎧を纏った男がラッドに言葉を返す。
鎧の模様は魔法陣を崩して描いたものだ。
――『防護』に『強化』か。単純な守りの魔法陣だな。
「俺のことか」
「アナタが魔法の研究者ですか。申し訳ないがこちらの規則で魔法に詳しい者や魔法を扱う者は遺跡に入れることができない。お引き取りを」
「ふざけてるぜ。前もってメンバーのリストは送ったはずだ。何故その段階でこちらにその旨を教えてくれなかった」
「前回の調査時に伝えたと思っていたのです。非は私達にある」
頭を下げる男に俺は気になったことがあったので確認してみることにした。
「魔法に詳しいから俺は入れない。そうだな」
「そうだ。魔法関連の調査には法団所属の魔法師のみしか参加させない決まりなのだ」
魔法師なんて魔法を仕事にしている人間だ。しかも法団の魔法師だ。魔法の知識がないなんてことはない。
「仮に魔法師の資格を俺が持っていて、法団所属なら入れたのか」
鎧を着た男の顔が一瞬曇った。
「それでも入れることはできないだろう。特別な調査任務だ。こちらで人員は選定する」
選定は果たして適切に行われているのだろうか。
そもそも魔法の調査に法団の魔法師のみを投入するメリットがあまりないように思える。
魔法師はあくまで魔法を行使する存在だ。魔法を解明しようとする存在はゼロではない。しかし、解明したければ俺のように法団に所属せず、研究者として活動するものが多いのが実情だ。
法団所属の場合、研究したい時に魔物討伐任務へ強制参加なんてケースがあるらしい。
ラナティスのような研究組織の場合、研究に集中したい時は自分に来た依頼を手の空いてる他の人間に割り振り直したりできる。
少しケースが特殊になるが、俺が魔法学校の教師の仕事を受けたときも仕事の割り振り直しが行われた。
――内情を知ってか知らずかはわからないけど、まともな調査ができるようには思えないな。
「わかった」
「イヴァン(くん)!?」
俺の言葉にメリアとラッドが叫んだ。
「ただすぐに帰るのはもったいないから観光ぐらいはしたいな」
「そういうことでしたら元より調査参加者全員分の部屋を城内に用意しております。宿代わりに使ってください」
「助かる。今から宿を取るのもしんどかったところだ」
「では先にそちらへ案内しましょう」
鎧を着た男が城の奥へと歩いていく。
「ねぇイヴァンどういうつもり?」
「そうだぜ。なんでわかったなんて言っちまったんだ!」
大きな声を出す二人に俺は人差し指を口元に当てた。
二人にしか聞こえないように小さな声で話し始める。
「俺を拒否する理由と法団の魔法師のみに許可を出す理由が噛み合っていない。単純に俺を遺跡に近づけたくないんだ。それに拒否するなら『ルーカス』の名前を理由に拒否すると思ったがそれもなかった」
一番納得のいく理由であるはずの『ルーカス』がスルーされた。
名前や実績ではなく魔法の知識の有無での排除だ。
「俺は外から調査してみようと思う。入れないなら入れないなりにやり方はあるからな」
次回10/18更新予定




