獣人、ですか?
「――てなワケで、さっき話した作戦でいくからな」
ネルシアの婆さん、ヤシュヤ、ロシェトナが俺の顔を見て頷いた。
魔法師たちの動きを止めていた魔力の紐が砕け散る。
俺とネルシアの婆さんに攻撃を加えようとした魔法師たちがヤシュヤの蹴りと投げで次々にあしらわれていく。
異常なスピードで鮮やかに対応していくヤシュヤ。これが魔法なしというのだから驚嘆に値する。
「長時間は面倒みれないんで早めに終わらせてほしいッス」
「分かってる! 婆さん、準備は」
竜化させた両腕にスライム状の薬を持っている限り塗りつけた。
黒い鱗が半透明の緑色の完全に取り込まれている。
背後の婆さんがいつぞやの実験の時のように巨大な光球を作り出していた。
俺が校舎の真ん中で空に打ち上げた竜の息吹と同等の魔力を感じる。
視界の端に浮遊する光。
――魔素の枯渇現象の合図だ。
「孫弟子!」
ネルシアの婆さんが魔法を俺に向かって撃った。
躊躇いなく、一直線に。
俺は両手で婆さんの魔法を受け止める。
両脚も竜化させて身体が吹き飛ばされないようにする。
両腕が燃えるような感覚と痺れが同時にやってくる。
人間の身体なら魔法に当たった瞬間、何も残らなかっただろう。
「――生成!」
魔法の構成も魔力の経路も制御も奪いつくす。
そして――掌握する。
俺の両腕に塗られたスライム状の薬が力強く発光する。
光の中から煙が少し出てきている。
――熱量が高すぎて薬が蒸発してやがる!
「さっさと片付けないとまずいな」
麻酔効果のある薬が含まれている。
それがなくなると魔法師たちを大人しく治療するのが難しくなる。
「まか、せて。せんせいの、目になる」
「頼んだぞ、ロシェトナ」
「そっちに一人行ったッス!」
俺は魔法師であったはずの獣を目にする。
人の形はあれどもう人間の肌はほとんど見当たらない。
黒い毛に包まれた獣人だ。
「人間が、人間やめてるんじゃねぇよ!」
腹に一撃を入れて獣人の動きを止める。
そのまま地面に押さえ込む。
「こいつの赤い魔素はどこだ。教えてくれ」
暴れる獣人の上に馬乗りになって動きを封じ込める。
馬鹿力で払い退けようとしてくる。
――さっきは逃がしたが今度は逃がさん。
脚に力を込めて腕と腰の動作範囲をなくす。
手加減なしの半竜半人と獣人では赤子と大人ほどの力の違いがある。
「右胸の、上から全体的」
ロシェトナに言われた場所に手を当てる。
「うまくいけよ――成形!」
スライムの中に留めた魔法の一部を細い針に形を変化させる。
胸に針を刺すと獣人の身体が跳ねた。
内部にまで侵入したら俺でもロシェトナの言っていた言葉がわかった。
――寄生して乗っ取ってやがるとは思ってたが酷すぎる。
魔素が人間の身体全体に根を下ろしている。
乗っ取られた人間の骨も筋肉も繋がっていない箇所がある。断絶しているところを無理やり魔法で縫合して動作できるようにしていた。
魔素乱調で必要なのは魔素の枯渇した空間と瞬間的かつ強力な魔法の発生という本来、起こりえない組み合わせだ。
必要な空間は作った。あとは魔法の発生だけだ。
「いくぜ、炸裂!」
針の先から魔法を放つ。
攻撃性は取り除けるだけ取り除いた魔法が逃げ場のない獣人の身体の中で弾けた。
突然、獣人が痙攣を始める。
「なに、これ……。虹、色……?」
後ろでロシェトナが呟いた。
周囲の魔法師たちの魔石が激しく明滅し始める。
そしてバタバタと魔法師たちが泡を吹いて倒れ始めた。
「な、なんスかこれ?」
「魔素乱調さね。魔素の波長を不安定にして魔素に関わる事象をすべて狂わせるのさ。魔法師たちをおかしくしている原因が魔素ならこうなるのは必然さね」
地面に座っている婆さんが肩で息をしているのを横目で見る。
魔素の枯渇現象を起こすほどの魔素分解をしたからだ。
――ネルシアの婆さんにこれ以上の手助けは求められない。
俺は深呼吸をして集中し直す。
魔素の波長が乱れている今なら体内のある魔獣の魔素も人間の魔素も関係ない。『ただの不安定な魔素』だ。
「魔素分解で凝固するのを利用して人間の魔素だけを完全に復元する。ロシェトナ、お前の眼だけが頼りだ」
「それが、ね。全部戻ってるの。人間の魔素の、青色に」
「何!?」
不安定だった魔素が安定化している。
それも超スピードで。安定というよりも再構築に近いかもしれない。
魔獣の気配が一切ない。
しかし、体内に蓄積されている魔素の量は魔獣と人間の魔素を足したものだ。
他の魔法師たちも安定している。
――身体は獣人のままで。
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