居場所、ですか?
ガリオンと初めて会ったときのことをふと思い出す。
「そういや、初めて会ったとき『ルーカス』を捨てろとか言ってたな。アレ、お前が『ホーランド』を捨てたかっただけだろう」
魔法の世界において畏怖と嫌悪の感情で呼ばれる『ルーカス』。
法団の幹部に親族がおり、良い噂が絶えない『ホーランド』。
形はどうであれ有名な姓のため、本人とは関係なく印象を与える。
印象によって本人は薄くなる。
ガリオンは捨てたかったのだろう。『ホーランド』という自分についた枷を。
「『ルーカス』が口にするな!」
声を荒げるガリオンは俺を指差してきた。
「何をしても称賛されるのはいつも『ホーランド』としてだ。周囲のクズ共も『ホーランド』である私を利用しようと持ち上げる。反吐が出るわ!」
「さてはお前、試験の合格率が高すぎることを知ってたな」
「気づかない方がおかしいではないか。私が関わっただけで妙に合格者が増えるのだから違和感を覚えるに決まっている。だから私は私の評価を上げるために逆に利用させてもらっていたのだよ」
試験のことを理解していたからこそ出来上がった合格するためだけの教科書だったようだ。
ガリオンの教科書は現代魔法における要点をまとめたものだった。説明も完璧。
教科書を見たとき、頭は悪くないと思っていたがマイナス方面でしか頭が回らないらしい。
「おかげで入学者は増加してこの学園は安泰だ。私という良い看板がある限りね」
俺の顔面を目掛けて飛んでくるガリオンの拳を止める。
ケンカを知らない人間の手だった。
「だというのに……貴様が来た! 最悪極まりない汚物が! ハルトマン校長は『ホーランド』ではなく『ルーカス』を選んだ!」
――被害妄想たくましい奴だな。
「お前のことをいらないって校長のオッサンが考えてんならクビにすればいい話だろうが」
「私という看板が必要だったからクビにしないのだよ。わかりきっていることではないか」
俺はガリオンの額に頭突きをかます。
「がっ!?」
身体をふらつかせながら額を押さえるガリオン。
「校長のオッサンはな、合格率おかしいの知ってるし、お前が原因だと理解したうえでお前を学校で働かせてるんだぞ!」
「ありえんよ。お人好しで押しに弱いハルトマン校長だぞ」
甘ちゃんなのは校長のオッサン本人もわかってたから『ルーカス』を呼んだのかもしれない。
教師としてではなく、歪んだガリオンに刺激を与えるために。
――優しい顔して食えないオッサンだよ、ったく……。
「お人好しだからこそお前に真っ当な教師になって欲しいんじゃねぇか」
不満げな顔をするガリオンはその場に座り込んだ。
「仮にそうだとしても私はもう真っ当になるなど不可能だ」
異質な魔力の波が試験会場を中心に広がる。
魔物や魔獣特有の荒々しい魔力だ。感じているこっちの皮膚が針に刺されたような痛みを感じる。
魔獣のようになっていた魔法師たちの人間としての魔力が侵食されている。
「魔法師どもには魔獣の血を濃縮したものを魔法師たちに飲ませた。やがて堕ちるだろう」
理解できない言い回しに俺が困惑していると、ガリオンが鼻で笑った。
「魔法の研究者である貴様も知らんのか。いや、今まで上層部が揉み消していたのだから当たり前の反応ではあるな」
落ち着いて話すガリオンに俺は寒気を感じた。
「魔獣の魔素は人間を乗っ取り、最後には魔獣にするのだ」
――白竜が俺に言っていた『侵食』と同じことが起こっているということか!
「それを知った上で飲ませたのか!」
「だから言っただろう『おまえのせいだ』と」
ガリオンの胸倉を掴んで持ち上げる。
「戻す方法があるだろう。吐け!」
「そんなものはない」
左肩が熱くなる。
黒い竜の鱗が疼くのがわかる。
「俺をどうかしたいなら外部を巻き込むんじゃねぇよ!」
「お前はあの手この手で私の妨害を回避する。そして練習場で放った強烈な魔法を見た。そのとき悟ったのさ、直接の妨害は意味を為さないと。私はお前を信じたのだ。絶対に生徒を助けると。サルベアでマイアット博士を助けようとしていたあの時のように」
俺はガリオンを地面に投げ捨てる。
土の上を転がるガリオンは校門の柵に当たって停止した。
「ガリオン、お前は普通の人間だろうが。居場所を自分で壊すんじゃねぇよ」
「何を言っている。私に居場所なぞ『ホーランド』として生まれた時点でない。誰も『私』を見なかった。そんな世界は壊れた方がいいと思わないかね?」
「ないなら作れよ。俺は、作ったぞ。あのバカの隣によ」
次回 7/5更新予定。多分。
仕事がね、また雪崩のようにやってきたので更新日かわるかも