蛙の子は蛙、ですか?
――今年の実技は本職の魔法師四人と受験者四人が魔法戦を行うと聞いていたが……。
実技試験が受かるかどうかわからない。
不安で不安でたまらない。
――なんてことになることはないようだ。
模擬戦終了のベルが鳴った。
「随分と質が落ちたね。こんなのでいいのかい」
「今の模擬戦は酷いものだったな」
観覧者用の長椅子に座っているネルシアの婆さん悩むように腕を組む。
俺も横で同意した。
俺の視線はさっきまで模擬戦をしていた本職の魔法師たちに向いている。
受験者の攻撃魔法で使い物にならなくなった服を脱いで新しい服を着替えたり、水分補給をしている。
遠目でもわかるほど汗。乱れた呼吸。明らかに疲労している。
戦闘が続くにつれて試験側の魔法師は魔法のコントロールを失いかけていた。
魔素の分解と体力の配分の雑さもあった。
――手加減なしでやってるよな、アレ。
「受験生のチーム負けちゃったけどいい勝負してたよ?」
メリアは俺と婆さんの話に入ってくる。
「受験者側は別に問題ないさね。問題は試験側。本職の魔法師が無資格のヤツといい勝負なのが問題なのさ」
「試験だから手を抜いて――」
「「ないな(ね)」」
メリアが最後まで言い切る前に俺と婆さんが否定する。
「二人いっぺんにそんな強く言わなくてもさ……」
――強く言ったつもりはなかったんだが。
「ルーカスせんせーい!」
試験会場に俺の生徒四人がいた。
俺の名前を大きな声で呼んだのはユンだ。
手をこちらに向かって振っている。
次は俺の生徒たちの番らしい。
――でも俺は今手を振ることができない。
「呼ぶのは、まずいよ」
「なんでー?」
ロシェトナの言う通りだ。
『ルーカス』と聞いて観客がざわめき始める。
魔法に通ずる人しかいないこの試験会場はサルベアの式典の時よりも騒がしくなっている。
「手を振り返してやらんのかい?」
「俺はいざこざ起こしたくないの――いっ!?」
俺の右太ももに痛みが走る。
むくれたメリアが俺をつねってきている。
「聞いてないかな? あんなに可愛い子たちに教えてるなんて聞いてないかなぁー?」
「言う必要性あるのかよ」
――かわいいのかどうなのかはわからないけど。
「イヴァンがそんな態度でも相手がどう思うかわかんないじゃん!」
「アンタら静かにしな。始まるよ」
模擬戦開始のベルが鳴った。
つねっているメリアの手を払いのけると、舌を出してくる。
――俺は何も悪くないだろう……。
「おらぁ!」
ダリウスの大きな声が俺の視線をメリアから試合に戻させる。
模擬戦の状況を見ると、ダリウスが開始早々に魔法師の一人を殴り飛ばしていた。
魔法戦は普通、魔素の分解から入る。魔法を使うのだから当たり前だ。その基本中の基本を無視した行動に他の魔法師と周りの観覧者が沈黙する。
「初っ端から飛ばすなぁアイツ」
爽快そうな笑顔をするダリウスを眺めていると胸倉を突然つかまれた。
ネルシアの婆さんが怖い形相で俺を睨んでくる。
「魔法を教えろと言ったはずさね。何だいあの子は」
「教えたさ。それぞれの特性合ったものをな」
ダリウスに殴られた魔法師が立ち上がって魔法弾で反撃をする。
瞬時に行使した魔法としては大きい魔法弾。ダリウスの防御魔法発動までに直弾するだろう。
「油断大敵ですよ」
リオンがダリウスに当たるはずだった魔法弾を手の甲で弾く。
魔法弾を弾いた手には傷跡はない。
「うっせぇ。先手必勝だ」
ダリウスとリオンの二人が肩を並べた。
そして肩幅に足を広げて腰を少し落とす構えを同時に取る。
「魔法師というより武術家じゃないかい」
「あの二人には武術をベースに戦うための魔法を教えておいた」
二人とも魔素の分解は得意なのに魔力の操作が苦手だった。だから魔法が無茶苦茶で不安定な発動になっていた。魔力操作が少ない単純な魔法――低級魔法を連発させるのが一番効率がいい。さらにヤシュヤの教えた武術との融合。
思っていたよりも二人とも武術の覚えがよかった。
肌に合ったらしい。
「生意気そうな子が身体強化魔法で守りに入った子が硬化魔法だね」
「一発でわかるのかよ」
魔法の発動は一瞬だけ。
発動のタイミングは把握されてもどんな魔法かまで看破できると思わなかった。
「瞬間的に魔法を発動させているのには驚いたけどね。ここにいる何人が魔法の発動に気づいたかね。しかし――」
ネルシアの婆さんが納得がいっていなさそうだ。
「あの魔法弾に当たってたらどうしたんですか?」
「俺も硬化魔法使えるんだからそれで弾いたっつーの!」
「魔素の分解もしてなかったように見えましたけど?」
「あー、もうお前キャンプのときからゴチャゴチャうるせーぞ!?」
「ダリウスが考えなしで動くから言ってるんです」
ど真ん中でケンカを始めるダリウスとリオン。
関係性は大きく変わらなかったらしい。
ケンカしている二人を無視して、三人の魔法師がロシェトナとユンを囲んだ。
警戒するロシェトナと深呼吸をしているユン。
状況としては最悪に見える。
「女の子二人が三人に狙われてるよ」
「平気だ。ユンとロシェトナがどうにかするさ」
三人の魔法師が空気の刃をユンとロシェトナに飛ばす。
急激に光始めるロシェトナの魔石。
魔素分解の規模が明らかに違う。
「いくよー! ロシェちゃん!」
「まか、せて」
ユンが生成した魔力がロシェトナに操作されて圧縮されていく。
「構成――成形」
空気の刃がロシェトナの創った壁に遮られる。
「ねぇ、私の聞き間違えかな? 今『ライズ』って」
「別に言わなくていいって教えたんだが――おわっ!?」
ネルシアの婆さんが俺の胸倉を掴んだまま俺を引きずっていく。
身体強化の魔法を使っているようで人間の姿の俺の力じゃビクともしない。
「な、なんだよ。おい婆さん!」
人がいない廊下まで連れてこられた俺は地面に投げつけられる。
「アタイは何を教えろって言った? 魔法さね。誰が魔導を教えろと言った!!」
ネルシアの婆さんに怒られることは予想はしてた。
禁忌と呼ばれる魔導を見せるだけでも危ないのに教えるなんて以ての外だ。
それでも俺はロシェトナに教えた。
「俺はアイツらの先生なんだよ。曲がりなりにもな。だから俺の知ってる方法で最善の答えがあるならアイツらに教えるのが筋だろう」
「魔導を教えたらあの子が魔法師になれないことぐらい分かるじゃないかい! 魔導使いの末路を一番近くで知っているのは孫弟子、アンタじゃないか」
魔導の創始者である師匠は魔法界の表舞台には二度と立てなくなった。
恐怖と侮蔑の対象となった。
「一応、教えるときにロシェトナには確認した。まぁ、答えは言わなくても分かるだろう婆さん」
「無茶を止めるのも教師の役目さね」
「夢を叶える手伝いをするのが教師の一番の仕事だと思うが」
対立する俺と婆さん。
ため息をついて俺は言葉を続ける。
「俺と違ってロシェトナは魔素を魔石で分解できる。誤魔化しはいくらでもきく」
ロシェトナ自身頭は悪くない。蓄えた魔法の知識を駆使して立ち回るだろう。
そもそも魔導が魔法の知識がないとまともに使えるものではない。
魔法に関係するありとあらゆる事象を操るのが魔導なのだから――。
「魔力感知できる試験官がいないことを願ってな。いたらあの子はどうなるやら」
「大丈夫だろう。魔導が禁忌指定くらってからは『何が魔導か』って定義が伝わってないからな。知ってるのは古くから魔法界にどっぷり漬かってる奴ぐらいだからな」
――しかし、変だな。
魔法師たちに圧勝して模擬戦を終わらせていてもおかしくないのに一向に模擬戦終了のベルが鳴らない。
疲弊していたはずの魔法師たちの魔素分解と魔法行使がどんどん活発になっていることも気になる。
魔素の分解と体力の配分を生徒たちには教えているから長期戦にも対応できる。しかし魔法師たちの熟練度から長期戦になるとも思えない。
――どうなってるんだ?
「イヴァン!」
メリアが走ってくる。
「なんか、試験側の人たちおかしいよ! 模擬戦が模擬戦じゃなくなってきたの!」
メリアの言葉を聞いて俺の頭にガリオンの顔が浮かんだ。
二週間後ぐらいにまた更新します。
最近急な出勤増えて書く時間が……。
何かあったら活動報告にでも書きます。