あるいはそんな異世界転生も
こんにちはこんばんわはじめまして。これだけ言っておけばどれかが当てはまっていると信じて、日向日影です。
タイトル通り、こんな異世界転生もあるんじゃないかなあーと思って書きました。
「ようこそ、トートワールドへ!」
「……」
さ・て、と。
現状を確認しよう。
朝起きて、ご飯を食べて歯ブラシして、着替えてトイレに行ってさあ出勤しようといういつも通りの朝のはずだった。
ただ今日はトイレで躓いた。トイレに入って快便の余韻に浸っていると、トイレの壁がどんどん薄くなっていき、やがて我が家のトイレは草原の青空トイレになっていた。
「いや、やっぱり確認しても分からねえよ。俺んちはどこ行った? つーかあんた誰!?」
開放的で素晴らしい眺めだが、残念な事にこの奇妙な状況でそれに浸れるほど彼の胆力は強くなかった。
そして目の前にぷかぷかと何かが浮いている。その正体はよくトイレに設置されている中に液の入った消臭剤。そこから声が発せられている。
「なーんと、あなたはこの度あなたの世界とは違う異世界へと転生なされましたーぱちぱちー」
「……はい?」
無駄にテンションの高い消臭剤にイラっとしながら訊き返す。
「いやー。あなたの世界だとそういうのに憧れてるんでしょ? 良かったね。トイレってのはそういうよく分からない世界と繋がってるものなんだよ。ほら、トイレには神様がいるっていうでしょ? それそれー」
「いや、悪いけど何言ってるのか何一つ理解できてない訳だけど!? というか何で俺!? そういうのはそこら辺の中高生の方がノリ良いと思うよ!?」
「いやーほら、このサイコロで緯度と経度を……」
「まさかの適当!! それならまだ何か特別な理由があった方が良かったわー!!」
とりあえずいつまでも便座に座って赤の他人(?)に下半身丸出しというのもあれなので、尻を拭いて立ち上がろうとする。
しかし、壁が丸ごと消えているので、傍らにはトイレットペーパーが無かった。
「……あの、何か紙ってないですかね? いい加減、このケツ拭きたいんですけど」
「あ、それは無理。この世界には紙とかないから」
「じゃあなぜ貴様はその単語を知っている!? 嘘こいてねえでさっさと持って来いや!!」
「いやー、紙が無いのは本当だよ? この世界では紙が希少で魔人たちが独占してるから、みんなトイレの後には尻を拭けないんだよ」
「不潔だなー! しかも魔人なんてのもいるのかよ。もうこの世界に希望が見いだせないんだけど帰っていいかな!?」
「帰りたければ魔人を倒して下さいお願いします」
「ふざけんな無理だこの野郎。いいからせめてその辺で葉っぱでも拾ってこい!」
「尻を拭きたければ魔人を倒して紙を手に入れろ!」
「テメェどうあってもそっちの結果に繋げる気だな!?」
今すぐに殴りかかって消臭剤の中に入ってる液を草原にぶちまけたい衝動に駆られるが、尻を拭かずに立ち上がる事に抵抗感があり、実行には移せない。というか消臭剤はそれを考慮してギリギリ手の届かない今の距離を保っているようにすら感じる。
「……くそっ、念のために訊くけど、魔人って強いのか?」
「おっ、まさかのやる気に?」
「違うわ馬鹿。一応念のためだ。ただの人間が勝てる程度の敵なのか?」
「たとえばあなたが一〇〇人いたとして、正面から戦えば九九人は死にますね」
「生存率一パーセントじゃねえか! 誰がやるかそんなもん!!」
「ですがやらないと帰れないし、尻も拭けませんよ? 選択肢ないと思いますけど?」
「俺が困ってる理由の全部はテメェのせいだけどな! 魔人よりもテメェに殺意湧くわっていうか後で覚えとけよこんちくしょー!」
そんなこんなで、便座に座りっぱなしの男とぷかぷか浮いている消臭剤の、魔人を倒して紙を奪還するための奇妙な戦いが始まった。
いづれ彼は便器で並み居る強敵を薙ぎ倒し、このトートワールドでトイレの神様と呼ばれる存在になるのだが、それはまた別のお話。
ありがとうございます。
これが読者の何かの糧になれば幸いです。
連載中の【村人Aでも勇者を超えられる。】もよろしくお願いします!
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