第一話
人が行き交う駅前の街中。
忙しないながらも平和な日本の平凡な日常が交錯する場所にいきなり不穏な影が忍び寄る。
影の正体は雨雲や雷雲とはあきらかに色合いの異なる黒い雲。
本来は青いキャンパスに白が散りばめられていなければならない空を黒が覆い尽くす。
それまで歩みを止めなかった人々が立ち止まり、空を見上げていた。
それでも我関せず目的地に向かう者もいたが、そんな無関心な人間でさえも暗雲から自らを切り裂くかのように放たれた落雷とも光芒とも異なる激しい光、
そして直後に周囲の人間が放つ言葉を聞けば興味を惹かざるを得ない出来事が起きていた。
「キャー!!」
「ウワァー!化け物だ!」
昼の街中に叫び声や悲鳴が響き渡る。
その原因は交差点の真ん中に現れた街中のビルにも匹敵する大きさの蛇だ。
巨大なだけではない、その身体には複数の細く長い腕の様にこれまた蛇が生えている。
その蛇は自らの出現によって逃げ惑う人々を蛇の腕を伸ばし、その腕の顎によって捕らえた。
捕らえられた人々はそのままで蛇手に飲み込まれ、そしてそのまま蛇の本体に腕を通じて消化されてしまうのだろう。
その腕の一部が膨らみ、その膨らみが巨大蛇の胴体に向かって動いていくのを人々を眺めるか、次が我が身だと恐怖するしかない。
「警察はまだか!いや軍は!?」
「もうだめだぁ!」
この状況を打破するための力を彼らは持たない。
もはやこれまでかと諦めていた時、巨大蛇の腕の一部が刹那に消滅する。
巨大蛇から目を逸らさずにいた者ならば巨大ヘビの右側にある腕の付け根全てに閃光が奔ったような光景を一瞬だけ確認できただろう。
蛇の腕があった場所は鮮血が飛び散っており、巨大蛇が困惑しているような動きをしている間にも左側にある腕が消失する。
そして蛇から離れた場所、人々が避難している建物の入り口に巨大蛇から切り離れた思わしき蛇の腕がばら撒かれた。
蛇の腕には切れ込みがいくつかあり、そこから蛇に飲み込まれた人々が這い出してきた。
脱出してきた人々の身体には唾液や少々の血液等体液がびっちりと塗られていたが目立った外傷は無さそうである。
どうやら蛇の腕自体には消化器官はなかったようだ。
蛇の腕からの脱走者の一人が黒く染まった空を指差し、人々に告げる。
「あの人が我々を助けてくれたのだ!」
指差した方に一粒の光が見える。その方角は正確にはビルの屋上を指していた。
屋上の貯水タンクの上に輝く光の正体は眩く発光する女性。
その風体は多少腰回り等、一部に露出がありながらも赤と白の鎧の様な装甲やその下に青いタイツを着こみ、濃い色合いの黄色いバイザーのついたヘルメットを被っている。
素顔が見えないが女性と認識できたのは胸部の盛り上がりやヘルメットから除く長めの金色の髪。
その姿を見れば誰もが彼女が何者か、すぐに連想できるだろう。
そしてその女性は気高く凛々しい女性らしい低めの声でのたうち回る巨大蛇に宣言する。
「私の名は、輝光戦士レディアンド!貴様の様な人々の生活を脅かすモノを倒すヒーローだ」
「うぉー!レディアンド!!」
なぜかその声は人々に響き渡り、絶望の淵にいた人々を沸き立たせる。
その名乗りで人々に希望を与えた戦士は、屋上から飛び上がり重力を無視した一筋の光となり巨大蛇に向かっていく。
巨大蛇は自分に向かってくる光を確認すると、切断面から再び蛇を生やしてその腕を伸ばす。
「再生能力か……だが同じ事だ!我が七光りが一つ、闇を切り裂く光の双牙、|『ツインヴァイス』!」
戦士の掌に光が収束していく、そしてその光は形となり大きめのナックルナイフとして戦士の両手に収まる。
ナックルナイフを逆手持ちにした戦士が蛇の群れに突っ込んだかと思えば戦士の姿は一瞬にして消え、
次にその姿を現したのは複数の閃光が走り、バラバラになった蛇の肉片が光の粒に変わり消滅した時であった。
「錆落としにもなりはしないな」
不敵に笑い、周囲の人間から喝采を受ける戦士。その姿に激昂したのか巨大蛇は自らの口を大きく開き何かを吸い込む体勢を見せつける。
そしてその口内に熱く光るものを発生させた。そう、怪獣お決まりの火炎放射攻撃だ。
対象は巨大蛇に向かって来る戦士、そしてその背後にある人々が避難しているビル。
この火炎放射攻撃が通れば、触れたモノは全て灰燼に帰す。そんな恐怖が無条件に与えられる。
そしてその息吹は……放たれなかった。
「この閃光を操る戦士、レディアンドにはそのような攻撃は無と知れ」
いつの間にか、戦士は巨大蛇の下顎に到達しており火炎放射を止める攻撃手段を整えていた。
「ただし復習はあの世で反省して行うように!」
戦士は身を翻し、両の足で巨大蛇を蹴り上げた。目的地は空。
打上げられた巨大蛇は天高く舞い、抵抗など出来ない。そして蛇からみればビルが小さく見える頃、戦士は蛇から離れ、蛇の真下で逆手持ちから通常の持ち方に構え直す。
そして巨大蛇が落下する体勢となった時、戦士は刃をクロスさせると《ツインヴァイス》と呼ばれたナックルナイフが輝いた。
「そのまま貴様を地上に返す訳にはいかない。せめて天国に極力近いところで葬ってやろう!
《砕破光波裁》!!」
まさに必殺技の響きと共にさらに発光した戦士がナックルナイフから光の波動を放つ。
光の波動は蛇の鱗や肉を削ぎとっていく。削がれた後は光の粒となって光の波動と重なり消滅していく。
そして両手のクロスを振り下ろす形で解けば、斬撃が光の衝撃となりボロボロに成った蛇の身体を切り裂いた。
蛇の体内に発生した火炎が爆発となり残った肉片を燃やし尽くし、そして光となって消え去っていった。
蛇を切り裂いた衝撃は暗雲に巨大な切れ目を生み出し、そこから雲はまるで最初から存在してなかったかのように晴れていく。
その光景を確認した戦士が地上に帰還するときにはすっかり空はいつもの青く白い雲が気ままに漂う姿になっていた。
「レディアンド!レディアンド!」
「応援ありがとう、だが私は行かねばならない。光を求める人が未だいるのだ!」
勝利の凱旋と相成った戦士を人々は喝采で出迎える。街には大きな被害もなくまるで事件はなかったかのようだ。
だが戦士の活躍は人々の胸に深く刻まれている。だが、戦士の戦いはまだ続く。
戦士は晴れた空に高く飛び上がり、ようやく駆けつけた軍のヘリを追い抜いて次の戦いに向かう。
戦え、輝光戦士レディアンド!頑張れレディアンド!君のような光を人は求めているぞ!
※※※※
「うん!いい出来栄えだわ!ね、ヒカルもそう思うでしょ?」
プロジェクタースクリーンに映しだされた「FIN」という文字が「輝光戦士レディアンド」の闘いがとりあえず終わっていることを示している。
スクリーンに映像を映し出している映写機を満足そうに操作している女性の質問に俺は答えた。
「ああ、そうっすね。まるで実写みたいでこれがまさかこれが全部CGなんて思えないですよ」
「CGじゃないわ。3D映像よ!VRよ!
しかも特定状況とはいえ実際に衝撃や触感を再現できるこの私が作ったオリジナル技術「アクセル・ライト」!
これがあれば今度の即売会ではセンセーションが起きるわよ!」
「しかし、本当に漫画や小説に出てくるような技術っすね。つうかこんなにもはや大企業レベルの技術じゃないっすか。
これ然るべき場所に送れば同人即売会で小金稼ぎってレベルじゃないくらい稼げるんじゃないっすか。ノーベル賞モノだし」
「バカね。私みたいな一個人が作れるものなんて本当はどこでも出来るのよ。こういうのは量産とか出来て初めて世間に出れるの。
今の私達じゃこの三十分にも及ばない動画を一、二本作るのが限界よ。当面はこれや他の作品で資金繰りね」
そうはいいながらも女性……星上先輩は喜々と先ほどの動画を再生する。
しかしほとんど素人の俺にもわかる。この映像は技術価値や内容はどうあれ脚本は昔ならではの日本式ヒーロー特撮ドラマ。使い古されて陳腐な物だ。
プロならこの三十分にも満たない動画に独自性を持たせたり、王道ながらに引きこませる何かを出せるのだろう。
もっともこの動画は技術紹介のために作ったPVのようなもの。この脚本だって先輩の意見を参考に俺が適当に書いたものだ。
評価されるのは飽くまで先輩だ。
「しかし……まさかのこのヒーロー……いやヒロインっていうのかしらね?ヒロインを演じているのがヒカルみたいな男だって誰も思わないでしょうね」
そうなんだよなぁ。このヒーロー「輝光戦士レディアンド」を演じているのは俺。
見た目からしてさほどパッとしなくて女装なんて似合わない男の代表格である光成二が閃光を操る光速の女戦士の正体なのだった。
ちなみにヒカルはあだ名だ。
事の始まりは俺と星上先輩が四年ぶりに再開した所にある。
俺と先輩はいわゆる二歳差の幼なじみと言うやつで小中高と大体は一緒だった。
もっとも学年は違うし男女ということもあって高校時代以外はいうほど親しい仲でなかった。
おそらくもっとも付き合いがあったのは高校の時に同じ映画研究部に所属していた時であろう。
その時の映研は実質映画やアニメ、ドラマを見ているだけのダベり部だったのだが。
俺が入ったのも先輩からダベれるからという理由で入ったのでさほど映画とか好きではなかった。
先輩も自分の趣味で映写機や動画制作に使う機材をいじれるかという理由で入っていたのでたまに映画作成に関するレポートを提出するくらいの活動しかしていない。
そんなんでも割りと楽しかった記憶がある。もっとも俺が入った時には先輩は三年だったので一緒に過ごしたのは実質一年くらいである。
先輩は大学に進学し、俺は高校卒業後就職したので互いに連絡はなかったのだが、ある時先輩が実家暮らししていた俺を訪ねてきた。
なんでも先輩は大学卒業後し、就職して収入があるので同人サークルを立ち上げようと思い、俺を部員に誘ってきたとのこと。
どういう経緯で俺を誘うことにしたのかは分からないが、趣味に付き合うくらいなら構わないと思い気安く引き受けてしまった。
そしてしばらくして先輩が映画製作の俺に持ちかけてきたのだ。
「ヒカル、スタントマンになってみない?」
「スタントマンって映画とかのアクションシーンを撮る専用の役者ですよね。アクション映画を撮るんですか?」
「ま、そんなところ。実はいい映写機を手に入れた……というか作ってね。せっかくだしなんか撮って売ってみようと思ってね」
「ふーん。台本とかはもう出来ているってことですかね」
「モチ」
なんでも大学にいた時にも映研にいた先輩はその時のメンバーから没になったプロット云々を許可をもらって使わせてもらうらしい。
その作品というのがさっきの「輝光戦士レディアンド」である。
謎の女性ヒーローが街の平和を脅かす怪獣や怪人を倒していくという王道ストーリーだ。
光を操るため光速移動が得意なレディアンドには七光りという7つの武器を持っており、その力で云々。
実は原案の時点では少しエロっぽい要素もあったらしいが……まぁそんなことはどうでもいいか。
さて、俺がどうやって女性ヒーローになったかといえば先輩がこれまた大学時に知り合った教授が研究していたVR技術を応用したものらしい。
なんでも「アクセル・ライト」と呼ぶことにした特殊な光を集める機械を使い、集めた光を反射する鏡などを配置した部屋に放射することである程度の質量を持った映像が発生するらしい。
そのままではちょっと触れる感覚のある虹ができる程度なのだが、特殊な光を放射する様に改造した映写機の映像を光に乗せて映写することでを使うことで映写した映像が実体化という仕組みだそうだ。
質量を持った映像は手を加えることで決まった動きをすることが可能で、それを利用して先ほど特撮を撮ることに成功している。
今俺の腕や腰にも小型化した映写機が装備されており、俺の周囲だけ映像を変化させて俺を女性ヒーローであるレディアンドに変化させている。
さすがに周囲の映像との同期は巧く行かなかったらしく、発光させたりレディアンドを映すシーンではレディアンドを極力中心に収めることでごまかしている。
男のガタイを女性のそれに見せかけることが出来る技術的PRのためにはしかたのないことである。最もデザインを一から書き起こすのが面倒というのもあるのだろが。
「さすがに自分で触っても女性の体って感じはしないなぁ……」
「まぁ他の人が触っても女性の触感は一瞬しかしないみたいだけどね、ちなみに触感などのモデルは私ではありません」
「……いや、別に心配とかはしてませんよ。このデザインを作るために先輩の身体を触った誰かがいたんだろうなってのは考えてませんから」
ちなみにサークル名は「スターライト」。俺と先輩、あと数名が所属している。
ほぼ全員が別に仕事がある社会人のためか両手で数えられるほどの人数のはずだが俺は全員と会ったことがない。
撮影の時に全員集まることはあるようだが撮影の間は俺は集中しており、撮影が終われば俺はシャワーを浴びたり帰ったりしているし、他の人も動画編集などで顔を合わせる機会がない。
そんなこんなでやく三ヶ月かけて作成した「スターライト」の処女作品は今日、完成を見た。締め切りには間に合ってよかったとは先輩の談だ。
さすがにこれだけで稼げるわけないので設定集や簡単な小説なども同時に売るとのこと。これからこの俺が主演が大勢に見られるかもしれないとなると恥ずかしい。
というわけで俺と星上先輩の二人で試写会を行っている。他のメンバーは事情があって今は来れないようだが別日にまた試写会を行うらしい。
先輩いわく、主演に一番最初に見せたいとのことで俺が呼ばれている。予定している別日に俺の都合が悪いというのもあるが。
確認も兼ねて三回ほど上映して、すでに達成感がマッハになっている俺は先輩に問いかけた。
「あとはこれが売れるかを祈るだけというところですよね」
「そうね。ま、新参だから完売とは行かないだろうけどね……でもヒカルはよくやってくれたわ」
「いやいや、むしろ足を引っ張っていないか不安でしたよ……って今はそんな事考えるのはやめるか」
「えっと、報酬のことだけど……前に言ったようにそんなには用意してないけど」
「俺もいったじゃないですか、気にしなくていいって」
「ううん、それじゃ気がすまないって、皆も言っているし……まぁなにか考えておくわね。もしかすると売り上げ次第では次回作も考えているし」
「はは、じゃあ俺帰りますわ。仕事もありますし……先輩、送って行きましょうか?」
「んー、お言葉に甘えましょうかな。他の人も今日はこれないし、私一人じゃ出来ることは限られているし」
壁にかけてあるデジタル時計を見れば20時を過ぎている……深夜ってわけじゃないが女性を一人にはするには不安な時間だ。
帰る準備を済ませた俺達は作業スタジオが入っているビルを出た。今日の夜空は夏に入ったばかりの空にしては晴れてて星が多いような気がする。
俺はここに来るときに乗ってきたバイクに先輩を乗せて帰路を走っていた。もう少しで俺に先輩の家につく頃に先輩は話しかけてきた。
「ねえ、ヒカル。なんか文化祭の準備の時を思い出さない?」
「ん……ああ、そうっすね。あん時は単に全員のおすすめ映画をレビュー付きで流していただけですけどね」
「でもちょっと文章の校正とかで遅くまで残ることはあったじゃない」
「んー、確か副部長が納得行かねえってゴネてたやつですかね。そういえばアイツ今アメリカで映画製作の勉強しているとか」
「まぁうちの映研、映画に首ったけなの実質あの子だけだったからね。その時もヒカルが送ってくれたよね」
「そっすね……あん時は先輩も俺もバス通学なんで送っているというよりは一緒に帰っているだけでしたけど」
「……やっぱし、ヒカルを誘ってよかったわ。安心できるもの」
先輩を家に送り届けると今後の予定を確認しあって、俺も帰路に着く。
なんだか一人で戻る夜道はどこか不安にさせた。それはきっといつもより星が輝いていた気がするからなんだろうと思うことにした。
※※※※
まるでSF映画に出てくる機械だらけの部屋。
広々しているがどこか閉塞感のあるこの空間の壁にはあちこちに計器やらモニターやらがめまぐるしく忙しくなく点滅や針がうごいていることで絶賛稼働中であることがわかる。
目立つように壁の中心に備わっている一際大きいモニターには青と緑、そして所々に白が散りばめられている惑星が記されている。
その部屋で長いこと作業していた一つの人影が通信機のようなもので誰かを呼び出し、しばらくして三つの人影がその部屋に集まってきた。
四人の中でもっとも体格の良い作業をしていた人影はモニターを他の三人に、確認させ口を開いた。
「ようやくつきましたぞ、これが「希望の星」です。現地の住民はこの星を「地球」と呼んでおります。我らもそれに乗っ取り「地球」と呼ばせてもらいましょう」
「ああ、やっと見つけたな。この「地球」が我らの「光」というわけだな」
四人の中でリーダー格らしい二番目に背の高い人影がモニターに映った「地球」に感動のあまりため息をつく。
実際彼らの目には地球」が美しく映っているのであろう。
そしてもっとも小柄な人影が感動を押し殺すように声を上げた。その声色は人間で言う女性と認識させるものであった。
「それで、まずはどこに?「光」の反応が強く出ている場所があるのでしょう?」
「そうですな、日本という島国……その地域が今もっとも「光」が反応しております」
モニターの中にある地球を拡大させ、日本の関東圏に当たる地域を指揮棒のようなもので指す、巨漢の男。
そこには光が点滅しており、そこを目的地にしていることがわかる。
その光を見て、最後の人影が質問をした。
「……で、この国、いやこの星の戦力は?まぁ「光」を放置している時点でそこまで技術力は無さそうだけどね」
「いや、この星は「光」に頼らなくてもいいのだろう。まぁ宇宙開発が進んでいるとは思えないのは事実だろうけどね」
「ふむぅ、この世界のネットワークの一部にハッキングしましたが一個人が我らを撃退できる様な力は持ってはいないようですな。ことさらこの日本という国では市街地での戦闘をあまり意識していないようですな。このままステルスを使い、目的地に降りれれば問題はないでしょう」
「そういうことだ。あまり事を荒立てるなよ?」
「ふん」
質問をした人影は鼻息らしき音を立てて不服そうであったが、リーダー格の意見に他の二人は納得して、彼らは地球を目指していた。
※※※※
「輝光戦士レディアンド」の完成から一週間程経った。
俺はあくまでゲストに近い立ち位置にいるため、その後の進捗は先輩を通してしかわからないが、
DVDに映像を焼く作業も販売の手筈なんかも整っていて特に俺が介入することはないらしい。
当日の売り場には俺が行くかもしれないが、とりあえず結果報告を待つだけという状況である。
俺の日常は特撮の撮影というスパイスがなくなったが結局はあまり変わらない日常に戻っていた。
今日は仕事が休みだが、かといってこれといったことをする気力もなく近所の公園のベンチに腰掛けていた。
今、あのスタジオにいないという事実が何故か俺を焦らせた。
何週間も身体を動かしていたせいか妙に身体が疼いて先程まで公園の鉄棒で懸垂や逆上がりなどをしていたのだが飽きてしまった。
体を動かすのは嫌いじゃないが、やはり達成感の後は虚無感が襲う。
経験上、こんなことは結構尾を引くがいつの間にか消え去っていくものだ。その消え去る瞬間を待つしかない。
ふと、俺は左腕にした腕時計を見た。普通のデジタル時計とも針時計とも異なるこのデザインを俺は気に入っている。
この腕時計は設定上はレディアンドに変身するために必要なもので、時を加速する力を持っている。
これを装備して光速に迫る速度で走ると、時を加速させる力と相乗してその身は光と成りレディアンドに変身するというプロセスらしい。
もっとも映画ではこの描写はオミットされてて、小説や設定集にしか載せていない。
つまり俺が映画中にこれを身につけることはないのだが、撮影が終わった後の「報酬」の一つとして没になった小道具の一つをもらったものだ。
これを作った小道具の人によると壊れた安い時計を改造したものでゴミになるくらいなら持っていて構わないとのこと。
どうせデザインも没になったものでこのデザイン自体は設定集にも少しか乗せないもので資料にも使わないらしい。
時計自体は動くように直してあるので自分で調節したり電池を換えれば動くので俺が個人的に使っている。
「帰るか……」
誰に言うでもなく呟くと、腰を上げると公園を出てすぐの道路を挟んだ先にいる二人の女性と子供が目に入った。子供はまだ幼稚園生くらいだろうか?
子供は買ってもらったばかりなのかクマのぬいぐるみに、二人の女性は会話に夢中らしい。
するとその子どもと女性の間に自転車が通った際に子供がよろめき、道路側に出てしまう。その際にぬいぐるみを落とし、さらに道路に放り出されてしまったのだ。
そしてタイミングを見計らったかのように子どもとヌイグルミに迫ってくるトラック。
子供も女性もトラックの運転手も互いに気づいていない。
「危ない!!」
体が動くのが先か、叫んだのが先か俺は駆け出していた。
無論、距離的に間に合うはずもない。しかし不思議といつもより早く体が動いた気がした。
もしかすると死ぬ瞬間は時間が遅く感じるというものだろうか?
俺の行動で子供のピンチに気づいた女性の叫びもトラックのクラクションも聞こえない。
そしては俺は気がついたら……
「あ、ありがとうございます!!」
「大丈夫?坊や、お嬢さん」
「おい!姉ちゃん大丈夫か!?」
胸に子供とヌイグルミを抱えて、女性二人の近くに移動していた。
トラックは先程の子供を通り過ぎる位置で停車しており降りた運転手がこっちに向かって来る。
確かに俺は子どもとヌイグルミを拾った感覚はしたし、そのつもりで行動したつもりだ。
だが、俺のいた位置から子供を救うのは無理のはずだが……それこそすごく早く移動できれば話は別だが。
とにかく俺は子供を降ろし、ヌイグルミを渡してあげると子供は礼をいってくれのだが…
「ありがとう、おねえちゃん!」
おねえちゃん?礼を言われたのは嬉しいが俺は正真正銘の男だ。お世辞にも俺は女には見えない格好のはずだが。
そういえばさっきも俺をまるで女扱いするような声が聞こえた。
まさかと思い、俺は軽く手を胸に持って行った……ある。明らかな女性の膨らみがそこに存在していた。
どうなっているんだ……!?とにかく俺は状況を確かめるべくこの場を去ることにした。
「車には気をつけるんだよ、さらば!」
自分の喉から出た音は明らかに普段はなっている物とは異なる高音。
そしてこの場から去るべく翔けるこの速度、まるで景色が早送りに感じる感覚。
もしかすると、もしかすれば……どこかで見たような記憶がある状況を生み出しつつ俺はとにかく自分の家に戻り、すばやく鏡のある洗面台に向かった。
そこには……
「嘘だろ、おい……」
赤と白のパワードスーツを身にまとい、金髪を垂らしたコスプレで女装にしてはクオリティが高すぎるという俺…
かつて自らが演じたはずの女ヒーロー、「輝光戦士レディアンド」の姿が鏡に映っていたのだった。
※※※※
「なるほど、つまり自分が本物のヒーロー……我々の創作物である「レディアンド」になってしまったと、光君、君はそういうのだね?」
俺が変身して一時間後、即売会に向けて追い込みをしているはずの「スターライト」のメンバーのほぼ全員が集結して借りているスタジオで会議をしていた。当然俺も参加している。
自分の姿が変わっているのを確認してしまった俺は星上先輩に電話で連絡をとった。
なぜ先輩に連絡をとったのかは分からないが、直感というか「レディアンド」のことなら先輩に聞けばわかると思ったからだ。
実際連絡を受けた先輩は直ぐにスタジオに来るように指示し、俺が着いた頃には会議の準備がすでに整っていたのだ。まるでこういったことが起きるかわかっていたように冷静に対応していたのだ。
「とにかく、スタジオに来て。大丈夫、あなたが狂ったとかそんなことは本当に感じていないから」
ちなみに変身は連絡をしている際に解けてしまっていたようで、家に土足であがりこんでいる状態になっていた。
驚くべきは土足で家を移動した跡がないこと、そして公園から家に移動していたのに一分もくらいしかかかっていなかったらしきことである。俺の家から公園は走っても五、六分はかかる距離にある。
元々レディアンドには時間制限があるらしいのは知っていたが通話時間などを含めると設定されている制限時間と大体同じ、五分位と推測できる。
さて、会議を取り仕切っているサークルリーダーである強面の男、潮氏は俺に怒鳴りつけた。
「信じられるか!見た目だけならともかく設定上記された光速移動まで可能などと!」
「本当なんだって!むしろこの場で変身したって信じられないのは自分なんだけど!」
先程から同じやり取りをしている。だが、潮氏も真っ向から否定したいわけじゃないらしく、先程からチラチラと他のメンバーを見ている。そして星上先輩を含めた三人に問いかけた。そしてその問いかけにメガネを掛けたネズミ顔の男、鶴屋氏が答えた。彼は小道具担当で腕時計も彼が改造した物だ。
「で、どうなんだ。星上、鶴屋、御影。お前達、原案チームの意見としては」
「無くはないですよ。なにせほとんど未知の技術を使っているわけですからねぇ」
原案チームというのは文字通り「輝光戦士レディアンド」の原案を「スターライト」に持ち込んだ三人を指していている。
そう、同じ大学から「輝光戦士レディアンド」の設定と撮影に使った「アクセル・ライト」のことをこのメンバーの中では一番知っているというわけだ。
「でもまさか、本当にヒーローに変身できる力があったとは思ってないですよ。確かに「アクセル・ライト」は元々発見した教授が実用化には向かないってことで放棄した研究でしたが……放棄した後に好きに使ってくれって言って少しだけ資料をもらったわけですが……もしかして教授は知ってて俺達にこの資料を渡していたのかもしれませんねぇ」
鶴屋氏はため息をついてレポート用紙の束を指でつついた。
鶴屋氏いわく当時、映研で特撮映画を作ろうとしていると教授に話した時に興味を持っていたらしい。
要は教授に何かの思惑があって、先輩たちは利用されたということだろう。
「結局いろいろあって特撮はやめて普通のミステリーを撮ったのよねぇ……ミステリーを撮るのに「アクセル・ライト」はあまり使えなかったので誇りをかぶってたってわけ。当時はまだこれも作ってなかったし」
星上先輩は「アクセル・ライト」を組み込んだ映写機を指差していた。
本気で残念がっている鶴屋氏や御影氏とは違ってまったく気にしてない。本当に映画そのものに対して興味ない。
先輩は大学を卒業後も「アクセル・ライト」でどんなことが出来るか、どこまでリアルな映像が作れるのか個人的に研究し続けておりそして半年前にこの映写機を完成させた。
その後鶴屋氏や御影氏に昔のよしみで「スターライト」に誘われ、そこで同人作品としてヒーロー物を作ろうという話になった際に「輝光戦士レディアンド」の存在を思い出して「アクセル・ライト」も提供した……これが一連の流れだ。
会議とは言いつつ、結局殆ど話は進んでいなかったが潮氏が咳払いをして自身に注目させた。
俺も含め全員がリーダーの意見を聞くために視線を集中させたのが確認できたのが言葉を紡いだ。
「とにかくだ……本当にヒカルが「レディアンド」に変身できるのか。試してみたほうがいいだろ?」
おそらく全員は考えていたが忌避していた考えであった。実際に変身できたとして、何が起こるか分からないからだ。
ていうか、あなたもヒカルって呼ぶんですね。別に男に呼ばれて気持ち悪いアダ名ではないから気にはしないが……
だが、このまま机上の空論をしていても仕方ない。俺は試してみる方がいいと感じ、その提案を承認した。
そして俺達は車で少し走った場所にある小さな山に来ていた。あの場にいた全員で来ているわけじゃなく、先輩と潮氏、鶴屋氏と御影氏……まぁ要するにリーダーと原案チームが見届人だ。
その山にある開けた場所で簡単な撮影機材を用意し、長い髪をで中性的な見た目をしている人……御影氏が手で撮影準備完了の合図をした。
この人はえらく無口で、少なくとも俺は喋っているのを見たことがない。そのせいで俺はこの人が女なのか男か知らない。こういう人が見た目的な意味で「レディアンド」やればいいと思うのだが……技術PRのためにはギャップの方が大事か。
ちなみに御影氏が「レディアンド」のデザインを考えたらしい。設定画を見たことがあるがきっちり書き込まれていて、仕事ができる無口な職人という印象を受けた。
「じゃあ、走りますよ」
俺はとりあえず、子供を助けた時のフォームを意識して走ってみた。
状況も子供にトラックが接近する時のことを思い出し、目を閉じて足元の木の葉と土を蹴り上げる。
駆けていると周囲の風が強くなる感覚に包まれる。否、まるで自身が風になったかのような気分さえする。
目を開ければ、まるで世界の映像が早送りに見える……この感覚だ。
しかし見たいと思う場所ははっきりとしている。実際、前方に見える木ははっきりと距離感が掴めるほどに鮮明。
俺の直進を妨げるように存在する木に俺は試しに拳をぶつけるべく狙いを定める。
そして俺の拳が目標に到達し、速度を乗せたパンチを木の幹に叩きつけた。
刹那、俺の拳の位置を中心に木にヒビが入ったかと思うと破砕音と共に木は砕け、向こう側に倒れていった。
普通、こんなことをすれば拳に負担がかかり、鈍痛が指を支配するはずだが、痛みは感じない。
もしかすると感覚が麻痺しているか無くなっているだけかもしれないが……レディアンドの身体は光で構築されており、多少の怪我は即効で回復し欠損はほぼ起きない。痛みも意思が強い攻撃でもなければ感じない体質という設定になっている。
……やはり姿どころか体質も変わっている。
常人ならざる体になっていることを確信した俺は先輩たちのいる場所に戻るために振り向けば、移動距離が移動時間に比べて長いことを感じる。
いや、時計がないから先輩たちの所に戻らないと時間がわからないんだが。
なにせ、服や装飾品まで「レディアンド」の装備品に変化していてこの姿のままでは存在を確認できない。
そんなことを考えながら俺は一瞬で先輩たちの元に戻った。
「どうですか?」
「ああ、本当に変身していたのか……ていうか、速すぎて一瞬姿が消えたようにしか見えなかった。
ん。どうした、御影……ああ、そうか。そっちでも変身する瞬間は撮れなかったか」
潮氏と御影氏が撮影した映像には俺がいた場所で一瞬光って、姿が消えた模様しか撮影できてない様だ。
まぁ戻ってきた後、しばらく変身が解けていないので一応現在進行形で撮影しているわけで……ん、この感覚は……。
全身が一瞬消える感覚。忘我の瞬間というべきか……とにかく普段感じていたものが一瞬無くなる感覚が俺を襲い、そして変身が解ける。
変身が解けた時、急に身体が重くなったように感じ、地面に膝をついてしまった。
「キャ!」という小さな悲鳴と共に先輩が近寄ってくる。
俺は近寄ってきた先輩を心配させないように直ぐに立ち上がることにする。
「だ、大丈夫?ヒカル!?」
「ええ、大丈夫……かもしれないです。急に身体が重くなったように感じだだけで……」
「吐き気は?目眩は?」
「いや、そういうのは……目はチカチカしているような気がしますが」
目がチカチカしているのは変身した時に見える早送りした様な映像の見過ぎだと思う。
ちょっと怠惰感が残っているが、立ち上がって動く分には体調は戻ってきている。
ただ、もう一回走るというのはもう少し休んでみないとキツイという感じだ。
なんというかスケート靴を脱いだ後みたいな独特の気だるさだ。
「うむ、腕時計を外してもう一度試してみようと思ったんですが……やめておいたほうがいいですねぇ」
「とりあえず撮ったものを戻って検証するか」
鶴屋氏や潮氏が肩を貸してくれそうだったが断りつつ、一度スタジオに戻って待機している全員に録画をみてもらうことになった。
とはいっても俺は大事を取ってそのまま家に帰る事になったのだが。
帰りに先輩に同行してもらい、徒歩で帰宅している間先輩はやたら俺の体調を心配していた。
正直、先輩はこんな人の心配をする人間だとは思ってなかった。実質数年程度の付き合いで何がわかるかっていうもんだが、少なくともこんなわかりやすい心配はしない人だと思っていた。
今だって自分から同行を申し出たくらいだ。まぁ「ヒカルだって逆の立場だったら同じことするでしょ?」って言われれば断る理由もないんだが。
どうせ家も近所だしといろいろ理由をつけられ、今現在我が家の近くに来ていた。
ちょうど俺の家であり職場でもある弁当屋「ヒカル弁当」の前に母さんがいた。今日は定休日で俺含め家族は皆出かけていたのだ。
なぜか先輩は気まずそうな顔をしていたのだが、俺と母さんはにただいまを言い合う。
そして母さんは先輩に話しかけたのだ。
「おや、星上さんところの空ちゃんじゃないかい?久しぶりだねえ。うちの近くまで来るのは中学以来かい?」
「え、ええそうですね。お久しぶりです、おば様」
そういえば、高校の時や今は先輩が家に来るときは俺しかいない時くらいだな、約束してどこか別のところで待ち合わせがメインだしな。
ん?中学生のころはよく会ってたっけ。イマイチその頃の記憶が無い。
と俺が考えている間に先輩と母さんの挨拶は終わっていたようで、先輩は母さんに俺の身体の不調のことを簡単に説明するとそのまま帰っていった。
母さんもその後帰ってきた父さんたちも俺の体調を心配していたが、夕食の時間くらいにはだいぶ良くなっていた。後遺症も多分無いだろう。
※※※※
夜中、残業帰りのサラリーマンが帰路についていた。
上司の愚痴を独り言で呟きながら、街頭に照らされた夜道を歩いていた。
ふと、公園を横切るが少し後退して公園の中を覗き、ちょっと昔を懐かしむ気分になったということで公園の中に入っていく。
どうせ、家に帰っても出迎えてくれる人はいないし、気になるのは失礼な警官の職務質問くらいだ。
そんな後ろ向きな気持ちを抑え、公園のベンチに腰掛ける。
ベンチに腰掛け、落ち着き忙しいながらも退屈な人生にため息を付いていると彼の目の前の背景が暗くなる。夜の公園のそれとは明らかに違う暗闇が広がっていき、公園全てを覆い隠した。
サラリーマンは戸惑いながらベンチから立ち上がり、出入り口に向かってこの場から逃げ出すために駆けていく。
しかし公園全体が物体の形すらあやふやな程の闇に包まれているために出入り口に向かうには僅かに躊躇させるためか思ったより走るスピードが出ない。
それでも記憶を頼りに出入り口に向かうと、背後から落下音が聞こえる。
振り向けばそこには人影らしきものが複数人見え、そして上空には大きな円盤のようなものがあった。
不思議と闇の中で目立つものであり、それらはあきらかにサラリーマンの常識から外れてい代物達であった。
人影は何やら、袋のようなものを取り出した後そこから何か粒のようなものを複数取り出し、それを空に放り投げた。
そしてその粒のようなものが空に消えると闇がカーテンを開けるように消えていく。
気づけば、上空にあった円盤も人影も消えてなくなっており、そしてサラリーマンもその公園から消えていた。
すっかり無人になってしまった公園の砂場に一粒、黒い植物の種のような物体が砂に紛れ沈んでいったのはこの時、誰も知る由もなかったのだ……。
※※※※
あれから数日経ち、俺の変身解除シーンだけを見た結果俺はどうやら肉体ごと光の粒子になって再構築され、「レディアンド」とヒカルの姿に書き換わるというプロセスを組んでいることが判明した。
服もそういった経緯で変化しているということらしく、俺はまさしく人外と化していたようである。
もっとも「レディアンド」も設定上は光の化身らしいので再現されているといえる。
こんな要素はたまたま被ったのかそれともわざと再現しているのかよくわからないがとにかく俺が創作物と同じ性質と持ってしまった事実は変わらない。
とりあえず、腕時計は返却し俺は「レディアンド」に変身することはなくなった。
……いや、腕時計が本当に変身アイテムなのかはわからない。結局、外したまま走って実験してはいないからだ。
先輩が反対したらしい。まぁ本当に素の状態で走って変身できるようになってしまっては日常生活に支障が出る。実際、後日家の近所を全力疾走したが変身はしなかった。その光景を見られて先輩に咎められたわけだが。
あの一件以来、先輩はやたら俺の体調を心配する様になった。変身してしまったあの日からずっとである。
仕事はどうした?ってレベルで様子を見に来るしな。俺が店番をしているときに弁当の注文と称して狙ってやってくる。
変身して命が危ないとか言うならスタントマンなんてやらせなきゃいいと思うし、俺は割りと丈夫な方で怪我とかしても骨折とかじゃなきゃ結構早く回復する。まぁ漫画みたいにすぐに治るってわけじゃないから研究所とかのお世話になったわけではないが……とにかく多少身体が重くたって少し休めば良くなるってのはわかっているはずだ。
とにかく、ここ数日の先輩は様子はおかしい、というわけだ。
まぁ今その先輩と何故かいわゆるカップルの多い飲食店に来ているのだが……ものすごく気まずい。
目や肺に入ってくるのはイチャイチャしていたり、甘々な空気だ。
そんな空気でも先輩は平然として、メニューの最後尾のデザートとか書いてあるページに目を輝かせながら注文の吟味をしている。
「ヒカルは何にする?私、このパフェにするんだけど……」
「え、え……じゃあ俺、そのパンケーキで……」
やはり大学にいる間に彼氏とかいたんだろうか?それとも、今この店でカップルで来るとデザート類が安くなるサービスデーをやっているからだろうか?或いは両方か……とにかく同席者である俺の心境とは裏腹に楽しそうに注文をした。
そういえば割引サービスを受ける以上俺たちもこの場ではカップルになるんだな……なんか余計恥ずかしくなってきた。
まぁこういう好きな物に対して本当に楽しそうに触れているのは相変わらずで安心した。ここ数日の心配性で人が変わってしまったのかと思っていたからだ。
さて、今日俺は先輩に誘われて俺にはふさわしく無さそうなこのファミレスにいるわけだが、先輩は要件を伝えてこない。
別にいきなり忙しいときに呼び出されたわけじゃないし、先輩といる事自体は嫌いじゃないからいいが……ここのところを考えると普段こないところで只パフェを食いに来たわけじゃないだろうし。
と、思っていたがしばらくして先輩から話を切り出してきた。
「さて、私があなたを呼んだ理由だけど……単刀直入にいうわ……「レディアンド」やめてほしいの」
急にそんなこと言うんで絶句してしまった。今この状況を客観的に見たら別れ話を切り出されたカップルにしか見えんだろうな。
とりあえず水を飲んで落ち着くことにし、話の続きを聞くことにした。
「まぁ言葉通りの意味よ。まだ「スターライト」でもまだ審議しているんだけどとりあえずあの映画は没。当日出すのは設定集と小説でいくわ」
「な、なんでですか!?もしかして俺が本当に変身するのがまずいとかですか!?」
「そのとおりよ、実在しているヒーローの映画なんて色々まずいわ。まぁ実際にあなたが演じている「レディアンド」をなかったことにしておけばなんとか修正は効くしね……何より元々アレは話題を集めようと制作してたもの。すでにあなたに礼は渡してあるし、このままなかったことにしても誰も困らないわ」
「ぞ、続編の話もなかったってことに?」
「うん、まぁ正確にいうとあの映画のね。私達の作品としては続けることにしている」
先輩は淡々と語る。なぜだ?あんなに映画を撮っているときはあんなに楽しそうだったのに、俺に頼んでよかったなんて言ってくれたのに!?
ていうか俺が「レディアンド」じゃなくなったら「スターライト」との関わりが無くなってしまう!
俺がさらなる反論を考えている時、外でなにか悲鳴のようなものが聞こえてきた。
さらに店の外が見えるように張られている窓ガラスを叩く音によって俺を含めたファミレスの中にいた客が外の光景を見ることとなる。
「な、なにこいつ!気持ち悪い!!」
「と、とにかく窓から離れろ!!」
はっきりとは分からないが俺の身長くらいはあるであろうトカゲのようなナニカが二、三体程窓ガラスに張り付いている。
窓ガラスを尻尾や前足で叩いており、そこまで力はないようであるが、俺と先輩以外の窓際の席にいた客は皆、そこから慌てて離れてしまった。窓際にいない客も店員も悲鳴をあげて、あたふたしている。
中には外に連絡を取ろうとして携帯電話を使おうとしてパニックのあまり操作もままならない人がいる。
外が騒がしい理由は明白で、外ではこれ以上の混乱と恐怖が溢れている状態なのだろう。
「どうやら何か異変が起きているみたいね、でも窓ガラスを割る力はないみたい」
「れ、冷静ですね……」
「いや、凄いびっくりしているわ……でも映画とかだとこういうとき慌てると死亡フラグが立っちゃうしね。まぁ私がみんなが慌てていると逆に落ち着いてしまう性質なのかもしれないけど……ヒカルも冷静じゃない」
「いや、俺も多分先輩と同じですよ。とにかく奴らから離れましょうか」
「そうね、一番安全そうな位置にいきましょうか、そこから外に連絡でも……」
先輩は謎の巨大トカゲを少し観察しつつ、平常心を保ちながら極力窓ガラスから離れた。
俺もそれに追随して席を離れる。とは言え俺達もパニックを起こしている他の人達とは何も変わらない……なぜなら今連絡を取ろうとして、携帯電話を取り出したはいいが、何故か圏外で外に連絡ができない状態だったからだ。
つまり、冷静な判断を取ったところで何も出来ないのが事実。
こういう時、俺が本物のレディアンドだったなら良かったのにと思ってしまう。
学生時代に学校にテロリスト侵入なんていう妄想をした経験が全く活きてこない状況が歯痒い。
そんなことを考えていると、ファミレス内に人が何人か逃げ込むように入ってきた。
パニックを起こしていた彼らだったが、店員が彼らに飲料を渡して飲ませて落ち着かせるとその中のひとりが事情を説明しはじめる。
俺達は入口近くの席に座っていたので彼らの声がよく聞こえていた。
「ま、街中にいきなりでけえトカゲがいきなり現れて……なんか生えてきたように本当に何匹も!しかも立って歩いている!特に一番でけえのがいて……」
すると彼らを追ってきたのか迷い込んできたのかは不明であるが、開けっ放しであったドアから「キシャアアアアア」と表現するのが相応しい鳴き声を放つ黒い体表のトカゲが店内に侵入してきた。
たしかに二足歩行で、全体的な大きさは人間と変わらないどころか高身長の人間でなければ見上げるくらいはある。
そのトカゲ人間と称すべき存在が、逃げ込んできた彼らに飛びつくように襲いかかるように見えたのだ。
俺は自然に体が動いていた。
いつの間にか俺の体は、避難者とトカゲ人間に割り込む位置に存在して、トカゲ人間の飛びかかり攻撃の対象に自然になる。
だが、俺は無我夢中でそのままの勢いでトカゲ人間にタックルを放ち、自らの体ごとトカゲ人間を外に追い出した。
俺の体はゴロゴロと日差しに熱されたアスファルトに叩きつけられ、転がるハメになる。
「早く、ドアを閉めるんだ!」
地に伏せた俺は後ろを振り向かず、叫ぶ。痛みと熱さでそんな余裕はなかった。
もしかすると窓ガラスを割って入ってくるかもしれないとか、ドアを閉めたところで対して状況は変わらないとかそんな考えもなかった。
ただ、そうしないと危ないという本能が俺の心と体を動かしたみたいだ。
ドアが閉まる音も聞こえたし、ちょっと落ち着いてきたので体を持ち上げ周りの様子を見て絶句してしまう。
街中の様子を見るどころではすまないくらいにトカゲ人間に囲まれている。後方を確認すれば、窓ガラスを叩いていた集団を俺を囲む包囲網に加わっているようであった。
そして俺が外に突き出したらしき個体も傷一つ無く、むしろ攻撃された怒りか活き活きと息巻いている。
こいつらが放つ殺気からして俺を殺す意志を感じてしまっている以上、生命の危機、絶体絶命という状況だ。
こいつらに俺を屠る程度の殺傷能力があるのかは分からないが、口から覗く幾多の鋭い牙や腕の先にある爪、それらをもった生物が二十は軽く超えるのだから命があると考えるほうが無理がある。
こういう時、レディアンドになれれば……そうだ!俺はまだ先輩に俺の意思を伝えていない。
それに先輩は自分の作った作品を簡単に無碍にできる性格でもない、説得すればもしかするとボツにする話はなくなるかもしれない。
ならば俺は今生き残るだけだ、これだけの騒ぎだ。いくらなんでも自衛隊何なりが後で解決してくれるはずだ。
だから俺はこの場を凌ぐまでパッと見、トカゲ人間の密集が緩そうな箇所に飛び込んでいく。
さっき俺のタックルで一匹吹き飛ばせたんだ、なんとかなる!そんな考えしかなかったのだが……
「ギャアアア!!」
無我夢中で目を閉じていてもわかるくらいに殺気を帯びて飛びかかってきた複数の気配が叫び声とともに散らばっていく。
目を開けば、俺に襲い掛かってきたと思わしきトカゲ人間達がアスファルトの地面や壁にめり込んでいて、ピクピクと痙攣していた。
周囲のトカゲ人間も明らかに困惑でざわついている。追撃をしてこない辺り俺にかなりの警戒をしている。
ふと俺は自分の体を触ってみた……胸があるし、俺の今日選んできた服ではありえない硬さを感じる。
近くにあったショーウィンドウを目を向ければガラスに写った俺……いやレディアンドがいるではないか!
「な、なんだあの女は!!あの化物を吹き飛ばしたぞ!」
「ま、まさか本当にヒーローでもやってきたというの!?」
「き、きっとそうだ!急に現れたんだからそうに違いない!!」
期待を込めたざわめきが聞こえる。
俺がレディアンドになって包囲網を突破した先はファミレスから向こう側でかなり離れていて変身する前の俺が囲まれていたことが確認できない位置だったようだ。
見れば俺以外にも囲まれている人がいるみたいで、トカゲ人間の塊が幾つか点在している。
なぜ、腕時計がないのに変身したのかわからないが、変身してしまった以上奴らを叩きのめす力を持って助けなければならないのは確かだ。
深呼吸で気合を入れ、握り拳を作る。拳が発光しよくわからないが何かパワーアップしたのような勢いのままに近くにある、トカゲ人間の集まりに特攻した。特攻とはいっても散るつもりはない、背後から迫る俺に気づいたトカゲ野郎を殴りつけノックダウンさせて開いた穴に潜り込んでその周囲のトカゲ人間共に回し蹴りを放ち円陣の大半を欠いてやった。
刹那に仲間が倒れたトカゲ人間たちは復讐を果たしたいのか、それとも単純に本能なのか飛びかかってくる。
だが、俺の体はすぐに反応し俺のリーチ内に飛び込んできた者共をカウンターパンチで迎撃した。
全滅を確認すると、俺は襲われていたであろうOL達の反応を見ないまま次の群れに向かう。
光の速さで移動できる俺は、目に映り次第に群れを吹き飛ばしていく。そうしていつの間にか目に見える範囲、トカゲ人間が大量発生したと思われる地点を一気に殲滅していた。
さすがに疲れてしまった。光で構成され痛みをほとんど感じない肉体という設定とは言え精神的疲れは癒やせないようだが、達成感でそれを打ち消されてもらう。
気づけばファミレス付近に戻ってきており、助けた人を含め避難している人達からも喝采が耳に入った。
優越感にひたり、適当に手を降ってとりあえず変身が解けるまでの「俺の避難所」を探していると、喝采の中でもはっきりと聞こえる声があった。
「やれやれ、事前調査は間違いなのかな?街一つくらいは『蜥影兵』だけでも制圧できると思ったんだが……」
その声のする方向に視線を移せば、そこにはフードを被ってトカゲ人間を従えている如何にもな奴がいた。
背丈はレディアンドになった俺とあまり変わらないくらいか?
とりあえず、こいつがこの騒ぎの主格犯であることは間違いなさそうだ。
俺は足元にいた気絶しているトカゲ人間の一体を首根っこ掴んで持ち上げて問いかけることにした。
「お前がこいつらのリーダーか?目的はなんだ!」
「ふむ、この地域の人間の言語チャンネルはあっているね……ああ、大丈夫。言葉は伝わっているよ」
フード付きローブのそいつは質問に答えず従えた『蜥影兵』と呼んだトカゲ人間に指示して近くにいる同胞の身体を持ってこさせた。
回収した『蜥影兵』は息絶えているようである。やりすぎて殺しちまったやつもいたみたいだな。
だが、ローブの奴は哀れみどころか、顔が見えない状態でもわかるくらいにほくそ笑んでいる。
「ふむ、まだ『使えそう』だ。さて、君の質問に少しだけ答えるよ。ここを襲った理由はまぁ制圧だよ。僕らの目的のためにこの付近を拠点にしようと思ってさ。交渉もいいんだろうけど僕はこういった方法の方が気が楽でね」
「目的?どういうことだ、お前たちは一体……」
「それは答えたくないなぁ、どうせ君は、いやこの地域の人間は……。さて『蜥影兵』だけじゃ君の相手は力不足みたいだね。折角だからちょっと試してみようかな」
そういってそいつは懐から何やら鞭のようなものを取り出した。否それは鞭と言うには鞭の部分がごつく幾つもの刃が並んでいる状態だ。それは俺の記憶の中では『蛇腹剣』、『連接剣』と呼ばれるような創作の世界でしか見たことないような代物である。
そしてそいつはそれを一振りしならせ、地面に炸裂音を響かさせた。
すると、『蜥影兵』が抱えていた遺体や気絶している者たちが溶けると言った表現がふさわしい感じに消えていく。否、奴が従えていた個体や俺が掴んでいた個体も溶けていき、中から黒い種のようなものが出現した。
「質の良くない『種』だけど、これくらい集めれば十分だな……さぁ統合せよ!そして産まれるがいい!!」
出現した黒い種が一箇所に集まり、大きな種となる。そしてその種が割れ始めると一瞬闇のような物が広がった。
あまりにも一瞬で何が起きたのかはわからなかったが、目の前の光景がそれを意識させない。
なぜならそこにはさきほどの『蜥影兵』と呼ばれていた奴とは比べ物にならないくらい巨大でごつい外見をしたトカゲ人間……否、ワニ人間がいたのだから。
「ふむ、思ったより強そうかどうかはともかく迫力あるのが出来たね……せっかくだ名前は『鰐黒虚兵』とでも名付けようかな。さぁいけ!!」
『鰐黒虚兵』と名付けられたワニ人間は一階建ての建物を見下ろすほどの巨体を揺らし、俺に迫ってくる。
その衝撃たるや、まるで小規模の地震が来たような感覚だ。立てないほどではないが反応が少しばかり遅れる。
だが、ここで怯んでしまえば俺の後方にあるファミレスやその建物に攻撃が向かうはずだ。
だから俺はそいつを迎え撃つように駆け、拳をヤツの腹らしき箇所に叩き込む!
しかし、その一撃はまるで分厚い鉄板に遮られたかのような衝撃を俺の腕に奔らせた。
逆に攻撃が弾き替えられ、アスファルトに叩きつけられた俺をフード野郎が嘲笑う。
「無駄だよ、そいつの鱗は個人の力だけでは砕ける硬度はしてない。それに皮も分厚く、柔軟性に優れている……といったところかな。まぁいずれにしても『蜥影兵』がただ大きくなっただけだとは思わないほうが身のためだ。最も後悔させる時間は与えないけどね」
奴の鱗が少なそうで肉が柔らかそうな部分を狙ってもこのザマだ。
盛り上がった肩や強靭な腕脚に攻撃が通りそうにもない……だが少なくとも当てられないわけではない。
弾き返されるということは少なからず相手に衝撃が発生しているということ。つまりもっと威力のある攻撃ができれば……と考えているうちに『鰐黒虚兵』の拳が俺に向かって来た!
俺は両腕をクロスし、奴の鉄拳を受け止めようとするがレディアンドの体格に比例して、奴の拳が大きすぎるのか、勢いを殺しきれない!
身体が浮遊し、追撃と言わんばかりに左腕が襲いかかる!
直接叩きつけられた奴の拳を受け止め、威力を相殺する術が思いつかなかった俺は後方に好き飛ばされ、ファミレスの窓を割って強制入店させれた。
磨かれた床に身体を滑らせながらも、なんとかテーブルやその他備品に突っ込むことを避けた俺はなんとか立ち上がり、割れた窓の先にいる敵を睨みつける。
『鰐黒虚兵』は俺がファミレスから俺が出撃するのを手ぐすね引いて待っている。
早めに奴の希望通りにしないとファミレスに対して攻撃を仕掛けてきそうな勢いだ。
と、その時ガラス片から身を守るべく俺を遠巻きに見ていた人々の中から俺に駆け寄り声をかけてきた人がいた。
「だ、大丈夫ですか!?」
星上先輩だった。俺を謎のヒーローにしておきたいからか他人行儀っぽく話しかけてきたが、その声色はガチで俺の心配をしている。
俺は如何にも女性ヒーローらしい凛とした喋り方を意識して返答することにした。
声色は女性のそれなのでこの謎のヒーローが、さっきファミレスにいて、他人を助けるためにトカゲ人間に無謀にも突っ込んでいた野郎だとは先輩以外の人間には思われないはずだ。
「ああ、問題ない。パワーやタフネスでは負けているかもしれないが私はまだ負けてはいないからね」
「あのう、パンチやキック以外に攻撃方法はないんですか?」
「そうだ!なんかビーム発射するとか、武器を使って戦うとかしないのか!?」
先輩がした質問に、近くにいた別の客が口を挟む。
たしかにあんなでかい怪物に素手で挑むのは傍から見れば無謀に見えるであろう。
だが、レディアンドに装備されている物を見る限り銃火器や光線を発射する的な物は見当たらない。
そもそもレディアンドは俺の知っている限り、光速の肉体を利用した肉弾戦をメインにしている。
ちょっと気合を入れれば手が発光するのは先程確認したが流石にあれに殺傷能力があるとは思えない。
ただ流石に素手ゴロだけがレディアンドではなく、ちゃんとした武器もあるのだ。『七光り』。レディアンドが隠し持つ7つの武器だ。
7つとは言うが設定上7つあるというだけで俺は一つしか知らない。
だが、その一つだけでも勝算が出来るほど有利なものだ。
『ツインヴァイス』。二刀一対のナイフ。その刃先は高周波ブレードとなっていて切れ味が鋭い。
おそらくだが、あの硬い鱗に傷をつけるくらいは余裕かもしれない。先輩は俺にそれを気づかせてくれたわけだが。
だが、飽くまで設定にすぎないし、何より俺は今それを所持してないという事実が問題だ。
設定ではレディアンドは光を集めて『七光り』を生成するという設定だが、やり方がよくわからない。
もしかすると映画を撮ったときみたいに気合を入れてそれっぽいことをイメージすれば出来るのかもしれない。
ならば善は急げだ……と俺は飛び出そうとしたが……なんだ体が重い。いつのまにか俺は膝をついていた。
ふと横を見れば先輩の視線が俺の顔ではなく、俺の手足を見ている。手足の先から身体が溶けかかっている……直ぐに事態に気づいた。タイムリミットだ。
今までの二回の変身の中で今が一番変身している時間が長いと思うのだが、俺がレディアンドに変身した「奇跡」にもタイムリミットがある様だ。
それに今までの変身解除になかったのしかかるほどの重さ、あまりにも動き回りすぎて負荷がかかっているようだ。
まずい、このままでは人間に戻ってしまうばかりではなく再変身の時間を待っている間に全滅してしまう。
だが、俺の周りに人がどんどん集まっていて何人かが肩を貸してくれる。
「こういう時応援すれば勝つってのはヒーロー物のお約束だ!」
「そうだ、こっちが助けてもらってるのに何もしないのは良くないぜ!」
「ああ、俺達を助けてくれたさっきの人も多分、この人に助けられているとおもうし!」
よく見たら俺に肩を貸してくれているのは店に避難してきた兄ちゃん達だ。
トカゲ人間に飛び込んでいった俺の身を案じてくれていたのか?ならばその期待に答えるしかない。
不思議と負担が減ったし、消えかかる速度も落ち着いている気がする。
「この店に前にいた青年なら無事だ。おそらく何処か別の場所に避難しているだろう」
「よかった、そこの女の人なんかずっと心配してたんだ。多分あいつのツレだと思うんだ」
兄ちゃん達はどうやら安堵したらしく、ため息を吐いた。
先輩も俺が犠牲になったと思って気が気じゃなかったらしい。
近くによって俺の腕を見ている先輩はおそらく現在進行系っで心配しているが……ものすごく申し訳ない。
とにかく限られた時間で『鰐黒虚兵』を倒す。俺はアイコンタクトで先輩に「いってきます」と言って俺は割れた窓ガラスから再出撃し、『鰐黒虚兵』に飛びかかっていく。
待ち構えていた『鰐黒虚兵』は拳を俺に向かって振り下ろすが、俺はそれを高く飛び上がり回避する。
下の方からアスファルトの砕ける音が聞こえる。さきほど同じ拳を二連続で受けていたこの体に驚きを隠せないが、怯んでいる暇はない。
近くの建物の屋上に降りた俺は両手に意識を込めるために両手を見る。幸い、やや離れた場所にいる『鰐黒虚兵』は俺を見失っている。だから少しの間なら気づかれずゆっくり集中できる。
手を見ているとあることに気づいた……消えかかっていたはずの手や脚はすっかり再生している。さらに左腕には腕時計が付いている。
レディアンドの変身グッズかと思っていた、あの腕時計だ。しかしそれはレディアンドの装備に沈んでいくように融合しつつある。
そういえばさっき脚が消えかかっているとは思えないほど軽快に飛び出す事ができた。
とにかくこれはチャンス、俺はさきほど手が発光したときの感覚を元に両手に武器の姿をイメージする。
そして、両手に光が集まり俺の身体……特に頭のなかに何かが流れ込んでくる。
俺はその流れ込んでくるイメージと言葉を放出するように叫んだ。
「いでよ!!我が七光りが一つ、闇を切り裂く光の双牙、|『ツインヴァイス』!」
その言葉とともに両手の光が炸裂し、再び集まっていくと、両手に確かな重量を感じる。
出来た!白く大きな二刀一対のナックルナイフ、『ツインヴァイス』が出現した。
俺が叫んだことで、『鰐黒虚兵』は俺に気づきそのまま俺に向かって突進してくる。
このまま建物ごと俺を粉砕する算段だろうが、そんなことはさせない。
俺は向かってくるやつの衝撃を回避、そのまますれ違うように『鰐黒虚兵』の右肩に『ツインヴァイス』の刃を走らせる。
『ツインヴァイス』で鱗や皮膚を切れないのなら俺はショルダータックルをもろに食らうことになるだろうがそんなことはなかった。
俺の体は『鰐黒虚兵』の後方に回っており身を翻してヤツの方を振り向けば、その右肩にはっきりと分かる切り口があり、そこから緑色の液体が吹き出している。
あの緑色の液体があの怪物の血なのだろうか?元々わかっていたことだが、あきらかに地球上の生物ではない。俺の知っている限り、虫やタコとかじゃなきゃ血は赤いはずだ。
俺を再び見失った『鰐黒虚兵』の虚を突くべく、奴の背中を斬りつけるべく奴の身体を足場にして壁を駆け上がりるように刃を突き立て、登っていく。
『ツインヴァイス』は奴の身体にさっくり突き刺さる。先ほど拳が通らなかったのが嘘みたいだ。
そしてなんとなくやってしまったが、壁を登るみたいな芸当もできるこの体は今更ながらやはりすごい。
建物より高くジャンプできたりと身体能力の高さもそうだが、重力もある程度無視できる性質もあるようだ。さすがは光の身体である。
奴の身体を一閃した俺は返り血を浴びないように背中を蹴飛ばしてその勢いでその場から離れる。
そしてそのまま出血でそのまま戦闘不能になってくるのを願うために、『鰐黒虚兵』を観察していた俺は驚きの光景を見てしまう。
傷口がその場から再生してしまっている。さきほど肩に付けた傷などは血痕を残してすっかり直ってしまっている。
そして高笑いが聞こえる。今までどこにいたのか知らないがフード野郎が、これまた建物の屋上で俺に向かって挑発していた。
「僕の作った『鰐黒虚兵』がその程度の攻撃で倒れるものか!この『和邇統のナギ』の力を特別にくれてやったこの『シードモンスター』には再生能力があるというわけだよ。『蜥影兵』に対しては再生能力を使わせる隙は与えさせなかったようだけどね」
これだけ深い傷を与えてもすぐに再生してしまうなら、結局何度切りつけても無駄じゃないか。
いくら絶好調とは言えまた消耗したら今度こそ手がつけられない。
でかい一撃を与えまくれば倒せそうというのは間違っていないが、それを何度もやるというのは想定内だ。
しかも先の発言から『和邇統のナギ』と名乗ったフード野郎はそれ以上の再生能力でも持っているのだろうか?となれば二対一はかなりきつい。
今まで『和邇統のナギ』が手を出してこなかった理由が分からないがいずれにしても俺が先程よりもでかい一撃を与えようとすれば流石にジャマはしてくるはず。
返り討ち覚悟で捨て身の攻撃をするしかないだろう。どう考えても、二人分の攻撃を捌き切るのは光の身体でもかなりの無茶となる。
先輩の悲しい顔を思い出した……済まない先輩。
と、俺はふと思い出す。そうだ、まだ俺には必殺技が残っているじゃないか。しかもこの距離からなら使えるかもしれない。それに再生能力という話ならよりうってつけじゃないか!
俺は刃をクロスさせて、奴の再生しつつある傷口に意識を込める。
『鰐黒虚兵』とも傷口の再生をするにはある程度集中する必要があるのか攻めてこない。『和邇統のナギ』は相変わらず俺に挑発してくる。「攻めてこないのか」と。
だが俺の反撃はもう始まっている。そして俺は再び俺の身体に流れんでくるイメージを言葉として解放した!
「《砕破光波裁》!!」
ツインヴァイスが発光し、その光は波となって周囲に拡散する。そしてその光波が『鰐黒虚兵』に届くと、傷口の再生が止まった。むしろ傷口が光となって蝕むかのように広がっていく。
その光の波動は『鰐黒虚兵』を苦しめるのか、街中に響くほどうめき声を上げている。
《砕破光波裁》は光の波動による振動で敵にダメージを与える必殺技。
それだけでは敵を寄せ付けない程度の力しか無いが、予めツインヴァイスによって切り口を作っておくことで、そこから波動を敵の体内に送り込み、その傷口を広げその体を崩壊させるという物だ。
「な、何が起きたんだ!く、この光は僕でも近づけないというのか!」
うめき声にフード越しからわかるほど顔を歪めている『和邇統のナギ』のジャマが入らないことを確信した俺はさらに意識を先程切りつけた肩にも向けていく。
本来この技は映画でもやったように複数の傷をつけておく必要がある。なぜなら光の波動を飛ばすことはレディアンドといえども体力を消耗し、さらにある程度の振動の影響を受けてしまうからだ。
今やっててはっきりと体感しているほどなのだからまったく傷をつけないで使用したら身がもたないだろう。
多分あの巨体相手では全身を走った程度の傷では仕留めきれない、だから一縷の望みをかけて肩の傷跡にも賭けたのだ。
結果は成功!『鰐黒虚兵』の右肩が発光したかと思えばそこから傷口が再び発生し、そこからも光が『鰐黒虚兵』の体を蝕んでいく。しかも腹の部分からも僅かに発光している。最初に俺が殴打して弾き返された部分だ。レディアンドの打撃自体にも相手の体内に光を送る特性があるようだ。
「く、再生能力が追いつかないだと……そしてこの光……なるほどそういうことか。これが僕らが追い求めた『光』の……」
『和邇統のナギ』が何か言っているが、俺は気にせず『鰐黒虚兵』にさらに光を送り込む。
そしてついに全身を光で包み込むことに成功し、そのまま光の粒となってその肉体が消滅していった。
「や、やったぜ……」
つい声と笑みが溢れる。『鰐黒虚兵』が消滅していった後にはまた大きめの黒い種……今度は黒く輝いており妖しい雰囲気を醸し出している。
俺はそれを念のために破壊するために、消耗した身体を動かしたが……刹那、俺の身体をトゲトゲとした紐のような何かで囲まれ、そのまま縛り付けられた。
俺を縛り付けたものの正体は『和邇統のナギ』の持っている謎武器。かなり離れた距離から伸ばされたその刃は俺の身体に食い込んで簡単には解けない。そして『和邇統のナギ』は俺に近づいてきた。
「ふふ、そうか……結構被害を出したとは言え、こいつを捕まえれば十分ということだな。これで僕は間違いなく英雄だ。『マエストロ』にも『皇女』にも文句は言わなせないぞ。もちろん『マスター』にもね」
まずい、どうやらこいつは俺を捕らえて何かする気らしい。命なのかはたまた他の危険を存分に感じた俺は必死にツインヴァイスの刃を俺の身体を縛る鎖と化している刃になんとか接触させようする。
そして奴の左腕が俺に届く距離まで近づかれた時、なんとか切断に成功し俺の右腕だけ解放できた。
そのまま奴の顔面にパンチを食らわせてやるとパンチの衝撃でフードが外れ、怯んだ『和邇統のナギ』の素顔が露わになる。
そいつの顔は俺のよく知る人間の男に近い顔立ちであったが肌色はやや緑色であり顔の表面のあちこちに鱗のようなものがついている。その頬にはさっき殴ったときにツインヴァイスの刃が当たったのか切り傷ができていてそこから赤い血が流れている。
髪の毛が生えていて、俺たち人間の一般的な感覚から言えばイケメンの部類に入る顔の作りをしてる以外はSF映画に出てきそうな蜥蜴と人間の合いの子、恐竜人っぽい面をしている。
ローブから覗く手も鱗が生えていて爪が長い。
「僕の『ナーガリアン』を切って、僕の顔に傷をつけるとはなかなかいい武器じゃないか。そりゃ出来合いの『シードモンスター』じゃ倒せないね。ならばもう少し本気でも……」
「そこまでだ、ナギ!」
『和邇統のナギ』が懐に手を入れようした瞬間、どちらの声でもない叫び声と共に俺と『和邇統のナギ』の間に衝撃が発生する。
互いに吹き飛ばされ、俺の身体に絡みついていた刃が分解されるほどの衝撃だ。
束縛から開放され自由になった俺と『和邇統のナギ』は着地して、怒声と衝撃波が飛んできたらしき方向を見た。
そこには先程まで『和邇統のナギ』が被っていた同じフードをつけた人物が三人いた。
真ん中に立っていた人物の手には大きな十手のような武器が装備されている。その棒芯の先を地面に傾けていて、そこからアスファルトの削れた跡が俺達の近くまで伸びている。
如何にもリーダーという雰囲気を持ったフード野郎が衝撃波を放ってきたのは明白だろう。先程の怒声が明らかに男性の声だったので性別がわからないがおそらくこいつも男だろう。
俺が状況の考察をしている間に『和邇統のナギ』とそのリーダー格の間に険悪な雰囲気が漂う。
険悪な雰囲気とは言え、この乱入者が『和邇統のナギ』の関係者であり、味方の可能性が高い。
今度は四対一か……さっきの衝撃波の影響か、それとも消耗が原因か身体が痺れている感覚がして動けそうにない。絶体絶命かと思いきや、リーダー格は俺に一瞥をくれただけで直ぐにナギに視線を向けている。
どうやら彼らは『和邇統のナギ』を諌めに来たようだ。
……そういえば、この『和邇統のナギ』というのは二つ名で、ナギというのが名前みたいだな、俺もナギと呼ぶとするか。
ナギと睨み合っていたリーダー格が口を開く。
「独断行動とは随分な事をしてくれたようだな、まだ何の手がかりも得られていないという時に……」
「ふん、急を要しているというのにあんたのやり方がのんびりしているように感じたのさ『マスター』」
「我々は出来るならば穏便に済ませたいというのはわかっているだろう?成長しきっていない『ダークシード』まで使って挙句現地人に手を出そうとするとはな」
「はん、だがあんたの甘さのおかげで僕達は大事な鍵を見逃すところだったぜ。今、僕が縛り上げていたこの星の人間のメスが『光』の手がかりを持っていそうなんだよなぁ」
口論を始めたナギは俺を指差すと、『マスター』と呼ばれたフード野郎が俺を見る。
そして小さくしかしはっきりと「なるほど」と呟くと再びナギに話しかける。
「だが、お前は彼女を引っ張りだすためにこの星の為に無意味に手をかけようとしていた事実は変わりない。なにより彼女の『光』は我々を救うにはまだ条件が整っていないようだが?」
「だから捕らえて人体実験なりすれば『アレ』を引き出す条件を満たせるかもしれないじゃないか。それに僕がわざわざ出向いたのだって、こういうことが出来る人間の一人や二人いるかもしれないからだ。今からでも遅くない、一人でも多くサンプルを集めて……」
「そうやって犠牲を出せばいかなる結果であろうと、いずれ恨まれるのは我々だ。悲劇の芽は極力無くすのも我が『帝国』のため!」
「いいですかな、『マスター』」
ヒートアップしているのか、口調が荒くなっていく『マスター』を抑えるように脇に控えていた大柄のフードの男が落ち着いた声でマスターに耳打ちをする。この人も多分声色から男だろう。
いつの間にか回収していたのか、そいつの手には『鰐黒虚兵』を消し去った跡に残した黒光りする種がある。
進言を終えた大柄のフード男は、ナギに戻るように催促した。
「なんでお前の指示に従わなければならない、『マエストロ』。それにどうせその種は……」
「いいから戻るのだ、貴様がうだうだ言ってそこのレディに悪質なプロモーションをかけるより『目的』のために役に立つことがあるのだ」
どうやらこの『マエストロ』と呼ばれた男は大柄な体格に似合わず、紳士的な性格のようだ。
というか俺が『レディ』ね。たしかに今の姿はどこからどう見ても女だが、堂々とそう言われると悪寒を感じる。
ナギの方は納得がいかないようで噛み付くように反論した。
「じゃあ、このメスはどうする!?『光』のためにはこいつの存在は必要不可欠のはずだ!」
「今は私達が捕らえて、この星においても我々においても非人道的な事をするよりもここは我々がおとなしく撤退したほうが『光』のためになるってことみたいよ」
小柄な体格のフードが口を挟んだ。こっちは女性らしき声。なんというか高貴な感じというか何か威厳があるというか敵じゃなかったら何か逆らえないものを感じる。
『マスター』や『マエストロ』には噛み付いていたナギも彼女の発言に反論はなく、苦虫を潰したような顔をしながらもおとなしく、三人のもとへと歩いていった。
もしかして彼女が『皇女』なのだろうか?『皇女』というのがあだ名か何かじゃなければ、『マスター』と呼ばれたリーダー格の立場が気になるが……そんな事を考えていると、その『マスター』が懐をゴソゴソと探っていたかと思うと「受け取れ」と何かを俺に投げつけてきた。
うっかり脊髄反射で受け取ってしまったが、投げてきた物の正体は薄い半透明の板だった。
なんとなく爆発物とかではない雰囲気であり、これまたSF映画とかで出てきそうな空中に浮かぶディスプレイみたいなアレを連想させる。
「あなたにはまたいずれ会うことになる……否、会ってもらいたい。連絡があればソレに文字が浮かんでくるはずだ」
「廃棄したり、逆探知したり、分解などは考えないほうが懸命ですぞ」
俺が一瞬間考えていた事を『マエストロ』に指摘され釘を差された。どうやらとりあえず要求を飲む必要がありそうだ。
「さて、我々はそろそろ撤退しよう。そろそろこの地域の公安組織か軍がこっちに向かってきているようだな」
『マスター』がちらっと向こうの空を見るとたしかに小さな天のようなものがこっちに向かってきている。
どうやらレディアンドは視力もかなりあるらしく俺にはそれがヘリコプターであることが分かった。
「その前にあなたの名前を聞いておこう……と、俺達から名乗らねば失礼だな。俺は『マスター』、『マスター・ナオ』」
くそぉ、「名を聞くならそっちからだろ!」と一度でも言ってみたかったんだが、先に言われてしまった。
とにかく、奴らはそれぞれ名乗りを挙げる。
「私は『マエストロ』、『マエストロ・カーズ』」
「『ルナ』よ、『天輪のルナ』」
「け、何が『天輪のルナ』だよ、『皇女』様よぉ。……まぁいい、改めて僕が『和邇統のナギ』だ」
先程の会話から俺が連想していた役職?と大体一致していたようだ。ルナと名乗った女の子は自身を『皇女』とは言わなかったが、『皇女』とナギが読んでいたの確かに彼女のようだ。
そして俺も名乗られたなら礼儀だ。かっこよく名乗りを上げてやるさ、ヒーローらしくな。
「お……私の名は、輝光戦士レディアンド!貴様らの様な人々の生活を脅かすモノを倒すヒーローだ!!」
「……ふむ、レディアンドか、いいだろう。ではまた会おう。そして覚えておくがいい、我ら『インペリアル・リンカーネーション』を!」
そういうと奴らはローブを翻すと一瞬黒い影となり地面に溶けると、そのまま消えていってしまった。
ヘリの駆動音が聞こえる、どうやらだいぶ近づいてきているようだ。俺もどこか物陰に移動して変身が解けるまで時間を潰すことにする。
ヒーローインタビューを受けるのもいいかもしれないが、なんとなくそういうのを受ける気分にはなれなかった。
純粋にタイムリミットが近いこともある。そんなのを受けているうちに変身が解けるハメになるだろう。
いきなり女ヒーローに変身する男……どっかの研究所域になるかもしれないな。実際はどうかわからないが……
と、考えていると周囲から拍手喝采が聞こえる。
気づけば今まで避難していたであろう人々が外に出てきていて、俺を祝福しているようだった。
おそらく、戦闘音が聞こえなくなるなり、巨大なワニ人間が見えなくなったので闘いが終わったと判断されてたのだろう。
耳をすませば、パトカーのサイレンも聞こえる。やっと機動部隊なりが到着したってところか。
事後処理は彼らがするであろうと考え、俺はファミレスの屋上にジャンプして適当に決めポーズを取り、そのまま消えていく。
……実際はそのままファミレスの裏手にそのまま着地してやり過ごしていただけどな……本当にギリギリだったのか、着地した途端に変身が解除されてしまっていた。
誰もいなかったのが幸いで、気が抜けてしまい俺はすっかり倒れ込んでしまう。
疲れのせいかなかなか体を動かせず、意識はあるもののはたから見れば気絶しているとしか思えないかもしれない。
事後処理にやってきた警官が俺を見つけても事件に巻き込まれた一般人にしか見えないだろう。
しかし改めて考えると、街一つを救ったという事実は俺に新たなる達成感を与え、気怠く重い疲れも快楽のように感じられる。
とにかく俺は、この状況に甘えしばしの休息を取ることにした。
だって、この闘いはもしかすると……いや奴らの最後の言葉からしたら絶対に更なる戦いへの始まりなのかもしれないのだから……