はじめに 「濃霧より。または旅の始まりの話」
初投稿となります。
よりよい小説家になることを志しておりますので、助言、批評等遠慮なくご指摘ください。
そして霧の白が晴れた。
下駄で落ち葉まじりの黒土を踏みしめて一息、息を吸ってみれば冷たく澄んだ空気が体の中を染める。
近くで聞こえるのは肌を撫でる夜風の音。遠くで聞こえるのは鈴虫と蛙の鳴き声。しかし、すべてを押しつぶす夜の黒は、いかなる音も彼方へ押しやっていた。
ため息まじりに息を吐き、晴れた空気の向こう。黒い世界を見渡す。
見渡す限りの星空と、針葉樹や広葉樹の山々。それら照らす月の光の中で彼女は、独り闇の中へ口を開く。
「わたしたちはきっと、とても小さな存在なんだと思う」
声は幼い。柔らかい少女の声。
白い霧。その向こうにいる誰かへと零すようにそれは夜の世界を震わせた。
その音は月の光のように澄んだ美しい音色だったが、孤独に浮かぶ白い月のような寂しさがあった。
「いくら人の心を集めたって、なにも無ければ意味が無い。誰も救えなければ意味が無い。人々を裏切り続けた先にあるのはきっと、繋がりが錆び付いた未来なんだ」
景色から目を移し、彼女が進む先。暗闇のその先を睨む。
「神様なんていないなんて言われて、それでお終い」
それからほんの少しだけ間を置いて、こう続けた。
「わたしはそんな未来が、嫌なだけ」
黒い闇へ一歩。下駄を履いた白い足袋で進む。
「だって、そんな未来は寂しいじゃないか。わたしたちが」
彼女は一歩一歩、闇を斬り捨てるように一つ一つを前へ行く。
「みんなも同じ気持ちのはずだ。廃れた社の屋根の上、その横顔は寂しげなのに、何もしない。時間の流れに身を任せ、盛者必衰と憂うだけ。……そんなのもう耐えられない。誰も何もしないなら、わたしがこの世を変えてやろう」
荒れた口調を正して鎮めて、少女は短く言葉を漏らす。
「どうか忘れないで、わたしたちの事を否定しないで」
その声は嘆きの声だった。迷子の子供が母を呼ぶ悲痛な慟哭のようだった。
そこまで言って彼女は、少し暑くなった体を夜風で冷やす。
大きく呼吸を一つして、体の中にも冷気を入れる。
「わたしたちは……ここにいる」
彼女は山の道を行く。
彼女は月の神。夜を制し暦を司る太陰神。
闇は怖くない。
しかし、この先に何があるのか誰がいるのか。そんなことを考えると、少しだけ心が躍って、少しだけ怖くもあった。
そして彼女は未知の世界に身を投ず。