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8話『未知』



「おー、意外と混んでんのな」



食堂の中には今朝の数倍の人数が思い思いの場所に座ってご飯を食べていた。中には既に食べ終わっているのに雑談に花を咲かせて席を陣取っている集団もいた。



「結構利用者いるんだな」



未だルミテッド学園の全体像を掴めていない凪にはこの食堂の正確な利用者数を理解出来ていない。数千という在籍生徒を考えればこの程度では済まないと思うのだが今だけでも軽く数百はいる。これ以上増えたらどうなるのか、想像出来なかった。



「忙しい時間帯とかあるんかな〜」



メニューを注文し、脇で待機する。この食堂は食べ終わった食器を片付けることはない。そのままテーブルに放置しても人が席を離れるとそれを魔法が感知して自然と食器が回収されるのだ。魔法とは便利なもんだ。


そんな多くの学生でごった返している中でも一際目立つ場所があった。一人の女生徒が座っている周囲には誰一人として座っていないのだ。まるで隕石でも落ちたかのようにぽっかりと空いている。そしてその中心地にいる女生徒を凪には見覚えがあった。



「よっ、昨日振りだな」


「…変態さん」


「凪って名前があんだよ」



周囲の驚く視線に気付きながらも敢えて無視をし、その白くて長い、綺麗な髪をした女生徒の前に座った。



「昨日も思ったけどあんまり表情ってのが無いんだなお前。 …ところで名前は?」


「…人のエリアに土足で踏み込む人に明かす名前は無い。 まして変態さんだし」


「綺麗な髪してんのに、勿体ねぇな」


「…意味が分からない」



一目で分かる程の艶やかな髪、思わず触ってみたくなる程サラサラしているその髪は日本でも見たことがない。当然髪色もだ。意志の弱い目をしているが顔立ちも整っている。凪の好みから言うとアルフよりも彼女の方が好みに当てはまる。身体も。



「ところでどうしてお前の周りだけこんなにスッカスカなんだ? イジメでも受けてんの?」



学生の頃はただ人よりも可愛いというだけでブスから陰湿なイジメを受けるのが美人の宿命だ。それは社会に出てからもそうで、そして凪には目の前に座る彼女がそんなイジメをされてしまう程に美人に映っている。



「あなた…知らないの?」


「凪で構わんよ…それより知らないってのは?」



内心で王道展開が来た、そんな予想が出来る。そしてそれは当たった。



「…鬼族、だから」


「ふむ、知らんな。 それよりも名前を教えてくれよ。 いつまでもお前呼びじゃ親近感が湧かないだろ?」


「………」



初めて見た時から今まで、彼女の表情に変化はなかった。ずっと、何かを諦めたような目で、無表情だった。それが今はどうだろうか。阿呆みたいに口を開けて目を見開き、文字通りポカーンとしていた。周りで聞き耳を立てていた連中も若干騒がしくなる。



「ねぇ…怖くないの?」


「こんな美人を怖がる奴がいたらそいつの目と頭は腐ってるよ」



本当は凪が流れ者で、この世界の知識がまだ無いからにしか過ぎない。きっと彼女と会う前に鬼族に関する知識を得ていたら驚くにせよ怖がるにせよ、何かしらのリアクションがあったはずだ。だが今の凪は何も知らない。故に怖がることはない。


尤も、流れ者だから、知らないから怖くないと言ったら雰囲気がぶち壊しなので当然意図的に黙っているわけだが。



「…ごちそうさま」


「名前はまた今度ってか? 構わんよ、お前の好きなタイミングで。 またな」



席を立ち上がった彼女は更に驚いた表情をしていた。きっと別れの挨拶をされることはあっても再び会う言葉を贈られる経験がないのだ。無論、その可能性を考えた上での台詞なのだが。



「………ルティシア」


「ん? 何か言ったか?」


「ルティシア、私の名前」


「ルティシア…良い名前だ」



忌避されてる人種というのは総じて名前を褒められる経験など無い。そんなタイプの人間に心を許して貰おうと思ったらまずは名前を褒めること。大概の相手はそれで「誰かに褒められる快感」を思い出し、褒めてくれた相手に心を開く。そしてこれは異性間で行われるのが一番円滑に進む。恋愛感情で大きく自身の行動が制限され、時に大胆な行動もする。そんな不完全な生き物が人間だから。



「っ…あっ、ありが、とう」



彼女、ルティシアが感謝の言葉を口にした時、この顛末を見守っていた周囲から驚愕の声が響く。だが誰も彼女に声を掛けないところを見ると根付いた記憶はなかなかに根深いモノだと判断される。



「どいたま。 じゃ、俺も食べ終わったから、またな」


「あっ…うん」



これで一人堕ちたな、今の彼女からはそんな印象しか残らなかった。けど、そんな彼女も、美しいと思えた。



「異世界とはいえ、流石に色んな女の子へ口説き文句を言って回るのはいつか背中を刺されそうで怖いな〜」



廊下へと続く扉に向かって歩き出し、背中にはルティシアからの意味深な視線を受け、人の心を弄ぶかのようなボヤきを残す凪だった。





「なぁ、鬼族ってどんな存在だ?」


「そういえばまだ話してなかったね」



部屋に戻り、まだ起きていたアルフに聞く。大体の想像は出来るが思い込みで判断することは愚者のやることだ。



「鬼族っていうのはそうだね、一言で言えば敵、かな」


「そりゃ物騒な一言だな」


「そう判断されても仕方ないからね、歴史がそれを物語っているんだよ」


「歴史ねぇ…」



過去、獣人が現れる以前から鬼族はこの世界の頂点として君臨していた。その強さは比類無き存在で所謂生態系の頂点である龍も鬼族には敵わない程の圧倒的強さを誇っていたらしい。しかしそんな鬼族にも弱点があった。それは個体数の少なさ。強者故に繁殖を知らず、また寿命が人間の数倍ということもあり、仮に子供が生まれてもその数は少なかった。


獣人が現れた時は獣人を襲撃、その強大な力で服従させていった。だから獣人から恨まれていたし疎まれていた。


人間が現れた時にも当然のように人間を襲撃し、服従させようとした。しかし人間サイドからの抵抗が想像以上に強く、時間を掛けて一匹、また一匹と徐々にその数を減らしていった。当然人間側にも甚大な被害をもたらしていたが、獣人サイドからの応援を得てからはその被害も減らし、じわじわと鬼族を殲滅、討滅し、今ではただ一匹を残して、全て絶滅したという。



「その生き残り、末裔がこの学園にいると…しかしその話だけだとそんなに敵対視するような存在じゃないと思うんだが…」


「表面上はね。 だけど貴族や王族に伝わる文献にはとてもじゃないけど表には出来ない凄惨な事件や聞くのも恐ろしい物語が伝わってるんだって。 そしてそれが長い時間を掛けて世の中に浸透して今の世界が出来た、って感じかな」


「人の口ってのは簡単には止められないからな」


「そゆこと」



どこの世界も似たり寄ったりの理由でイジメられる訳だ。しかしイマイチ怖さが伝わらない。そこまで恐れることなのだろうか。



「そんなに強いのか? 鬼族ってのは」


「残ってる文献で分かることは一匹で人間数千を殺すことが出来る程の力があるって」


「そらつえーわ。 躍起になって全滅させたくなる気持ちが分かるわ」


「全盛期の力を今の鬼族は持ってないらしいけどそれでも一般的な強さの範疇を超えた存在であることに間違いはないよ。 ところでどこで鬼族なんて知ったの?」



単独で軍隊にも匹敵する戦力、それは例え友好的だったとしても何かの拍子に牙を剥いたら…世界は文字通り滅亡していただろう。その強さの根源が気になるところだ。



「あー、食堂でな。 自称鬼族と少しお話しをしたからちょっと気になって」


「ルティシアと会ったの?」


「なんだ、知り合いか?」


「一応、同じクラスだよ。 今日は何故か教室にいなかったからナギ君は見ていないかもしれないけど」


「ふーん…」



凪の想像以上に鬼族との因縁が深かった。この歴史的背景があると知って、それでも鬼族最後の一人と仲良くやろう、なんて綺麗事を吐き出せるほとんど凪はバカではない。それ程までに積み重なった歴史とは重いのだ。


きっと彼女の麗しい容姿と体に惹かれている男は腐る程いる。断言出来る。しかし相手は鬼族。それが全てのプラス因子を消してもなおマイナスにまで追い込んでいる。



「イジメられてるみたいだったから意識改革でもして仲良くさせてやりたいなぁって思ったんだけどな」


「無理無理、ぜーったい無理だよ。 まずルティシアがそれを好まないし、記憶に、細胞レベルにまで刻み込まれた本能が鬼族を許容すること無いよ。 私は別に嫌ってないし、恐れてもないけど、それでも必要以上に仲良くしようとは思ってないもん。 というか思えない」


「あんな可愛くて、おっぱいも大きい子なのにな。 なーんか勿体無いんだよ」


「………結局ナギ君はそこなのね…」


「今時中身重視とかほざく現実逃避してるバカは少ないんだぜ?」



アルフの話を聞く限り、第六感で鬼族を忌避している可能性がある。それはこれまでの長い歴史で培ってきた本能にも似た才能であり、それを覆すことは不可能にも思える。だがモノは考えようである。


あんな美人を凪一人で好きに出来る可能性が大きい。

何よりもライバルがいない可能性が高い。


だが凪のそんな考え方をアルフは気に入らないようで頬を膨らませて抗議を視線で送ってくる。それに堂々と胸を張って応えてやる。



「俺は男として何一つ間違ってはいない」


「人として間違っているよ」


「…否定は出来ん」



男の性には逆らえない。それは神話の時代から既に立証されている、世界の理だった。

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