7話『素質』
「ところでさ」
場所は食堂。アルフと同じモーニングセットを注文し、向かい合っての朝食だ。気になる食べ物は西洋寄りの内容でパンとスープ、それに簡単なサラダが付いたバランスの取れた内容だった。育ち盛りの未成年が食べる物だ、何よりもバランスを考えられたメニューはそれ故の物足りなさがあった。
「んー?」
「この世界には人間以外に人間社会に溶け込み二足歩行で言語を操る種族でもいるのか?」
「あー…あれ?」
凪の視線の先には楽しそうに会話をしながら朝食を頂いている二人の女生徒。一見すると別に当たり前の光景なのだが凪にとってはどこか違った。
「あの耳はなんだよ…」
二人共に頭部から耳が出ていた。ぴょこぴょこそれが動いている。ぴょこぴょこまた動いてる。
「そういえばその辺は聞いてないよね」
「なんなんだよあの愛玩動物みたいな耳は」
「獣人、だよ」
いわく、その存在は建国当時の書物にも載っており、遥か昔から人間と友好的に過ごしてきたそうだ。発生する原理も全ての獣人の総数も現存する書物には書かれておらず、謎の存在として人間社会の歯車に噛み合っているそうだ。
過去にはその獣人を排除する動きがあったようなのだが人間離れした身体能力と様々な種族特性を活かした特技による徹底的な抵抗が人間側の想定を大きく上回っており、その争いは早々に永久友好条約と共に締結した。これが今から数百年前のことである。以来獣人は人間を助け、また時には助けて貰い、仲良く暮らしてきたという。
「今から数百年も昔のことなのに未だに獣人を目の敵にしてるバカな人も多くはないけどいるよ。 表立った行動はしてないけどね」
その言葉で締め、再び目の前のモノを食べることに集中し出した。
「ふーん」
「何か気になることでも?」
「いや、別に」
純粋な好奇心と知的欲求はあるがそれはいずれで良いだろう。そう判断し凪も目の前の食事を片付けることに専念する。
♢
「ここが特別クラスだよ」
「正確にはそのクラスに入る扉な」
「ナギ君って意外と細かいこと気にするタイプだよね」
指輪を使い、転移した先にあったのはごく普通の引き戸だった。他のクラスの扉を見ていない為に他との違いに関してはイマイチ分からないが、特別豪華でもなく凪の目から見てこれが倉庫へ続く扉だと言われても違和感無く受け入れていたかも知れないほどの普通の扉であった。
「たかが教室に入る為の扉で豪華にしてたら金銭的に大変だもんな」
「まぁね」
アルフの頷きを受け流し、背後の窓から外を眺める。どうやらそれなりに高いところにあるらしくあの大きさを誇る出入り口の門が遥かに小さく感じられた。
「ここで駄弁ってても仕方ないし、とりあえず入ろうよ。 多分、他のみんなはもう来てるよ」
「あいよ。 …緊張するなぁ」
人数は知らないが大勢の他人の目に晒されるのは余り良い気持ちではない。上がり症気味の凪にはどんな拷問よりもこの瞬間の方が苦痛だった。
「じゃ、先に私が入るから後に続いてね」
「…はぁ。 なんくるないさ精神で適当にやりますかー」
慣れた感じで教室に入って行くアルフを見てこの先上手くやっていけるのか一抹の不安が過ぎる中、新生活へ向けた第一歩を踏み出した。
♢
「つ、疲れた…」
「お疲れ様、初めてにしちゃ上出来だよ」
場所は自室、時刻は夕暮れ。初日を乗り越え疲れ切った体をベッドに預けていた。
「にしても大人気だったね、ナギ君。 流れ者って珍しいから当然だけど」
あの後、担任の先生から紹介され、自己紹介をした後に軽い質問タイムが設けられた。流れ者という特異な出自のせいで男女問わずに矢継ぎ早に質問が飛んできててんてこ舞いだった。
「どこの世界も最初はそんなもんなのかねぇ」
「ナギ君の世界でも転校生ってあんな感じなの?」
「異国の地から来たとなれば大人気だよ。 …前提として言葉が通じる場合だけな」
例え転校生とはいえ、言葉が通じなければ質問をしても答えは返ってこない。別世界の人間だからみんなは興味津々、これで言葉が通じなければみんなは怖がって近寄って来ないだろう。人間とは理解出来ない物を本能的に怖がるという。言葉が通じるからこそ大人気なのだ。
「ナギ君の本性を知れば離れてくよ、 特に女の子は。」
「だからあれはお互いに不可抗力だったろ。 それに女の子のお前がまだ離れてないぞ」
「どっ同室だから仕方なく話してんのっ! 同室じゃなきゃ私だって直ぐに離れるもんっ!」
「そんな赤い顔で言われてもぼく困っちゃう」
ぱふ、と柔らかい枕が飛んできた。固くしない辺り反省してるのか、それとも心を少しばかり許してくれたのか。
「授業の内容はどうだった? 理解出来た?」
「常時頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでたよ…というか何年生の授業なのさあれ。 つーか俺は何年生として扱われてんだよ」
「今年で最後の年、最上級生の六年だよ」
「…何歳で入学して何歳で卒業すんの?」
「十二歳で入学、十八歳で卒業かな。 一応、誰でも入学が出来る訳じゃないんだよー」
中学校と高校を兼ねてるようなものか。中高一貫教育みたいものだろう。
「誰でも入学出来る訳じゃないって入学試験でもあるのか?」
「試験というより検査かな? 適正検査をしてその結果で合否が出るんだよ」
「適正検査?」
枕を投げ返して立ち上がる。幸いにも部屋着や寝間着などもベッドの下に収納されており、今はその部屋着を着ている。制服は壁に掛けて置いてある。アルフも似たような感じだ。
「そっ。 魔法を扱えるかどうかの適正検査。 って言っても魔法はみんな扱えるんだけど、より優秀な適正検査結果を残した人が入学出来て、下から数えた方が早い人なんかは入学が許可されないんだよね。 武器を使った戦闘は本人の努力次第である程度までは上達出来るけど、魔法は生まれ持った才能がないとどんなに努力してもその芽が咲くことはないから」
「入学出来た時点でそれなりのエリートってことか」
才能、凪の嫌いな言葉の一つだ。しかし意外と入学基準が厳しいのは意外だった。平和故の厳しさなのだろうか。
「戦争でも始まれば戦力増強の為に緩くなると思うけど…どんなに入学したくてもそれを願う人はいないでしょ」
「それはどうだろうな…」
人の価値観なんてものは曖昧だ。倫理観なんて簡単に崩れさる。
「…流れ者はどうなるんだ?」
「それは私も詳しいことは知らないけど…」
「過去に流れ者が魔法を使った前例はあるのか?」
「調べてみないとなんとも…使ってみたいの?」
魔法の種類にもよるが使ってみたいと答えるのが一般的だろう。危険の有無にかかわらず、未知の領域に人類とは踏み込みたくなるものだ。
「使っ…いや、やっぱりいいや」
「どうして? ナギ君の世界に魔法はないんでしょ? だったら使ってみたいと思うでしょ?」
「そうだなぁ…なんとなく、かな。 なんとなく、嫌なんだ」
魔法を使ってしまえば凪は完全にこちらの世界の人間になってしまう。それが何故か気にくわない。無意識に日本人であることへの誇りでもあるのか、それとも魔法を使わないことで地球の人間であることを守っているのか。
「まぁ今日は簡単な授業ばかりだったからいいけど明日からは本格的に始まるから今日はもう休もう?」
外の景色はいつの間にか薄暗くなっていた。結構な時間を話し込んで過ごしていたことに今更気付いた。
「そうだな、じゃ俺は飯でも食ってくるわ」
「一人で大丈夫?」
「そこまでガキじゃねぇよ。 じゃな」
からかうような声音のアルフを一蹴し、夕食を食べに行くことにした。