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66話『人外』



「やっはろー。 おはようナギ君」


「………早過ぎ」



時刻は早朝。朝日は弱々しく、空は薄暗闇に包まれている時間、ユーリのお迎えが来た。隣のベッドではアルフがスヤスヤと眠って、凪の直ぐ隣ではルティシアが静かに眠っている。



「行くよー。 支度は良い?」



周囲を配慮するように小さい声で話すユーリだがそれだけ気配りが出来るならもう少し遅い時間で迎えに来てくれが凪の心情だ。


来てしまったのものは仕方ないと眠たい目を擦りながら着替え、ベッド下に置いておいたバックパックを背負う。中には一週間程度は着回すことの出来る軽装が詰めてある。



「………いいぞー」



覇気の抜けた、抜け殻のような返事である。



「じゃ、行っくよー」



外に出るユーリの背中を見つめ、無駄に元気な奴だなと思いながらそれに続いた。背中を見つめる視線に気がつかないまま。





「………………行動開始」





「 んでどっから出るんだよ。 自慢じゃないが歩いて皇都から出たことなんざねぇぞ」



中心に位置するルミテッド学園から出た二人はそのまま商業区へ歩を進めた。進めたと言っても先を歩くユーリの斜め後ろを凪が追従する形だ。土地勘も無いのに先頭を肩で風を切りながら歩くほど馬鹿ではない。



「んー、獣人の里はユナイリー皇国のどっかにあるからひとまず商業区から外に出るよ」


「どっかってどこだよ」


「さぁ? 僕も詳しい場所までは知らないよ」


「じゃあどうやって行くんだよ…」



大雑把にも程があるユーリの言葉に凪としては不安の色を隠せない。



「行きたいと願って歩くと自然と着くんだ。 願いながら歩いて着くのにかかる時間が凡そ二日。 …本当だよ?」



猜疑に満ちた視線を送るも異世界では何でもアリかと思い直す。超常現象を操り瞬間移動を可能にしている時点でその程度のことは造作もないことなのだろう。


建ち並ぶ商店は閉店している。時間帯的にも開店時間にはまだ早いのだろう、道を歩く人影も疎らだ。商業区を歩いて通るのは初めてだなと気付いた凪は周囲の観察に力を入れる。



「魔道具屋…どんな魔道具が売ってるかユーリは知ってるか?」



全体的に暗い雰囲気の佇まいを見せる商店を指差す。店の上部には魔道具専門店の名前。


この世界に来てから様々な魔法を見てきた。アルフの天変地異を引き起こす魔法、カイルの付与魔法、リアムの厨二魔法、シャーロットの魔剣技、そして生活に必要な生活魔法など挙げたらキリがない。その中で魔道具だけはあまり見掛けていなかった。精々授業で使う便利な魔道具だけだ。書いた文字が時間経過で消える魔道具、空間に文字を書ける魔道具、ページが尽きることのない無限ノート。他にも色々とあるが凪の興味を大きく惹いたのはそのくらいだ。残りは覚える価値もないゴミに等しい。



「色々と売ってるよ? 戦闘に使う道具とか冒険用とか」


「武道大会で外に出た時に寄ってみりゃ良かったな」


「一人で行けないの?」



クスクスと笑うユーリに舌打ちで答える。


武道大会が終わり、学園に戻ってから凪は何度も外に出掛けようと試みた。しかしその全てにアルフやルティシアが必ず着いてくるのだ。何度指輪で転移して撒こうにも必ず先回りされ、根を上げた。


並ぶ商店も数が少なくなってきた。道の先には城壁と門が一つ。商業区の終わりだ。



「これが出入り口。 学生は指輪を見せると出入り自由だけど、外から入る人にはそれなりに厳しいチェックが入るから覚えとくと良いよ」



門番役の兵士に指輪を見せると合格が出る。促されるようにして外へ出た。



「おー…」


「商業区から外に出るとなーんにも無いんだ」



広がる視線の先にはどこまでも続く草原が雄大に続いていた。時折背の高い樹木が生えていて、どこかサバンナを思わせる風景だ。



「暫くは街道に沿って歩くけど一応ここら辺にも魔物が生息してるから気を付けてね」



草を刈り取り地面を踏みしめるようにして舗装された道を歩きながらユーリの諸注意を聞き流す。魔皇姫という存在を相手に戦った凪にとってはそこらの魔物など塵以下だ。そんな相手に注意を払う必要はないと慢心のご様子である。



「油断してると毒とかで死ぬから気を付けて」



その一言で凪の気持ちが一気に引き締まる。状態異常のことを考慮していなかった。これがゲームなら毒になっても体力が減るだけだがここはリアルだ。全身に毒が回ることは死を意味するし、頭に回れば脳死、四肢に回れば切断するハメになる。毒や麻痺などの状態異常系には細心の注意が必要だ。



「つーかお前武器は?」


「持ってるよ? ほら」



背中に隠し持った短剣を鞘から抜き、凪に見せる。特別な意匠も装飾もされていないサバイバルナイフの形状をした短剣だ。刃先の鋸部が肉を切ることに特化した証明である。



「普段はそんなちっこい剣を使ってんか」


「小柄な僕にはこれくらいがちょうど良いんだ。 ナギ君の武器は? 有名な黒刀…まぁ持っていなくても来るよね」


「詳しい有効範囲は知らんが少なくとも魔の森以下の距離なら来るんじゃね? けどさっきの話を聞く限り呼んどいた方が良いかもな」



状態異常の心配がある限り、咄嗟の対応をする為に黒刀が必要だ。そう判断した凪はすぐさま黒刀を呼ぶ。



「荷物になっちゃうけど、まぁしゃーないか。 おいで〜棒〜」


「棒って…」



凪の手中に現れた黒刀は不満も不平も言うことなくただ黙って握られている。いつも通りの黒を湛えて。



「ところでどうして魔の森が範囲内の基準になってるの?」



街道を道なりに歩きながら二人は他愛ない会話を続けている。日も高く昇り、行き交う人々も増えてきた。多くは商業関連の人間であり、たまに武装した冒険者が足早に走っていたりする。



「あー」



特務は基本的に口外禁止だ。例外はあれど無闇に話して許されることではない。答え辛いことを悟ったユーリの謝罪を聞き流しつつ、二人は黙々と歩いた。





「野宿か」



辺りは夕闇に包まれ、時刻が夜を指す頃、ユーリが街道脇の空き地に野宿することを提案した。日本に住んでいた頃は考えられない選択肢だ。



「俺野宿すんの初めてなんだけど具体的に何すんの?」



魔の森へ行った時は基本的に歩き続けていた。小休止こそあれど不眠でひたすら歩き続けたのだ。今思い返せば有り得ない行軍だったなと凪は思う。



「特に無いよ。 火を焚いて寝る、ただそれだけ」


「飯は?」


「簡単な物しかないから期待しない方が良いかも」



自生している木々が少なく、周囲に焚き火出来そうな量の枝がない。空き地を根城にしていた魔物を倒し、当然のように燃やして燃料にするユーリに少し引く。



「くせぇ」



生き物が焼ける、独特な匂いが辺りを充満する。火種はユーリの魔法だ。いつまでも魔法を発動させている訳にもいかなく、その為に魔物を燃やしているのだ。大型犬よりもひと回り大きい犬型の魔物が勢いよく燃える。



「この匂いに引き寄せられて他の魔物が来るんじゃねぇの?」


「無いよ。 魔物の多くは嗅覚が発達していてね。 自然発火による火で焼かれた匂いなのか、魔法の火で焼かれた匂いなのかを判別出来るんだ。 前者なら寄って来るけど後者の場合は命の危険性があるって本能が察知して寄って来ないんだ」


「えらく知能が高い魔物だなおい」


「頭で理解してるんじゃないよ。 本能で理解してるからそんなに知能は高くないさ。 まぁ一部嗅覚機能が発達していない魔物は寄って来るけど大抵はスライム系だから気にする程じゃないし」


「スライムかー…」



ここに至るまでそれなりの魔物が二人を襲ってきた。現在進行系で焼かれている犬型の魔物、鳥型の魔物、家畜が魔物化した羊や牛なんかもいた。普通の魔物はその見た目が獰猛に変化し、犬型は犬歯が鋭く大きく成長し、人を殺傷する能力が著しく高くなっている。そのように一部の見た目が変化しており、それを見て魔物かどうかを判別するのだ。とはいえそんな見た目で判別する以前に襲って来るのだからそこまで気にする必要はなかった。



「あれは厄介だったわ」



乾燥させて日持ちを良くさせた乾物を口に日中を振り返る。魔物の多くは黒刀の能力で瞬殺出来たがゲル状のスライムは切断系に耐性を持っているのか、いくら攻撃しても死ぬことがなく、切れた端から再び合体して凪に襲い掛かった。


対人では致命傷を与えることが出来なかった黒刀の省略する能力は魔物には適用されないのか、一撃で倒すことが出来たのは一つの収穫である。



「スライム系の半分以上は魔法でしか倒せないからね。 ナギ君は魔法が?」


「使えん。 一人でいる時に襲われたら逃げの一手だな」



ユーリの魔法で事無きを得たが本気で焦ったのだ。まさか魔皇姫以外に能力が通用しない相手が存在するとは、自身の無知を後悔した瞬間でもある。



「…星だな」



寝転び、空を見上げると満天の星空。そもそも本当に星が存在するのか、映像が投影されているだけの可能性もある。



「今日は結構歩いたけど体は平気? 簡単な回復魔法なら使えるから何かあったら言ってね」



生返事を返し、ユーリの持ってきたサイズ変更が可能な毛布に包まり横になる。瞼を閉じれば嫌な匂いと火が爆ぜる音。静かな時間が流れる中、初日を終えた。





「………」

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