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64話『獣人』



「たりぃ」



特務を終えて数日。刺激の欠けた日々を凪は送っていた。


人生において刺激のある日々などほんの少しだけだ。大部分を占めるのは退屈な日常で変わらない毎日を過ごさなくてはならない。それが大人になることなのだ。刺激のある日々は学生時代が一番多い。



「…ふわぁぁあああ」



特務の失敗を悟り、学園に戻ったあの日。シャーロットやリアムが予想した通りの展開になった。労いの言葉はそこそこに、代表したシャーロットから聞く報告はリノアールの顔色をみるみると変えていった。魔皇姫へ行った攻撃までは普段の笑顔だった。魔の森を焼却して道を作ったと聞いても多少の驚きで済ませていた。問題はウルフェスと遭遇した件だった。


それなりに顔を合わせる機会があった凪でも初めて見るリノアールの表情は信じられないといった感じだった。今でもその顔は鮮明に思い出せる程、凪の記憶に強烈に残っている。


特大の欠伸を一つ。窓から射す西日が心地良く凪を温める。



「…アルフ〜、肩揉んで〜」


「なんで私がそんなことをしなくちゃならないのさ…」



ここ数日は何かと忙しかった。リノアールから連絡を受けた皇帝が皇城から直々に調査員を派遣。特務を行った一行から聞き取り調査を行い、その情報の真偽を判断。中でも実際に目で見て耳で聞いた凪とアルフの言葉は何よりも重要視された。


ベッドに寝転んだまま、側で本を読んでいるアルフへマッサージを要求するが呆れたように拒否される。最近のアルフからは凪の為に何かをしてやろうという気持ちが感じられない。何でも言うことを聞く奴隷は大好きだが我儘な奴も大好きである。真っ白なキャンパスを自分色に染めるのは快感だ。自分の好きな方へ誘導し、悟らせないままに操作するのも大好きだ。


なんとも面倒な性格が凪である。歪んでいると言い換えてもいい。捻くれた価値観にそれを支える歪な信念。それが凪の根幹だ。



「あーーーー」


「…うるさい」



最重要とされた二人はそのまま皇城へ連行。専用の部屋を使っての調査になった。魔法による記憶の覗き見、また記憶を映像化し投影、様々な角度と手段を用いての調査がされた。二日の時間をかけて行われた調査の結果、二人が遭遇したのは間違いなく神狼ウルフェスであると判明。古代文献に記された記述通りの容姿に口調、そして映像から感じられる圧倒的な存在感が決定打となった。皇国はこれを公にすることを禁じ、凪達一行へ緘口令を敷き、情報の封鎖を計った。



「暇」



取り調べも終わり、元の学園生活へ戻った凪を待っていたのは退屈な日々だった。教室と訓練室、寮を行き来するだけの単調な日々だ。



「なあなあ、なんか面白いことはねぇのかよ」


「ないよ」


「ルティは?」


「ない」


「………はぁ」



忙殺という言葉がある。多忙を極めるあまり、忙しさによって殺される言葉だ。何もそこまでの多忙な日々を送りたい訳ではないがそれでもある程度はやることがあった方が日々を有意義に過ごせる。暇は人を殺すのだ。退屈は停滞を生む。なんにせよ暇な時間は加減があってこそ生きる。


扉に響く、控えめなノックの音。アルフがそれに返事をし、来客が凪の暇な時間を潰した。



「ユーリ? どうしたの?」


「ちょっとお願いがあって来たんだ。 ナギ君はいるかな?」


「うぃーす」



凪の狭い交友関係の中でもユーリは比較的仲が良い部類に入る。顔を合わせれば挨拶を交わすし雑談をすることもある、クラスの友人的なポジションがユーリだ。アルフとも仲が良く、ルティシアとは基本的に会話を交わすことはないが嫌悪する訳でもない。凪が接していて不愉快にならない程度には親睦を深めている。


小型犬を思わせる耳はユーリが獣人たる証だ。



「何の用? 童貞を卒業した報告?」


「ち! 違うよ!」


「なんだ、まだ童貞なのか」



それなりに話術に長け、上手に会話をするユーリはその見た目に反して知識が深い。話していて相手が興味を示すような話し方をするので特別クラスの中でも人気がある。可愛らしい童顔に丸い目は一部の女子から庇護欲を唆られるとして大人気だ。さらに下ネタが苦手という可愛らしい欠点が極々一部の女子から熱狂的に支持されている。


余談ながら凪も童貞である。



「ナギ君、ユーリが困ってるから止めてあげてよ…」


「相変わらず可愛い反応をするよな。 本当にちんこ付いてんの?」



頬を染め、俯くユーリはその筋の男性から高い評価を得そうな程に儚くも美しい。肩上で切り揃えられた髪型が顔と絶妙にマッチしていてどこから見ても女の子である。実際に入学当初、男性用トイレに入って驚かれた経験があることを以前話していた。



「もーナギ君! ユーリはナギ君と違って純粋なんだから止めてよね!」


「まるで俺が邪悪みたいな言い方だなおい」


「違うの!?」


「…あながち否定出来ないのが悔しい」


「あのっ、良い、かな?」



内輪ネタに走る二人に落ち着いたユーリが声を掛ける。低くもなく高くもない、声変わり前の少年のような声が凪とアルフを冷静にさせた。



「あぁ、すまんすまん、貧乳がうるさくてな。 で、何の用だ?」


「年相応ですー! この世界での平均ですー!」


「…えっと、ナギ君一週間くらい暇?」


「暇だけどなんで?」



舌を出して反論するアルフを見なかったことに、話す内容を聞かなかったことにしたのか、努めて真顔のユーリが凪の予定を聞く。



「その前に、ナギ君は僕たち獣人についてどこまで知ってる?」


「耳や尻尾が生えていて多くは尻尾が性感帯」


「ピンポイントな情報だね…」


「適当に言ったんだが否定しないんだな」



獣人の多くは耳が生えているのが基本だ。これが獣人全体の半分を占めている。次に多いのが尻尾を生やしている獣人。先祖帰りが激しい個体は鱗や毛が全身に生えていたりする。中にはどんな獣がベースになっているのか、翼が生えた個体も確認されている。



「こほん。 人間社会には多くの獣人が溶け込んで暮らしているけど、それが全ての獣人って訳じゃないだ。 中には馴れ合うことを嫌ったり溶け込めなかったりして世に出ていない獣人もいるんだよ」


「時代遅れの少数派か」


「そういう見方も出来るけど、その少数派は獣人の歴史や伝統を守ることに従事しているから別にお荷物って訳じゃないよ。 それで人間社会に溶け込めない獣人たちは一ヶ所に集まって暮らしているんだけど、そこの長がナギ君に会いたいって言ってて」


「獣人の隠れ里的な? 族長的な?」


「まぁそんな感じだよ。 それで一緒に来て欲しいんだけど…どうかな?」



基本的に獣人は社会からその存在を広く認知されており、特に差別などは存在せず様々な業種に携わっている。多くは各々の能力に見合った、最適な仕事をしているが中には変な仕事をしている獣人もいたりする。



「構わんぞ。 どうせ暇だし」


「ありがと! 日程はまた追って連絡するね!」


「私は? 行っても良い?」



同棲生活に加えて学園内で行動を共にするアルフは半ば凪と一緒にいるのが当たり前と化してきている。本人は無自覚なのだが凪からすれば行動が大きく制限されるので迷惑だった。



「うーん…無理、かなぁ?」


「いちいち追っかけてくんなし。 お前は俺の母親かよ」


「むっ。 じゃあいい! 一人で行けば!」



アルフの発言の根底には純粋な心配がある。初めての世界と環境で凪に何か起こらないかという心配だ。だが当の本人にとってそれは迷惑以外の何物でもない。


凪の次なる目的地は獣人の里に決まった。

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