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63話『混乱』



「おーい」


「みんなー! 大丈夫ー!?」



思わぬ邂逅を果たした二人は来た道を走って戻る。凪は一刻も早く帰って柔らかい場所で寝る為に、アルフは心配からだ。



「…平気」



凄惨、その一言がこれ以上ない位に似合う現場だ。魔皇姫の肉体は粉微塵、五センチ以上の大きさがある肉塊は存在しない。それがルティシアの周囲一帯に鏤められていた。



「お、おおう」


「流石…シャロは!? ついでにリアム君も!」


「僕はついでかい、アルフ嬢…」



ルティシアの背には幾分か回復したのか、顔色が良くなったシャーロットとリアムの姿。シャーロットは立っているがリアムは流石に立てるだけの体力がないのか、上体を起こして座っている。



「リアム君! 意識が戻ったの!?」


「これでも体は鍛えている方なんだ」



力の抜けた笑顔を浮かべるリアムだが確かな力強さがそこにある。安堵を浮かべるアルフとは対照的に凪は小さく舌打ちをしている。



「…流れ者は相変わらずか」


「ひとまず全員撤収だ。 細かいことは後で話すから魔皇姫の触手の範囲外に逃げるぞ。 アルフ」


「はいさー!」



虹色の魔法陣が出現、先日焦土と化し、既に木々が元通りに群生している道へ熱線を射出。黒焦げになった道を作成する。



「はい、撤収ー!」



アルフがシャーロットに肩を貸し、ルティシアがリアムを肩に担ぐ。凪は一人先行して逃げの一手だ。



「役割分担おかしくなーい!?」



アルフの叫び声が虚しく響く。獲物を失った触手が魔皇姫の本体へ戻り、騒々しさを失った神の木は再びかつての静寂へと戻っていった。





「ここらで一度落ち着くか」


「というか転移した方が早かったんじゃない?」


「………失念してた。 確かにそうだわ」



魔の森を抜け、伸びる枝の範囲外にまで来た一行はそこへ腰を下ろす。無事なのは凪とアルフ、ルティシア。比較的軽症なシャーロットと体力と魔力が未だに戻らないリアムの五人だ。



「さて、どこから説明すればいいのか」


「いったい何があったんですの? 戻ってくるなり撤収だなんて」


「んー、神狼ってみんなは知ってる?」



あまりにも色々とあり過ぎて上手に説明出来る言葉が見つからない。いや、説明だけなら簡単に出来る。それをきちんと理解出来るように噛み砕いて説明するのが難しいのだ。


そんな凪の困惑を感じたアルフの言葉に凪を除いた三人が頷く。ルティシアは興味がないのか知らないのか、明後日の方向を向いて雲を数えていた。空は快晴、時刻は午後。戦闘開始から実に五時間が経過していた。



「それと会った」



事前知識があることを確認、わざわざ説明する手間はいらないと判断し、率直に告げる。



「は?」


「…え?」


「………」



前者はリアム、次にシャーロットで沈黙はルティシアだ。三者三様に凪の言葉をゆっくりと頭に浸透させ、そして起こる爆発。



「はあああ!? ウルフェスと!? 伝説の存在だぞ!? それと会っただとっ?! いてっ」


「ど、どういうことですの?! 神狼がどうしてここに!? なんでですの!?」


「…ふーん」



起き上がることの出来ないリアムが思わず両手を挙げて声をあげる。バランスを崩して後頭部をぶつけてしまう。



「なんていったら良いんかね」


「うーん…」



アルフに詰め寄るシャーロットの顔は驚愕に染まる。それを見ながら困ったような顔をするアルフも面倒くさそうな顔をする凪。ルティシアはどうでも良さそうだ。



「魔皇姫の体の中には異次元に繋がる空間があって、ウルフェスはそこから出てきた?」


「異次元!? 空間!?」


「本人…本犬? 本狼? とにかくウルフェスがそう言ってた以上、それが事実だ」


「頭が痛くなってきましたの…」



攻撃対象は不死身の存在、その体内には異次元の空間があり、さらにそこから伝説とされた存在が出てくる。あまりにも濃密過ぎる内容だ。理解が追いつかず、整理も出来ない。



「そのウルフェスが魔皇姫への攻撃は無意味だって言ってたし、まさか攻撃対象であるウルフェスを倒せるはずもなく、つまり撤退だ。 理解出来た?」


「…納得は出来んが理解は出来た。 少なくともアルフ嬢がそれで納得しているならそれが事実なのだろう」


「流れ者の言葉だけならともかくアルフもウルフェスを肉眼で確認してるんですの?」


「うん、話し掛けられたし褒められたよ」


「………内容はともかくアルフがそう言うんでしたら私もひとまず納得しますの」


「俺の信用皆無だなおい」



凪の説明ではなく、アルフの言葉を信じる二人。その選択は正解だ。そもそも凪のことをよく知らず、付き合いも浅い二人が凪のことを頭ごなしに信じるはずがなく、まして流れ者の言葉を鵜呑みにするなどあってはならない。



「大丈夫、私はナギを信じてる」



一名の例外を除いて。



「ところでそのウルフェスはどうして魔皇姫の体の中にいたんだ?」


「詳しくは聞いてないけど別の世界に用事があったって言ってたよ?」


「みんな別世界が存在してることにあんまり驚かないんだな」


「流れ者が来ている時点で別の世界が存在していることは既に周知の事実ですの。 …こうして身近に感じるとは思っていませんでしたけど」


「各国も公認している事実だ。 これで驚く奴は無知にも程がある」



緊迫した戦闘から和やかな雰囲気に戻ったことにより、安堵感から全員の口が軽やかに動く。大きな疑問と謎は残っていることに変わりはないがひとまずの安寧の時が流れていた。


別世界の存在は知識としてだけだ。その存在は流れ者の存在だけが証明であり、他に確かな根拠は存在しない。だが流れ者が与える影響、この世界には存在しない技術、それらが確かな世界を証明している。それが長い時を経て、世界に異世界の存在を浸透させていた。



「まっ、特務は失敗。 魔皇姫にはそれなりのダメージを与えたかもしれんけど魔皇姫の生んだ魔物を倒すことは出来なかった。 それでいいなー?」


「構いませんの」


「良いんじゃなーい?」


「どうしてお前が仕切るんだ! いや、それで良いと思うが」


「…問題ない」



そういえばと。特務を失敗した時のことを聞いてなかったことを思い出す。他国が関係しない、要人の暗殺やテロ行為ではない、ただの討伐系の特務でも失敗すると何かデメリットが発生するのかとシャーロットへ問う。



「なんとも言えませんの…ただ、ウルフェスが出現したのなら話は別ですの。 恐らく詳しい話を聞かれるだけでお終いだと思いますの」


「ここ数千年確認されていない、そもそも伝承上の、架空の生物が存在していることが判明したんだ。 …凄く大変なことじゃないか?」


「リアムの言う通り、肉眼で確認していない私たちも事情を聞かれると思いますの。 それだけ歴史的に重要な出来事をあなたたちは体験したんですの」


「へー」


「へーって…ことの重大性を理解出来てるのか?」



仮に凪の世界でツチノコや未確認生物、所謂UMAが確認されたとしても凪には大して影響はない。自分の人生に大きな影響を及ばさない限り、凪の興味が向くことはない。



「流れ者の俺に常識を求めることが間違いなことにいい加減気付けよ」


「ナギ君はこういう人だから、抑えてリアム君! ねっ!?」



凪の言うことは正論でもあり、間違いでもある。過ごした月日によるがそれなりに長い期間を過ごしている以上、ある程度は凪にもこの世界の常識を覚えて貰うのが当然だ。とはいえ全てを覚えられるはずがないので穴もある。


震える手で剣を掴み、殺意漲る視線を向けるリアムを慌ててアルフが制止する。



「…兎にも角にも、一度学園へ戻るんですの。 続行が不可能な以上、リノアールへ報告する必要がありますの」



こうして凪の初めての特務が終わりを告げた。初めて目にする異形の魔物、伝説の存在、仲間の実力。様々な経験を積み、実戦を重ね、凪はまた一つ成長する。


世界を生きる、糧になる。

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