59話『本領』
「何が起こってるの?! シャロ!」
「わかりませんの!」
ルティシアの拳打により、その体を大きく損傷した魔皇姫。再生を行っていることは一行も視界の片隅に入れて把握していた。だが普通の再生とは現在の動き、その想定とは違う展開に一行を混乱が襲う。
地響きが鳴り、まるで森の叫びのように魔の森全域に轟く。それに呼応するように魔皇姫に変異が生じる。
「変態? 変形? なんかあいつ形を変えてっぞ」
「シャーロット嬢! 何か知ってるか!?」
立つことが困難を極める揺れの中、魔皇姫はそれを歯牙に掛けず変化を続ける。巨大な体が横たわり、縦にではなく横に伸びる長大な形へと体が伸縮。
神の木を中心に半径数百メートルは空いているこの空間。その半分近くを埋め尽くす程に長く大きく変化していく。その体の端には手足と思われる体を支える為の触手が伸びていた。
「…恐らく本気を出すつもりですの」
しゃがみながら事態の推移を見守っていたシャーロットが自身の持てる知識の中で最も可能性の高い解を導き出す。それは最悪とも言える可能性の一つ。
「本気を出す為に変形してるのか!? じゃあこの揺れはなんだ?!」
「そこまでは分かりませんの!」
「地震なんて久しぶりだわー」
地震大国に生まれ育った凪は並大抵の揺れでは動じない。それどころか久しぶりに感じる大地の揺れが心地良くすら思えていた。
「来ますの! 総員散開!」
この場で最も経験が豊富であり人望とカリスマ性の高いシャーロットが各員に指示を出す。それを聞いて一斉に動き出す面々を確認しながら凪もとりあえず動こうと流されることを決意。
無数に迫る触手がその先端を別れさせて凪に迫る。周囲を見れば脅威度に応じた触手の本数が向けられているのか、凪へ向かってくる触手が一番少なかった。次点でアルフ、シャーロットと続きリアムへ迫る触手の数は目測で凡そ数千。ルティシアに至っては万を超す触手が伸びてくるという何とも気持ち悪い絵面が出来ていた。
「舐められたもんだ」
内心で黒刀を呼ぶ。わざわざ声に出さずとも勝手に手中に現れた黒刀を確認して目の前の脅威に集中する。
腰に掲げた黒刀を触る。イメージして能力の使用を肯定。触手が寸断されて宙を舞う。
「一番俺が楽っぽいな」
アルフは大規模な魔法陣を展開させて地形を変える勢いで触手を殲滅。残りの三名は各々の肉体と武器を駆使して戦う中、凪はただ突っ立って想像するだけである。
黒刀の能力を理解した魔皇姫の本体から次弾の触手が伸びる。その大部分の矛先は凪だ。
「知能もあると」
省略し、結果だけを残す能力に加えてそれに併せて斬撃を長く長く伸ばし、広範囲をカバーする。四方を囲むようにして陣を組みながら迫る触手が凪の想像に従いその姿を枯れさせる。
「ルティ!」
アルフの大規模魔法は個人で戦ってこそ真価を発揮する。周囲に仲間がいては巻き込まないように戦闘に制限がかかる為、ソロで戦うよりも弱いのだ。それゆえに凪から見るアルフはかなり苦戦しているように見えた。
凪の視線と言葉で全てを察知したルティシアが迫る触手を瞬時にして殲滅。アルフのサポートへと駈け出す。
「ありがと、ルティシア!」
「…平気」
気配を殺してアルフの背後へ回っていた触手を寸断。二人が固まったことにより触手は更にその数を増やす。
「触手の種類で攻撃方法に違いがあるんだな」
各々が目まぐるしい動きと派手な魔法で絶賛戦闘中であることに対し、凪はただ黒刀を持って立っているだけだ。若干の申し訳ない気持ちを感じながらも冷静に触手の分析を進めていた。
触手には大きく分けて三種類の形状がある。一つは先端が細くなった触手。これは貫通型の触手らしく、そのスピードは他の触手と比べて段違いに速い。相手を突き刺すことにだけ特化した触手だ。高い攻撃力を持つ反面、防御力や回避する能力には欠けているようで一撃で枯れてしまう。
二つ目は先端が太く棍棒のようになっているものである。これはパワー特化の触手らしく、その一撃は地面を砕くほどだ。その高い攻撃力は機動性を犠牲にして成立させている。ゆえにスピードは遅く、比較的避けることが可能な速度である。たが生命力に満ち溢れているのか、切断してもなお動き、油断は出来ない。
そして三つ目。
「あの触手…厄介だな」
触手という存在はその成り立ちの影響でそもそも気配を消すことが不可能に近い。発生源から伸び、先端部に高い攻撃力を秘め、そこに至るまでの長い長い部分があるからだ。普通に考えればそんな存在を見逃すはずがない。
しかし魔皇姫の放つ第三の触手はそれを可能にする。その理由はただ一つ。
「屈折率を弄ってんのか」
第三の触手の周りだけ、空間が朧げになっている。光の屈折率を操り、自身の存在を限りなく見えにくくしているのだ。
「稚拙な技術だ。 完成とは程遠いが…」
完全に姿を消しているわけではない。それでも見えにくいだけなのだ。だが現在の状況ではそれすらも脅威になる。
シャーロットとリアムは既に先の戦闘で余分な力は残っていない。戦う姿は満身創痍といった感じだ。周囲へ気を使えるほど、余裕がない。アルフも大規模な魔法が使えず、細々とした魔法で対処しているが殲滅力に限界がある。その隙間から抜け出た触手をルティシアが処理していた。
現状に忙殺される四人と比べて凪はただ立っているだけだ。襲い来る触手は想像するだけで簡単に対処出来る。だが徐々にその数を増やす触手に省略の能力だけでは対応出来なくなってきていた。
「ちっ」
能力の隙間を掻い潜ってきた触手を避け、すぐさま想像して攻撃する。持久戦になってしまってはこちらが不利だ。
緩慢な、それでいて濃密な時間が流れる。停滞した状況を変える為、ひとまずは動くことを決意。
「みんな集合ー」
剣が風を斬る音、魔法の爆発音、触手の風切り音が辺り一帯に響く中でも不思議と凪の声はみんなの耳に入った。その声にいち早く反応したルティシアを筆頭に各々が触手に対応しつつ凪を中心に一点へと集まった。
様子見をすることなく絶え間なく降り注ぐ触手の嵐を捌きながら作戦会議を開く。場違いとすら思える行動だが何もしないよりかはマシである。
「で、どーする?」
「お前が集めたんだろーが!」
開口一番に意見を求める凪へとリアムから罵声が飛ぶ。その隙を埋めるように触手が飛来するが凪の省略の能力により再度埋まる。
「残存魔力は?」
「限界ですの! このままでは肉体強化すら出来なくなりますの!」
「同じく!」
「私は全然余裕だよ! このまま一ヶ月は戦える!」
「………そもそも魔力を使っていない」
「リアムとシャーロットは仕方ないとしてもアルフすげぇな」
一対一での戦闘を行ったリアムとシャーロットは既に死に体も同然だ。本来の実力とは程遠い力しか出せれていない。魔力切れは死を意味する為、そうならないようにと慎重に戦っているからだ。
「大きいのが来ますのっ!」
触手が大量に集まりその姿を絡ませる。数百の触手が合体し、一つになって五人を襲う。すぐさまに凪が省略の能力で迎撃。それだけでは致命傷を与えることが出来ず、威力と速度を殺さないまま突進を止めることが出来なかった。
「俺の能力が効かん! 頼んだぞ!」
「人任せかよクソがっ!」
黒刀の能力、その有効性が証明されないと分かるや否や体を翻して後ろへ退避する。そんな弱腰の凪を毒吐きながらもリアムが前へと進む。口では文句を言いながらも結局は助けてくれる、何とも苦労性な性格がリアムである。
「魔力も少ない…体力も底に近い…くっそ!」
通常の触手の数十倍にまで肥大した触手はその外見に見合った硬度を保有している。リアムの振るった剣が甲高い音を立てて弾かれたことから推測出来る。万全ではない、力の抜けた剣では硬化された触手を切断することは出来ない。
剣を弾かれたことにより体勢が崩れ、隙だらけになる。そこへ迫る触手。
嫌な音と呻き声が聞こえた。
「リアムっ!!」
悲鳴にも似たシャーロットの叫び声。その視線の先には胴体の半分以上に触手が埋まったリアムの姿。
「ルティ!」
「合点承知」
場にそぐわない賛意の声を出し、ルティシアがリアムの救助へ向かう。
「アルフは回復! あなたは周囲を牽制!」
「りょ」
「任せてっ!」
動揺は直ぐに姿を隠す。冷静さを取り戻したシャーロットから的確な指示が飛び、場を最適な状況へ導く。
ルティシアの手刀が容易く極太の触手を切断。リアムを回収して離脱する。それを追撃するように追う触手は凪の能力によって阻まれる。
「任務完遂」
意識のないリアムをその場に放り投げ、すぐさま戦線へ復帰。若干の扱いの雑さはあるがそれが効率の良い行動でもある為、咎める人はいない。
「うげぇ…人一人が通れる穴が」
止まらない血、押し潰された臓器、粉砕された骨、その全てがリアムの命を奪うに値する。かろうじて胸の部分は残っており、心臓が微かに動いているがその動きに合わせて失血が激しくなっていた。
「このままじゃ死ぬのは確実だな」
「私がそれをさせると思う!?」
虹色の魔法陣が展開、リアムの体を通過すると無傷のリアムが現れる。
「死すらも思い通りか」
最早神の所業に近い魔法を目にし、率直な感想を浮かべる。この間も触手の雨は止まず、口は動いていても頭では常に攻撃する想像が行われていた。
「失った血までは戻らないよ! リアム君は当分戦えないし早く安静に出来る場所に行かないと意識が戻らない可能性もあるんだから!」
出口の見えない戦い。綻びが生じ、事態は悪化する。戦力が一人欠けた状況は一人一人の負担が増大することを意味する。
「…あれ、マジでヤバくね?」
凪の疑問に答えるように触手が更にその数を倍増させて襲い来る。




