58話『暴風』
シャーロットと代わるようにして魔皇姫の前に降り立ったルティシア。以降の戦闘は終始圧倒的に展開された。
普段と変わらない様子でルティシアが手を振れば彼女を襲う触手は全て切断されて地に墜ちる。近付いてその華奢な拳を叩き込めば魔皇姫の体はひしゃげて陥没。反撃に伸びた触手を意に介さずその体へ連打を叩き込むと面白いように魔皇姫の体は小さくなっていった。
その攻撃力もさることながら、特筆すべきは防御力だ。リアムの腹部を抉った触手の一撃。ルティシアはそれに脅威を感じなかったのか、敢えて迫る触手を見逃して好きに攻撃させていた。制服は破れても鬼族の体を傷付けることが出来ない触手からは困惑するような雰囲気を感じたのは凪だけではないはずだ。
「………流石、ですの」
最早戦闘ですらない、ただ何かを殴っているだけの行為にしか見えない光景を目の当たりにして凪を除く一行が目を丸くしていた。
「あれが鬼族か…」
「まさに食物連鎖の頂点に相応しい姿ですの」
「色々と破れて見えちゃいけないとこまで見えてるけどね」
どれだけ攻撃しても超スピードで自己再生を繰り返す魔皇姫に有効な攻撃方法は広範囲面積を攻める攻撃しか残されていない。それを殴打のみで行うルティシアは超人的な攻撃速度と威力で足りない面積を補っている。
荒れ狂う嵐の中に取り残された小舟。目の前の光景はそう揶揄されるのが一番妥当であった。
「…第一種に指定されている魔皇姫ですけど、あれでも弱い方ですの」
「第一種の中で?」
「えぇ、最弱と言い換えても過言ではありません。 直接的な戦闘力はむしろ第二種が妥当ですの」
疲弊しきった体を労わるようにして座るシャーロットはかつての権限でこの場にいる誰よりも第一種に関する知識を所有している。第二種との戦闘経験もある彼女の言葉には説得力があった。
「実際、私やリアムの攻撃は当たっていれば第二種程度なら即死してますし他の第一種にも深手を負わせることが出来る程の攻撃ですの」
「シャーロット嬢の言葉が真実だとしてもあまり喜ぶことは出来ないよ」
戦場において相手に攻撃が効かないということは死を意味する。仮定や他の可能性を考慮したところでそれが覆ることはないのだ。傷の舐め合いをするようなシャーロットの発言をリアムは理解した上で拒絶した。
「貴族として、敗北は許されることではない。 それは君も同じはずだろ? 剣帝さん」
「………そうですの。 言葉で取り繕ったところで意味はありませんの。 確かに、負けましたの」
「シャロ…」
若くして重たい荷物を背負う二人の顔は沈んでいる。方や貴族として矜持、方や皇国を代表する称号授与としての責務。それが満足に果たせないことからくる、自身への不甲斐なさを傷む悔恨の気持ち。
「………………」
当事者には当事者にしか分からないことが多くある。それを部外者が好き勝手に口を出すのは筋違いなことを凪も理解していた。だからこそ、何も言えないのだ。ここで綺麗事を言って慰めることは出来てもそれは当事者の為にならない。
「まぁ今はあーだこーだ言うよりもルティの戦いを見ようや。 今更言ったって何も変わらんしとりあえず現実に目を向けようぜ」
重たい空気が流れる場を吹き飛ばすように戦うルティシアを観戦するように要求する。実際に戦いの余波で飛んでくる烈風に場の空気が一掃された気がした。
「………しつこい」
終わりの見えない戦い程、精神を磨耗する。先の見えない戦い程、疲労が蓄積される。だがそんなことは鬼族のルティシアには関係無いことだった。全力とは程遠い拳を繰り出しながら再生していく端から消滅させていく。
試しに少しだけ、力を込めて殴ってみる。
「………おー」
拳圧で神の木が軋む。魔皇姫の姿を大部分消し飛ばせる一撃は魔皇姫の体を通して奥に群生する巨木を吹き飛ばす。
音声として認識出来ても表現出来る言葉が見つからない叫び声をあげながら魔皇姫が瞬時にして体を再生。目の前の脅威を先程までとは違うことを認識、シャーロットやリアムに向けて放った触手を数倍にまで増やして排除に移る。
「目障り」
両の手を無造作に振る。ただそれだけで空間一体を埋め尽くす触手がその姿を消す。
「…そろそろ終わって」
この戦い初めての構え。正拳突きを思わせる構えをとり、拳に力を込め、全身に力を充填させる。
「………はっ」
軽く息を吐いて突き出した拳。さほど力を入れていないにもかかわらずその拳は摩擦で炎を纏う。
魔皇姫にその拳は直接当たっていない。だが先程までの殴打が幼稚に見える程の威力を見えない攻撃には秘められていた。魔皇姫を襲う衝撃波は外部を爆散、有り余る暴力は魔皇姫の内部に浸透し内部からも破壊の限りを尽くす。
耳を塞ぎたくなる程の奇声をあげ、光に包まれた魔皇姫が爆音と共に爆ぜる。周囲一帯に魔皇姫の欠片が舞う中、ルティシアは次の一手を繰り出す。
軽く跳躍。ルティシアからしたらほんの少しだけの跳躍だが十メートル近く空に舞う。物理法則を無視した滞空時間の中、蹴りを繰り出す。その威力を殺さないようにそのまま一周。辺りに舞う魔皇姫の欠片にさらなる攻撃を加えて塵にする。
ルティシアの激しい動きと魔皇姫からの攻撃により着用していた制服は破れている面積の方が大きい。ところどころに見える地肌と下着に凪の目が向いていたことは当然だった。
「…こんなもん」
細胞レベルで肉体の大部分を潰されてしまっては自慢の超再生にも時間がかかる。一ヶ所に集まるように蠢く塵とそれが集まって出来た肉片が意思を持つかのように動いている。それを一瞥してルティシアは戦線を退がる。ひとまずは仕事を終えたという表情で。
「お疲れさん。 首尾は?」
「上々。 暫くは行動不能のはず」
「ルティー、ありがとですの」
戦線を退がり、待機していた凪達の所にまで戻ったルティシアはどこか誇らしげだった。鬼族としての絶大な力、今までその力を誰かの為に振るうことのなかったルティシアが初めて誰かの為に振るったのだ。変わらずの無表情ではあるが内心ではちょっと嬉しそうにしていたりする。
「…ナギに言われてたから。 平気」
「それでもですの」
「………そう」
ルティシアが助けていなかったら死ぬことはなくともそれなりの痛みを被っていた。それを助けて貰ったシャーロットのお礼をルティシアは一蹴する。するがその口角がほんのりと上がっていることに凪は気付いた。
「仲良く出来てるようで俺も安心だわ」
「何故貴様が安心するんだ…」
少しずつではあるが確かにルティシアの世界が広がっている。孤独の殻に篭ることなく、それを受け入れているルティシアにも、気兼ねなく接するシャーロットにも良くやってくれてるという父親染みた感想を抱く。
「ま、色々あんだよ。 な、アルフ」
「えっ!? う、うん」
話すのが面倒な時、凪は逃げる。唐突に話を振られたアルフも目を丸くしてとりあえず頷いていた。
「…おい、様子がおかしくないか?」




