57話『シャーロット・レスベリアの場合』
「リアム君っ! 大丈夫!?」
「アルフ嬢…すまない、回復を頼みたい」
「分かった! 任せて!」
戦線を下がったリアムの状態は腹部に裂傷、雷速で無理をして動いた結果である全身の筋組織の断裂、粉砕骨折が数ヶ所と正に満身創痍そのものであった。この場にアルフがいる以上、その全てが元に戻ることは確定事項だが常人なら痛みにのたうちまわっている激痛をリアムは苦笑だけで済ませていた。
「ちっ、死ねば良かったのに」
「ナギ君!」
憎まれ口を叩く凪へアルフの叱責が飛ぶ。リアムをそれを気にすることなくアルフの回復魔法を大人しく受けていた。
第一種の力。攻撃こそ殆ど回避していたし、マトモに受けたのも避け損ないの軽い一撃。だが全ての一撃に死を意識させるだけの威力が秘められており、その恐怖は計り知れない。初めての実戦が第一種を相手にした命のやり取り。リアムは何を感じていたのだろうか。
「………第三、第二奥義は僕の編み出した技の中でも特に自信のあった技だ。 それを喰らっても尚死ぬことのない相手…想像以上だよ」
「…いやに大人しいな」
何かを悟ったような表情を浮かべるリアムに拍子抜けする。実際、ただの人間を相手にしたら第三の奥義が炸裂した瞬間に相手は死ぬ。そんな攻撃を平然と受け、そして平然と死ぬことなく生きて反撃してくるのだ。
「まさに井の中の蛙大海を知らず、だ。 第一種の力の片鱗を見せつけられたよ」
「そこまで…か」
「そこまで、だ。 それにあれでも魔皇姫はまだまだ本気を出していないはずだ。 仮にも第一種に指定されている魔物があの程度で終わるはずがない」
「おいおい、シャーロットは大丈夫かよ」
かつての学園序列二位であり、現行の序列四位にそこまで言わせる存在。凪にその真意が伝わることはないが次に戦うシャーロットのことが少々心配になってくる。
「大丈夫だよ」
「断言か。 その根拠は?」
「シャロなら大丈夫」
まるで自分に言い聞かせるように呟くアルフの眼差しはシャーロットへ注がれている。その眼差しにあるのは絶対の信頼。
「…僕もそう思う。 彼女は称号持ちだ。 その実力は確かだし、何より僕よりずっと強い」
「シャロは第二種を複数相手に余裕で勝てるだけの実力があるんだよ? それに実戦経験も豊富。 負ける要素が見当たらないよ」
「そうかね〜…」
肉体の怪我が全快しても失った魔力と疲労までは回復することはない。未だに肩で息をするリアムもアルフの言葉に同意する。
凪がさり気無く後ろに佇むルティシアへ視線を向ける。それに気付いたルティシアが黙って頷くのを凪は不安気に見ていた。視線に込められた意味はもしもの時を想定した気持ち。要はいざという時は助けろよ、である。
「やっぱし全員でフクロにした方が早いんじゃね?」
凪の疑問は戦いの余波に霧散した。
「第一種危険指定生物…戦うのは初めてですの」
獲物を探すように辺りを漂う触手の中、シャーロットは優雅に立っていた。漂う触手は攻撃対象が範囲外に逃げたことを察知、それでも本体へ戻ることはなく、向けられた敵意へ機敏に反応して辺りの様子を窺っている。
「剣帝、シャーロット・レスベリア。 参りますわ」
こちらが攻撃を加えない限り、相手から攻撃されることはない。それを逆手に初撃は会心の一撃を加える。リアムと同様の戦術を選択したシャーロットは鬼哭剣を構え、力を溜める。
「ガロ、頼みますの」
『承知』
相棒である鬼哭剣へ合図を送り、準備を進める。鬼哭剣へ力を送り、集中力を高めていく。鬼哭剣が白く淡く発光するのを確認しながらシャーロットは絶えず力を送り続ける。
「………っ! 行きますのっ!」
『完了』
高密度な魔力を宿した鬼哭剣を一閃。放たれた刃はシャーロットが扱う技の中でも必殺の一撃に含まれている技の一つだ。そこへ更に魔法を上乗せする。
「もう一丁! ですのっ!」
炎と氷、相反する二つの属性魔法を強引に合体させ、その破壊力を更に上昇させる。だがそれで終わるような一撃ではなかった。この好機を逃すまいとシャーロットは立て続けに魔法を行使する。
目標である魔皇姫へと向かって飛ぶ白い斬撃、そこへ二つの属性魔法が合体し炎と氷を含んだ斬撃へと変貌させる。さらに雷と水、相反する属性魔法を再び強引に合体させてその斬撃へ含ませる。
通常、相反する属性魔法を組み合わせることは不可能とされている。世界の理を覆す魔法の使い方であり、その想像は人々の価値観に根強く浸透している。それ故に不可能とされているのだ。だがシャーロットは相棒であるガロの力を借り、その不可能を可能にさせる。
上級魔法を計四つ。理を超えた魔法を含む斬撃は森羅万象を壊す斬撃となって世界へ顕現。その破壊の矛先をただ一点に向けて振るわれる。
魔皇姫へ斬撃が接触すると同時に先程のリアムの攻撃を上回る轟音が周囲へ轟く。世界の理を超えた影響なのか、空間が歪み、背景をおかしくさせている。雷が、炎が、水が、氷が、魔皇姫を襲う。未だに全容を明らかにしていない魔皇姫がその巨体を動かした。
「…気色悪い、ですの」
『嫌悪』
顔に相当する部分には何も無い。僅かに窪みが存在しており、それが鼻の役目を担っているのか、頻繁に空気を吸い込むように動いていた。それ以外は何も存在しない、神が創り方を間違えたとしか思えない生き物であった。
明確な敵意と害意に反応した魔皇姫が全身から触手を伸ばしてシャーロットを襲う。
先程のリアムの動きが強引な動きだったのに対し、シャーロットの動きは優雅の一言だ。迫り来る触手を無理のない、最低限の動きだけで避け、紙一重の回避を続ける。無駄を省くことによって余計な体力消耗を避け、尚且つ常に攻撃のチャンスを窺う熟練者の動きである。
空間一帯を埋め尽くすかの如く増え続ける触手に流石のシャーロットも回避だけでは乗り切れない。避けることが出来ない触手には鬼哭剣の一撃を以ってして断ち切る。
「これだけ大きいと普通の攻撃では意味が無いですの!」
『困難』
「何か手はありませんの?!」
意識が逸れることは死を意味する。常に迫り来る触手に意識を向けたまま、言葉だけをガロに向けて放つ。魔皇姫から伸びる触手は際限無く増え続け、その数は既に千に近い。紙一重でそれを避け続けるシャーロットでも被弾が起こり得る量である。実際に肌にまで達していないモノの、既に衣服はボロボロであった。
「対質量戦は苦手なんですっの!」
空間を断裂する勢いで振られた鬼哭剣は周囲一帯の触手を切断。しかし直ぐに次の触手が空いた空間を埋めるようにして伸びてくる。埒があかない現状と打つ手の無い状況にシャーロットの顔に焦りが浮く。
『存在』
「どうすれば良いですのっ!?」
『危険』
「第一種を前にそんなこと言ってられませんの!」
『…承知』
次の瞬間、魔力がごっそりと抜け落ちる感覚にシャーロットが一瞬眩暈を起こす。その隙を逃さないとばかりに触手が一斉に速度を上げて侵攻。その柔肌を切り裂く。
「ガロっ!」
『完了』
莫大なエネルギーが鬼哭剣から放出。全方位に向かって放たれたエネルギー波は触手の分子結合から破壊し、空間を埋める全ての触手を瞬く間に消失にまで追い込む。触手だけに留まらず、そのエネルギー波は魔皇姫まで到達。触れた端から魔皇姫の体を結合破壊していく。
「くっ、魔力が少ない…でもっ!」
称号を持つ者、剣帝を冠するということは敗北が許されないということ。既にランキング戦で鬼族に負けたシャーロットにとって、二度目の敗北はそのプライドが許さない。例え相手が不死身の第一種だとしてもだ。
「はあああああっ!!!」
体に走る痛み、頭を襲う鈍痛を無視。肉体強化に回していた魔力を回収し、この一撃に全ての魔力を込める。
シャーロットの想いを敏感に感じ取ったガロがその想いに応えるべく、自身の性能を最大限に発揮する為にシャーロットから流れる魔力を効率かつ最高の威力が出るように活用する。
『完璧』
全ての準備が整ったガロから出された合図と魔皇姫の触手が復活したのは同時だった。
「消し飛べええええっ!」
優雅を、余裕を捨て去ったシャーロット渾身の叫び。その想いに応えた鬼哭剣から放たれた斬撃は国一つを消し去るだけの威力を秘めている。
込められた威力を察したのか、魔皇姫の触手がリアム戦を通じて初めての防御行動に移る。本体を守るようにして触手が斬撃の前へと集結。だがその数百を超す触手の壁は斬撃の前に意味を成さない。
斬撃が触手に触れる前に溢れる余波でボロボロと崩れ去り、壁の意味が無い。剥き出しになった本体へ斬撃が衝突。世界中に轟く程の爆音が鳴り響く。地面を割り、空を割り、そして魔皇姫の体を割る一撃。声帯が存在しないにもかかわらず魔皇姫が叫び声をあげた。
「っっ!」
大音量の叫び声と爆音を真近で聞いたシャーロットの鼓膜が破れる。それを感じながらシャーロットの視線は一点に集中していた。その視線の先にはシャーロットの攻撃からのがれた一本の触手の姿。そしてそれが自身に向かって高速で移動していることをシャーロットは悟った。
生身の体で先程の一撃を繰り出したことにより、シャーロットの体はズタボロだった。回避出来なかった魔皇姫の攻撃により、至る所から出血。魔力も既に底が近い。迫ってくる攻撃を避けるだけの体力もシャーロットは持っていなかった。
「…」
『回避 回避 回避』
迫り来る脅威にガロから警告の言葉が出る。出るがそれを行うだけの体力がシャーロットには無い。諦めたようにシャーロットは目を瞑った。
「………セーフ」
触手が途中で切断され、推進力を失った先端が地面へ落下。新たな矛先を見つけた魔皇姫が殺意を剥き出しにしてシャーロットからそちらへ目標を移す。
「ルティー…」
「…お疲れ様」
仲間を背に、世界最強の鬼族が魔皇姫の前に立つ。




