6話『機転』
翌日、朝日が窓から差し込む光で凪は起床した。
「朝、か」
昨夜は激動の一日だったなと振り返りながら軽く伸びをして体の凝りをほぐす。隣のベッドを見てみればアルフの綺麗な足が毛布からはみ出ていた。
無駄毛の無い綺麗な足だった。この世界の女性も無駄毛処理をするのだろうか、そもそも無駄毛という概念があるのか、前提として当然のように考えているがそもそも体毛が生えて来るのだろうか。起き抜けの頭でそんな阿呆みたいなことを考えてみる。
「んっ…」
妙に色っぽい声を上げてアルフが寝返りを打つ。寝間着の胸元がガラ空きだ。ボーッと眺めていたらアルフの目が薄っすらと開き出す。眠り姫のお目覚めのようだ。
「………」
「やっ、おはよう」
「………死ね」
どの世界でも女性は根に持つタイプなのか。起きてからの第一声がそれとは流石の凪も想像だにしていなかった。起床間も無い頭でそこまで考えられるのはある種の才能だろう。
「いい加減機嫌を直してくれよ、悪かったって」
「…」
ジト目を向けてくる彼女にも非はあるのにこの態度、女性は強しとはこのことか、それともアルフが例外なのか。
「ネームプレートには俺の名前しかなかった」
「それは…」
「自分のネームプレートを入れていないのに着替えをする。 いつ、誰が入って来るか分からないのに、だ」
「うぅ…」
「二発殴って固くなった枕を投げたのは?」
「許させていただきます」
しつこい女性は好きではない。何よりも直ぐに暴力に走る女は嫌いだ。…昨日は自分も多少は悪かったと思うので何も言うつもりはないが。
「ところで今日から俺も授業に出るのか?」
昨日からこれが気になって仕方なかった。未だに他の学生を見掛けず、アルフはご機嫌斜めな為に誰にも聞くことも出来ず途方に暮れていたところだ。
「あー実は昨日が始業式だったんだ。 今日から新学期の始まりでね、多分その都合もあって学園長が編入を許可してくれたんじゃないのかな?」
学期制度なのか、前期後期制度なのか、地味に気になる点だ。そもそも自分はどの学年に入るのだろうか、何も聞いていなかった。
「? なんで編入することになったのを知ってる? そもそも昨日俺が学生寮に来ている時点でどうして疑問に思ってなかったの?」
普通に違和感無く話してて不思議に思ったのがそこだ。 どうして知っているのか。昨日はこのことを話すタイミングなんて皆無だった。寝言で教えちゃったのかなとちょっと不安に思う凪。
「昨日の夜、学園長から連絡が来てね、それで知ったんだよ」
立ち上がり、凪と同じように伸びをするアルフ。 そのままベッド下にある収納スペースから制服を取り出しながら凪に答える。
「そういや俺、制服貰ってないんだけど…」
話し合いだけで全てが決まってしまったので事務的手続きを一切してないのだ。身分証すら作っていない。
「これ? 私と同じようにベッドの下に入ってると思うよ」
ベッドの天蓋から伸びたカーテン、その向こう側でする衣擦れの音が生々しい。
アルフの予想通り、同じように収納されている男性用の制服。だがサイズが少しばかり凪には大きい。
「大きいんだが? ぶかぶかなんだが? 恥ずかしいんだが?」
「魔法の制服でねー。 着ると体のサイズに自動でフィットするようになってるからとりあえず着てみなよ」
着てみると淡い光が全身を覆い、制服が縮んでいく。あっという間に凪にちょうど良いサイズになった。
「魔法って何でも有りだな…」
「制限はあるけどその中でならね」
感慨深く思っていると着替え終わったアルフが出てきた。今更だが少々露出が多いような気がしてならない。製作者に惜しみない拍手を贈りたい。
「ナギ君も特別クラスなんだよねー。 まぁ流れ者ってことを考えれば当然っちゃ当然だけどさ」
その顔に困惑の表情が浮かんでいることに凪は気付いた。何か困ることでもあるのだろうか。
「マズイのか?」
本当にマズイなら即刻離脱する準備が凪には出来ている。
「えーっとね、特別クラスは何かと難しい人達の集まりだから…ナギ君が上手にやっていけるか少し心配で…」
「優しいんだな」
昨日今日会ったばかりの異性にそこまで言える人間は少ない。何よりその顔と声に上辺だけの感情ではなく、本気で心配している心が感じられた。昨日の態度は一体なんだったのか。アルフは慌てたように手を振って否定する。
「一応、私がクラスのトップみたいな役職だから、クラス内の不和があったりすると困るからだよ?! べっ別にナギ君の心配とかじゃなくてクラス全体を心配してのことだよ!?」
「ツンデレご馳走様です」
正直どうでもいい、が凪の本音だ。
「とにかく! そろそろ行くよ」
「腹減ったんだが」
朝食どころか、昨日から何も食べていない。今まで空腹感を感じていなかったのが不思議な位だ。
「そういえば忘れてたね…とりあえず外に出て転移しよっか。 指輪は…貰ってるね」
「…なぁ、この指輪ってもう外せないのか?」
凪の指輪は左手の薬指に嵌っている。昨夜お風呂に入る時、取ろうとしたが取れなかった。
「学園長から許可が下りない限りは外れないよ。 他に方法がない訳じゃないけど…お勧めは出来ないかな」
「その方法は?」
「覗きをすること」
…それはつまり指を爆散させて外すということでそこまでして外さなければならない用事がある訳ではないので。
「止めときます」
「素直で結構」
時々ノリが良くなるのはなんなのだアルフは。
「まずは食堂で朝食を、その後クラスに行くよ」
「仰せのままに、お姫様」
わざとらしいお辞儀にわざとらしい口調で大仰に応えてみせた。我ながら面倒なことをしてるなと内心思いつつ、黙って外へ行くアルフの背中を追い掛けるのであった。