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53話『区域』



学園長から序列に関する説明を受けてからの数日、凪は有意義に過ごしていた。


訓練室に行けばリアムやシャーロットから剣の手解きを受けることができて、黒刀の扱い方をメキメキと上達させていた。他にも同じような特別な剣を持つ者としてシャーロットと共に新たな能力を探した。


寮に戻ればアルフとルティシアが凪を暖かく迎える、充実した日々だ。なんだかんだと凪一人で過ごす時間が多かった今までとは違い、常に人と関わる自分も嫌いではなかった。少しずつだが、凪の世界も広がっている証拠だ。


そんな日々を送って数日。改めて序列上位の五人は学園長室に集結した。



「さて、全員集まったようなので説明をさせて貰うよ」



リノアールの一言で空気に緊張感が走る。凪は初めての体験に気を引き締め、リアムは未知なる世界へ足を踏み入れたことに対する緊迫感。同じく初めてのはずのルティシアは変わらず無表情で淡々とした表情を浮かべている。普段と変わらない姿なのは既に特務を経験しているアルフとシャーロットだけだ。



「今回の特務内容は皇国指定の立ち入り禁止区域に当たる、魔の森に向かって貰う」



魔の森、その言葉に反応出来たのは三人のみ。



「…あそこは皇帝陛下直轄の部隊しか立ち入ることが許されていないはずだ。 どうして今回だけその許可が降りたんだ?」


「特務への具体的な質問は許可されていないんだ。 君たちはただ黙って頷いていれば良い」



支配層の人間に多く見られる、有無を言わさない言葉。その言葉にリアムの表情が大きく歪む。


それを遮ったシャーロットが諭すように告げる。


「無駄ですの。 特務はその機密性と内容の秘匿性により、もしも特務が世界に露見しても皇国は関知していないことになってますの。 闇の部分ですわ」


「そそ、失敗して処刑されようと皇国は見て見ぬ振り。 けど逆らえば」


「その皇国によって処刑される可能性もありますの。 あなた達が思っている以上に特務は危険極まる任務ですの」



初めて聞く内容にリアムの表情が呆然としたモノへ変化。しかし既に予想出来ていた内容であり、凪は微動だにせず続きを促す。



「なんで貴様はそんなに平気なんだ! 言葉の意味が理解出来ていないのかっ!?」


「充分理解出来てるわ。 与えられるメリットを考えたらデメリットはそんなもんだろ。 内容的にも粗方予想は出来ていたし、今更驚くことかよ」


「貴様っ!」



性格とその出自故にリアムは短気だ。気に入らないこと、納得出来ないことがあると直ぐに声を荒げる。それが凪には面白く、アルフに次いでからかいの対象になっていた。


だがその性格は時と場合によって面倒かつ目障りにもなる。そして今がその時だ。



「はぁ…少し黙ってろよ」



それでも尚引き下がることのないリアムに凪は改めて溜め息。黙って静観しているリノアールへ目を向け、助け船を要求する。



「リアム君、静かにして貰えないなら、お父上に話を通させて貰っても良いのだよ?」



貴族という家庭に生まれ、母親以外の肉親から見捨てられかけているリアムを黙らせる有効な口撃。父親や兄達への承認欲求が強いリアムへの効果は絶大だった。



「………はい」



途端にしおらしくなったリアムの背中には哀愁が漂っている。だがこのままでは話が進まない以上、必要な措置だった。


それを理解しているからこそ、他の四人は何も言わない。事情を把握している凪も。



「では続きと行こう」



弛緩した空気を研ぎ澄ませるようにリノアールが五人を見回す。



「魔の森、その深奥部に魔皇姫と呼ばれる第一種指定危険生物が生息している。 そこで魔皇姫へ攻撃ならびに魔皇姫が産む魔物を即座に殲滅する。 これが今回の特務の内容だ」



業務用の口調と表情でリノアールが告げる特務内容、シャーロットとアルフが驚きの表情を浮かべているがそれでも口を開くことはしない。


第一種指定危険生物。第一種はそれまでの第二種以前の魔物とは桁が違う。第一種に指定された魔物は世界でも数種類しか存在せず、また目撃例が皆無だ。主な情報源は大多数を前に現れた時のみ。個人でそれと相対した時、生きて帰って来るのが不可能な為に詳しい生態は知られていない。



「道中は…アルフ君がいるから転移で平気だね。 では数時間後に出発して貰う。 それまで各々で支度をしておいて貰おうか」



説明は終わったとばかりに背を見せたリノアール。知らない情報ばかりで頭にクエスチョンマークを浮かべたまま、凪は周囲に促されるように退室した。















「で、だ。 知らない単語が多いからとりあえず説明をしてくれ」



寮の自室。五人が集まり、凪の一言が口火を切る。


一位専用の部屋は広い。五人が集まった程度では人口密度に変化を及ばさない程に広々とした空間が広がっている。また備え付けのタンス類の一部には別次元に繋がる謎の引き出しが存在しており、そこに衣類やその他を収納出来るようになっている。凪が最初にそれを見た時はタイムマシンがあるのかと思って思わず中を覗こうとした程だ。


尚、その確認行為はルティシアによって止められた。その空間に入ると生きては出られないと真顔で言われてしまっては凪も大人しく引き下がるしかなかった。



「まず、特務はその性質上、公にすることは出来ない。 これは分かるよね?」


「愚問だろ」


「それゆえに皇国が関係していることも知られてはならない。 だから何があっても皇国は突き放す、これも理解出来てる?」



噛み砕いたアルフの説明は流石の凪でも理解出来ている内容だ。それを聞くリアムもそこまで頭は悪くないと憤慨した表情を浮かべている。



「ったりめーだろ」


「次に魔の森。 リアム君は魔の森を知ってる?」


「名前だけなら。 父上や兄上達は行ったことがあるらしいが僕は無い。 どんな場所なんだ?」


「一言で言うなら…迷宮、かな」


「アルフ、あなたは行ったことがありますの?」



先程のリアムの言葉を信じるなら皇帝陛下直轄部隊でしか入域は許可されていない。まるで既に一度行ったことがあるような口振りのアルフにシャーロットが確認をした。


返ってきたのは意外な返答。



「学園に来る前に少しね、間違って入っちゃったんだよ」


「監視の兵士は何をしてるんだか…」


「それよりも監視用の魔道具があるはずですの。 その全てに見つかることなく入ったんですの?」



内輪の会話が繰り広げられる中、凪が味わっていたのは疎外感。会話に入れないのは寂しいが、内容が理解出来ないので仕方ない。


議論を進める三人を放置し、同じように輪の外に出ていたルティシアへ話し掛ける。



「ルティも特務は初めてなんだろ?」



窓際に腰掛け、外へ向けた視線を外さないまま頷くルティシア。その光景は一枚の絵画に見紛う程に絵になっている。



「…楽しいだろ? こうやって人と関わって生きるってのは」


「………」



これまでの人生をを孤独に生きてきた鬼族へ向けた言葉をルティシアは沈黙で応答する。


実際、凪の言う通りである。ルティシアはこれ程までに他者と関わって生きたことがなかった。他人とは自分を恐れるだけの存在であり、それが自らの人生、その道中に関わることなんて考えたこともなかった。



「一人の時間も悪くはねぇよ。 俺も好きだからな」



ヒートアップした舌戦を眺めながら語るように凪が続ける。別にルティシアの反応を待っている訳でもない、ただの独り言にも聞こえるその言葉は喧騒の中でもルティシアに静かに染み込む。



「たまにゃあこんな寄り道も悪くはねぇだろ?」


「………切っ掛けはあなた」


「かもな。 けど拒絶しようと思えば出来たはずだ。 違うか?」



再びの沈黙。



「心のどっかでこんな光景を待ち望んでいた、期待していた自分を否定出来ないだろ。 そんな自分を否定せずに受け入れた、お前の強さでもあるぜ? 結果論だがな」



過程はどうあれ、結果的にルティシアには仲間と呼べる存在が出来た。盲目に信じる凪を筆頭に友達になりたい宣言をしたシャーロット、一人の女の子として見てくれるアルフ。ぎこちなさこそ残るが比較的話せることが出来る存在であるリアム。その全てを作った切っ掛けは凪だが、それを拒絶せずに受け入れたのはルティシアである。最終的な判断は全てルティシアがしているのだ。



「誇る程のことじゃないけどよ、もうちっと周りを見た方が良いぜ?」



その言葉を最後に凪が沈黙。片手をルティシアの頭に乗せ、優しく撫でる。


頭を撫でられると人は落ち着くという。それは幼少期に親に撫でられた記憶に基づく、体が覚えた快感だ。人によっては好き嫌いが分かれるが基本的に嫌いな人間はいない。


幼少期に頭を撫でられた経験がルティシアにない。それでも彼女は気持ち良さそうに目を細めた。視線の先には殺気すら感じられる三人。



「………もう少し、マトモな人がよかった」



その言葉は凪も感じていたこと。感じていて敢えて口にしなかったことだ。



「俺がマトモじゃねぇからな。 似たような奴は集まるってこっちゃ」



苦笑いを浮かべてルティシアの言葉を否定しない凪は内心で思う。そもそもマトモな人間をこの世界で見掛けていないんだけど、と。

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