52話『密接』
「一位の部屋で良かったのか?」
個室が与えられる序列五位以降。変わらず三人で過ごす為にどの部屋を使おうかと相談した結果、一位であるルティシアの部屋を使うことに決定した。
広さは充分、ベッドのサイズは三人が一緒に寝ても余裕のある幅だ。備え付けの椅子に腰掛け、飲み物を飲みながら確認を問う。
「問題ない」
「私もシャロが一位の時から何度か遊びに来てるから平気だけど…」
五位から一位までの個室は上位に上がれば上がる程、部屋が広くなっていく。それだけではなく、各序列の部屋にはそれぞれ異なった趣向で部屋が作られていた。
凪が使うはずだった五位の部屋は、序列制度が始まった年の、最初の五位の人間が決めた部屋だ。体育会系の人間だったらしく、部屋全体がスポーツジムのようになっていてどこでも体を鍛えることが出来るように魔改造が施されている。
生徒の使う部屋は一般的に卒業まで変わることはない。希望者には部屋の交換や移動も可能だが、それでも基本は最初の部屋である。序列上位にならない限りはその部屋で六年間を過ごすのだ。その為、ある程度までは部屋主が思い通りに改装しても構わないという校則も存在する。
「これだけベッドがデカけりゃ三人で寝れるな」
よくあるキングサイズと同等かそれ以上の大きさを誇るベッドは皇国の中でも最高級品になる。
「………三人で寝るつもりですの?」
部屋の下見に来ていた凪とアルフ。部屋主であるルティシアの他には何故かシャーロットの姿。
「ルティは嫌がる訳がないしアルフも嫌じゃないだろ?」
「………歓迎」
「私は! …嫌じゃないけどさ」
内容は兎も角拒否しない二人、しかも片方はむしろ大歓迎といった感じで相変わらずの無表情で両手を広げている。それを見てシャーロットは溜め息を一つ。
「まさに骨抜きにされてますの」
決して短いとは言えない期間をここで過ごしているのだ、それなりに気心も知れた仲になって当然とも言える。さらに付け加えるとアルフは類を見ない凪の人柄に惹かれているし、ルティシアは狂信的なまでに凪へ入れ込んでいる。そして当然の如く、凪はそれを理解した上で言動をしていた。
「シャロがいない間に色々とあったんだよ…」
「そもそもどうしてこんな関係になったんですの?」
ルミテッド学園に在籍こそしているが特務やその他の用事で学園へ姿を見せることがほとんど無いシャーロットでは経緯を知らずして目の前の光景を見せられては違和感しか抱けない。
「………彼を見定めた。 私は彼に着いていく」
「どうしてそうなるんですの…」
「…世界が変わる気がする。 世界を変えられる気がする。 なんとなく、そう感じる」
ルティシアの発言を受け、シャーロットの目が鋭くなる。鬼族のルティシアでも流れ者が行き着く先は知らないが、それを知るのも時間の問題だ。序列一位の権限にはその情報を知ることの出来る内容も含まれているからだ。だがそれを知る前から既に感覚で判断していたルティシアの直感とも言える予感に改めて鬼族の力の一端を垣間見る。
それにと言葉を続けるルティシアにシャーロットの意識が現実へ引き戻された。
「ナギは私を一人の人間として扱ってくれた。 一人の女の子としてみてくれた。 ………それが私にとって、どんな意味があるのか、二人なら分かるでしょ?」
珍しく饒舌に流暢に喋り出すルティシアにアルフとシャーロットが頷きを持って同意する。
人は生まれを偽ることは出来ない。良いことも悪いことも全てその後の人生に付き纏ってくる。ルティシアの場合、鬼族であることが唯一の悪いことであり、そのたった一つの悪いことがその他全ての良いことを潰して尚余る程に大きかった。そんな彼女を見る目は当然鬼族へ向ける目であり、たまにそれがいやらしい、下卑た視線に変わったりする。
だが凪から向けられる視線にはその全てが無かった。あるのは友人に接する目である。無論、友人など持ったことのないルティシアには当初、凪のその視線を理解することが出来なかった。
「ナギ君の良いところを挙げるとしたらそこだね。 人を人としか見てないとこかな」
「悪口にしか聞こえないんだが」
そんな三人のやり取りを見ながらシャーロットはどこか安堵を覚えていた。
剣帝の称号を持つ以前から、彼女はルティシアを倒すべき相手としか見ておらず、打倒ルティシアと目標を掲げてすらいた。だが時が経つに連れ、戦いの中で自身の価値観に変化が生じ、いつしか疑問すら抱くようになっていた。本当にこれで良いのだろうかと。
「………ありがとう、ですの」
ルティシアを鬼族としてではなく、一人の人間として接してくれて。その言葉にはそんな意味も篭っている。
剣帝の称号を得た後もシャーロットの中でその疑問は痼のように残っていた。鬼族だからと考えることを辞めてひたすらに殲滅を目的にしていたがそれが本当に正しかったのだろうかと。確かに角が生えた時のルティシアは殲滅すべき対象だったが普段の彼女はどうなのだろうかと。やがてシャーロットの中で増え過ぎた疑問は大きく混ざり、そして一つになった。
どうして誰も彼女を人として扱ってやらないのだろうかと。
「あん? 俺に言ってんの?」
そしてその疑問を解消してくれた存在は今目の前で眉を顰めている。何とも言い難い感覚にシャーロットは内心で笑う。自分はなんて狭い世界で生きていたんだろうか。
「それよりも三人の関係はなんですの?」
「主従関係?」
「友達以上、恋人未満?」
「…運命の人?」
話題と意識を変えるようにして出された話題を三者三様にして返す。その全てに疑問符が付いており、三人の関係がどれだけ不確かな物なのかを証明していた。
「主従関係ってなんなのさ!」
「そのまんまだろ。 俺がご主人様でお前らはメイド。 それよりアルフの友達以上恋人未満ってなんだよ! セフレじゃねぇか! いやそう思っていてくれてるのは嬉しいけど、他にもっとマシな喩えはなかったんかい!」
「咄嗟に出たのがそれだったの! それに私がメイドってどういうことよ! 私よりも弱い人がご主人様なわけぇ?!」
「…運命」
三人が三人、現在の関係を的確に言い表す表現が見つからない為、混乱を呈す。凪はともかくアルフの表現は色々とマズい。
「まぁ腐れ縁だわな。 最初に知り合った人間がアルフで次に仲良くなったのがルティだし」
結局、凪のその一言が一番しっくりくる表現である。元より友達百人を作る気のない凪にはそんな狭い世界で充分なのだ。
「その気になればいつでも切れる縁だけどね」
「なかなか辛辣な言葉を吐くなぁ。 その気になるのか?」
「………」
無言で背けるその顔は赤い。それがアルフの気持ちを表していた。
「…私は切らない」
「だよな、ルティは切らないよな。 どっかの薄情モンとは大違いだ」
「私だって切らないよ!」
「…なんともまぁ…変な関係ですの」
現状の関係を変えるつもりは凪にはない。その気になればどちらかと付き合うことも出来るし、もしかしたら両方と付き合える可能性は大いにあるが凪にそんな気はない。今の中途半端な関係が居心地良いのもあるがいざという時に切れないと困るからだ。
いざという時、それは現実に戻る時に他ならない。
「シャーロットは二人とどんな関係なんだ?」
唐突な名前呼びにシャーロットは思わずドキリとする。序列上位とは生徒から尊敬の目を向けられる為、馴れ馴れしく接してくる人間は皆無である。さらにシャーロットは学園に滞在する期間が短い為、同性ではアルフ以外に友達がいない。寂しい人生ではあるがシャーロットはそれに気が付いていない。良くも悪くも浮世離れした存在、それが彼女であった。
「うーん…アルフとは友達ですの。 二年生の頃にお互いの存在を知って、その頃からの仲ですの」
「ライバル兼親友ってか」
「そうですの。 魔法特化のアルフと近接特化の私、学園の双璧を成す存在として有名でしたの」
「…無駄にカッコイイな。 しっかし、やっぱりアルフって強いのな」
「ランキング戦をサボってなければ序列二位は余裕だと思われていましたの。 …妙なとこにサボり癖があって」
ジト目を向けれたアルフは苦笑いでそれを躱す。昔から二人の実力は高く、その本物の力を前にした当時の先輩達はあえなく屈していたという。
「ルティとは?」
「ルティーは…」
言い淀む。上手く言葉が出ないまま、沈黙が場を流れる。
「…倒すべき相手、そう思ってましたの」
シャーロットの言葉は間違っていない。今でこそただ一人の生き残りとなり、皇国も静観する立場を示しているがその危険性を理解している者の多くは根絶やしにするべきだと声を挙げている。ルティシアも大人しく日々を過ごしているが皇国に牙を剥いたら被害が甚大にまで及ぶ力がある。
「それが世界の常識だし、仕方ないか」
「ですが、何度か戦う内に分からなくなりましたの。 世界が正しいのか、世界が間違っているのか」
いつの世も声が大きい方が正義になり、負けた者には何も残らない。多数が正しいと言えば少数派はたとえ正しくとも間違いになるのだ。数の暴力である。
「でも、私は抗えなかった」
賛成派が多くを占める中、反対を唱えるには勇気がいる。彼女にはその勇気がなかった。流されるように従ってしまったのだ。
「流れ者であるあなたが現れて変わりましたの。 その無知故の勇気、それが世界に反対を唱えさせた」
内容は重たい話題だがそれを話すシャーロットの顔は明るい。
「現金な奴って思われるかもしれませんけど、今はあなたに続いて世界に反対を表明したいですの。 だから、ルティーとは友達になれたら嬉しいですの」
満面の笑みで告げるシャーロットはどこか晴れ晴れとした様子だ。凪の出現で少しずつだが確かに世界が変わってきている。そう思うシャーロットだった。




