51話『依存』
「今の貴様は自分がどんな状態か把握しているのか?」
特務まで残り数日。残された時間を鍛錬に費やしていた凪はリアムと訓練室にいた。
「モテ男?」
「違う! 強さ的な意味でだ!」
傍目から見て可愛らしい女性二人を侍らす凪は可哀想な男子から嫉妬の目線を良く浴びる。アルフはともかく、ルティシアは鬼族である点を除けば最高の美少女であり、最高の女体だ。アルフはともかく。
「反応速度でならルティシア以外には負けないとか?」
「幼稚過ぎる…これだから流れ者は」
やれやれといった仕草を見せるリアムだがその仕草がいちいち似合っていて凪をイラつかせる。無駄に育ちが良い為、品の良さが溢れているのだ。
「貴様の強さ、確かにあの肉体強化は強力な武器になる。 だが決定打に欠ける」
高尚な解説を聞き、確かにと凪が頷く。武器を使わない戦いの時、凪にはこれといった武器がない。魔力の攻撃は魔法を使えば簡単に対処されるし、肉弾戦を続けても追い込める程の技術が凪にはなかった。
「棒きれがあんぞ?」
「それが問題なんだよ」
凪の中で唯一の決定打に成り得る武器であり、切り札でもある黒刀。それを提示するとリアムが悩ましい顔を浮かべて嘆息する。
「貴様の強さはいわば張りぼてだ。 黒刀の性能頼りの強さでしかない。 実力じゃないんだよ」
「使える物を使って得た強さの何が悪いんだ」
「その黒刀が封じられたら貴様はどうする?」
答えに詰まる。実際にランキング戦の中で戦ったアルフとの試合中、省略の能力を封じられた。その時は何とかなったが場合によってはそれが凪の生死を分かつ時もある。
「…まぁそんなこと出来る奴はいないと思うぞ?」
「根拠は?」
無造作に握っていた黒刀を投げ捨てる。綺麗な放物線を描いて飛んでいく黒刀は地面に落ちる寸前にその姿を掻き消した。
「ほら、仮にこの棒を奪ってもそれは無意味だろ? 俺が呼べばどこにでもどこからでもこいつは呪いのように俺に付き従って来るぞ?」
いつの間にか再び凪の手の中に戻っていた黒刀をリアムに見せ、根拠とする。それでも尚渋い顔を見せているリアムへ黒刀を持ってみるようにと言い、渡してみると驚愕の顔を浮かべた。
「あっつ!?」
予想外の状況により、思わず渡された黒刀から手を離してしまうリアムだが落ちる途中で再び黒刀の姿が消え、定位置である凪の手の中に収まっていた。
「所有者である俺以外は持つことが出来ねぇんだよ。 俺が所有する前だったら所有者が不明ってことで持つことが出来たらしいけど、この棒の中で俺が所有者って決まってからはアルフやルティでも持つことが出来なくなっちまった」
現在時点で凪以外が黒刀を持った時に起こる現象で確認されていることは冷たくなる、熱くなる、重くて持ち上げられない、そもそも触れないの四点だ。最初の三つはまだ理解出来るが、最後の一つは持とうと手を差し出すと黒刀が勝手に消えるのだ。これではどうしようもない。
「とっとにかく! 武器に頼らない強さを身につける為にも、僕が特訓に付き合ってやるんだから、光栄に思いたまえ!」
「頼んでねぇし」
勝手に凪が使用している訓練室に入ってきて勝手に解説を始めたのはリアムである。何とも押し付けがましい野郎だ。
「能力の発見に貢献したのは誰だと思っているんだ!」
偶然にも発見出来た、第三の能力。まぐれや奇跡の類ではないかと調べる為にも凪の中で確信を得るまでリアムには多くの魔法を展開させてその全てを黒刀で斬りつけてきた。魔力切れで魔法が展開出来なくなったのも一度や二度では足りない。リアムのその言葉は凪でも安易に否定出来ない程、彼の協力は大きかった。
「沢山の魔法のおかげだろ。 他に何があんだよ」
「その魔法を展開させた僕のおかげだろ!?」
「別にお前じゃなくたって俺は良かったんだぜ? ルティもいるしアルフもいるし。 勝手にお前が付き合ってきただけじゃねーか」
「貴様が無理矢理付き合わせたんだろーがっ!」
とはいえアルフやルティシアにも秘密にしておきたくてリアムに頼み込んだのも事実だ。ルティシアはともかく、アルフとは再戦する可能性があった。その際の隠し玉として知られたくなかったのもある。何から何まで知っておいて欲しいとは凪は思わないタイプなのだ。
「非建設的だな」
不毛過ぎる会話を打ち切り、肉体強化に意識を向ける。先日のアルフ戦で総魔力量が上昇しているのは凪の感覚で理解出来ている。無駄な可能性もあった、凪の血反吐を吐く特訓は無駄ではなかったのだ。再び、自分の魔力量に意識を回して確認する。
「ふむ、やっぱ魔力の総量が増えてんな。 特訓の甲斐があったなー」
「魔力総量が増えてる!? どういうことだ?!」
魔力の総量は増えないのがこの世界の常識だ。その発言は聞き捨てならないとばかりにリアムの目が見開く。
「流れ者は色々と特殊みたいなんだわ」
詳しい説明はをするのが億劫な時、流れ者という立場は非常に便利だった。実態や詳細を知られていないが故に深くまで突っ込まれないからだ。
「そ、そうか…まぁ流れ者だし、それくらい有り得るのか」
「そうそう、有り得る有り得る。 でも魔法が使えないってのはちょっと残念なんだよなぁ」
「魔法が使えない?」
以前、魔法が使えるのかどうかを試して使えなかった時から、その後も凪はちょくちょく試していた。だが結果は全滅だ。簡単な初級魔法も難しい古代級魔法も発動も展開も出来やしなかった。
「先入観があるからかね、どうしても使えないんだよ」
「うーむ…そもそも魔法がどうやって使われているのか知ってるのか?」
「いや、知らん」
「基本的な知識も持たずに魔法を使える訳がないだろう…」
ティール先生が凪に気を効かせて分かりやすく初心者コースの授業を行っているとはいえ、最初の頃はちんぷんかんぷんだった。内容もろくに覚えてなどいないし、そもそも聞いてすらいない。そんな凪が基礎知識など持っているはずがなかった。
「魔法は世界に干渉して事象を引き起こしているんだ。 魔力を媒体に世界へ干渉、その際に発生する時空の歪みを魔法陣に固定させてその歪みの中から事象を引き起こし、結果としてそれが魔法になる。 覚えておけっ」
「ふむ、良く分からん」
「………お前なぁ」
自分の興味があることには驚くほどの能力を発揮するがどうでもいいことには一切の関心を持たない。凪へ物事を覚えさせる為には興味を惹きつけるような話をしなくてはダメだ。
「まぁ覚える気なんて更々ねぇし、わざわざ噛み砕いて解説することねぇよ」
魔法はすでに諦めている。それよりも現在の手札をより強力な物にする為にやらなくてはいけないことがあった。
「この棒にはまだまだ隠された能力がありそうなんだ。 今はそれを見つけることが何よりも優先されるべき事柄だ。 …違うか?」
黒刀の新しい能力が発見されれば、それは結果的に凪の力を押し上げることになる。理由云々強さ云々は所詮生き死にを前にした時、どうでも良くなる。 中身を気にする前に外面を整えなくては意味がない。
「僕は別に貴様を強くしようとなんて気は微塵もないんだが」
「じゃあなんでここにいんだよおめーは」
さも当たり前のように前言を無かったように振る舞うリアムだがそこを否定してしまっては彼がここにいる理由が無くなる。そもそも話し始めたのはリアムからであって凪はリアムが来てからも無言だった。
「貴様、あの鬼族と同室らしいな」
「ルティとな。 それが…いや、そうか。 鬼族は忌避されてたんだっけな」
「…否定はしない。 僕もそう教えられてきた」
忘れてしまうとこだがルティシアは鬼族だ。鬼族である彼女は世界から避けられている。それは学園の中でも同じで、彼女に話し掛けようとする存在はほとんど皆無である。
「なんでそこまで鬼族を嫌うんだ?」
歴史を知ってもそこまで鬼族を避ける理由が凪には分からなかった。多少人間を殺したとはいえ、それはルティシアではなく過去の鬼族が犯した出来事だ。
「………怖いんだよ。 鬼族の力が」
ポツリと、リアムが話す。
「僕の先祖も鬼族と戦った過去を持つ。 その過去の中の鬼族は正に圧倒的だった。 奴隷目的と嫉妬から鬼族に手を出した人間はその圧倒的な力で次々と殲滅させられた」
史実に準えた言葉を語るリアムの表情は優れない。
「その力に畏怖した人間が躍起になって鬼族を絶滅にまで追い込もうとした。 過程はともかく、結果的鬼族の生き残りはあれ一人になっている」
名前を呼ばずにあれ呼ばわり。リアムだけでなく、大多数の生徒はルティシアを名前で呼ぶことがない。物呼ばわりか鬼族としか呼ばない。まるで名前を呼ぶことを恐れるように。
「あれが本気を出せばどれだけの強さを見せるか貴様は分かるか? いいや、分かるはずがない」
自分で聞いておいて自分で否定する、反語だ。凪はボケーと天井の染みを数えている。
「………聞いてるのか?」
「怖いんまで聞いたよ」
「最後まで聞けよ! ていうか中途半端過ぎだろ! 怖いんだよまでせめて聞けよ!!!」
流れ者はその出自故に世界のことを何も知らない。無知は罪という言葉がある。だが無知故に助かる存在も確かにここにはいるのだ。
「知らないってことは罪だが、知らないことが時に有益なことを齎すんだよ」
「唐突に何を言ってるんだか…」
「例えば最初の頃にルティと会った時、俺は勃った。 にもかかわらず次の時には勃たなかった。 これがどういう意味を示すか分かるか?」
「ちょっと何言ってるか分からん」
「世界を知ったことによる修正なのか、肉体が初期と比べて世界に順応してきているのか、神のみぞ知るってとこだな」
「一つだけ分かることは貴様の頭がおかしいってことだけだ」
リアムの方に話し掛けながらもその目はリアムを映していない。推測をただ話すだけの凪はリアムから見ても少々可哀想な人に見えたのだった。




