50話『風呂』
ルミテッド学園の大浴場は途方もない広さを誇っている。学園に通う全ての生徒が入浴出来るよう、脱衣所の時点で迷子になりそうな程の広さを誇り、奥に広がる浴場では水泳大会を開いても問題ないレベルだ。整然と並ぶロッカーがどこまでも広がるその光景は圧巻の一言である。
女湯と男湯は定期的に入れ替わる。お湯に特別な効能は無いがお風呂場に広がる光景に違いがあった。女湯の空には入浴する時期や時間帯によって変化する、ある魔道具が一面に広がっている。朝風呂をする者は眩い朝日と爽やかな光景で迎え、昼風呂をする者にはリラックス効果を与える為に美しい森林の姿を見せる。夜間の入浴の際には満天の星空が生徒達を迎え入れる。
男湯には特に何もない。数年前、それを男女差別だと訴える集団が反旗を翻し、学園に直訴。それが認められた結果、現在のように定期的に入れ替わるようになったという噂がまことしやかに囁かれている。
「いつ見てもすげぇな」
他の生徒が入って来ないようにと計算された時間、さらには念の為にと脱衣所の前に清掃中の為入浴禁止の張り紙も張り付けた凪が景色を楽しんでいた。
今日の景色は連なる山脈、そこに浮かぶ星々だ。雄大でどこか幻想的な雰囲気がそこにはある。
尚、入浴する湯船は露天風呂調になっている。広さはこれまた途方もない規模だ。お風呂の中で水泳が余裕で出来てしまう。
「はふぅー」
お風呂に浸かった際に漏れる声。あれは水圧によって体が押され、その結果抜け出る音だ。肺が圧迫される為、入浴中の体は外よりも少しだけ小さくなっている。
「………お待たせ」
その声に凪が振り向くと一糸纏わぬルティシアの姿。タオルで体を隠すこともしない、文字通り生まれた姿である。豊かな二つの膨らみは自己主張を強め、その顔は羞恥かお風呂だからなのか、赤く染まっている。女性らしさを感じさせるくびれた腰に、小ぶりながらも引き締まったお尻。スラリと伸びた手足は改めてルティシアのスタイルの良さを凪に思い知らさせる。
「これで身長が高ければモデルだな」
ルティシアの身長は百五十程だ。これで百七十後半のタッパがあればトップモデルも裸足で逃げ出すスタイルになる。
「来いよ」
誘われるがままに凪の隣へ座るルティシア。その柔肌がお湯に浸り、ピンク色に色付くのを凪は黙って見ていた。
(………絶望的に興奮しねぇ)
自分を慕う女が、良い体をした女が隣に全裸でいる。凪がその気になれば何でも出来るし、ルティシアも凪の言うことを素直に聞くだろう。これで勃たない男は男ではない。
だが凪は興奮出来ない。微塵もそんな気持ちが沸かないのだ。
「…あったかい」
「ん? あぁ、お風呂か。 お湯なんだから当たり前だろ」
ここで凪の頭に閃きが浮かぶ。自分の体のことだ、理解しておく必要がある。そう思った凪は自分が興奮出来るのか、調べる為にもルティシアへ協力を要請した。
「ちょっと胸揉ませてくれ」
もちろん拒否されるとは微塵も思っていない。アルフに言ったら拳が飛んできそうだがルティシアに拒否されるなんて凪の頭にそんな光景は浮かばない。とんだ自意識過剰な男である。
「………………」
そしてそんな凪の思惑通り、ルティシアは無言で首を縦に振る。ゆっくりとした動きで凪の正面へ移動し、向かい合う。自分からわざわざ凪の揉みやすい位置へ移動したことに若干の驚きを感じながら改めてルティシアの胸へ目を向ける。
綺麗、その一言に尽きる。
「んっ」
タイミングを計ることなく、唐突に触る。見た目通りの柔らかさを持つ胸は凪の指の圧力に応じてゆっくりと沈み込み、そのまま揉みしだく。
「…はっ、ん」
荒い、艶っぽい吐息が聞こえる。無言で胸を触り続ける凪の耳にもそれは聞こえる。
二つの山、その先端にある突起に指を滑らす。
「あっ」
初めてであろう感覚にルティシアの背が少し仰け反る。反射から凪の両手から逃れようと体を引くがそれを許すことはない。凪の手の動きが早くなる。
水の音と淫靡な声のみが響く空間。
「………ありがと、もういいわ」
結果として、凪は興奮しなかった。異世界に来る前なら確実に勃ってるし確実に襲っているであろうこの状況でも、凪の性欲が荒れることがなかった。
「はぁ、はぁ」
呼吸の荒い、頬を未知の快感で染めたルティシアを放置して凪は溜め息を吐く。この状況でも勃たないなんて、男として不能だと。
「どーしちゃったんかね、この体は」
そこで他の可能性も考える。もしかしたら舐めさせれば勃つかもとある意味最低な思考に行き着き、それを実行しようとすると。
「なっ、ナギ君!? どうして女湯にいるの!?」
静かな空間に響く、驚きの声。耳に響くうるさいその声に凪が振り向くとアルフがタオルを身に纏ってこちらを見ていた。
「よっ。 表には張り紙をしておいたはずなんだが」
「清掃員の人が回収し忘れたと思って普通に入っちゃったよ! それより! 何してんのさ!」
「何って…ナニ?」
「早く出てけーっ!」
アルフの背後から魔法陣が展開、それを確認した凪はルティシアに囁く。
「あいつを無力化しろ」
水の弾ける音とアルフの驚愕の声は同時だった。
「何するのさルティシア!」
「…入浴タイム」
「ここは女湯! ナギ君は男!」
「あ、じゃあ女になるわ」
「軽いし無理!!!」
静かな空間に言葉の応酬が響き渡る。その後も何度か不毛なやりとりを繰り返した後、アルフが諦めた。
「好きにしなよ…今更言って聞く人でもないし」
「分かってんなら最初からそう言えよな」
タオルを巻いたまま、お湯に浸かるアルフを見ながら文化の違いを実感。日本で温泉などに浸かる際はタオルを入れてはいけないというルールがある。
「それでルティシアと二人で何をしてたのさっ」
「嫉妬か?」
「ち が う !」
お湯を盛大に凪に向かって掛けながらアルフが反論する。羞恥心や裸の状況から来る気恥ずかしさから素直になれないようだ。少なくともチラチラと下に視線を向けるアルフを見て、凪はそう思う。
「ちょっとした実験だよ」
「実験?」
「この体になってから性欲とはなかなか縁遠くてな。 そもそもちゃんと興奮出来るかルティシアの胸を揉んで確かめてたんだよ」
「はー、なるほど………ってえぇ!?」
「んだよ、うるせぇな」
「いやいや! 今聞き捨てならない言葉があったんですけど!?」
「………事実」
二人は共に長い髪をしている。ルティシアは濡れないように上で結わえているがアルフは真っ直ぐに下ろしていた。眼鏡を外していることもあり、普段は見慣れないその姿に思わず可愛いなと思ってしまう。そもそも丸眼鏡がこの世界に存在していることが驚きだ。そんな長い金髪を振り回しながらアルフが暴れている。
「胸を揉んで貰うと大きくなるってのが俺の世界の常識なんだがな」
「………………えっ?」
小さく呟いた凪の言葉にアルフの動きが止まる。世間を出回る、根拠のない都市伝説みたいなものだが凪はそれを信じていた。曰く女性ホルモンが分泌云々、刺激で云々と様々な理由はあるがどれも科学的な根拠は存在せず、また立証されたこともない。
「そ、そうなの?」
「信じる奴は少ないがな。 俺は信じてたけど」
「………大きくなる、かな?」
自分の小さい胸にコンプレックスがあるようで途端にしおらしくなるアルフ。どこの世界でも胸の大きさを気にする女性とはいるものである。
「俺は今のアルフの胸も好きだぞ?」
タオルに包まれた、胸の谷間。寄せてなんとか発生しているその可愛らしい谷間に目をやりながらフォローをすると照れたようにはにかむアルフ。それを無視しながら凪の思考は別に向いていた。
興奮しない、勃たないということは繁殖が出来ないということ。確かめてはいないが生殖機能にまで問題があったら凪の血をこの世界に残すことが出来ない。それが意味することはいったいなんなのか。
(流れ者の血は残しちゃダメなようになっているのか、ここに来た時、この体になった時から意図的にそうさせられたのか)
凪だけが勃たなくて、過去の流れ者は問題なく使えたという可能性もあるので頭ごなしに信じ込むことは出来ない。出来ないが、流れ者の子孫がこの世界のどこかにいる可能性が低くなったことは否めない。
「なーんか、意図的なもんを感じるんだよなぁ」
星を眺め、腕に寄り添うルティシアの胸の感触を楽しみながら未来に想いを馳せる。
自分は最終的に、どうなるのだろうかと。




