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47話『再戦』



ランキング戦、最終日。最後の戦いは対戦相手を直前まで知ることが出来ない。最後の試合を真面目に取り組む人が少なく、エンターテイメント性を求めた結果だった。


そんな試合前、凪は訓練室側のベンチに腰掛けていた。



「………」



虚空に目を向ける。特に何かを考えている訳でもなく、何かを見ている訳でもない。ただ、ボーッとしているだけだ。



「…ふわぁああ…」



間の抜けた欠伸を一つ。目尻に浮かぶ涙は涙腺が欠伸によって緩んだ証拠だ。


何となく、俯いて凪は考える。異世界に来てからの自分を鑑みる。


自分を知る人間が存在しない世の中。礼儀や礼節、マナーや思慮に欠けた言動が多かった。人目を気にしなくても良い開放感、何をしても許されるような錯覚を覚えていた。日本人は元来、礼儀正しい種族だ。自分はどうなんだろうかと凪は自問する。


学園長に対する態度、初対面のアルフへ向ける態度、初めて会う人ばかりがいる室内での態度。その全てを第三者が見た時、どう感じるのか。答えは最悪、だ。


考えたところで仕方ないと思考を打ち切る。適当にやって死ぬのならそれが自分の運命であったと凪には受け入れる覚悟がある。


凪は運命を信じていた。自分に不幸があっても、良いことがあっても、その全てを運命として割り切って今まで生きてきたのだ。達観した、諦観の境地にも似た価値観を持っていた。その価値観を持つ要因は幼い頃の家庭環境、それが大きな要因だった。


凪の両親は不仲であった。幼い頃から喧嘩が多く、居心地の悪い我が家は凪にとっては苦痛でしかなかった。家庭内別居が始まった時、凪は四歳だった。最早両親の関係がどうにもならないことを幼いながらに察知していた凪は孤独の中で育ってきた。寂しい人生だったと思う。少なくとも、凪は他の人と比べるとそう思う。


普通の家庭ではない家庭。そんな環境で育った凪は普通を諦めた。たった一度の人生、他人と同じ普通の人生ではつまらないと考えるようになったのだ。



「…普通には程遠い人生だな」



今の自分が異世界にいる、それを考えたとき、到底普通の範疇には収まらない。ある意味、凪が望んだ人生でもあった。



「運命、か」



余りにも作為的な運命は凪にとって不愉快に当たる。あくまで自然な流れで導かれるならまだしも意図が見え見えのルートを歩くのは何となく、嫌だった。


流れ者が行き着く先は運命で決まっている。運命という言い訳で流されるように生きてきた凪はそれを受け入れるべきか突っ撥ねるべきか悩んでいた。



「………はぁ」



今考えたところで仕方ない。何も変えられないし何も変わらない。最終的な思考に行き着いた凪は試合の為に訓練室へ入る。未だ見ぬ対戦相手を考えながら。















「んでお前かよ」


「いいじゃん、この間のリベンジ的な?」


「…まぁ順当に考えてみればアルフが相手でもおかしくはないけどさぁ…」


「勝つ自信がないの?」



凪と相対するのは武道大会で敗北した相手、アルフ・ルドグリフ。口元に笑みを浮かべたその表情はこの試合を楽しみにしている表れだ。



「ねぇよ」



アルフの知らない間にそれなりの特訓を重ねているとはいえ、所詮は付け焼き刃に過ぎない。本物を相手にした時、それが通用するかはわからない。


煽るような言葉をかけるアルフに率直な気持ちを返すと笑われた。



「そういう時は見栄を張ってあるって答えるところじゃない?」


「そりゃ現実が見えてない馬鹿のすることだ。 主に貴族とか」



観衆の中から文句の声が聞こえてくる。叫ぶようなツッコミの声を凪は黙殺。無視する。



「………けど、まぁなんだ」


「んー?」


「お前からは色々と教えて貰ったからな。 お礼と俺の覚悟を兼ねてちょっくら本気ってもんを出してみるか」



宣言。それは凪がこの世界を本気で生きる覚悟。異世界で生きる術を教えてくれたお礼。全てをひっくるめてアルフに示す。自身の実力を。その覚悟を。



「…今まで本気を出したことは?」


「ないな。 お前も、だろ?」



アルフにとってシャーロットとルティシアを除く学園の生徒はゴミにも等しい。リアムとは少しだけ真面目に戦う必要はあるがそれ以外は適当にやっても負ける要素はなく、勝って当たり前の相手である。そんな相手に本気を出す必要がアルフにはなかった。


本気を出す、そう宣言して今まで本気を出していなかったことを教える凪だがそれは侮っているからではなく、効率を重視した結果である。ランキング戦は長く続く。先々のことを考えた時、必要最低限の力で勝つ必要があったのだ。



「私が本気になったら凄いよ?」


「その貧相な体で言われてもな。 胸に来る栄養を全部魔法の才能に取られているんじゃないか?」


「こっこれから大きくなるもん! ってかナギ君にそんなこと心配されたくないし! 関係ないじゃん!」


「いつか俺が揉む時が来るだろ? 関係あるじゃん」


「そんな未来は来ません! ………多分」



漫才にも惚気にも見えるやり取りだ。周囲からブーイングが上がり、観衆として混じっているマーカスからは殺意の籠った視線が凪に向けられる。



「この世界で生きる糧。 生きる覚悟。 運命に身を投じるか抗うか」



呟く凪をアルフは真剣な顔で見つめる。



「柄じゃないことは俺が一番分かっている。 けど…」



区切り、大きく深呼吸。開いた瞳は黒く光り、見据える先に何があるのか。



「俺は俺のしたいようにして生きる。 それが俺の行く道。 運命がそれを阻むなら俺は抗う。 …多分」



審判の合図が聞こえる。瞬時に肉体強化を終えた凪がアルフへ迫る。



「………そっか」



短い返答のち、魔法を展開。色は赤色、上級魔法だ。


空間に出現した無数の魔法陣。そこから射出される氷の矢を紙一重で躱した凪はアルフへ到達する。



「そお、らっ!」



技術も糞もないただの前蹴り。だが肉体強化がされた凪の蹴りだ。地面を抉りながらアルフを襲う。


接触する寸前、凪の超反応によって強制的に攻撃をキャンセル。即座に回避行動に移り、アルフの目前から離脱する。次の瞬間、凪が先程までいた空間を隆起した岩が通過した。



「目に見えない箇所に魔法が展開されると厄介なことこの上ねぇな」



視界外から発動、凪を襲った魔法を見て舌打ち。凪の超反応が無ければそこには串刺しになる未来しか見えない。


無言でアルフは魔法を更に展開していく。先程よりかは幾分か小回りの魔法陣が更にその数を増して出現。襲い来る火の玉を持って凪への返答とする。


一つ一つは小さいがその速度は先程の矢とは比べ物にならない程速い。余裕を持って避けれる速度ではない為、凪は回避に専念する。


真っ赤な玉に埋め尽くされた景色の中、凪は超高速の回避を以って安全地帯の隙間を縫うようにして移動する。それでも高温による弊害で軽度の火傷を負ってしまう。さらに言えば密集した火の玉が周囲の酸素を燃焼し、凪の呼吸を圧迫させていた。



「流石に速いね」



その光景を見ながら有効な攻撃ではないことを認識しアルフは次の一手を繰り出す。


隣に出現した魔法陣の中へと腕を突っ込む。引き出したその手が握っているのは槍だ。柄は長く細く、先端には大きな三角型の穂先が付いている。その槍を持って未だに回避し続ける凪へと突進する。


魔法特化のアルフだが近接戦も問題なく行うことが出来る。肉弾戦はメインではないといえ、普通に武器を持って戦えるだけの能力は持っていた。



「………えっ! ちょ、待てよ!」



凪にとっては完全に想定外であろう出来事。視界に得物を持って走り寄るアルフの姿を認識した時、凪は思わず動揺してしまう。火の玉、その中にいるにもかかわらずに。


動きの鈍った凪に躊躇なく火玉が襲う。最初の一発が着弾、あとは連鎖的に次々と火玉が凪目掛けて襲い来る。


一度食らってしまえばダメージによって隙が生じる。爆発音と黒煙に包まれた凪を逃すまいとアルフが跳躍、黒煙にへと進入し槍を振るう。


火玉に体を襲われながらも凪はその光景から目を離さない。鋭く輝く穂先を火玉に襲われながらも辛うじて回避。そのまま魔力を顕現させて周囲に噴出させる。


残った火玉が凪の魔力に触れて爆散。火の粉が飛び散る世界でアルフも即座に放出された魔力の範囲内から離脱する。その際、槍を投げて牽制、威嚇を忘れない。



「っつぅ…!」



肉体強化がされているアルフの投擲。想像以上の速さに思わず回避が遅れた凪の脇腹を掠めていった。


黒煙が晴れた時、凪は想像以上の痛手を受けていたことを認識した。


火玉が横切った部分は服を焼き、地肌が剥き出しだ。そこへ火玉が直撃したせいで肉を焼き、重度の火傷となっている。それが全身に渡って何箇所も出来ていた。推定深度は三度。ほぼ致命傷だ。


三度にまで火傷が進むと真皮はおろか最悪骨にまで達する。損傷箇所は壊死し、ケロイドなどの痕が残るのは確定だ。熱傷とも呼ばれる火傷が凪の全身二十%以上に渡って生じている。もしもここが日本なら確実に数ヶ月は入院が確定し皮膚移植の必要が出る怪我である。


槍が掠めた脇腹は肉が削げ落ち、肋骨が剥き出しになっている。流れ出る夥しい量の血が凪の命を急速に縮めていく。



「満身創痍、だね」



対するアルフは無傷だ。試合が開始する前と変わったところは何もない。



「…! …っ!」



声が出ない。一瞬慌てるが思い出した。声帯が焼かれて既に死んでいるのだ。


落ち着いて全身の具合を確認。魔力を操作して細胞を活性化、自然治癒力を最大限に引き上げて損傷を治癒させる。火傷で爛れた肌、肉が削げ落ちた脇腹、真皮まで届いた熱傷、その全てが完治。



「あー、あー、あー」



声帯も問題なく治っていることを確認。呆気に取られるアルフへ再度向き直す。



「…なんか凄いね。 回復魔法を必要とせず、魔力だけでそこまで回復出来るんだ」


「デメリットはあるがな。 人間の自然治癒力を甘く見んなよ?」



凪の言うデメリットとは細胞分裂を強制的に早めた結果訪れる、不可避の死だ。このまま生きていても凪が寿命通りに生きることはない。既に年齢以上の細胞分裂が肉体で起こっているからだ。残り、どれだけ回復出来ていつ死ぬのか、凪にも分からない。



「しっかしやっぱ強いなアルフ。 武器も扱えるのかよ」


「滅多に使わないけどね。 魔法で作った特別製の槍だけど、避けられちゃったし」


「当たってたら死んでたわ」


「死なないと思っているからこその攻撃だよ」



アルフは凪の力を認めていた。だからこそ死に至るまでの攻撃を躊躇なく繰り出せるのだ。



「ナギ君なら大抵は避けれるでしょ?」


「否定はしないかどさぁ、ちょっと過信し過ぎだろ。 仮に避けれなかったらどーすんだよ」


「即死じゃなければ私が治すから心配要らないよ」


「もうやだこの子…」



項垂れる凪を見てアルフは微笑む。


凪が今までしてきた努力をアルフは知らない。ルティシアと特訓していたことは知っているがどこまで成長したのかは分かっていなかった。一人で自主練に励んでいたことも知っていたがその内容も詳しくは知らない。


そして今日、実戦に近い形式の試合の中でアルフは凪の成長を実感すると同時に、嬉しく思っていた。



「やっぱ選択肢は多い方が良いか」


「選択肢って?」


「戦術の、だよ。 戦闘の幅が広がるしアルフみたいに組み合わせることでさらなる相乗効果が出るしで」


「まぁナギ君は肉弾戦が主流だからね…黒刀は?」


「本気出すって言った手前、使わない訳にはいかんでしょ」



戦いの幅が広がればそれだけ敵の攻撃を対処する術が増えるし、攻める際にも臨機応変な戦い方が可能となる。肉体強化による恩恵で真っ向から攻める体術が凪の主な戦術だ。超反応と並の肉体強化以上の恩恵があるとはいえ、それだけではやはり勝つことは難しい。


アルフの言う黒刀を使用しての戦闘。それは体術のみで戦う凪にとっては大きなプラスとなる。



「デメリットが大きいからなるべく使いたくないんだけどな…今回だけだぞ?」


「………どうして私が感謝しなきゃいけない立場のように言うのさ…」



おもむろに手を挙げる。それだけで凪の目の前の空間が歪み、歪みが発生。無造作に手を突っ込み、中で手を握る。



「ほい、棒ちゃん登場」



手の中に収まる黒刀。



「棒君じゃない?」



無機質である黒刀の性別に異論を唱えるアルフに失笑を以って返す。



「お前はこの棒の能力を知らなかったよな」


「見てないし聞いてないね。 どんな能力があるの?」



瞬間、アルフの右腕に裂傷が生じる。予期せぬ痛みにアルフの綺麗な顔が歪むが瞬時にして回復魔法が発動され、何事も無かったかのように無傷の右腕が出てくる。



「こんな能力がある」

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