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5話『暴力』



意識が覚醒した時には夜だった。隣のベッドを見ればアルフが寝ているのだろうか、毛布に包まれた物体が規則正しく上下運動をしていた。



「…血、流さなきゃな」



傍らには凪の鼻血で血塗れになった枕。代わりに凪の使う予定だった綺麗な枕が消えているところを見るとアルフに強奪されたと思われる。どうやらアルフは寝る時には枕を使う派らしい。



「うへぇ…服にも付いてるじゃねぇか…」



片付けも治療の痕跡もない。追撃が無かっただけマシだと判断するべきか。



「この服、寝た時に着てたジャージじゃん…地球での服はこれ一着だし、大切にしなきゃなぁ」



ボヤきながら天井を見上げるといつか見た天井。



「………知ってる天井だ」



アルフによって連れて来られ、この世界で初めて目にした天井だった。学生寮ということもあって全ての部屋が似たような作りになっているのだろう。立ち上がり、隣のベッドへそっと腰掛ける。



「…連れて来てくれてあんがとな。 俺だったら男が倒れてても無視するもん。 感謝するよ」



呟きながら布団を優しく叩く。モゾモゾと動く気配にそっと立ち上がり部屋を静かに出る。



「………バカ」



アルフの声が聞こえたが意図的に無視をした。





部屋から出て指輪に念じる。視界が歪み、再構成された目の前は風呂場であった。正確な時間は知らないがアルフが寝ていたからそれなりに夜も更けているだろうこの時間に、風呂場を使用している学生の気配はない。



「あっちが…女湯か? 独特のマークで良く分からんな…」



風呂場への入り口は二ヶ所あり、入り口に吊り下げられている暖簾にはおそらく男女の区別の為に付いているマークがあったが日本とは違うマークのようだ。



「こっちは青であっちが赤…まぁ色的に考えてこっちが男湯だろ」



適当に決めて入ってみたがやはり人の気配はしない。人がいないんじゃどっちでも変わりはないかと一人勝手に納得し、気にせずロッカーを開けて服を脱ぎ出す。


脱衣所は銭湯とほぼ変わりがなく、小さなロッカーに手首や足首に付ける用に小さな鍵が付いている。この辺には魔法の技術が使われていないことを不思議に思いながらも魔法は全能じゃないのかと凪は勝手に納得した。



「ほー…それなりに広いんだな」



周囲をキョロキョロと見回しながら手近のロッカーを開けて衣服を脱ぐ。裸一貫となり、血で汚れたジャージと備え付けの棚に入っていたタオルを持って風呂場へと続く扉を開けた。



「おー、壮観とはまさにこのことか」



映画で見るような王族が使うような広さのお風呂、幾つも連なるシャワー。天井は魔法によってか、星空が映し出されていてその空間は凪にとっては落ち着かない空間となっていた。



「広すぎだろ…」



近くにあったシャワーを使い、身体を流していく。当然のように使っているが、温水が出たことに若干の驚きを感じつつもジャージをゴシゴシと洗い、血を流していく。



「やっぱなかなか落ちんな…くっそ、アルフの奴め」



全て凪が悪いのだがそれを棚に上げてぶつぶつと愚痴る。そもそも枕を固くして投げたらそれは最早凶器である。それも尋常じゃない速度で。



「はぁー、浸かるかー」



異世界初めてのシャンプーを使い、その効果に満足しながら湯船に入る。異世界とはいえ、タオルを巻いたまま入るようなことはしない。



「………」



昨日、寝る前に入ったはずなのだが随分と久しぶりの入浴な気がする。今日一日、色々なことがあり過ぎた。起きたら洞窟にいて気付いたらベッドにいてそこは異世界だった。そうして学園に編入することになり、相部屋の女の子の慎ましやかな膨らみを脳内に永久保存したりと色々と忙しかった。



「これから大変だなー」


「………頑張って」


「おう。 ………ん?」



湯船から立ち昇る湯気で周囲の視界は悪い。先程まで凪も上を向いていたのだが他に誰かがいたのだろう、声のした方へと目を向ける。女の子の声がした方へ。



「…女の子?」



場所は湯船の中。お湯は無色透明で浸かっている体は丸見えだ。



「えっとごめん、ここ男湯じゃないの?」


「………女湯」



湯気の中から現れたのは真っ白な、雪と見紛う程の白さを持つお尻まで届くのではと思う程の長い髪の毛。青い瞳が気怠そうに凪を見ていた。…全裸で。



「良い物を持ってるね」


「………変態さん?」


「この状況下でそれを否定しても説得力皆無でしょ」



依然として凪の視線は女の子の身体に注がれていた。その目は上から下までねっとりとした空気を持って高速に動く。



「眼福眼福」


「………出てって」


「はいよ」



脳髄の奥底にまで光景を焼き付け、満足顔をしながら凪は立ち上がった。股間の物も立ち上がっている。何故この女の子はここまで平然としているのだろうか、これがアルフなら間違いなく拳が飛んで来るだろうに。


湯船から出る際に顔を盗み見すると頬に朱が差している。それはお風呂だからなのか、人に見られた羞恥からなのか、凪には分からなかったが一つだけ分かることがある。



(恥ずかしいなら立ち上がった状態で俺のとこに来ないはず…まさか、露出好き!?)



名前も聞けぬまま、風呂場を後にした凪だが多くの疑問が新しく出来てしまい、どこか釈然としない気持ちであった。





「………変態さん、どうしてそんなに冷静でいられるの…?」



後に残った女の子も表情は変えないままに纏う雰囲気を呆然とした物に変えていた。

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