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46話『胎動』



ユナイリー皇国の領土内に点在する立ち入り禁止区域。ルミウルゴス山を筆頭に各地に存在する立ち入り禁止区域には常に警戒の目が向けられている。監視の為、皇都から派遣された兵士が常に常駐し、禁止区域の動向に目を光らせている。


皇都イヴァールより遥か北方、ユナイリー皇国とゼクシオ国の国境手前にそれは広がっている。


魔の森と呼称されるその森は大森林と呼んでも差し支えない程の規模を有する。ユナイリー皇国が占有する領土の内、およそ三割がこの大森林だ。しかもこの森は現在も成長を続け、その規模と範囲を常に拡大し続けている。


時の皇帝はそれを危惧。皇国がいつか、成長を続ける森林に飲み込まれてしまわないよう、森林の周囲全てを壁で覆った。工程期間は数年、延べ数十万人の人員を動員して行われた一大工事は成す術もなく、森に飲み込まれた。


そんな魔の森。では魔の森と呼ばれる所以が成長を続けるからなのかと聞かれたらその答えは否だ。魔の森と呼ばれる所以は他にある。


一つは特殊な環境。魔の森の中では磁場が狂い、人の方向感覚を狂わせる。同じ光景が延々と続く為、一度入ると二度と出ることが出来ないと言われる魔境だ。さらに鬱蒼と生い茂る木々が太陽を隠し、日中でも光が入ることはない。木漏れ日すらも皆無で常に内部は薄暗闇に包まれている。時間感覚も狂い、コンパスの類は通用しない。太陽の位置で時間と方角を判断することも出来ない為、実質的にそれらを確認する術は存在しない。


一つは木々の存在。魔の森で大量に自生する木々は普通の木ではない。それ自体が意思を持つ、不思議な木なのだ。外部から侵入する生命体に対して敵対行動を取り、長い枝、伸びる蔦、生い茂る葉を駆使して侵入者を排除。時にはその生命をも奪う程の苛烈な行動を起こす。追い払おうにも周囲全てに木々が生えており、その全てが敵対行動を起こすのだ。逃げることは不可能である。尚、木々に捕縛されると全身の血液や体液などのありとあらゆる水分が吸い尽くされて死ぬ。これは年間を通して降水量が少ない故、水分不足を補う為と考えられているが本当のことは誰にも分かっていない。


そして最後の一つ、最大の所以。それは広大な魔の森にたった一匹しかいない、魔物の存在。便宜上、魔皇姫と呼ばれる巨大な蛞蝓に酷似した魔物だ。魔皇姫は何故か木々に攻撃されずに森の中で鎮座している。広大な森林地帯、その中心部に聳える一際高く太く大きい大木の根で魔皇姫は横たわっているとされ、その生態は詳しく判明していない。現在判明していることは魔皇姫は動くことも攻撃することもせず、ただ側に寄るだけなら無害な存在であること、こちらから攻撃を加えると自動で反撃をすること、魔皇姫を傷付けると周りの木々からの敵対行動も激しくなること、そして一番の問題である、特殊な能力。








「陛下、魔の森へ遠征していた部隊が帰還致しました」



場所は皇城、部屋は謁見室。皇座に座るのは皇国の支配者たる皇帝レナード。



「そうか」



煌びやかな皇座に座るレナードの前には頭を垂れて膝を折るリヴァイス。皇国の剣と盾、そう称される二人組の片割れであり、剣の役を担う者だ。



「魔皇姫は相変わらずか」


「はっ。 現在も第二種相当の魔物を生み続けている模様です」



生きとし生けるものを全て排除しようと動く魔の森だがそれでも限度がある。第三種以前の魔物は排除可能だがそれ以降は力負けして突破されてしまうのだ。


大森林の魔の森、その最奥とも呼べる中心部に座する魔皇姫。その能力は魔物を生み出すこと。



「次の産卵は?」


「再来月かと思われます」



人間が妊娠、出産までに至る日数は一般的に十月十日と言われている。魔皇姫が産卵するサイクルは気味の悪いことにそれと同等の時期が掛かる。間隔に一年近く空くとはいえ、生まれてくる魔物は第二種相当。人類を脅かすのには充分な力を備えている。



「恒例のこととはいえ、いい加減どうにかしないとな」



魔皇姫にダメージを蓄積させるとそのサイクルが延長される。少しでもサイクルを延長させる為に皇国では定期的に魔の森へ遠征部隊を派遣していた。



「一番手っ取り早いのは魔皇姫を殺すことなんだが…」


「不可能かと。 あれは不死身です」



魔皇姫をどれだけ攻撃しても死なないのだ。傷こそ負えど、血こそ流せど死に至らない。ただ、産卵までの期間を延ばすだけで終わってしまうのだ。


そういった様々な要因で魔皇姫は第一種指定危険生物として指定されている。



「被害は?」


「微小です。 やはり優秀な回復魔法を使える者がいると何かと助かると兵は申しておりました」


「まぁそうだろうな。 けど、なかなか難しいのはお前も分かるだろう?」



一般的に回復魔法を使える者はその多くが欠損した部位までを治すことは出来ない。才能と魔法適正値が圧倒的に足りないのだ。それ故に回復魔法を扱える者は重宝されている。



「………兵からの聞き取り調査で一つ、気になる点がございます」



神妙な面持ちで話すリヴァイス。未だ顔を伏せた状態で話している為にそれをレナードが知ることはない。



「魔皇姫に関しての対策は追々だな。 それで、気になる点は?」


「魔の森にて見慣れぬ人間が数多く活動していたとの報告が多数上がっております。 他国の軍服を着用していなかったらしく、一般の人間かと」


「………」



リヴァイスから齎された情報にレナードの顔が曇る。


魔の森は立ち入り禁止区域だ。一般人は疎か、旅人や冒険者でも入域が禁止されている。許可されているのは学園序列上位の数名と軍事活動の際だけだ。にもかかわらずに人が確認される。それはつまり。



「…調停者共が動き出したか」



呟くレナードにリヴァイスは無言のままだ。



「リヴァイス、お前は流れ者が行き着く先は知っているか?」


「いえ、存じ上げません」



仮にも機密情報だ。知っているのは極々僅かであり、皇国内でも上位の人間であるリヴァイスでも知らないことからその機密性の高さが窺い知れる。



「流れ者が流れてくるとな、世界が荒れる。 流れ者を中心に歴史が動くとされているのだ」


「………それは、どういった意味でしょうか」


「動き出したってことだ。 ………これから面倒になるな」



遠い目をして考える。あの少年はどうするのだろうかと。事態は既に動いている。
















「っくしゅん」


「………似合わない」



ルミテッド学園、訓練室。凪の可愛らしいくしゃみにルティシアが冷静なツッコミを入れていた。



「誰かが俺の噂をしているな」



三回くしゃみをするとその噂は悪口である、そんな風説が世を出回っている。



「………」


「ま、とにかくだ。 いよいよ明日は最終日だな」



今朝から全生徒へ向けて発信された通達。明日の試合でランキング戦を終了する旨の内容は凪にとって大いに喜ばしいことだった。少なくとも毎日毎日戦う日々から抜け出せるのだ。



「最終的な順位ってどうなんの?」


「…最後の試合が終わった時点での順位、そこから審判を務める先生たちが全行程で行われた試合内容を改めて精査、計算、得点を弾きだして順位が決まる」


「最後の最後まで分からないってことか」


「そう」



長い会話だがこの間も二人は常に動いている。高速で移動するルティシアを凪が追いかけ回しているのだ。端から見たらただのレベルの高い鬼ごっこにしか見えないのだがこれも訓練の一環である。



「俺は四位だろー? アルフは五位、ルティは一位か。 こっからも更に動く可能性があるってことは安心は出来ないなー」



尚、二位はシャーロット、三位はリアムが位置している。先日、シャーロット対リアム戦を観戦しに行ったのだが驚くほどレベルが高く、その力は凄まじかった。剣の扱いに長けるシャーロットが鮮烈な剣戟を見舞う中、リアムは魔法を駆使した華麗な戦いを見せていた。


最後はシャーロットが余裕の圧勝で幕を閉じたが善戦したリアムも惜しいとこまで迫っていた。とはいえ称号を与えられたシャーロットに勝つのは生半可ではないことは凪も承知だ。



「…ま、なるようになるかね」


「隙あり」



思わず意識が逸れた凪を見逃さない。ルティシアの手加減された手刀が凪の頭を小突いた。



「…肉体強化を突き破ってダメージを与えてくるその馬鹿力はどうにかならんのかね」



痛みに悶絶、蹲りながら小突かれた部分を摩るとたんこぶが出来ていた。肉体強化によって頑強な体へ変貌しているにもかかわらずにこの威力。恐るべしは鬼族の力といったところか。


ちなみに肉体強化によって強化された肉体は打撃系の攻撃には高い耐性を獲得するが、斬撃系への耐性はあまり伸びない。これは単純に皮膚の限界であり、物理学に基づいた限界でもある。



「…これでもだいぶ手加減してる方」



不服そうに呟くルティシアだがほの一割程の力で小突いているのも事実だった。 以前、デコピンでおでこを攻撃した時に凪が吹き飛び、壁にめり込んでからはこの攻撃方法に変えていた。



「っんと、そんな細腕のどこにあの力があるんだか…」



未だに人型の形で陥没する壁を背にルティシアの腕を見る。凪よりも細くて白いその腕は抱けば折れてしまいそうな可憐さを感じさせるが、その中身を知ってしまえば恐怖でしかない。



「……………」


「…何?」


「いや、やっぱお前ってスタイル良いよなぁって」



改めてまじまじとルティシアを見てみると非の打ち所がない肉体に感嘆の声が漏れてしまう。自己主張の強い胸、緩やかな曲線を描く女性らしい腰、お尻は小ぶりだが安産型だ。目の上で切り揃えられた前髪が恥ずかしそうにするルティシアを見せてくれる。



「今度は最初から一緒に風呂でも入ってみるか」



勿論冗談だ。笑って流そうとするよりも早く、ルティシアの口が動いた。






「…いいよ」

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