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44話『接触』

ランキング戦も終盤戦に差し掛かったある日のこと。凪は久し振りに丸一日を休息に充てることにして束の間ののんびりとした時間を朝から過ごしていた。その日はあいにくの天気模様で空からは氷雨が降っていた。


ユナイリー皇国は地形上の問題で年間を通して雨が少ない。一年の降水量は他国と比べるとその半分にも満たない為、農作物などの産出量が少なく、その多くは輸入に頼っている。川や湖などは存在するが基本的に水辺には魔物が徘徊するのでそこから水を引き込むことはほとんど無い。


そんな理由から、雨が降った日は潤いの雨として人々が喜ぶのだ。とはいえ凪にはそんなことは関係なく、ただただ鬱陶しい雨だなと思っていた。



「…そういや図書室に行ったことなかったな」



指輪を使わずに辺りをプラプラして暇を潰していた時、ふと思いついたことを口走ってみた。


異世界でも基本的な日本の学校と施設に変化はなく、保健室もあれば各階毎にトイレもあるし水飲み場も使用頻度こそ少ないが確かに存在する。部活動的なモノは無いが非公認で数多くの愛好会が活動しており、様々な趣味嗜好を持った者がこぞって参加していたりもする。



「行ってみっかー」



この世界の文字は複雑な象形文字に似ている。凪から見ればただの落書きにしか見えないのだが確かな言葉となって人に意味を伝えている。では何故異世界人の凪に読めるのか。


その理由は分かっていない。そもそも言語すらも何故理解出来て何故通じているのかも分かっていないのに文字のことにまで思考が及ぶはずない。誰もそこにまで考えが至っていないのだ。


目だけで見た時、ただの落書きにしか見えない文字が脳内で自動翻訳されて理解出来る現象に凪は疑問も持たずに図書室を念じて移動する。どんな本が置いてあるのかを楽しみに考えながら。













「お? おー!? すげーっ!」



図書室の中は壮観の一言だ。中央が吹き抜けになった螺旋階段の壁にびっしりと本が敷き詰めてある。人が十人横並びで歩いても余裕のある階段が螺旋状にどこまでも続いている。中央から上を見上げればシャンデリア型の照明が小さく見える。目測だけでも百メートルはくだらない高さを誇るその部屋では本が飛び交っていた。



「異世界っぽいなー。 本が勝手に動いてやがる」



イメージとしては某魔法学校の映画のような感じだ。本棚を飛び出した本が宙を舞い、カウンターや人の手に向かって滑空している。ところどころには脚立が用意されており、人の手でも取れるような配慮がされているのがいやに現代的な雰囲気を醸し出していた。


段差の低い一段一段を登る。総段数がいったい何段になるのか想像も出来ない。



「…歴史、か」



手近にあった本を手に取り読んでみると世界の歴史が書かれた本だった。パラパラと流し読みをしながら文字を頭に入れていく。



「同じようなもんか」



世界の成り立ちは学園長から既に詳しく聞いている。その説明とほぼ同じ解説が延々と書かれているだけの本を投げ捨てると地面に落ちる前に本が勝手に浮き、元の位置へ戻っていった。


便利なもんだなぁと内心で感心。それからも次々と適当に手に取っては内容の低さに呆れて投げ捨て続けた。たまに漫画チックな本や子供向けの童話を見つけるのだがそれが意外と面白く、階段に腰掛けては読み耽るのを繰り返した。



「………お、もうこんなとこにまで登ってきたのか」



手摺から下を見下ろせば階下が小さく見える。飛び交う本も心なしかサイズが縮小されて見えていて凪の現在地が想像以上に高いことを示していた。


そこからは無言で歩き続けた。ひたすら頂上を目指して。途中途中、凪目掛けて飛んで来る本にびっくりしながらも何とか避け続ける。ちなみに本の速度は中学校の野球部の投手が投げる球ほどの速度だ。球速換算で百キロ前後、本のサイズにもよるが最速でも百二十程だ。


角が頭に当たったら一大事である。若干の恐怖心を感じつつも辺りを警戒しながら階段を登った。



「てっぺん到着っと。 所要時間は…二時間くらいか。 結構な運動になるなこれ」



最上階とも言える場所は拓けていた。本棚は無く、あるのはテーブルと椅子が幾つかセットになった物だけだ。察するに本を読む場所だと判断。ひとまずは疲れた脚を解す為にも近くにあった椅子へ腰掛けて休息タイムだ。



「はー、疲れたな流石に。 …降りる時ってどうすりゃいいんだ?」



辺りにはエレベーターらしき物は存在しない。人影も見えないので聞くことも出来ない。寂しい雰囲気が辺りを支配する異様な空間だ。


図書室内は陽射しから本を守る為に窓は設置されていない。しかしここは本を読むスペースだ。いくつか設置された窓からは心地良い午後の陽射しが入っていた。


辺りをキョロキョロ見渡すも特に何も無い。仕方ないのでとりあえず登るついでに持ってきた本を読むことにした。



「懐かしいなぁ…昔は活字中毒だったっけ」



学生時代、凪はラノベに嵌った。授業中や休み時間を使って友人から借りたラノベを読み漁っていた。読む本が無くなると図書室や図書館でミステリー物やファンタシー物を借りてきてはとにかく読みまくっていた。その甲斐あってか、速読が身についた。文章を文字一つ一つを追って読むのではなく、ページ全体を視界に入れてざっと流し読み、その後文節や前後の文、会話文やその他の描写から前後の展開を予測して補填、一般的なラノベ一冊を読み終わるのに一時間と掛からない。


我流の速読だ。口で説明するのは難しい。


穏やかな午後の時間。読書に没頭する凪はこの瞬間だけ世界から切り離された感覚を感じる。


物語に入り込み、登場人物に感情移入する。読書をしている時の凪の集中力は半端ではない。



そんな凪の幸せな時間は突如ぶち壊される。





「あら、先客ですの」





淫乱の証であるピンク色の髪をした彼女、シャーロットが図書室の最上階に姿を表したのだ。片手には何冊かの本を抱えている。鬼哭剣は帯剣していないようで腰には何も下げていなかった。だが鬼哭剣レベルになると凪の持つ黒刀と同じで距離は大して関係ない。呼べば勝手に剣の方から来るからだ。



「………無視、ですの」



ピクリとも反応しない凪に無視されたと感違いしたシャーロットは凪の目の前に立つ。にもかかわらず、凪は本から目を離さない。その意識は文字を読み取ることにだけ向けられており、その思考はその言葉の意味と本音とフラグを推測するのにだけ使われている。



「…」



本を熟読するのに意識を集中させている凪に気付いたシャーロットはその真顔のおでこを突く。それでも凪は気付かない。細められた彼女に目に笑みが垣間見える。



「………」



次はほっぺたを突く。男にしては柔らかいほっぺたは抵抗を受けてすんなりと沈むがそれでも凪は気付かない。


次は耳を引っ張る。



「いってぇな!! …誰?」


「やっと気付きましたの?」



耳は異世界に来る前の凪の性感帯だ。それはこちらでも変わることはなく、非常に敏感だった。



「………いや誰だよ」


「シャーロットですの」



どこかで聞き覚えのある単語に凪の反応は薄い。それよりも耳を触られたことによる快感が地味に体に残っていて羞恥心に薄っすらと顔を染めていた。



「なんの用? 読書中だったんだけど」



凪が読んでいる本は別世界に飛ばされたニートが可愛いハーフエルフと愉快な仲間たちと共に王を目指す物語だ。随分と昔に書かれたようで状態が悪いがそれでも読み進めるのに支障はない。内容もさることながら何よりもその斬新な設定がこの世界で考えられたことに驚嘆の一言だ。



「特に用は無いんですの。 ただそこにいたから何となくちょっかいをかけただけですわ」


「だよね! 初対面だし!」



可愛らしい声だ。声フェチの凪が内心で評価を下す。この声、好きだなと。異世界にはブスがいないという例に漏れず、シャーロットの顔は悪くない。むしろ美人の中でも上位に位置する。



「………あー、シャーロットってあれか。 序列一位だった」


「過去形なのが不愉快ですが事実ですの…」


「ルティにぼろ負けした鬼哭剣を持ってる自称剣帝さんの名前が君に似てたよ」


「本人ですの! 良い度胸をしてますわ!」



序列上位に逆らうことは学園内では死に直結する。強制退学させる権限を持っているシャーロットなら尚更だ。己の力のみでのし上がれる世界では上位に逆らうことは許されない。だが凪にはそんなこと関係ない。



「あなた、何様ですの?!」


「読書中の皇族だよ」


「えっ」


「勿論嘘だ」



顔を真っ赤に染めて地団駄を踏むシャーロットを凪は面白そうに眺める。皇族の名を騙るのは死罪に値する重罪だ。その法は流れ者にも適用される。



「まぁ流れ者だよ。 遠野凪だ、以後よろしく」



思わぬところで接点を持ってしまった元一位へする自己紹介。そこには流れ者への態度を試す意味もある。


流れ者は色んな意味で生き辛い。物珍しく見られたり辛辣に接しられたりと何かと動き辛いのだ。中には例外も存在するが多くは積極的に関わることはしない。では目の前にいる元一位のシャーロットはどうだろうか。



「あなたが流れ者…」


「流れ者が流れてきたってのは知ってたみたいだな」


「えぇ、リノアールから既に聞いてましたの」



流れ者だと知ったシャーロットは値踏みするような視線を無遠慮に凪へ向ける。上から下まで忙しく動く視線は何を確認しているのか。



「…人柄や強さはともかく、あなたのせいで色々と大変なんですの」


「大変? …あー、もしかして流れ者が行き着く先を知ってるのか」


「そうですの」



序列一位の権限を以ってすれば凪でも充分推測出来る。



「流れ者が流れてきたということは世界が大きく動くってことだろ?」


「…よくご存知ですの」


「はっ、少し考えりゃ直ぐに分かるよ。 流れ者はその時代の中心に導かれる。 良い変化でも悪い変化でも、な。 つまり。 この先の世界で俺が導かれるようなことが起きるってことだろ? 戦争にせよ魔王にせよ内紛にせよ」


「………」


「情報通の人間なら流れ者が来たってことは既に知っているはずだ。 俺がこの世界に来てからもう数ヶ月経っている。 詳しい奴なら何かしらの動きがあってもおかしくない…違うか?」



シャーロットは比定も肯定もしない。ただ黙って伏している。


凪の言う通りだ。流れ者はその時代の寵児とも呼ばれる存在。物語に導かれるようにして世界の中心へ誘われる。では今の凪は世界の中心へ向かっているのか。


答えは否だ。凪は考えている。今は準備期間なのだと。学生時代を通して出来た人脈、卒業まで残り数ヶ月の僅かな時間、どこで何が起こるか分からない。卒業してからのことを考えると純粋に怖かった。何か、得体の知れない力が凪の人生を大きく揺るがしそうで。



「誰から聞いたんですの?」


「皇帝から直接聞いた。 武道大会を準優勝した時に教えて貰ったんだ」


「陛下から…そうですの」



最重要機密の情報なのか、情報の出所を探るシャーロットは凪の言葉に大きく頷く。


歴史に明るい人間なら誰でも分かることだ。流れ者が流れてきた時代、その時代において何が起こり、誰が活躍し誰の影響が大きかったのか。文献を漁れば直ぐに分かる。



「あなたの役割は、何だと思いますの?」


「さぁ? 現時点では何とも言えないな。 ただ、俺は世界に関わるつもりはないよ」



流れ者が担う、重要な役割。それは今の凪には皆目検討もつかない。だが一つだけ言えることがあるとするならば。



「俺は俺の意志で動く。 自分のやりたいようにやるだけだ。 勿論世界の中心に行かないように気を使ってな」



冗談めかして宣言する凪の顔は晴れやかだ。それを聞いたシャーロットの顔が笑みを浮かべる。



「あなた、面白いですの」


「あんがとさん。 さ、俺は本に戻る。 こうして会ったのも一つの縁だ。 お隣にどうぞ」


「では失礼しますわ」



夕日が混じった午後の陽射しを浴びながら二人は読書に耽る。穏やかな時間が流れるその場所を壊そうとする人は現れなかった。


本に没頭するシャーロットの横顔を眼球だけ動かして見ながら想像していた以上に好感触を覚えていた凪だった。

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