43話『近況』
「お?」
「え?」
「………?」
最初が凪、次がアルフで最後はルティシアだ。久し振りに三人が揃い、思わず凪が声を上げると不思議そうな顔でみんなが見合わせる。
ここ最近、凪は訓練室に篭って自分を鍛えることに夢中だった。別に強くなる必要など無いのだが、何かが凪を強くあろうと駆り立てるのだ。ひたすら魔力の効率化を考え、実施し、攻撃手段を考えて試行錯誤を繰り返し、あらゆる相手に対応出来るように努力してきた。黒刀は変わらず隅っこに置いてけぼりだが。
魔力の最大量は生まれた瞬間に決まるのがこの世界の決まり事だ。ではこの世界で赤ん坊から生まれていない凪の最大魔力量はどうなるのか。学園長に確認をしたところ未知数なことが判明した。つまり増えるも減るも変わらないのも本人次第だ。それを聞いてから凪は最大魔力量を増やすことに情熱を傾けていた。魔力総量が増えればそれだけ継戦能力が高くなる。要は持久戦になっても戦えるということだ。魔力量の低さがネックの凪は学園長から聞いた魔力量の増やし方に加えて、自分でアレンジしたやり方で試行錯誤を繰り返していた。
魔力量が増えたという実感は実戦の中でしか体感出来ない。結果が見えない鍛錬は思いの外凪にはツラく、挫折しそうにもなったがリアム戦で見せた途中棄権という屈辱を糧に耐えて頑張っていた。
アルフは純粋にサボっていた。これが序列三位になった所以だ。真面目で大人しそうな見た目とは裏腹に時には授業をサボり、ランキング戦を無視するというヤンキーっぷりだ。特務という事情もあるがそれ以上に純粋にサボっていることが多い。授業をサボって何をしているのかというと森を散歩している。それだけだ。
だがそのサボって散歩していた結果、凪は魔物に食べられることなく無事に発見、保護されたのだから世の中何があるか分からない。流れ者の出現場所は全世界に広く分布されており、時には砂漠や山中で見つかることもある。そんな人目に触れない場所で意識を戻した流れ者は人知れず死ぬ。実際、確認されていないだけで多くの流れ者が勝手に死んでいる。
ルティシアは現行序列一位のシャーロットと戦ってから、戦闘終了後に消えてしまった角の謎を追って一族に残る文献を漁ることに終始時間を費やしていた。鬼族の隠れ里とも言える場所は他言無用であり、その場所を知る人間は存在しない。仮に凪に場所を訊かれてもルティシアは決して答えることはない。
膨大な文献を漁り、目当ての情報を探し出した結果、何も分からなかった。そもそも角が生えなくなった原因すらも判明していない現在、いきなり角が生えた理由が分かる訳がなかった。結局無駄足に終わって意気消沈しながら学園に戻ってきたのだ。無論、そんなことは無表情の奥に隠れて目敏い人間でも察することは出来ないが。
「久し振りだな」
「ナギ君も元気そうで何よりです」
「ルティも元気にしてたか?」
「…うん」
暫しの間、久し振りの再会を楽しんだ三人は近況を報告しあう。別にわざわざ教えることでもないのだが凪を前にしたアルフとルティシアは何故か凪に隠し事をしたくないと思っている。
アルフは特務を隠していた件で凪に説教という名の自分勝手な言い分を聴かされて以来、凪には何かとオープンに接するようになっていた。凪もそれを感じていて、超えちゃいけないラインを超えたのかと内心で不安に思っていたりしたのだが実は違う。単純にアルフの心に近寄り、アルフがそれを許しただけである。
凪は世界でも多くはないタイプの人間だ。自分勝手な発言、自己中心的な考え、偏った価値観、歪な倫理観、時折見せる優しさ。出会ったことのないタイプの人間を前にしてアルフは大いに惹かれていた。アルフ自身の性格と凪の性格が噛み合っていることも関係しているがそれでもアルフから見た凪は魅力的に見えるのだ。特に惚れられるようなことをしていないにもかかわらずアルフに惹かれている事実を凪は薄々感じている。
一般的な感性を持つ人間は凪を嫌う。傍若無人、唯我独尊、そんな凪を好きになる人間は少ない。
ルティシアは鬼族である自分を、ありのままの自分を受け入れてくれた凪にべた惚れだ。チョロいヒロイン、チョロインと言っても過言ではない。だがルティシアはそんな感情を知らない。故に自身の気持ちが良く分かっていないのだ。
鬼族の血を引く彼女はろくな人生を歩んでいない。そんなルティシアに歩み寄って共に歩こうとするバカは皆無だ。だがそんなバカが現れてしまったのだ。ルティシアには衝撃的過ぎた。鬼族のルティシアではなく、女の子のルティシアを見られたのは初めてだったから。ついでに裸を見られたのも初めてだ。凪の中でルティシアは最高の体を持つ女の子として認識している。
「みんなもランキング戦の順位がだいぶ上がったよね」
「まぁ順調っちゃ順調だな」
序列一位を倒したルティシアは一位にまで浮上している。凪は三位、アルフは四位だ。学園内でも五本の指に入る人間がこの狭い部屋に集っていた。
「結構な数の試合を消化したけどまだ終わらねぇの?」
既に十を超える数の試合を凪は消化している。真面目にも全ての試合に出場している凪は先日のリアム戦以外は勝利を収めてきた。余裕な試合もあればギリギリの試合もあった。その試合で共通して言えることはマーカス戦以外は黒刀を使用していないこと。
アルフが四位以上の強さを持っているのにその順位に甘んじているのはひとえに彼女がサボっていることに尽きる。そもそも試合にすら出ないアルフはポイントの増加率が悪いのだ。
以前までは二桁順位だったルティシアはシャーロットを倒したことにより、ごぼう抜きで一位へ躍り出た。今後、彼女の順位が揺らぐことはないだろう。
「もう少しかな?」
「いい加減飽きたぞ…」
「………私は楽しい」
本来なら参加出来ないルティシアは最後のランキング戦ということもあって恩赦を与えられて参加している。退屈な日々を送っていたルティシアにとっては今の状況は毎日が刺激的だった。だが一位に勝ったことにより、たまに棄権せずに立ち向かう相手も皆無となり、ここ最近はつまらなく思っていた。
「三位か…もう充分だわ」
「何がさ?」
「学園序列三位ってだけでも充分な肩書きになるだろ? なんか目立ち過ぎてる気もするしそろそろ潮時かなって思うんだよな」
今更である。既に凪は学園内でも要注意人物として扱われている。対抗策や攻略法が学園中に出回っているのだ。
「それに最近なんだがブレてる気がするんだよなぁ」
「ブレてる? 何が?」
「自分の芯っていうか行動指針というか….上手く言えねぇけどなーんか違う気がする」
「気にし過ぎ…とは言えないか。 陛下や学園長が言ってた件もあるし」
「………知らない」
「ルティシアはその時いなかったからね」
世界に自分を歪まされていく感覚。単に自分の気紛れという可能性も捨て切れないがそんな感覚がするのだ。
「ま、切り替えていくか」
深くは気にしない。気にしたところで今の時点で変えられることは少なく、小さいからだ。
「んなことよりルティ! 聞いたぞ〜?」
「………何?」
三人で暮らす学生寮の部屋には家財道具が追加されている。これはアルフが学園の外に出た時に買い足しているからだ。最初は必要最低限の家財しか無かった寂しい部屋だったが今では快適な住まいとなっている。
机やテーブル、椅子や鏡などアルフの好みで選び抜かれたデザインはシンプルなのに深みのある味わいを醸し出して存在感をアピールしていた。
そんなアルフが買ってきた椅子に腰掛けているルティシアはにんまりとしている凪を見つめる。
「この間の試合で結構な苦戦をしたんだって? 世界最強とも言える鬼族が苦戦したんだって?」
同じような内容を二度繰り返した理由は凪の悪そうな笑みを見れば分かる。要は煽っていた。
「………否定はしない。 鬼哭剣が相手ではどうしようもなかった」
「たかが剣一本の持つ力で鬼族は負けちゃうの〜?」
「………………」
「ナ、ナギ君!」
空気に鋭い物が混じる。温度が明らかに下がった空間。ルティシアの視線は絶対零度とも呼べるほどに冷え切っている。
「………それでも勝った」
「角が生えていなかったら?」
ルティシアは答えられない。角が生えなかったら負けていた未来、それは彼女も想像していたからだ。相手のことを何も考えない無遠慮な凪の言葉は失礼な言葉と同時に事実でもあった。
「…ま、ランキング戦だから良かったけど、これが本気の殺し合いだったら鬼哭剣を出された時点でルティは死んでいたと思わないか? 結果として角のお陰で生き延びたかもしれないけど、確かに敗北を意識したはずだ」
そもそも角が生えた瞬間は敗北を意識した時だ。凪の言葉を否定しないのはそれが事実だからだ。
「ナギ君、そこらへんにしときなよ」
「………もう少し、周りを頼ることが出来る時が来ると良いな」
一人でどうにかしようと抱えるのではなく、周りを頼れ、凪はそう言いたかったのだ。あまりにも遠回りで不明瞭なその意味をルティシアは理解出来ない。
「んで一位の奴ってどんな奴なん?」
重々しい空気を入れ替えるように露骨な話題転換を行う。
「シャーロットかな? 友達だよ」
「名前的に女の子?」
「うん、可愛い女の子だよ」
この世界の可愛いの基準を凪は知らない。そもそもブサイクやブスを見掛けない、イケメンや美人しか見たことがない世界にそういった単語が存在してるかも謎だ。
「女の子が一位なのかよ…ってことは二位のリアムはそいつに負けたのか」
「リアム君と戦ったの?」
「おう、この間な。 魔力切れで降参したけどあいつそんなに強い奴だったのか」
「模擬訓練の時は私から見ても手加減してるのが分かったからね。 本来の実力は出してなかったから驚くのも無理ないよ」
「………弱い」
「そりゃルティから見たらそうだろうけど」
「一応、貴族だからね。 才能が無いって話だけど、それでも一般的な範疇には収まらない強さだよ」
途中で降参した為に真価を発揮する時間が無かった。リアムの本当の強さを凪が感じることは無い。ランキング戦で真剣を使用しての勝負とはいえ、審判が付いているので実質は訓練と大差無い。本気の殺し合いでなければ相手の真の実力が出ない時もある。
「それでそのシャーロットって奴はどんな奴?」
「剣帝だよ」
「剣帝?」
「まぁ剣の天才だよね、要は」
表現する的確な言葉が見つからないアルフのざっくりとした説明に凪の中の興味が一気に失せる。
「あの自称貴族…まぁリアムか。 あいつが序列二位ならアルフよりも強いってことだよな?」
「んー…」
歯切れの悪い返事ともつかない声を出すアルフは思案顔だ。椅子に腰掛けて未だに角が生えた場所を触っているルティシアは興味無さげにこちらを向かない。いくら感情を出すようになってきているとはいえ基本的にルティシアは何事にも興味が薄い。たまに饒舌に喋り出すかと思えば一日中黙っていることもざらにある。
「前に特別クラスの人で私に勝てるのはルティシアだけって言ったよな? けど序列二位のリアムが特別クラスにいる。 んでアルフは三位。 ん?」
最後の言葉にはどういう意味なのかと問う響きも込みだ。数字だけを見た時、アルフはリアムに勝てないしリアムはアルフに負けない。では何故以前自信満々に私に勝てるのはルティシアだけと言ったのか、凪の言葉はそういう言葉だ。
「あぁ…そういうこと。 私はランキング戦をサボって三位になったからね、本当は私の方が強いよ」
「断言かよ」
「そりゃあね。 相性とかの問題もあるけど、純粋に私の方が強いし」
「相性ねぇ…」
武器を中心とした近接戦に加えてある程度の魔法も使用可能な遠距離攻撃を行うリアムと魔法のみで遠距離攻撃に特化したアルフ。普通に考えたら近接戦に持ち込まれた時、アルフに勝ちの目はない。
「武道大会ん時に見せた超反応を可能にする自動魔法だっけ? あれがあれば大抵の攻撃は躱せるしな」
凪が全力で行う肉体強化はこの世界でもトップクラスの域にある。脳のリミッターを解除することで本来の人間が持つ力を発揮し、さらにそこに肉体強化を施す。反動で肉体が壊れないようにする為だ。それらに加えて神経系の機能を強化することによって反応速度の向上、思考の倍速化を行う。その全ての強化をした時の凪の動きは人間を凌駕する。少なくとも学園内に凪よりも速い動きが出来る人間はいない。
その動きに対応出来るということは学園内の生徒から繰り出される全ての攻撃を対処出来るということだ。それがリアムに勝てるという根拠になる。
「そうやって考えるとアルフって無敵じゃん」
「それは違う」
「そうやって考えるとルティを抜きで考えるとアルフって無敵じゃん」
「…正解」
「本当、強いってとこだけは見逃せないんだね…」
アルフの自動反応を可能にする魔法をルティシアは打ち破ることが出来るのか、凪の言葉を即座に否定した。強さの一点のみに特化した鬼族はその強さに誇りを持っている。そういった話題でルティシアが譲ることはなかった。




