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42話『貴族』

武の一門を統括する貴族として彼は生を受けた。八人兄弟の末弟、およそ権力とは程遠い位置に生まれた彼を待っていたのは華々しい貴族の生活とは裏腹の厳しい毎日だった。


皇国の武を象徴する貴族は建国当時からその武力をもって皇国の剣となり、支え、守り、戦ってきた。それが一族の誇りであり、自慢であり、自信である。故に一族全員が戦うことに特化した生粋の武人として皇国に名を馳せている。


過去を紐解けば一族の煌びやかな活躍を感じることが出来る。現実を見れば兄たちの活躍をその目で確認することが出来る。幼かった彼はそれに感動し、憧れ、夢を見た。いつか自分も強くなる、そんな想いを胸に抱いて。


しかし、現実は残酷だ。彼には才能が無かったのだ。













「………前口上はおしまいか?」


「まぁそんなところだ。 貴様には分からんだろうがな」



ルティシアとシャーロットが大規模な戦闘を繰り広げている頃、凪は別室の訓練場にいた。



「自称じゃなくてマジモンの貴族なんだな」


「何度もそう言っただろ。 流れ者は耳が不自由なのか、可哀想な奴め」



本日のランキング戦、その対戦相手は嘗て戦い、そして勝利を収めた自称貴族。長い説明を聞き流しながら凪は観察する。


武を統括する貴族の末弟。自分で才能が無いと卑下する貴族は以前と変わらず高圧的な態度だ。腰から下げた剣には豪華な装飾も何も無く、質素で実用性に特化した形状だ。突き、刺し、斬る。それらを滞り無く行えるように作られた無銘の剣は貴族の愛用品である。



「リアムだ。 記憶に刻め」


「ちょっと何言ってるか分かんない」


「僕の名前だよ!」



髪を掻き上げながら無駄にかっこいいセリフを言うリアムを凪は相手にすらしない。そもそも大前提として凪は別の疑問を抱いている。



「今日の対戦相手がお前なのは分かった。 けど序列二位って聞いてたんだが既に俺に負けたお前が序列二位なのか?」



そうである、今日の凪の対戦相手は現行の序列二位。過去に模擬訓練で勝っている相手が序列二位な訳がない。



「…あの時は手加減してやったんだ」


「またえらい苦し紛れだな」


「事実だ!」



苦々しい顔で告げるリアム。仮に本当に序列二位なのだとしたら何を持ってして序列二位にまで上り詰めたのか。



「権力か」


「実力だよ!!」



いちいち大声で突っ込んでくるリアムにマーカスと似たモノを感じる。とはいえ権力で現在の地位へ躍り出たのではないのなら油断は禁物だ。気を引き締めながら凪は全身に魔力を漲らせる。


リアムはブサイクを見掛けないこの世界においてもイケメンの部類に入る。それもだいぶイケメンの部類だ。むしろかなりのイケメンだと言い直しても良い。中身はともかくとして見た目と家柄に惹かれる女子が多いのか、今日の観客の多くが女生徒であり、そのほとんどがリアムのファンである。リアムの一挙手一投足に黄色い歓声が上がるのはその為だ。



「リア充は死ね」



逆恨み以外の何物でもない感情を発散させる為、審判の合図が出た瞬間に凪は突撃。肉体強化は既に極限まで図っている。陥没する地面から出る破壊音さえも置き去りにして凪はリアムへ迫る。



「本当の実力を見せてやる」



抜刀。残像を残して迫る凪へとリアムは剣を向ける。左右に散らばる凪を剣で一閃し霧散させ、直ぐさま本体を感知する為に神経を研ぎ澄ませる。凪同様に肉体強化は既に完了済みだ。



「こっちだ」



凪がリアムの背後から小さく呟き場所を教える。敢えて不利なことをしたのはフェイクだ。相手の反応を待たずして即座に場所を入れ替え、リアムの前方へ移動する。後ろを振り返ってがら空きになったところを攻撃する算段だ。


ところがそうはいかなかった。


凪の思惑通りにリアムが後ろを振り返る。空いた体へ強化された拳を叩き込もうとした時、リアムが瞬時に凪へ向き直る。


思わぬ反応に一瞬の躊躇。攻めるべきか逃げるべきか。躊躇いは一瞬、しかしリアムにとっては充分な時間だ。



「はぁっ!!」



凪の脚を目掛けて突かれる刺突。厄介な機動力を削る為に放たれた剣先は凪の尋常ならざる反応速度で避けられる。


逃げる凪を追撃。皇国の代表的な剣術の一つである流派を受け継ぎ、習得しているリアムは舞うようにして凪へ攻撃を加える。一撃一撃が以前戦った時の比にならない程に研ぎ澄まされ、その速度も段違いだ。凪の反応速度が無ければ全身に穴を開けて失血死する未来が見える。


その絶え間無く続く攻撃を凪は全て避ける。最小限の動きで肉体に掛かる負担を抑え、ギリギリのところで避ける。絶妙な間合いを可能にするのは反応速度があってこそだ。


攻防は一瞬。その一瞬で相手の力量を見極め、戦闘スタイルを見抜き、有効な手札を切る。



「…凄いな、良く反応出来たもんだ。 続く攻撃もなるほど、確かにあの時は手加減していたみたいだな」



間合いを取って一呼吸。



「そう言っただろ? 勝負はこれからだ」



リアムが剣を掲げる。魔力を循環させて無機質の剣へと注ぐ。リアムの十八番でもある付与魔法は凪の脅威となって顕現する。



「纏え、雷光!」



始まりは静電気にも似た微弱な電流。徐々にそれが強くなり、やがて剣そのものが稲妻を纏い、周囲を照らす。目を向けるのさえ困難な程に明滅を繰り返す剣は触れた者を感電させ、体を焼く。



「…これで才能がない? 冗談だろ」


「事実だ。 武に劣る僕は魔法でそれを補うことにしたんだ。 さっきの攻撃だって兄上たちと比べたら幼い攻撃だ」



剣を一振り。それだけで帯電していた稲妻が迸り空気を焼く。



「兄上たちは武に秀でている。 だけどその反面、魔法への適正値が低い。 これは一族全てに言えることだ。 その中で唯一、才能が劣る僕にだけ高い適正値が示された。 良く言われたよ、異端だって」



呟く独白。その声から滲む感情を凪は知らない。



「…序列二位にまでなった。 それでも父上と兄上たちは僕を認めない」



権力とは程遠い末弟、しかも力が劣るとなれば身内からも見向きもされない。貴族とはそんなものだ。



「…僕は勝つ。 勝ち続ける。 認めさせる為に」



リアムが剣を構える。狙う先には凪。決意を込めた一撃。



「雷爪!」



叫びと共に振るわれる剣から稲妻が迸る。剣から離れた稲妻が地面を割りながら凪へ迫る。その速度は正に雷速だ。


雷が雲から発生し、地面へ落ちるまでの速度はおよそ秒速二百キロ前後。音速は秒速三百キロ以上。つまり音速での行動を可能にする今の凪なら避けることは容易い。実際、凪はそれを難なく避けた。



「衝撃か…まぁ雷だしな。 放電してることも加味すれば当然か。 っと、それよりも」



僅かに体を走る痺れは凪の体を通電した証だ。空中でこれを食らったら逃げ道の無くなった電気は凪を容赦なく襲うだろう。しかしそれよりも凪の興味は他へ向いていた。



「さっき叫んだのって技名!?」



この世界へ来て凪が意外に思ったのは技名を叫ばないこと。魔法名も剣技の名前も叫ぶことのない戦い。それは少しつまらないと思っていた。


冷静に考えれば相手に自分の行動を教えてしまうので有り得ないのだが凪の中にある偏った知識では基本的に技名は叫ぶ。声量の違いこそあれど、大抵のゲームでは叫んでるし、大抵の小説でも描写の有無こそあるがほとんど叫ぶようにして唱えている。


言葉に宿る力云々や言霊云々を言われてしまうとそれでおしまいなのだが。



「あぁ、技名だな」


「なんで叫んでんの? 相手に自分の行動バレちゃうじゃん」


「…武の司る貴族としての礼儀、と僕は聞いている。 実際父上や兄上たちもそうしてる。 高過ぎる実力が戦いをつまらなくさせ、より緊張感を求めた結果とも言われているが本当のところは誰にも分からない。 何かしらの書物に書いてあれば良かったんだがそれも残ってないんだ」



ふむ、と一考。多少説得力に欠ける説ではあるが納得出来る部分もある。



「良いね、かっこいいじゃん」



厨二を若干患う凪のセンス、その琴線に触れるモノがある。



「そ、そうか?」


「おう、ちょっと羨ましいぞ」



周囲の目が恥ずかしくてそんな真似を凪は出来ない。それを普通に行えるリアムへ羨望と憐れみの混じった視線を向けるがリアムは気付かない。それどころか褒められたことに気を良くしたのか、若干の照れ笑いを浮かべていた。


可愛いと表現してもおかしくないその表情に黄色い歓声が強くなる。



「…」



場の雰囲気が気に食わない。


気持ちを切り替えたリアムが雷撃を連続して放つ。その全てを危なげなく躱し、反撃に魔力の攻撃を放つ。敢えて遠距離からの攻撃をしたのは近接戦を止めたリアムへの挑発の意図もある。


凪の意思に応えた魔力が指先から滲み出る。その数は十。人の目程度の大きさではあるがリアムを痛めつけるには充分の大きさだ。未だに襲い来る雷撃を避けながら空間にそれを配置。各所に点在するようにして座標を固定する。



「それが噂の魔力攻撃か!」



耳にしたことがあるのか、凪の行動へ反応を示すリアム。空間に出来た黒い染みを潰すように雷撃を放つ。それを横目で確認しながら凪は拳大の黒玉を精製。移動を止め、小中で所属していた野球部の経験を生かした投球フォームでリアムに向かって全力投球。



「甘いっ! 招雷円!」



球速換算で二百キロオーバーの黒玉をリアムを剣を掲げることで対処する。天を向いた鋒から雷撃が迸り、リアムの周辺を雷のように落雷、ドーム型の防御壁を作る。



「ちっ」



投げた黒玉が消失、周辺に配置した黒玉もそれによって消失するのを舌打ち一つで過去にする。直ぐに意識を切り替え、別の攻撃手段を用いる。



「これはどーよ!」



魔力の操作で一番重要なのは想像力と創造力だ。この世界を生きる人間は先入観が邪魔をして出来ないことを凪は出来る。それだけが凪の強味であり、それをどう生かすかによって凪の強さは大きく変動する。


魔力を抽出、具現化しての攻撃。これは凪の中で一番扱いやすく、もっとも最初に思いついた攻撃方法だ。利点は自在に操れる操作性、遠中距離を気にせず行える攻撃だ。攻撃方法も多彩で威力は必殺の威力、速度も凪のイメージに従い、可能な範囲でそれを再現する。欠点は凪の少ない魔力を使用する為、魔力切れまでの時間を早めてしまうことだ。魔力が底をつけば肉体強化が出来なくなる。魔力が使えなくなれば攻撃すら出来ない。魔力を主軸においた戦闘スタイルは非常に危うい。



「………あ、やべ」



リミッターを強制解除、全身の筋肉及び骨、神経から始まり視力、伝達速度、思考速度、脳内物質の制御、痛覚の遮断、その他全てを凪の少ない魔力で行っている。特別な魔力の扱い方をする凪、そこだけ見れば特別な存在のように感じるが保有している魔力自体は学園の中でも下から数えた方が早い。


そんな少ない魔力では全力で戦うのに時間がかなり制限される。効率化を図り、無駄を削り、無意味な使用を控えても尚、その時間は短い。


要は時間切れだ。



「降参するわー」


「はぁ!? 貴様! 何を言ってるんだ!」


「いや、魔力が切れたわ。 今の俺は一般人以下。 無理無理」



審判に降参の旨を告げ、唖然とする周囲を尻目に凪は訓練室を後にする。その手は固く握られ、その唇が噛み締められていたのは何故なのか。

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