39話『強者』
ランキング戦の順位表は魔法で作成された特別製である。学内で行われる試合の勝敗に応じて増減するポイントを即座に反映し、自動で更新、順位を変更させるような仕様となっている。
試合をしていない生徒は学内の至るところに張り出されているそれの前を陣取り、現在の順位を確認しては喜び、悲しんでいる。それを他所にランキング戦に参加していない生徒は試合の勝敗で賭けをしたり、最終的な順位を決まる前に予測し、賭けもする。
学内の一大イベントでもあった。
余談だが学園の規則では賭博行為は禁止されている。にもかかわらずに比較的大々的に賭博が行われており、それを制止しないのは黙認されているからだ。
学園の活気が賑わうのだ。どこの世界にも賭博に嵌るタイプの人間はいるようだ。ちなみに深みに嵌る生徒が出ると一週間程、軟禁される噂がある。
「んー、序列六位を倒したお陰か」
学生寮に貼られた順位表を見に来た凪は自分の順位を確認する。現行の序列六位を倒した影響で順位が大幅に上がっていた。
現在、凪は六位、アルフは五位、ルティシアは十位。
ルティシアの順位に大きな変動が無いのは試合内容に原因があった。ランキング戦で得られるポイントは純粋な勝利の他に試合の内容で増減する。技術や技、試合の組み立て方から増減する箇所は多岐に渡る。ルティシアの場合は対戦相手が棄権する為、純粋な勝利でしかポイントが得られないのだ。
たまに馬鹿が正面から戦いに来るのだがそれを瞬きの合間に瞬殺する為、そこに技術は無いと判断。故に増減が無く、伸びが悪いのだ。
尚、凪もマーカス戦以降、幾つか試合をこなしているが全てを勝利で飾っている。何度か危ない場面もあったが反応速度にモノを言わせて強引に捩じ伏せていた。
強化された凪のスピードに付いてこれるのはアルフとルティシア以外に存在しなかった。少なくとも今の凪はそう思っている。
「ルティはやっぱ伸びが悪いな。 つーかアルフは何やってんだ?」
呟く凪を周囲は痛い目で見てくる。学生寮に貼られている順位表はここだけなので必然的に人が集まる。そこで独り言をぶつぶつ言っていれば当然視線が集まる。心なしか凪の周囲だけ、空白が出来ているような気がする。
気付いた凪が黙って指輪に念じる。自室の前にまで戻るように念じたのだ。ここまで来るのに数分と掛からないのだが一刻も早くこの気不味い雰囲気から脱したいと考えた凪は躊躇することなく指輪を使用。凪の消えた順位表の前は再び賑わい出すのだった。
「なぁなぁ、アルフは知らん?」
部屋に戻り、凪のベッドで寛いでいたルティシアにアルフの所在を尋ねる。ここ数日、アルフの姿を見ていなかった。
「………特務」
「特別任務的な?」
「そう。 皇国から依頼される、特別任務。 それが特務」
「特務をやってるからいないってこと?」
「………うん」
特務。それは皇国から秘密裏に依頼される、特別な任務だ。通常のギルドに所属している冒険者に依頼されることはない、序列上位のデメリットの一つでもある。
「その特務って具体的に何すんの?」
「………色々」
「いやだから、その色々は何なのかって聞いてるんだけど…」
特務の種類は大まかに分けて二つの種類に分かれている。
討伐と暗殺だ。
討伐は文字通り、魔物の討伐を目的とした特務だ。強過ぎる魔物や増え過ぎた魔物を殲滅、掃滅するのが内容であり、地域や場所が皇国の領土内全土に渡って指定される。この討伐系の特務は狙う魔物の数や種類にもよるが多数の魔物が目的の場合、アルフのような魔法タイプに命令が下されることが多い。
理由は広域魔法が使えるからに他ならない。広範囲魔法で殲滅するのが目的である。
無論、個体数の少ない魔物を狙う場合は一対一の戦闘時に強大な力を発揮するタイプが選抜される。要は適材適所である。
暗殺は簡単に言えば人殺しだ。他国の要人、国にとって邪魔な存在、敵対組織の幹部。狙われる人間は必ず悪人であり、皇国に仇なす存在だ。皇国にとって重要人物が狙われることも多い。メリットとデメリットを天秤にかけた時、デメリットの方が比重が大きいと判断されると殺害される。当然、人が殺したと思われないように事故死に見せかけて殺害する。
「…雑務もあるけど大半は魔物の討伐とか護衛とか人殺しとか」
「まぁ…そんなもんか。 想像してたけど、やっぱ人を殺すこともあんだな」
「………悪はいつの時代にもいる」
「世知辛い世の中だこと。 …でも今は平和じゃね?」
「表面は。 水面下では色々と起きてる…噂がある」
「面倒な世の中だ。 尚更嫌になってくる」
マーカス戦で黒刀を使用してからというもの、凪の元には剣を扱う人間が多く押し掛けてきた。あの武器はなんなのか、あの攻撃はなんなのか、ほとんどが黒刀に関する質問であり、多くは武器マニアからの質問だった。中には売却してくれと頼む奴もいたほどだ。
その対応に疲れた凪は固く固く棒の使用を止める決意をした。
「………あの黒刀、予想以上に強い」
「んあぁ、確かに、使えるってことは否定しない。 実際、マーカスん時はあれがなきゃ八方塞りだったし」
ルティシアの欲求不満に付き合って戦った際、黒刀の未知数な能力を調べる為に使用した。その際に判明した能力が幾つかある。
一つは斬撃を飛ばす能力。一つはその飛ばした斬撃の大きさを変える能力だ。
前者はマーカスを踊らせた能力だ。無造作に刀を振るだけでも斬撃は飛び、相手を傷付ける。軌道変更は出来ないので簡単に避けることは出来るが初見ではそれが分からない。初見殺しである。近接戦がメインの凪にとっては唯一無二の中遠距離への攻撃手段であり、簡単に扱える使い勝手の良い能力でもある。能力を使用する際は特に手順は必要なく、飛ばないかなぁって思うと勝手に飛ぶ。何とも曖昧な発動方法である。
尚、細かい射程距離範囲は判明していない。少なくとも、訓練室の壁から壁までは到達することが分かっているだけだ。少なく見積もっても百メートル以上は届くが到達距離によって斬撃の威力が減少することも確認している。
後者の能力は通常、線を描くような軌道をする斬撃を太く、細くすることが出来る能力だ。マーカス戦の最後、マーカスの下半身を消し飛ばした技がこれだ。この能力もまた使い勝手が素晴らしく、初見では対応出来ない為に前者と合わせるとコンボ技にもなる。また両方共に、飛ばした斬撃は不可視の斬撃となるので知っていても見えない斬撃では避けることが難しい。故にこの能力を併用することによって避ける難易度が飛躍的に上昇する。
単に斬撃の軌道から逃げても飛ばした斬撃を大きくすれば威力は下がるが命中はするのだ。相手の気勢を削ぐのに適していた。
更に付け加えると、納刀状態での攻撃を可能にする省略の能力、その状態でも上記の能力を使うことが出来た。最早敵無しである。
それでも、ルティシアに試した時には全て避けられた。全てだ。しかも一度の攻撃で全てを理解し、解説する余裕まで見せられてはどうしようもなかった。
「他にも隠された能力がありそうな雰囲気だよな」
「同感」
「試してみたいことは色々とあるんだけど…なぁ?」
「なに?」
何か、後戻り出来ないような予感がするのだ。後で後悔しそうな、そんな予感が。
「擬人化とかも有り得そうだし、下手すりゃこの棒が喋る展開もあり得るし」
ざっと思い浮かべただけでもこの二つが出てくる。他にもこの黒刀が実は…みたいな展開になりそうだ。
過る展開に寒気がする。世界に引き寄せられていく、そんな嫌な感じだ。
「ま、この棒はとりあえず現状維持だな。 特別必要って訳でもないし」
肩に担いでいた黒刀を隅っこの定位置に放るとバランスを崩すことなく、隅っこへと綺麗に収まる。どうやら黒刀もここが定位置であることを認識したようだった。その様を見て凪に思わず苦笑が滲む。
たかが無機質の存在のクセに。
「夕方か。 ぼちぼち次の試合の連絡が来る頃だが…次はどうなっかなー」
ルミテッド学園に籍を置く生徒に渡されている指輪はただ学園内を転移出来る訳ではない。他にも学園からの連絡事項を受信する能力が備わっている。一方的な受信しか出来ないのでこちらから何かを送ることは出来ないがこの能力で凪は学園長から連絡を何度か貰っている。
脳内に直接響くように作成されており、初めて聴いた時には自分の頭がおかしくなったのかと慌てたのは良い思い出だ。
「………来た」
「お、ルティが先か。 なんて来た?」
「…次の対戦相手が決まった」
「そら可哀想なこった。 で、誰?」
心なしか固くなった表情から紡がれる言葉は学園の頂点に座する名前。
「………現行の序列一位。 シャーロット」
窓から射す夕日がルティシアの顔を照らしていたのが酷く印象的だった。
「特務、お疲れ様だったね。 ルミウルゴス山の魔物はどうだったかな?」
「いつもと同じ、大して強くもありませんですの」
学園長室、二人が話していた。
「一応、第二種の魔物なんだがね、君には物足りなかっただろう」
第二種を個人で討伐するのはそれ相応の力が必要だ。ピンク色の髪を暇そうに弄るシャーロットにはその力がある。
「さて、君をアルフ君に頼んで連れて来て貰ったのにはワケがある。 まぁもう聞いているんじゃないかい?」
「ええ、ランキング戦ですの」
「普段なら参加しない君をわざわざ連れ戻したのは最後のランキング戦だからに他ならない。 一応、形式的な物ではあるけど、参加をして欲しくてね」
最高学年、その最後のランキング戦は半ば強制で参加させられる。最終評価に大きく関わる為だ。
彼女の実力に評価が必要とは思えないがそれでも儀式的な物である。序列一位でもそれは当て嵌まる。
「仕方ありませんの。 参加しますわ」
「助かるよ。 …相変わらず、綺麗な剣だ」
シャーロットの腰には真っ白な剣が下がっている。制服に装備出来るよう、改造された制服の腰周りに付けられたその剣は柄に幾つかの宝石が埋め込まれていた。その一つ一つが自己主張の強い輝きを放っている。
「見た目だけですの。 使えない剣ですわ」
『不服』
「文句も言うし、煩いですの」
「ははは…ガロ君も色々と苦労してるみたいだね」
『大変』
「リノアール、どういう意味ですの?」
学園長を呼び捨てに出来るのは皇国でも多くはない。序列一位であるシャーロットにはその権利があった。
序列一位とはそれだけの権力を有しているのだ。
「全く。 毎度毎度思うことですけど、良い加減ギルドに依頼したらどうですの? 高ランクの冒険者だっているのでしょう?」
「そうしたいのは山々だけどね、なかなかどうして、上手くいかないものなんだ」
冒険者にはその強さに応じてランクが振り分けられている。自分に見合わない依頼を受注して、死亡することを防ぐ為だ。
それでも、自信過剰な馬鹿がランクを詐称して高ランクの依頼を受注、そして死亡する事例が相次いでいる。それが起こる最たる理由はその報酬にある。
高ランクの依頼になるに連れ、その危険度が跳ね上がっていく。その危険性故に受注する人間が少ないのだが、それを補う為に報酬が豪華になっているのだ。報酬の内容は受ける依頼によって変わり、金銭から建物、魔道具や武器防具にまで多岐に渡る。とはいえ、専ら金銭が主流である。
「はぁ…不毛ですわ。 それより今の学園はどうなっているの?」
序列一位のシャーロットは年がら年中、特務を受けている。拒否権の存在しない特務は断ることが出来ないのでシャーロットを学園で見掛けることは皆無だ。仮に特務が無くても序列のメリットによる授業免除で学園に来ることがない。つまり学園内のことについて疎くなっていた。
たまにランキング戦の時だけ帰って来て、序列一位をキープしてまた消える、嵐のような人物だった。
「今年は面白くなっているよ。 流れ者が来たんだ」
「流れ者ですの!? まさか自分の生きてる時代に流れて来るとは思いもしませんですの!」
「それだけじゃない。 これがなかなか曲者でね、今のところランキング戦を六位となっているんだ」
「六位というと…あのバカを倒したってことですの?」
「マーカス君だね。 そう報告を受けているよ」
学園長の告げる情報にシャーロットが驚きの声を上げる。それだけ流れ者は珍しいのだ。
学園の頂点に君臨するシャーロットは序列上位の全員と戦闘経験がある。マーカスと戦った時のことを思い出し、嫌そうな顔を浮かべる。凪同様にマーカス戦では苦労していたのだ。
マーカス自身の強さははっきり言って、序列上位では通用しない。多少はタフで、回復魔法に関しては凄いかもしれないがそれだけで勝てる程、戦いとは甘くはない。つまり弱いのだ。では何故彼が上位でいられるのか。それは彼の生まれ持った運だ。強運なんてレベルではない、豪運と言っても過言ではないその運が彼を支えている。
対戦相手に選ばれた人間に、何かしらの不幸が起こるのだ。対戦中に下痢、腹痛、発熱。対戦前に親族が死ぬ、武器が壊れる。凪のように急に魔力が使えなくなる、相手にとっては呪い以外の何物でもないその豪運を彼は持っていた。
「なかなか期待出来そうですの」
嬉しそうに呟くシャーロットの顔には未だ見ぬ流れ者との戦闘に想いを馳せて興奮の色が浮かんでいる。
良くも悪くも、序列上位の人間には癖がある。無意味にタフでどこかズレているマーカスを筆頭に全ての上位陣が曲者だった。中でもアルフはマシな方だ。
そして一位のシャーロットは戦闘狂であった。
「早速、君の試合を組んでおいたからよろしく頼むよ」
「相変わらず用意周到ですこと。 相手は?」
「鬼族」
学園長の短い一言にシャーロットの顔に笑みが浮かぶ。乱暴に柄を叩き、期待に膨らむ小さい胸。
「ガロ、早速あなたの出番ですの」
その笑みは獲物を狙う、肉食系の笑みだった。




