36話『合間』
「秘剣・時雨!」
「………………」
場所は寮の自室。棒と名付けた黒刀を構え、決めポーズをする。当然、何も起きない。
「どう? かっこいい?」
厨二病を全面に押し出したネーミングセンスは凪の自信作だ。ルティシアの冷ややかな視線がその評価を物語っていた。
「勿体無い使い方」
「そうは言ってもな、剣術なんて知らんし」
ランキング戦が始まってから数日、暇な時間を見つけては棒で遊ぶチャンバラごっこが凪の中で流行っていた。
ランキング戦は毎日試合が行われる。場所と時間は学園で指定され、時には一日で数試合をこなすこともある。既に行われた試合を全て勝利で飾ってきた凪は若干拍子抜けしていた。
「ランキング戦もつまらんし、特にやることもないし、イベントも起きないしで暇だ」
「それはナギが強くなったから」
「上位陣とはなかなか当たらんから分からん」
実際、凪の試合内容は圧倒的だった。誰にも反応出来ない速度で瞬殺し、時には激痛を起こす魔力の攻撃で降参させていた。対戦相手の多くは以前までの凪なら瞬殺されていた立場の人間だったが今の凪では相手にならなかった。
尚、黒刀は遊び道具であり、使用していない。
「未だに中間から上がれないしなぁ。 アルフはもう五位だろ?」
学園内の至るところに張り出されている順位表にはランキング戦で取得したポイントに応じた順位が書かれている。その中で凪は三十位程だった。
「そーいやルティは?」
「………私はもっと低い。 戦う相手がみんな棄権してるから」
試合内容によって取得出来るポイントが増減する。純粋な勝利数でのみポイントを得ているルティシアは凪よりも低い順位だった。
流れる動作でさも当然のように窓から棒を全力投球。即座に窓を閉めるも後ろを振り返ると部屋の片隅には既に棒がある。呪いが解除出来ない。
「ちっ…。 まぁそんなもんか。 ………鬼族の戦いを見たことがないから良く分からんな」
「見てみる?」
「は?」
「ちょっと、戦おうよ」
いやに好戦的なルティシアに思わず身構える。そのまま逆レイプされそうな勢いだ。そう思わせるだけの雰囲気が今のルティシアにあった。
「…あまり、戦う機会がないからちょっと欲求不満気味。 訓練室行こっ?」
「お、おう」
果たして戦闘と呼べるだけの戦いになるのか、一方的なイジメにならないか、不安を抱えつつも珍しく先を歩くルティシアに着いていった。
ユナイリー皇国の立ち入り禁止区域は領土内に数箇所存在する。立ち入り禁止区域に指定された理由は様々だ。凶暴な魔物、特殊なガス、不安定な重力、説明の出来ない現象が起きる、多岐に渡る理由の中で「そこ」は明確な理由があった。
生息する魔物が数種類しか存在しない、超過酷な環境の山である。
その山は標高によって天気が変わり、ある高さでは雷雨、ある高さでは豪雨、ある高さでは暴風雪、ある高さでは氷点下、その天気は数時間毎に変わり、常に一定の場所に留まることがない。
そんな過酷過ぎる環境下に、普通の魔物は適応出来ない。全てが数時間で死滅してしまうのだ。対応出来た魔物は数種類。
その数種類の魔物に問題があったのだ。
魔物の強さは大まかに十種に分けて分類されていて、第一種危険指定生物から第十種危険指定生物まであり、数が少ない程に強さが増す仕組みだ。
第五種までは比較的生息範囲が広く、街の近郊でも見掛けることがある。強さは一般的なギルドに所属してる冒険者でもチームを組めば討伐出来る程度だ。ソロでは少し厳しい。とはいえ、相性や熟練度の問題もあるので一概には言えないが。
問題は第五種より上の指定生物だ。数字が一つ減るにつれてその強さの上昇率は半端ではなく、第三種以降は軍を動かしての大掛かりな討伐になる。第二種は個にして万に匹敵し得るだけの強さを保持し、出現地域には避難勧告がされる。
そしてこの山、ルミウルゴス山には第二種危険指定生物しか生息していない。
そんな場所にアルフは来ていた。
「寒っ! うー、この高さにまで一気に来るんじゃなかったよー…」
アルフのいる場所はルミウルゴス山で丁度暴風雪が吹いているところだ。気温は氷点下を下回り、その数値は並の動植物では生きていけない程だ。魔法による体温調節がなければ息をした瞬間にアルフの肺が凍りつく。
アルフは皇国各所に転移魔法陣を設置してある。高度な隠蔽魔法が掛けられたその魔法陣を常人が視認することは出来ず、魔法に精通した者でも自信を持って看破することが出来ない。そのうちの一つがルミウルゴス山の中腹に存在している。
「特務とはいえ、こんなとこ来たくないんだけどなぁ」
雪が横殴りに降り、風の乱舞でその向きを縦横無尽に変えるその場所にアルフはある用事があった。
「………シャロ、どこかな」
人探しである。立ち入り禁止区域に立ち入ることを許された探し人と序列による恩恵で探しに来ることが出来たアルフ。
視界が機能しない、白銀と呼ぶには些か相応しくない世界を当てもなく探し回る。防寒具として着込んできたコートは最早その意味を成さない。
暫く辺りをウロウロしていると、世界の一角に赤い景色が見えた。
「あそこか…」
白の世界に見える、違和感しか感じられない赤の世界を目指し、歩を進める。一歩進むと足が雪に埋もれ、歩くことさえ困難を極める。
「シャロー! どこー?!」
流れ出る血から湯気が出ている。それがつい最近流れた血である証拠だ。肉片を蹴り飛ばしながら辺りを徘徊する。
「………アルフ?」
「シャロ! やっと見つけたよー」
淫乱ピンク。シャロと呼ばれる彼女は綺麗なピンク色の髪を湛えていた。
「ランキング戦始まってるよ」
「あら、もうそんな時期ですの? ガロ、どうして教えてくれなかったの?」
辺りには二人の人影しか見えない。にもかかわらず、シャーロットは存在しない第三者へ声を投げる。
『失念』
「まったく、使えない剣ですの」
「あはは…とにかく戻ろう。 もう寒くて寒くて…」
血がべったりと付着した剣を一振り、雪に血が飛び、赤く染まり、湯気を出す。いつの間にか周囲一帯が赤く染まっていた。
「はい、掴まって」
差し出す手は幾重にも手袋が重なっており、元の大きさの数倍にまで膨れている。
「ありがとう。 さっ、戻りましょう、 我が学び舎へ」
魔法陣が広がり、二人を包む。直後に二人の姿が消えた。周囲に残ったのは何かの肉片と血溜まり、そして金色の魔法陣が消えた余韻だけだった。




