35話『確認』
武道大会を通して凪が感じたこと、それは魔法を使いたい、そんな感情。
異世界に来たのなら、やっぱり魔法が使いたい。日本人としての誇りはもう忘れた。今では日本で生活してた頃の自分を思い出せない程にナニカが侵食していた。
「………………」
だが、どんなに頑張っても凪に魔法は使えなかった。過剰とも言える魔力を流し、集中に集中を重ねても何も起こらない。
「………先入観、か」
目の前にある、何もない空間から火を起こせと言われても凪の頭が無理だと否定している。そんな先入観が凪に魔法を使わさない。凪の肉体強化や魔力の使い方が誰にもマネ出来ないように、凪も魔法が使えなかった。
「魔法は諦めるか」
夜も更けた時刻、訓練場を一つ借りて凪は試行錯誤を繰り返していた。
魔力を行使した、新たな新技や肉体強化の精度の向上、掛かる時間の短縮作業、反復練習を行うことによって次のステージへ凪を向かわせる。
「これ………どーすっかなぁ」
困ったように呟く凪、その手に握られていたのは黒い刀。暗闇に置いたら見えなくなってしまいそうな程、純粋な黒で染められた鞘にシンプルで装飾がされた柄が見えている。
なんとなく、これを貰った時のことを思い出しながらどこに捨てようかと考える。
♢
数日前、朝から学園長の連絡を受けて、凪は学園長室へ歩いて向かっていた。指輪を使えば数秒で着く距離をわざわざ歩いたのは歩きたい気分だったからでそこに他意はない。
のんびりと歩きながら周りを眺める。廊下の天井から案内板が垂れ下がっていて迷う心配はない。窓から見える景色を楽しみながら凪は学内散歩を楽しんでいた。
三つの塔のうち、中央の塔。一番高い塔が中央に位置している。シンメトリーを意識して作られた外観は左右均等に揃えられており、装飾まで一緒の配置になっていた。
学園長室はその中央に聳える、一番高い塔の最上階にある。古今東西、偉い人間とは高いところを好むと良く言われるがその法則はこの世界でも適用されるようだった。皇城然り、学園然り。探せば他にもありそうだ。
そんな目測でも数百はくだらない高さの塔、そこから更に上に皇城が浮いている。
窓から景色を眺めていると色々な発見がある。その一つに龍の存在がある。
以前、わざわざ学園長室まで移動して、そこから見える景色を一人で楽しんでいることがある。時刻はお昼、外は快晴。ぼんやりと空を眺める時間が好きな凪はこうしてたまに時間を作っては一人でのんびりと眺めていた。アルフを連れて来た時につまらないと言われてからは絶対に一人で来ようと決めていた。
その日、いつものように空を無心で眺めていたら、遠くに何かを発見した。翼のような物を動かし、空を滑るように飛んでいた。比較対象が周囲に存在しない空では、その生物の正確な大きさまでは把握出来ない。距離も遠く、どれだけの大きさを誇っていたのか理解出来なかった。
後日、アルフに聞くと龍じゃない?と言われて大急ぎで調べた。この世界を生きる生物が載った図鑑。把握しきれていない、あやふやな図鑑に龍の存在を見つけた時には思わず胸が高鳴った。
♢
閑話休題。
♢
ともあれ、学園長室に入った凪は開口一番に物を渡された。それが黒い刀、黒刀である。
「なんぞこれ」
感じる疑問は当然のモノである。黒刀は艶やかな色を湛えて凪の手に収まる。鞘越しにも分かる、見事な刀である。緩やかな曲線が日本刀であることを示していた。
「今から数百年前、君の国から流れてきた者が作った刀だよ。 彼の人生全てを費やして作成された、最高の一品だ」
「俺の国から?」
「鍛冶屋を生業としていたそうだ」
数百年前、鍛冶屋、その単語が示すのは遥か昔、戦国の世からもこの世界に来ていた日本人がいる事実。
「どうして俺に?」
「レナード…皇帝陛下から聞いているだろう? 大会の副賞だよ」
皇帝の名前がレナードという初耳を他所に、凪の興味は他に向いていた。
「だーかーら、どうして俺に?」
「…すまない、質問の意図が分からない」
「他の奴が使えばいいじゃないか。 素人目から見ても結構な業物だぞ、これ。 俺に渡されても困る」
「ふむ、言い直そうか。 日本人の君にしか使えない刀を皇帝陛下は君に贈ったのだよ。 この刀は持ち主を選ぶ。 この世界に生きる人間は勿論、日本人以外が抜こうとしても鞘から抜けないのさ」
「怖っ。 魔刀かよ」
「この世に多くは存在しない、希少性の高い鉱石を原材料に幾つもの魔法を付与しながら彼が全身全霊を込めて叩いた刀だ。 ナギ君の言うことはあながち間違いではないよ。 ………もう少し、大切に扱って貰えると製作者も喜ぶのだがね」
怪しい輝きを放つ黒刀をわざとらしく下に落とす。重力に従って落ちる刀は地面に着く寸前、浮いた。そのまま再び上昇し、凪の手の中に飛び込んでくる。それを見ながら間違いなく魔刀、それも呪われている類の武器であることを再認識する。
鞘から黒刀を抜き放ち、その刀身に光を当てると真っ黒な刀身に光が吸い込まれていくように見えた。鞘も刀身も真っ黒とは、まさに黒刀である。
「名は無い。 君の好きなように呼んでくれて構わないよ」
「んじゃ、棒で」
「いやもう少し塾考してから付けてあげようよ。 流石に可哀想ではないかい?」
オロオロしながら再考を促す学園長を無視し、棒を一振り。重さを全く感じない刀を空気を裂く風切り音を鳴らせる。
子供の頃にやった、チャンバラごっこを思い出す。
「重さが微塵も感じられないんだが…」
「反重力の特性を持つ鉱石と重力軽減、重量減少の魔法が使われているからね、重さはほぼ無いと同義だよ」
「軽過ぎて武器としてはダメなんじゃないのか? 重さがなければ威力も軽減されちまうだろ?」
「その心配は必要ない。 重量と重力がある状態と同じ威力が出るようになっている。 理屈は私も詳しく知らないがね」
「いやに詳しいな」
「製作者が来た時代、私も生きていたからね。 彼とは旧知の仲だったよ」
武器として、確実に最高峰に位置するその刀を凪は扱えない。剣術など習ったこともなければ扱ったこともないからだ。
「それと、その刀には様々な特殊能力が備わっている。 私も一つしか把握出来ていないが他にも多くあるようだ」
「その一つは?」
「省略の能力」
理解不能な顔をしていると学園長は薄く笑った。
魂を込められた武器は時に不思議な能力を宿すという。その上、この刀には魔法や不可思議な特性を持つ様々な鉱石、さらにはこの世界と同時の鍛冶屋の技術を複合させた、斬新な方法で熱し、冷まし、叩き、磨き上げられていた。
世界にたった一振り、その名前が棒。悲しい結末である。
「この武器は振る必要がない。 君が敵と認識した相手に柄を触って頭でこの刀を使って攻撃することを考えると勝手に相手が斬られているのだよ」
「は?」
「ふむ、要は因果律に直接影響を与える武器でね。 過程を必要とせず、結果だけを残す訳だ。 つまり、君自身が斬る必要もなく、ただ触って考えるだけで相手が斬られている、そう考えてくれるといい」
「なにそのぼくのかんがえたさいきょうのぶきみたいな能力。 無敵じゃん」
「まぁ日本人にしか扱えないのが欠点だがね。 今の世界では君にしか扱えない、私たちから見たら鉄屑だよ」
無敵である。どこまで結果が反映されるかは未知数だが、致命傷となる傷まで省略されて与えることが出来たら敵無しだ。それよりも凪にはこれがどこかの某宝具に聞き覚えがあって、内心では軽く動揺していた。
身の丈に合わない武器は身を滅ぼす。何よりもこの武器を扱うことによって、世界の表舞台に引き摺られそうで怖かった。
確かに強力だ。これを使えばアルフにも勝てるであろう。しかし反面、嫌な予感もする。
「…使うかはともかく、ひとまず預かっとく」
「そうしてくれると助かるよ。 確かに、渡したからね」
♢
時は戻り、訓練室。黒刀を鞘越しから抜き放ち、改めてその刀身を見つめる。
「ほーんと、どーすっかねー」
適当に振り回す。棒はされるがままに空間を裂き、風を斬る。某るろうに漫画で見た格好をして遊んでいるとなんだか楽しくなってしまった。
「…強過ぎる。 これが主人公補正なのか」
世界から愛されている。それが実感出来るだけの強力な武器が突然凪の手に入った。普通に考えたら有り得ない事態に凪の第六感が全力で警鐘を鳴らしていた。
これを使ってはいけないと。
「なーんにも関係なきゃ全力で使って無双してみたい気もするけど…そうもいかんし」
鞘も空いてる手に持ち、二刀流の真似事をする。美しい鞘も重みを感じることがなく、すんなりと凪を受け入れた。
「……………くだらね」
暫くは部屋の片隅に飾っておこう。そう決めて撤収した。
♢
「あの隅っこにあるのは何?」
「気にすんな、ただの棒だ」
「……凄い力を内包している。 あれ、強い」
「ただの棒だ、気にすんな」




