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33話『解説』



皇都を形成する四大区画、そしてその中心に位置するルミテッド学園。周辺一帯では学園以上に大きな建物は存在せず、景観を意識して作られた都作りは統一性の中に不規則が交わる矛盾を含んだ、何とも言い難い光景を擁していた。学園より大きな建物が存在しない皇都では、皇帝の住まう皇城はいったいどこにあるのだろうか。


それは空。ルミテッド学園の上空にそれがある。


学園の遥か上空、目を凝らしてよく見てみると、肉眼で何とか確認出来る影がある。浮遊石の上に作られて魔法で座標固定がされている皇城の小さな小さな影が見える。


対空戦力に向ける魔法砲台、皇城にまとわりつく敵を排除する為に設置されたそれは外観と相まって、一種の芸術すら感じられる。威力や使い勝手を無視した、装飾用品に特化した魔法砲台はその見た目に反する威力を有している。


皇城の周りを飛び交う、無数の何か。飛行系の魔物を警戒し、偵察を行なう監視魔道具だ。それ一つで商人の年収に匹敵する高価な魔道具が辺り一帯を飛び交い、警戒を怠らない。


皇城の城壁には幾人もの兵士がその肉眼をもってして監視を行う。魔道具だけに頼る訳にはいかないと、皇帝の持論を証明する監視役だ。城壁の外は断崖絶壁であり、その下では皇都がポツンと染み程度の大きさで存在している。


生産から消費まで自己完結出来る皇城は中に農作物を生産する畑や魚を養殖する池が存在する。これにより、中で働く人々は下界に降りて食糧を補給することをしなくても平気なのだ。


つまり皇城が一個の国の象徴であると同時に一つの街でもあった。



皇帝陛下の座する間に、凪とアルフは共にいた。武道大会の労いの言葉を貰う為に皇城へ招待されていたのだ。




「今回の大会、ご苦労だった」



周囲に護衛の兵士はいない。一国の主にしては余りにも無防備過ぎる姿だが、皇帝の座する皇座に待機する二人の兵士がそれを補えるだけの強さを持っている証でもあった。


皇国の剣と盾、そう称される二人は全ての兵士の頂点に立つ。たった二人で国一つを滅ぼし、数千にも及ぶ魔物の群れを殲滅し、数万の敵対国から攻めてきた軍を退ける力の持ち主。


更にその上に立つ、皇国の守護者の存在。


砕けた口調で労いの言葉をかける皇帝自身も相当の強さを保有していた。


返すアルフも不慣れな言葉に内心で不安に思っているのが目に見える。これで間違いないだろうか、怒られやしないだろうか、その目からはそんな感情が見えた。



「よいよい、慣れない言葉は必要ない。 二人共、普段通りの口調で頼む」



敬語や尊敬語、謙譲語とは縁のない凪はここに来てから一言も発していない。ただ、アルフの真似をしながらひたすら頭を下げていた。言葉を発したらボロが出そうで。


学園長には流暢な敬語で話すアルフも流石に国のトップと話す機会は無いのか、若干の緊張が声から漏れている。喋る言葉も本当にそれで合っているのか、疑問を感じざるを得ない。



「……………良いのか?」



普段通りを要求する皇帝に凪は確認を問う。皇帝ではなく、後ろに控える兵士にだ。二人が入室して来てから殺気が込められた視線を延々と向けてきていたのだ。


砕けた口調で話すけど殺さないでね、そんな確認。兵士はただ目を伏せてそれに応えた。



「ん? …あぁ、クレイ、リヴァイス、出てくれ」



凪の感情に気が付いたのか、純粋に二人が邪魔だったのか、皇帝が兵士に退室を求める。目で反論をする二人を無視し、促すように手を振る。


流石に言葉で反論出来る立場ではない。皇帝が黒と言えばどんな色でも黒になる。



「…お呼びの際はお声掛けください」



去り際に剣の柄を鳴らし、無言で凪に圧力をかけて部屋から退室する。重苦しい雰囲気が去り、部屋を彩るのは豪華な装飾による視覚の暴力のみだ。


日本で生きていた時、億単位の宝石など見る機会がなかった凪には、身近に感じるそれらに対する耐性が皆無だった。故にそれらを綺麗と思える程美的センスは持っていなかったし、特に欲しいとも思えなかった。



「さて、邪魔者も去ったことだし続けようか」


「……………何を?」


「ん? 表彰だよ。 この人数しかいないのは少々寂しいかもしれないが皇城にいる人間は、皆何かしらの責務がある。 そうそう時間を空けることが出来なくてね、申し訳ない」



国のトップが謝る、それは言葉以上に意味を持つ。国を代表する者が謝るとはそれ即ち国全体が謝っているのと同義だ。外交に大きな影響を及ぼす為、その立場の人間は迂闊な発言を許されない。


しかし、目の前にいる皇帝は頭を下げている。軽い、会釈みたい程度ではあったがそれがどれだけ常識はずれな行為であったのか、凪には分からない。



「聞いているかもしれないが大会で優勝、準優勝すると副賞として褒美が得られる。 その時の皇帝によってその種類は様々だが…君たちは何を望む?」



人は常日頃から物欲を抱えている。あれが欲しいこれが欲しい全ての物が欲しい。尽きることのない物への執着、それは人類共通の欲だ。戦争、内紛、革命、突き詰めればそれらは物欲から起こされる出来事だ。権力が欲しい、領土が欲しい、土地が欲しい、女が欲しい、食い物が欲しい。飽きる事のない物への執心、最早呪いと言っても過言ではない。


それでも、欲しい物あげるよと言われた時、人はそれをすんなりと口には出せない。それは凪も同様であり、口籠る。


しかし、アルフは違ったようだった。



「自身の出自や能力、魔法の有無が関係のない、平等な世界を作って欲しいです」


「…リノアールから聞いているよ。 君は能力者なんだって?」


「はい。 能力まではお教え出来ませんが」


「皇帝に対して良い度胸だ。 安心したまえ、そこまで根掘り葉掘り聞こうとは思っていない」


「………何世代先になっても構いません。 差別のない、恒久的な平和を作ってください。 私が求めるのはそれだけです」



人間とは己と他者を比較せずにはいられない生き物だ。どこが誰より劣り、どこが誰よりも優れているのか、それを知りたがる。そんな世界で差別を無くすのは実質的に不可能だ。恐怖による統治や独裁者がいれば可能かもしれないがそれは平和ではない。


平和とは実に曖昧な表現だ。人それぞれの価値観によって平和の定義が揺らぐ。


アルフは自分よりも他人の為の願いを請う。それが自分と同じような境遇の人間を助けることだと信じる彼女は、それによって自身も救われるのだ。


難しいアルフの願いにも皇帝は嫌な顔をせず、微笑んで頷く。必ず叶えてみせるよと、甘い口約束をして。



「流れ者の君は? 何を願う?」



凪は考える。金か、女か。はたまた名誉か、権力か。



「特に無いんだよな。 強いて言えばのんびりと暮らしたいくらいだわ」


「………君の場合、それが叶うことは無い」



だらけた口調に返って来たのは予想外に重たい言葉。欲の無い凪が願う唯一の願望を皇帝が断ち切る。



「流れ者について、リノアールから説明は?」


「…少しだけ。 戻ることが出来ずにここで生きてここで死ぬ、それだけだ」


「確かに、それで間違いはない。 ただ、少しばかり、足りないな」


「足りない? 陛下、どういう意味でしょうか」


「………」



凪がリノアールから受けた説明は世界各国から流れ者がやってきて、ここで生きて死ぬ、大まかに言えばそれだけだった。リノアールが意図的に隠したのか、たまたま説明し忘れたのか分からないがそれだけではない。


アルフの困惑顔に皇帝が沈黙する。説明するべきか、しないべきかの決断は数秒、皇帝が口を開く。凪にとっては最悪の言葉を発していく。



「…流れ者はその時代において、重要な役割を持って流れてくる。 ある者は戦争の立役者、ある者は魔王を討伐する者、ある者は王を補佐する者、それは多岐に渡って存在し、そして必ずそこに導かれる。 本人の意志とは無関係に、必ず。 全ての流れ者に共通していて、確認されている流れ者は全員この世界の舞台で重要な出来事の中心に位置している」


「………はぁ?」


「つまり。 君にも何かしらの役割が与えられているのだよ、トオノナギ。 今はまだ実感が無いかもしれないが、この先、世界は必ず君を表舞台へ誘うだろう」



主人公。凪の頭にそれが浮かぶ。


主人公補正という言葉がある。ありとあらゆる分野において、主人公独特の補正が作用されることに対した、皮肉の言葉だ。


異性との好感度、好かれている事実に気が付かない鈍感、呟くヒロインの言葉が聞こえない都合の良い耳、どんな局面でも死ぬことのないご都合展開、後から判明する特殊な一族の生まれ、謎の存在と契約して覚醒する理解不能な現象、といった具合にその補正は様々だ。


世界に愛された存在、それが主人公であり、それを守るのが主人公補正である。



「………俺は主人公じゃない。 この世界の登場人物でもない、ただのイレギュラーな存在だ。 世界から弾き出された存在、それが俺のはずだ」



この世界を生きる、多くの人から見たら凪は実際にその通りである。本来、いるはずのない人間だ。



「つまり、この先何が起ころうと俺はそれと無関係だ。 積極的に関わるつもりはない」


「君がそのつもりでも世界がそれを許さないのだよ」


「んなこと知るか! 俺は俺の好きなように生きる! 誰にも左右されずに、自分の意思でな!!」



皇帝に使っていい言葉遣いではない。荒げた声は室内の外まで届いたのか、ドア越しに殺気が伝わってくる。



「………自由に生きるのは構わない。 だが、分かっているのかね? 自由に生きるにはそれなりの責任が伴うことを」



自由。それは好き勝手にして生きることとは違う。自分の選んだ選択肢に責任を取る覚悟が必要な生き方だ。具体的に言えば凪の選んだ選択で戦争が起きた場合、凪の意思とは無関係に大勢の人が死に絶える。それを責められても受け入れる覚悟が必要だ。


自由とは大いなる責任が伴う、過酷な生き方でもある。



「はっ」


「流れ者が優勝、若しくは準優勝をした際に褒賞として専用の武器が贈られる。 リノアールに渡しておくから受け取ってくれ」



背中を見せる凪に皇帝は気にすることなく言葉をかける。退室する素振りを見せた凪にアルフは慌てて着いて行く。勿論、皇帝に頭を下げることは忘れない。



「優勝おめでとう、アルフ・ルドグリフ。 準優勝おめでとう、トオノナギ。 君たちの生きる未来に幸があらんことを」



去り際の祝辞は呪いの言葉だ。そう感じても仕方ない程にその言葉は凪を締め付けるかの如く心に残った。

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