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32話『遠野凪の場合』



何が起きたのか分からなかった。ただ、一歩を踏み出した瞬間に自分の知覚外で何かが起きたことだけしか理解出来なかった。


ぼんやりとした頭で状況を確認する。踏み出した右足はふとももの途中から焼失していた。爆発の勢いで吹き飛び、爆炎に傷口を焼かれて炭化している。血が止まっているのが凪を失血死させるのを防いでいた。


肉体強化はもう機能をしていない。維持するのに必要な集中力が途切れてしまったからだ。世界が緩やかに速度を増し、色を戻していく。反動で回らない頭に鞭を打ち、思考する。



「………………………何が」



あったのか。続く言葉は出せる程の体力が無かった。


靄の中で考える。思えば確かに、凪は甘く見ていた。カイルやウィルトというそれなりの相手と戦い、勝利を収めた。それで分かってしまったのだ。自分がこの世界で戦っていけることに。


認めたくなかったが感じていたことがある。それは高揚感。人を殴り、蹴り、時には殴られ、命のやり取りをしている緊張感をいつの間にか心地良くさえ感じていた。


元の世界では決して味わえないような感情の昂り。それが凪の心をじわじわと侵食してナニカを麻痺させていった。





全身の具合を確認し、再度集中する。頭痛が激しくなるのを無視した。鼻血が出て来たがそれを知覚出来ない。





この世界は弱肉強食の世界だ。弱い者は喰われ、強い者が生きる世界。思春期の頃に思いを馳せた世界に凪は身を投じていた。それで興奮しない奴がいるのだろうか。答えは否、断じて否。


舞い上がっていた。頭では世界に対して緊張感を持って接するようにしてても心のどこかに油断があった。過信があった。驕りがあった。


自分にしか出来ない特別な魔力の使い方。自身を特別たらしめる魔力の使い方。優越感を感じていた。一種の無敵を味わってすらいた。





怪我の状況、魔力経路を確認する。





内心で舌打ちをする。自分を見失っていたことに。そしてそれに気付けなかったことに。


そうだ、確かに甘く見ていた。自分の置かれた境遇を忘れ、夢を見ていたのかもしれない。


非現実を楽しんでいた自分を叱咤する。これが夢ではなく、リアルであることを再認識する。





左足の脛から先が無いことに気付く。全身に重度の火傷を負っていることに気付く。鼻血が出ていることを認識する。





何をしているんだと自分を奮い立たせる。お前は今どこにいるんだと自問する。異世界にいるんだろと自答する。


油断は即座に命を奪う。甘えは即座に目に見えて影響を及ぼす。自信は即座に自身の首を絞めにくる。





イメージする。魔力の流れをコントロールする。欠損した部位以外の細胞を活性化、傷口を瞬時に塞ぎ、火傷で爛れた皮膚を再生させる。全身から再生、回復の副産物である湯気が発生。ダメージの酷い脳細胞をさらなる酷使で働かせ、切れた全身の神経を魔力で繋げて強制的に体を動かす。





凪は立つ。自分の為に。凪は吼える。弱さを吹き飛ばす為に。そして見据える。世界の壁を。





凪の感情に応えた魔力が太ももから先が無くなった左足の炭化した部位から噴き出る。脛から先を損失した右足も同様に黒い魔力が噴出する。


義足を想像する。身体障害者が欠損を抱えても尚夢に突き進む為に得た義足を。


凪の思いに応えた魔力が蠢く。噴き出た魔力が一瞬にして凪の足へと変化する。黒い足を確認するように動かす。自分の足のように動作を可能とし、確かな感触を感じる。


未だ爆炎と爆煙で隠れた視線の先へと目を向ける。地には魔力で出来た足がある。凪を支えるように、力強く大地に根を張る。


咆哮し、突撃する。身体中から滲み出た魔力を操作、イメージは防火服にも似た鎧。直後に魔力が姿を変えて顕現する。




漆黒の鎧を纏って突撃する。アルフという世界の壁をぶち壊す為に。





「生きていたんだね………っ!?」


「さぁ…二回戦と行こうか」



流石のアルフにも想定外だったのか、驚愕の色に染まる顔が今の凪には心地良かった。


全身の感覚を確かめながら黒い両足で歩く。魔力で出来た足は凪の意思に応えるかのように前に突き進む凪を応援してくれた。



「その足は…?」


「お前が吹き飛ばしてくれたからよ、ちょっと替えを用意してきた」



口調こそ軽いモノだが実際はとんでもないことである。回復する訳でもなく、改めて別の足で挑むその姿はまるで悪魔のようだった。


炎と煙を抜けた時、鎧は自動で消え去った。必要が無くなったと無意識のうちに思った凪に機敏に自動反応し、消失したのが分かった。



「驚いたよナギ君…そんな使い方も出来たんだね………」


「それだけじゃねぇ」



魔力を具現化させて攻撃する際、一つの弱点があった。それは魔力を外に出すということ。つまり肉体強化を解除しないと行えないのだ。体の中で魔力を使っていては外に出すことが出来ない。


しかし今は違う。



「お前のおかげで足の切断面から魔力を出せるようになってな。 肉体強化と同時に魔力操作も可能だ」


「………けど、それだけだよ。 私には勝てない」


「…甘く見てんのはお前だよ、アルフ」



足元が爆発するかのような炸裂音。その音がアルフの耳に届く前に凪は到達、自動反応を可能にする魔法陣がアルフの背後に小さいながらも展開されようとしている。


対応の早さに感心しながらも手は緩めない。完全に魔法陣が展開される前にアルフの顔面に膝蹴りをくらわせる。


鮮血と共に空を舞うアルフにさらなる追撃を与える。空中に浮いている間は姿勢の制御が難しいことを考えて地面に叩きつけないように、空中になるべく浮かせていられるように殴打を重ねる。


アルフが防御をする素振りを見せるようになった時、凪は魔力を操作する。ボクサーのように魔力を拳に集中させて魔力の塊を拳に装着。そして再度拳を連発する。


一撃一撃でアルフの体内と体外を同時に攻撃。内部からは想像を絶するような痛みを与え、外部から与える衝撃はアルフの骨を砕き、肉を裂き、血飛沫を舞わせる。


遠慮はしない。手加減も要らない。


およそ女の子にする攻撃ではないことを自覚しながらも凪は手を緩めない。魔法を行使させない為にアルフを空中へ釘付けにさせる。


せめてもの情けに顔への攻撃は止めておいた。それが甘えなのか、優しさなのかは凪にも分からない。



長い数分だった。反応速度の向上と肉体強化を行ってされる一方的な攻撃での数分は数時間にも匹敵する。


アルフの体から力が抜けて全身が脱力状態になった時、凪は初めて攻撃を中断した。


攻撃の最中、アルフの嗚咽と悲鳴と呻き声が響いていたがそれも途中で無くなった。



「………俺を甘く見んなよ」



最早ボロ雑巾と大差ないアルフを一瞥して去ろうとした、その瞬間、凪の目の前に魔法陣が展開された。


色は虹、神話級だ。神話級一つを行使するのに皇国の人口全てを集めた魔力が使用されると言われる、神話の時代に神々が使ったとされる魔法だ。



「…私も、甘く見られちゃ、困る、かな」


「………なんで、無傷なんだよ」


「ナギ君の欠損した部位を治したのは私だよ? 意識さえ残っていればあの程度の怪我、私には怪我にさえならないよ」



服装にまで与えたダメージは治らないのか、全身が無傷で破れた服に身を包んだアルフが立っていた。常人なら体を木っ端微塵にする勢いで攻撃したにもかかわらず、だ。地味に眼鏡も無事である。



「その魔法は神話級。 神話の時代の魔法。 流石のナギ君もこれはどうにも出来ないよ」



虹色に輝く魔法陣、その内包する莫大なエネルギーは国一つを消滅させることも可能だ。凪の強化された視力により、魔法陣に流れる魔力が見える。


仮に凪の総魔力量がコップ一杯だとしたらアルフは大海の如く規模の計れない魔力量を保有している。そしてその一端が目の前の魔法陣に注がれていた。



「それは今からナギ君にだけ向けて放つ。 ナギ君のその反応速度と肉体強化をもってしても射程範囲外に逃げれることは出来ない。本来の力でその魔法を放つと皇国が消滅しちゃうんだけど…今は効果範囲内を限定させてあるから平気だよ」



凪の後ろにある魔法陣が光り出す。中の複雑怪奇な紋様が蠢きだす。


世界が遅く見える、凪の反応速度以上のスピードで展開されていく魔法陣に脱出が不可能なことを悟った。






「神話の時代において、神々が使用されたとされる魔法。 その身で体感しておいで」






闘技場全てを包むように光が発生。凪を飲み込み、世界をも飲み込もうとするその光は、見た目の美麗さとは裏腹に世界のパワーバランスを崩せるほどの暴力が込められている。



「ちぃ!」



イメージしたのは盾だ。絶対防御を可能にする盾。凪の想像に従い、全身の魔力がそれを作る為に凪の前へと集結、集約、黒く禍々しい盾に変貌する。


その盾に身を隠すようにしてしゃがみ、未知の魔法への対処を完了する。杜撰な対応であることは否めないが今の凪に出来ることはこの程度しかない。








迸る光の奔流が溢れ出し、やがて全てが真っ白になった。












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