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31話『アルフ・ルドグリフの場合』



大会最終日。最終戦まで残ったアルフは決戦を前にしてワクワクが押さえられずにいた。


今日に至るまでの全ての試合を無傷で勝利し、様々なタイプを持つ相手を圧倒的な魔力で捩じ伏せ、蹂躙し、屠ってきた。アルフは魔法の一点のみで最強の呼び声が高い実力の持ち主だった。


そもそも魔法で強くなる為には何が必要なのか。


それは魔力と魔法適正、魔法への理解が必要である。魔力が莫大な量になればそれだけ高い級の魔法を乱発出来るし、継戦能力も高くなる。魔法適正が高ければ魔法に込められた真の力を発揮することが出来る。理解があれば様々な副次的な事象を引き起こすことも可能だ。


そしてアルフはその全てを兼ね備えていた。


彼女の持つ莫大な魔力量は皇国の人口全てを掻き集めても足りない程の量であり、魔法適正は人類史初と言われる計測機器の破壊に至っている。魔法に対する理解はそれら全てを生かす為に彼女は全力で理解することに努めた。


その結果、彼女は魔法戦において無敵を誇るまでに成長した。


その強さはアルフの才能と努力の賜物だ。彼女はそれに自信と誇りを持っている。才能に甘えることなく、比類なき存在を目指して努力し、今、彼女はそれに手を掛けている。


魔法という分野においては鬼族さえも凌駕するその力。しかし、アルフはそれに驕ることなく黙々と相手を分析し、粛々と戦う。


全ては自分の為に。





「まさか決勝がナギ君とだなんてね」



最早見慣れた闘技場、その舞台に彼女は立つ。観客席から感じる熱気は全行程の戦いの中で最高潮だ。アナウンスの声もいつもより気合が五割増しに感じられた。



「同じ国の人間とは戦わないって聞いてたんだが?」


「ちゃんと例外があるって言ってたんだが?」



不愉快そうに眉をひそめる凪に対抗して同じような言葉で返すと鼻で笑われた。



「こうやって、ちゃんとした形式で戦うのは初めてだね」


「また棍棒で叩かれるのか?」


「ふふ、まさか」



アルフにとっては想定外の現在。凪がここまで生き残ってくるとは思いもしなかった。せいぜい一回戦で健闘して敗北するのがオチだと思っていたのが、なかなかどうして、ここまで残ってきた。


アルフも初めて見た、あの肉体強化。アルフでさえその強化を完全に真似することは出来ない。そんな肉体強化を駆使して戦う凪にアルフは自分の想像が足りていなかったことを知った。


魔法を扱う者にとって、想像力の欠如は根源を揺るがすモノである。魔法とは想像力なくして成り立たないからだ。



「凄いねナギ君は」


「どうした、改まって」


「本当に凄いなーって思って」


「気付くのが遅いな。 最初に俺が目覚めた時から気付いていなきゃダメだわ」



自意識過剰の言葉から滲み出るのは自信。異世界でも生きていける自信。対人戦でもそれなりにやれる自信。それが滲み出ている。


アルフはそれをおかしく笑う。確かに凪はこの世界に素早く順応し、この世界には無い魔力の使い方を見つけ、この大会をここまで生き残ってきた。特別な才能も能力もボーナスも持っていないにもかかわらず、だ。それは確かに自信に繋がる。


けど、アルフは思う。世界にはまだまだ上がいることを凪は知らない。調子付いてる凪をここらで冷静にさせる為にもアルフは手を抜くことはしない。



「序列三位の私に勝てると思う?」


「どうだろうな。 やってみなきゃ分からん」



一見すると冷静に答えている。そんな凪にアルフの中で怒りが湧き上がる。



「………私の努力を、力を、才能を、甘く見ないで欲しいかな」


「いやいや、見てな」


「見てる!」



凪の言葉に被せるアルフの声。そこにははっきりとした怒りが浮かんでいる。



「見せてあげるよナギ君。 絶対的強者との格の違いを。 自分自身の矮小さを実感させてあげる」


「…そーかい。 それなら、こっちも本気でいくだけだ」



今、この瞬間だけアルフは凪の存在を忘れる。今目の前にいるのは敵。その認識だけで問題はない。


アナウンスの紹介が終える。審判の声が聞こえる。観客席からはどちらかを応援する声が流れる。



「おいでよ、ナギ君。 先手は譲ってあげる」



アルフの言葉が終えると同時に試合が始まった。







「………っはぁ」


「肉体強化? どこまで強化するの?」



始まりの合図が出ても凪に動きはない。この短い時間でもアルフは凪を仕留めることが出来る。だがそれでは意味がない。



「いいよ、待っててあげる」



強者として格の違いを見せつけ、完膚なきまでに叩き潰す。それが今後の凪の為になるとアルフは信じている。今の凪では世界に出た時、早死する。学園の中でぬくぬくと暮らしているようでは厳しい世界を生き残るなんて出来ない。



「…余裕だな。 仮にもウィルトとカイルに勝っているんだぞ?」



言外に自分は強いと宣言。その上で甘く見るなと伝えている言葉だがアルフはそれを意に介さない。むしろその発言に神経を逆撫でされる。



「ナギ君は世界を甘く見過ぎている。 流れ者だから仕方ないのかもしれないけど、そんなんじゃこの先を生き残れないよ」


「相変わらず心配性な奴め」


「ナギ君のことを思ってこその発言だよ」



そろそろ強化も終わる頃。凪が行動を起こす。



「お言葉に甘えて………行くぞっ!」



初速で音速手前の域に到達。そのままアルフの懐に潜り込み、アッパーの要領で掌底を下から突き上げるようにしてアルフの顎を狙う。


これまで戦ってきたカイルやウィルトは反応出来る程度の速度だが、魔法特化のアルフには出来ないと判断しての凪の行動。戦略もクソもない、馬鹿正直な舐めた攻撃に苛つきながらも、アルフは難無くと合わせてその攻撃を避ける。



「なっにぃ?!」



驚く凪を無視してアルフは迎撃を開始する。素早くしゃがみ、体が伸びきったままでガラ空きになった腹部へ痛烈な一撃を与える。痛みに呻く凪に容赦はしない、さらなる連打を全身へ浴びせる。


凪が肉体強化を行ない、全身の耐久が上がってるとはいえアルフも短い時間の間に肉体強化を図っていた。その殴打にはそれなりの威力が秘められている。



「っつぅ!」


「弱いなぁ」



痛みを堪えながら凪は距離をとる。敢えて追撃もしないままに凪の好きにさせる。肉体強化の反動もあるのか、既に凪の息は上がっていた。



「弱いよナギ君。 その程度で良くぞまぁあんな大口叩けたね」


「っだあ!! どうして反応出来た?!」



軽く叩いたとはいえ魔法に特化したアルフによる肉体強化だ。凪の体には早くも青痣が浮き上がっている。


以前、凪と戦闘訓練を行なった時にも実は内緒で肉体強化を行なっていたがあの時は一割程だ。今でも全力とは程遠い肉体強化だがその程度でも凪の動きを捉えるのは簡単だった。



「世界は広いんだよ? あの程度なら私でも反応が出来るよ」



凪の顔に焦りが浮くのが分かる。ただの肉体強化だがまさか魔法特化のアルフに捕まるとは思ってもいなかったのだろう。その精神的ダメージは大きい。



「本気出しなよ。 あの反応速度を可能にする肉体強化、見てあげる」



凪が地面に立っているとしたらアルフは空から声をかけるように上から目線で話を続ける。片膝をついた姿勢のまま、凪は大人しくアルフの話を聞いていた。


純粋な肉体強化だけではあの凪の反応速度には追付けない。だがアルフには魔法がある。その道で頂点に近い、アルフだけにしか使えない魔法も数多く存在する。そしてその中に凪への対抗手段として有効な魔法があった。



「あれかー…反動が酷いからなぁ」


「大丈夫だよ、大抵の怪我は私が治せるから安心して」



実際にアルフには自信があった。死んでさえいなければ大抵の傷や怪我、病気を治せる自信が。欠損した部位を治せるだけの能力を実際に体感している凪はその言葉に意を決したのか、大きく一つ頷いた。



「なるべく早めに治してくれよ?」


「ナギ君がさっさと負けたら治すよ」


「その強がりもいつまで持つのやら」



見当違いの言葉を吐く凪に内心で舌打ちをする。どこまでも思い上がっている今のナギがアルフには不愉快な存在でしかない。


精神を集中させているのか、目を閉じたまま動くのを止めた凪に合わせてアルフも行動を開始する。自身の体に一つだけ、魔法を行使する。


背中に後光が差すかの如く、魔法陣が浮かび上がる。その色は黄色。古代級魔法だ。


魔法の階級は魔法陣の色によって分かる。初級は無色、中級は青、上級は赤、そしてアルフの使った古代級は黄色で構成される。


古代級一つを行使するのに一般的な人間が保有する魔力が百人分必要とされている。その量を埋めるのが魔法適正値だ。


魔法適正値は高ければ高い程消費する魔力が少なく済む。これが魔法適正値による恩恵だ。ただ使える魔法の幅が広がるのではなく、消費魔力量が減少するという絶大な効果を発揮する魔法適正値はそれ故に高い適正値を持つ人間は各国の軍事関係者による引き抜きが頻繁にされていた。


実際にアルフにも皇国を含む世界各国から引き抜きの話が来ていた。全て蹴っているが。



「完了」



短く呟いたその言葉と同時に凪の目が開く。



「おいこら、その背中にあるのはなんだよ」


「これ? 対ナギ君用の魔法だよ」



アルフの背中をグルグルと魔法陣が回っている。内包された魔力が隅々から感じられる。



「試してみなよ。 もしも私に触れたらその瞬間に降参してあげるから」


「いいや、降参はしなくていい。 その代わり、一つ条件がある」



ウィルト戦よりも精度が上昇しているのか、凪の全身から黒い魔力が滲み出ている。アルフの真面目な提案を蹴飛ばして凪は危ない笑みを浮かべて条件を突き付けた。



「俺の言うことには何でも従って貰おうか。 期限は俺が飽きるまで」


「………いいよ、分かった」



この後に及んでも尚ふざけるナギをアルフは睨みつける。一瞬の躊躇いの後、直ぐに返事をした。



「じゃ、成立だな。 ………行くぞ」



宣言がアルフの耳に届いた時には既に凪の姿は視界の中にはいない。今この瞬間にもアルフに迫る凪がどこかにいる。それなのにアルフは至って冷静だ。


答えは背中の魔法陣。



「っ!?」



アルフの視界の外、左後ろから迫る凪に体が自動で反応する。驚愕の表情を浮かべる凪の頬にカウンターで右拳を繰り出すと超反応で逃げられた。



「おいおい、どういうことだよ! なんでお前が俺のスピードに付いて来れてんだよ!!」



思いもよらぬアルフの反応速度に凪の中で動揺が走る。



「魔法だよ。 感知型魔法の一つでナギ君の接近に合わせて自動で回避し自動で攻撃を行なう魔法。 私はその間体を動かすことが出来ないんだけどね」



アルフのその言葉に凪の目が見開いたまま動かない。最早どれだけ早く動こうにもアルフには通用しない。



「…体だ、体がこの速度に付いて来られる訳がない」


「勿論、壊しながら動いてるよ? ただその都度回復されてるから平気だけど」



自分で壊して自分で回復する。実に厄介な魔法を使うアルフに窮地へと追いやられた凪だが実はそうではない。


こんな面倒な魔法を使わないと凪の動きに対処出来ないアルフの方が実は追い込まれている。攻める分には余裕だが受け流すとなると途端に難易度が跳ね上がる。それだけ凪が速いのだ。


実際にこの一瞬の攻防だけでアルフの全身はボロボロになっていた。即座に回復魔法が反応する為、目には見えないがアルフにとっても諸刃の剣でもあった。


無意味を悟った凪ががむしゃらに突進してくる。戦略も戦術もない、めちゃくちゃな動きだ。移動速度と反応速度にモノを言わせて無理矢理に攻めてくる。時からには後ろ、時には前から、たまに左右にフェイントを入れて正に縦横無尽の動きで攻めてくるがその悉くをアルフの体は自動的に動き、自動的に避け、自動的に反撃する。


その間アルフはぼーってしているだけだ。全ては魔法が判断を下す為にこの魔法を使用している間は他の動作が出来ない。


このまま続けていては何も変化がない。そう判断したアルフは凪の機動力を削る為に魔法を放つ。


自動魔法を解除、そして指を一度、鳴らした。



「………何をした?」


「一つだけ忠告してあげる。 そこから動くとナギ君危ないから降参したら?」


「は?」



慌てて周囲に目を向けるが何もない。魔法陣が展開されてる様子も皆無だ。



「脅してんのか? この俺に?」


「事実だよ。 それに脅しじゃなくて忠告」



凪は動かない。アルフの中で次に凪が動いた時が勝負の終わりだと感じていた。


アルフの忠告を無視して凪が一歩を踏み出す。ただの一歩だがその動きは音速以上の動きだ。





瞬間、爆発した。





「あーあ、だから危ないって言ったのに」



立ち昇る爆炎を見ながら呟くアルフが審判の判断も待たずに踵を返して控え室に戻る。もう試合は終わったと言わんばかりのその態度は存外つまらなかったな、そう言いたげだった。

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