30話『魔力』
武道大会の会場であるレミステル闘技場は商業区の中心に位置している。大小様々な商店が軒を連ねている商業区に設置された理由は観客が生み出す副産物、要は行き帰りにお土産や飲食物を買わせる為である。
魔道具屋、武器屋、防具屋、質屋、薬屋、様々なお店が乱立している中、凪とアルフはいた。闘技場に隣接している軽食屋でお昼ご飯を食べている最中だ。
ここ、エルフィンにおいて、和食は存在しない。似ている料理なら皇国以外に存在しているがそれでも和食とは遠く離れた代物で、食事のメインは洋食をベースにした物が主流となっている。
肉が挟まれたサンドイッチを頬張りながら二人は先の試合について話をしていた。
「とりあえず二回戦突破おめでとう、だね」
「昨日も腐るほど聞いたよ。 それにそれはお互い様だろ」
昨日、試合終了直後に凪は宿泊先の部屋に閉じ籠った。理由は一つ、試合で見せた辱めのせいだ。アルフがどれだけの言葉を掛けても凪はその一切を無視し、ただひたすらに忘れることだけに全力を注いだ。
「まぁ………ね?」
「辞めてくれ。 ただでさえ同室の、知り合いの、それも女の子に見られていたんだ。 自殺しないだけマシだろ」
食事中にする話ではない為にアルフが含みを込めた言葉で話す。実際には凪が色々と漏らしていたことまではアルフにも見えてはいなかったがそんなことは凪には関係なかった。
見えているかいないかはこの際問題ではない。見ていた事実が問題なのだ。嫌悪を滲ませて凪はアルフの言葉を拒絶する。
「と、とにかく! 昨日はなんで肉体強化をしなかったの?」
「しなかった訳じゃない。 したくても出来なかったんだ」
「? なんか脅されていたとか?」
「ちげーよ。 体に魔力が流れなかったんだ。 どうしてか分かるか?」
肉体強化が行えなかった、それ故に凪はあの無様な姿を見せてしまった。肉体強化が出来ていればあんな舐めた魔法は簡単に避けられた。
「うーん…多分、というか完全に魔力経路に無理をさせ過ぎたんだね」
「魔力経路? 無理をさせた?」
「うん、ナギ君は肉体強化しかしてなかったからその反動が如実に出たんだよ。 それに普通の強化よりもだいぶ無理をした強化だからそれも関係あると思うよ」
「無理した結果使えなくなった?」
「一時的なものだから心配は要らないよ。 まだ魔力を使うようになって間もないから体も経路も慣れていないからね。 そのうち間隔が長くなってきて最終的には経路が順応して昨日みたいに肉体強化が出来なくなるってことは起こらなくなると思うよ」
アルフの言葉に安堵する。今も魔力を体に流すことが出来ないがこのままずっと使えないままだったらと不安だったのだ。
肉体強化が出来ない凪ではこの世界を生きる上で致命的だ。強化された敵の攻撃を避けることも受け止めることも出来ないのだ。それは必然的に凪の死を意味する。
「で、本題。 昨日の黒い玉。 あれがこの間練習してた?」
「その話、俺たちにも聞かせてくれね?」
カイルがサンドイッチを持って二人が座っていたテーブルの近くで立っていた。背後にはウィルトも控えている。辺りには多くの食事中の客がおり、座る場所もない。
「おう、カイルか。 いいぞ、ここに座れよ」
「助かるわ」
「ありがとうございます、ナギさん。 アルフさんもすみません」
「んーん、私は気にしないから大丈夫だよ」
元々四人掛けのテーブルに対面するように座っていた二人だがカイルとウィルトの出現によりアルフが凪の隣へ移動する。その顔には微妙な喜色が浮かんでいる。凪の横に座りたかったのに凪が四人掛けのテーブルを選んでしまった為にその機会を失っていたのだ。思わぬ乱入者をアルフは笑顔で迎え入れる。
「んで? 昨日のあれはなんだったんだよ」
代表してカイルが続きを促す。食事のマナーをどこかに捨ててきたような下品な食べ方でサンドイッチを貪るその姿にウィルトとアルフが嫌悪感を滲ませる。
「カイル、もう少し行儀良く食べてください」
「はっ、そりゃ無理な話だ」
「………話していいか?」
話が脱線して長引きそうな雰囲気を察して凪が声をかける。カイルを無視することにしたのか、ウィルトは溜め息を吐いて凪の声に賛同する。
「アルフはこの間練習しているところを見ていたからだいたいは分かる思うけど、昨日の黒い玉、あれは魔力だ」
「魔力…?」
「あぁ、魔力を黒い玉として具現化させた」
簡単に話す凪だがウィルトの顔を見ればそれがどれだけ理解不能なことか見て取れる。
「魔力の具現化は確かに可能です。 ですが…それを攻撃に使用するのは出来ないのでは?」
「お前らの基準で言えばそうらしいな」
そもそも魔力の具現化とは魔法を扱う訓練の為にする行為であり、魔力経路の確認や魔力の色を確認する為だけの行為でもある。それを攻撃に転用することは誰も考えたことがなかった。
「先日、魔力を扱う練習をしてた時、アルフにも昨日と同じように魔力の玉を作って貰った」
「そういえばウィルト君は初めまして、だね。 名前は大会参加者だから知ってると思うけどこれからよろしくね」
「いえいえ、こちらこそ。 アルフさんのお名前は有名ですよ。大会に出る以前から耳に入っていました」
真面目に話すこと凪を他所にアルフとウィルトは自己紹介合戦だ。カイルにはしないところを見ると初戦の後に既に終えていたらしい。
「………アルフ」
「はいはい。 私でも魔力の球を精製することは出来たよ。 多分、ウィルト君とカイル君でも出来るんじゃない?」
「そうなんですか?」
「精製だけなら、な」
「含みがある言い方すんなぁナギぃ」
精製だけなら魔力が秀でた者になら出来る。それも凪よりも高密度に。だが、それだけである。例えどれだけ魔法の自信があるアルフでも精製だけしか出来ない。
「その魔力を攻撃に扱うことが出来るのは世界で俺だけだ」
「す、凄い自信ですね…」
「当然だ、事実だからな」
「なんでおめーに出来て俺らには出来ねぇんだよ」
「俺が流れ者だからな。 具現化には想像することが大切ってのは共通認識か?」
頷く三人を見ながら凪は疑問だった。どうしてこんな簡単なことも出来ないのか、どうしてそんな簡単なことも思いつかないのか。その理由は一つ。
「この世界では魔力を攻撃に使用することが出来ないってのが常識だ。 実際に学園でもそう教わっていると思う。 魔力は魔法を行使する際にのみ使用されるってな。 それがそもそも間違いだ。 魔力は攻撃にも使用可能だ」
長い言葉を切って水を飲む。本当はコーヒーが良いのだがこの世界にそんな飲み物は存在しないらしい。
「魔力の具現化には想像が大切だ。イメージすること、それによって魔力が具現化する。そしてその先、魔力を攻撃に使用することがお前らはイメージ出来ない。想像出来ない。だから出来ない。世界の常識が、先入観が邪魔をして」
先入観。流れ者の凪にはそれがない。だからこそ出来たのだ。世界の常識を打ち破る、魔力での攻撃を。
「今、こうして言葉で聞いて、魔力で攻撃を行うことが出来るとお前たちは知った。 それでも出来ないと思うぞ」
上辺を塗り替えることは出来ても根底までは覆すことが出来ない。そう告げる凪に三人は神妙な面持ちを浮かべる。特にウィルトはその身を以って魔力による攻撃を体感している為に凪の言葉に頷くしかない。
「試しにウィルト、やってみろよ」
「ここで、ですか?」
もしも昨日のような事態になったら、周りの客を見回しながら嫌な想像をするウィルトに凪は笑って大丈夫だと念を押す。
「じゃ、じゃあ…やります」
ウィルトの出した指先に茶色の玉が出現、カイルもそれに倣い、指先に魔力を具現化させる。
「………俺の仮説が本気で正しいかもな」
カイルの青い魔力を見ながら呟く。適当に言った言葉に真実味が帯びてきたのを感じて若干怖くなる。
「そこからそれを俺みたいに放り投げてみ? 出来ないから」
「………ナギさんに向かって投げても?」
「構わん構わん、どうせ飛ばないから」
「…後悔しても知りませんよっ!」
カイルと共に凪へ向かってウィルトが指先を振るう。青玉と茶玉は二人の指先を離れた瞬間に霧散した。
「………本当だ」
「おいおい、マジで出来ねぇぞ」
「だから言ったろ? お前らにゃ絶対無理だ」
「ちなみに私でも出来なかったよ」
「稀代の天才魔法使いのアルフさんでも出来ないなんて………」
「これが先入観だ。 どうしようもねぇよ。 俺の真似をすることは諦めてくれ」
呆然とする二人にアルフでも出来なかったという事実が突き付けられる。魔法への高い適正と尋常ならざる魔力を持っているアルフに出来ないのだ、アルフに劣る二人が出来る訳がない。
「…納得しました。 けど次の疑問があります」
「おう、聞いてやる」
「あの痛みはなんだったんですか? そもそもあの黒玉の効果と威力は?」
全身に走る痛みを思い出したのか、思わず身震いをするウィルトに申し訳ない気持ちで一杯になる。死に物狂いだったとはいえ、自殺頭痛以上にも思える痛みを与えてしまったことに凪は罪悪感を覚えていた。その贖罪からか、友達でもなんでもない、凪にとっては道端の石ころ程度の存在でしかないウィルトに解説をしてやっているのだ。そもそも敵に塩を送るような真似を進んでする訳がない。
カイルは友達なので別枠だ。賭けの末の友達でもカイルに訊かれたら素直に答えるつもりだ。
「魔力による攻撃は外傷を生まない。 相手の内部を攻撃する技だ。 具体的に言えば相手の体内に入り込んで魔力経路に浸入しズタズタに攻める。 その間相手は魔法を使えないし維持も出来ない。 魔力経路が著しく乱されるから肉体強化も強制解除される」
先日の大衆向けの模擬戦闘場で適当に拉致って使った実験相手に試して判明した事実を述べていく。凪の言葉に思い当たる節があるのか、ウィルトはしきりにうんうんと頷いている。
「あの黒玉が小さかったのは純粋に俺が苦しくてあの程度の大きさしか想像出来なかったからだ。 スピードも遅かったろ? それも速いのを想像出来なかったから遅くなっちまったんだ」
「魔法使いには恐怖しか感じられない技ですね」
「対魔法戦に覚えた技だからな。 そうでも感じてくれないとこちらとしても頑張って考えた甲斐がないってもんだ。 それと威力についてだが…これは未だに未知数だ。 調べようにもあの痛みを好んで受けてくれる奴はいないだろうし、実戦の中で調べるしかないって感じだ」
まだまだ未知の段階であることを示唆して凪の言葉が終える。ウィルトに他の質問はあるかと訊くともう大丈夫ですと返ってきた。
「それよりもカイル、お前って序列五位なんだって?」
「一応な。 本気を出せばもうちょい強いぜぇ?」
「あ、ちなみに僕は二位です。 ナギさんとアルフさんは?」
「私は三位、ナギ君はまだランキング戦に参加してないから分からないよ」
同じような学園に通う者同士、年相応の雑談に花を咲かせる四人であった。




