28話『戦略』
「そういえば二回戦の相手はどうなってるの?」
アルフのその言葉に答えることが出来なかった凪は大会本部へ対戦相手の確認をしに来ていた。棄権するにせよしないにせよ一応確認はする。形式的なモノであり意味などないが必要事項でもある。
「なんかウィルトって奴らしい」
「あー、私知ってるよ」
「有名なんか?」
見知らぬ人間である本部スタッフに声をかけるのが躊躇われる。元来の人見知りである凪にとって他人へ声をかける行為が何よりも緊張するのだ。カイルの時は信じたくないが気分が高揚していたところがあった為に普通に話すことが出来たがこれが凪の素なのだ。
それでも搾り粕程度にある勇気を掻き集めて声をかけた。聞いた名前を忘れないように口の中で復唱しながら本部建物の外で待機していたアルフに報告する。
「ナギ君にとっては因縁の存在かもね〜」
「いやいや、俺は知らんぞこんな奴」
この世界において凪と面識のある人間は特別クラスの面々とその担任、それとカイルのみである。数ヶ月を生きてきてほんの数十人として知り合えていないのは凪が人見知り故である。
「この人、獣人だよ。 それも獣人には珍しい魔法型の」
「獣人て………やなこと思い出させんなよ」
獣人。それはこの世界で初めて凪が負けた存在であり、恐怖をより強く意識させた存在だ。
「あー、負ける予感しかしない。 いっそのこと本気で棄権しようか」
「だ、大丈夫じゃない? 近接メインのユーリと違ってウィルトって人は遠中距離メインの魔法タイプだし」
「魔法タイプの獣人は珍しいのか?」
「かなりね。 獣人は基本的な身体能力が高いから魔法に頼らなくても充分強いから肉弾戦が多いって聞くよ」
対魔法戦は想定したことがない。昨日の肉体強化も近接用の技術であり、距離を取られて魔法で攻められては手足が出せない。とはいえそんな距離でもあの時の凪なら一瞬で詰めれるだけの能力があるのだが、それでもコンマ数秒程度は遅くなる。その一秒にも満たない時間が致命的になる。
「対魔法戦か…なーんか新技でも考えんと生き残れねぇな」
「………戦う気? 正直、あの肉体強化があるナギ君でも勝てるとは思えないけど…」
「魔法で最強の名を欲しいままにしてるお前がそう言うってことはかなり強いのか?」
「噂程度だけどね、獣人の身体能力に高度な魔法を扱う魔法戦士って感じかな? 私は余裕で勝てるけど今のナギ君は無理かなって」
凪の言葉を否定しない辺り、本気で魔法に対する自信があるようだ。そんな魔法への絶対な自信を持つアルフにそこまで言わせるということはそれなりのセンスの持ち主だと判断出来る。
「ふむ………少し、試したいこともあるし丁度良い、か。 ここらで戦闘訓練室みたいなとこある?」
「大衆向けの訓練室が開放されてると思うけど今から行くの?」
本部の近くにあった公園のベンチに腰掛けていたが辺りは真っ暗だった。ついさっきまでは明るかったはずなのに。凪の思っている以上に話し込んでいたようだ。
「明日二回戦だろ? 今のうち試しておきたい」
「二回戦だからこそ心も体も休めた方が良いと思うんだけどな…」
「いいから、さっ、行こうぜ」
立ち上がり凝り固まった体を解す。心配そうな表情を浮かべるアルフに手を差し伸べて立たせてやる。なんとなく、そのまま手を繋いで歩く二人は遠目から見たら恋人同士に見えた。
♢
道中、アルフは一言も喋らなかった。凪も何か話そうとはせずにその沈黙に身を任せたまま。沈黙を嫌う人間が多い中、凪は沈黙が好きな異端だった。誰にでも身に覚えがあるだろう、心地良い沈黙、それが堪らなく好きだった。
何かを言葉にしなくても相手に伝わるような、そんな以心伝心を思わせるような沈黙。今の二人の間に出来た沈黙はそれだった。
ほぼ、同棲染みた生活を初めて数ヶ月、お互いに心を許し始めた時期でもある。アルフが体を許すことは『そんな関係』にならないとまず無理だと思うがそんな微妙な距離感が凪は好きだ。凪にとっては初めて会った、この世界の人間。優しくしてくれて、目には見えない気遣いもさり気なくしてくれる、心優しい少女。嫌いになる要素が見当たらない。
とはいえ好きにもならない。だが、ただの友達以上の信頼をアルフには寄せている。ルティシア以上に。
アルフもそうだと良いなと、なんとなく似合わない考えを浮かべて内心で自嘲しながら目的地まで連れ添いながら歩いた。
♢
「ふぅ…っし、始めっか」
夜間まで開放されている戦闘訓練所に着いて早々、凪は魔力を全身に漲らせる。隅で眺めているアルフを意識外に弾き出し、目を閉じて自身にのみ全神経を集中。カイル戦で見せたあの肉体強化、その状態にまで体を持っていく。
目を開けると世界が遅くなっていた。
(この状態で動くとまた体が壊れそうだな…思考するだけでも脳神経を酷使しているのか?)
そのまま立ち尽くして体の状態を確認。そんな考え事をするだけでも脳神経が焼き焦げる程に酷使される。例え僅かな思考でも通常の何十倍もの速度で脳裏に思考が展開されるからだ。コップ一杯の水を飲み干すまで、その僅か数秒にも満たない時間だけでも脳内で円周率を数千以上の桁まで考えられるだけの思考速度だ。
(魔力で脳内から筋肉へ送られる電気信号の伝達速度を格段に上昇させることが出来た。 神経系の構造で不可能とされる領域まで)
オリンピックの短距離走の競技では号令から0.1秒以内にスタートを切るとフライング扱いされる。人体の構造上、それは不可能とされており、仮に可能にする選手がいたらそれはドーピング以外の何物でもない。
(音声認識、映像認識、触感認識、そして認識反応、その全てが向上しているな)
試合中は落ち着いて自身の状態を把握することが出来なかった。とにかく勝つ為に自身の知識を総動員して肉体強化を行なったのだ。それを今、改めて冷静に分析する。
音声による単純な反応速度は0.16秒、視覚による単純な反応速度は0.19秒、認識反応速度は0.384秒、触覚は四大反応速度で最速の0.155秒が平均とされている。
現在の凪はその全ての反応が平均値を遥かに凌駕していた。
「こりゃすげぇな。 人間として進化してるわ」
魔力を開放、色を持って霧散する霧の中、自分自身がその瞬間において人間以上の生き物になっていたことを知った。単純な反応速度のみだけではあるが最早人間の範疇では収まりきらない。
「どうだったの?」
「いや、すげぇよこりゃ。 多分、この世界では俺だけしか出来ない肉体強化だわ」
エルフィンを生きる人間は解剖学を知らない。怪我や病気になっても魔法で完治するからその原因を探ろうともしないのだ。凪から言わせればそれは治療ではない。人間の傲慢だ。
それ故に人体の知識が圧倒的に足りない。人体の構造を知識として有していなければ凪の肉体強化は出来ない。魔法とは理解することから始まるからだ。
解剖学を極め、人類の医療を大きく前進させてきた過去の偉人たちにその場限りの感謝を口にする。先人たちの偉業がなければ今の肉体強化は出来なかったと。
「よし、自身の体は把握した。 次は…試してみる価値はあるか」
魔力で神経系の限界を突破出来ると凪は知った。異世界人の凪にしかない知識で他に何が出来て何が出来ないのか、どこまで出来てどこから出来なくなるのか、それを知ることが急務だ。
鈍痛が続く頭をアルフに治して貰いながら、闇の中から一縷の希望を垣間見た気がする凪だった。




