27話『対価』
窓から見える外の景色は先程と変わらず闇だ。カイルも依然として部屋から出る気配がない。そろそろ一人になりたくなってくる。
「………最後に一つ」
「終わったら帰れよ」
「ちっ、わぁったよ」
露骨な舌打ちに凪の機嫌が悪くなることはない。短い会話ではあるがカイルという人物像が分かりつつある。見た目通りの人間だ。およそ礼儀や礼節、遠慮と配慮からかけ離れた性格。
「魔力の色は?」
「黒だな。 お前は?」
簡単な質問だったことに若干拍子抜けしながら世間話をしてるように返す。しかしカイルに起きた変化は劇的であった。
「黒っ!? 黒だと!?」
「っせーな。 黒だと何か問題があんのかよ」
試合中にも見たことがないような驚愕の表情。思わず凪の両肩を掴んで連呼するカイルを振り払い当然の疑問を口にする。その遠慮を知らない声量が凪の鼓膜を揺れ動かす。
「…黒…マジかよ……」
「…あんだよ、黒だと何があんだよ」
「いや、お前黒っつったら……なぁ?」
「いいからさっさと教えて帰れよ」
曖昧に返事を濁して逃げるカイルに流石の凪も言い知れぬ不安が湧き上がる。何が不味いのか。
「とっとにかく今日は帰るわ。 教えてくれてあんがとな。 じゃっ」
「あ、おい、待てや………はぁ」
凪の制止も聞かず、脇目も振らず、一直線にドアまで歩き配慮を知らないドアの閉め方で盛大な音が出る。唐突に訪れた一人の時間、それも後味の悪い時間に凪の中で疑問が沸々と沸き起こる。
「聞きたいことだけ聞いて帰りやがって…いや帰らすようにしたのは俺か」
閉じたドアに投げかけた言葉の返事が返ってくることはない。
(どういうことだ? 黒い魔力だと…なーんかやな予感すんなぁ)
内心で過る主人公の展開に軽く首を振る。先の展開に不安に覚えながら眠ることにした。
ぼやけた意識の中で凪は思う。アルフに気絶させられのは何回目なのかと。
♢
「ナギ君! 朝だよ!!」
「………うるせぇ」
「今日の試合はお休み! 皇都にお出掛けしようか!」
武道大会は戦闘訓練のように試合の次の日は選手の為に休息が用意されている。その日を使って次の対戦相手の情報を仕入れ、研究し、対抗策を生み出すのが真面目な選手の間で行われる。しかし実際は皇都で金を使わせる為に休息日にしているのだ。皇都に出掛けてお金を使う選手も多い。試合がないのだから宿泊施設に泊まり込みで来ている他国からの観客も皇都観光に回る。そういった政治的な意味も含まれていた。
ルミテッド学園は皇都イヴァールの中心、四大区画に挟まれる形で建っている。生徒がその気になればいつでも外に出られる為にアルフにとっては今更皇都にお出掛けしてもそれに特別な意味はない。最早見慣れた景色でもある。しかし、今日は違う。隣を凪が歩くのだ。それもあって今日のアルフはいつも以上に元気一杯だった。
「やだ。 出たくない」
「いいから出るのっ!」
「あああああうっせえ!!! お前は母ちゃんかよ!!!」
学生の頃、誰しもが経験あるだろう。時間はまだ余裕あるのに必ず無理矢理起こそうとする母親と朝から揉めたことが。
「はぁ…」
「ナギ君にだってこの世界のことを知れるいい機会だよ? それにこんないい天気なんだから外に出なきゃ勿体無いよ!」
アルフの言葉通り、外は正に雲ひとつない晴天。朝日が優しく凪を照らしていた。
「………だるい」
「いいから早く着替えて行くっ!」
「はっ!? 着替え無いから行けないじゃん! 寝る!!」
荷物が無いことを逆手にとった名案。咄嗟に思いついたそれを喜色満面の顔で宣言して二度寝に入る。慣れない環境のせいか、なかなか寝付きが悪く、度々起きては寝るを繰り返したおかげで体が怠いのは事実だった。
凪の宣言を聞いてアルフの顔が不気味に変わる。
「ふっふっふっ…ナギ君ならそういうと思って一着だけ着替えを用意してました!」
「………いや、さぁ。 それなら最初っから全部用意しろや貧乳」
満面の笑みで凪の着替えを突き出すアルフ。退路を断たれたことを察した凪からの些細な反撃に強制的な二度寝をすることとなる。
暴力ヒロインは嫌い、ツンが大きくてデレが少ない、素直になれない女も嫌い、馬鹿な女は嫌い、直ぐにキレる女は無理。徐々に凪の嫌いなタイプの女に変化しつつあるアルフを悲しく思いながらアルフの右拳を、顔が変形するほどの威力を内包したその拳を避ける間もなく受ける凪であった。
♢
「もう! ナギ君が寝ちゃうからこんな時間になっちゃったじゃない!」
「いやお前…理不尽にも程があるだろ」
時刻は午後。凪とアルフは商業区にある食事処が集まった場所に来ていた。少し遅めの昼食の為だ。遅くなった理由は凪の二度寝という名の気絶の為。その原因を作った張本人は時間が遅くなったことに憤慨している。
「………お前さぁ、いい加減その態度止めろよ。 不愉快だぞ」
王道と言えばそれまでだが今のアルフは凪にとって不愉快な存在でしかない。凪にも非があるとはいえ直ぐに暴力に走る奴と共に行動する必要性が感じられない。
「俺をこんな目に合わせた罪悪感から無理してんのは分かるけどそれじゃあ本末転倒だ。 本当に悪いと思ってんならせめて俺を労われよ」
無理矢理誘い、それが断られるや否や拉致って連れてきた結果が昨日のあれだ。アルフが何も思わない訳がない。凪を元気付ける為に、不安を感じさせない為の空元気が凪にとっては不愉快だった。
「………ごめんなさい」
ポツリと呟いたアルフの言葉は喧騒の中でも凪には確かに聞こえた。その言葉の裏に様々な意味が込められている。私の身勝手な行動で無理をさせちゃってごめんなさい、が主だ。
「最初っからそう言やぁ良いんだよ。 無駄なことしてんなっつーの」
「ごめん」
短く言葉を繰り返すアルフの表情は俯いていて窺い知れない。非建設的な言葉を繰り返すアルフに凪の苛つきが大きくなる。
「謝罪の言葉は聞き飽きた。 そーいう時はありがと、だろ?」
「………ありがとね、ナギ君」
「気にすんな」
同じ言葉を繰り返すだけなら幼児でも出来る。そこから感謝の言葉を口にするのがどれだけ難しいことか。
重たい雰囲気を吹き飛ばすように凪は明るい声で先を促す。せっかくわざわざこうして学園の外に出たのだ、ならばせめて楽しんでおかないと勿体無いというものだ。
そんな凪の意図を察してアルフも切り替える。根に持つタイプではなかったことに内心で安堵の息を吐き、先を歩くアルフに合わせて皇都を観光気分で回ることにした。
♢
「おかえりなさい、カイル」
出場選手が宿泊している建物、その四階にカイルの部屋がある。元々一匹狼の気質があるカイルは誰かと共に行動することを良しとしない。一人の方が気楽なのだ。
「お前の言う通り、見てきたぜ」
そんなカイルにも例外がある。一人は凪のことだ。カイルは凪が気に入っていた。今まで見てきた人間とは違う価値観、違う倫理観、違う感性がカイルの興味を惹いたのだ。流れ者だから当然なのだがカイルはそれに気付かない。純粋に自分が生きている時代に面白い流れ者に会えて、その上友達にもなれて嬉しかった。今まで友達と呼べる存在がいなかったのでなおさらだ。無論、そんなことは表情に表さない。
「どうでした?」
「ありゃあ分からん。 何を考えているのかさっぱり読めんわ」
そしてもう一人、気に入ってはいないが共に行動していて不愉快な気分にはならない存在がいた。同室で同じ学園から共に武道大会へ出場したウィルトだ。
「そこまで気にしなくても良いと思うぜ? あいつも余り深く考えて行動してねぇみたいだし」
「カイルと同じですか」
「おいこら、そりゃどういう意味だこら」
ウィルトと凪以外に今のセリフを言われたらカイルは問答無用で相手を殴る。それをしないのは先程も述べたように不愉快ではない存在、そして何よりもウィルトがカイルよりも強いからだ。
「二回戦が楽しみですね」
薄く微笑むウィルトをカイルは面白気に視界に入れる。言葉通りに、感情を表すように動く、薄い茶髪から生える耳を眺めながら。




