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26話『皇都』



武道大会、その開催地であるユナイリー皇国の皇都イヴァール。その皇都は大きく四つの区画に分かれて形成されている。一般市民の住む居住区、工場地帯が密集する工場区、商業関連の施設が集まる商業区、そして武道大会の出場選手が宿泊する施設のある外泊区。


選手の宿泊施設は外泊区の片隅に存在する。西洋のホテルを思わせる外観、絢爛豪華とは程遠い、けれども貧相さを感じさせない質素ながらも巧妙に装飾された五階建ての建物。その三階にアルフと凪の部屋がある。


学園長が気を利かせたのか、それとも規定なのか、奇しくも学生寮と同じ同室だった。



「同じ部屋だな」


「…そうだね」



割り当てられた部屋を前にしてアルフと凪は佇んでいた。凪の言葉にアルフは嫌そうな顔だ。



「入るか」


「…はぁ、仕方ないね」



アルフを先頭に部屋に入る。中は日本のホテルと変わらない簡単な作りだ。魔道具でもある照明が中を照らしている。アルフの荷物が片隅に置いてあるのを見つけ、凪は自分が拉致られてきたことを思い出した。



「ところで俺の荷物は?」


「持ってきてないよ。 明日、商業区に買いに行こうと思ってるけど….」


「転移して学園に戻って荷物を持ってきた方が早くね?」


「買いに行くの!」


「お、おう…」



凪と二人で皇都散策という名のデートをしたいから、そんなことは口が裂けても言えないアルフは強引に凪を頷かせる。凪としても皇都を見て回れるのは好奇心が刺激される。



「怪我は治ってるけど今日は疲れたでしょ? もう寝ようか」


「もう? まだ外は明るいじゃねぇか。 もう少しゆっくりしようや」


「明日は色々と忙しいんだから今日はもう寝るの!」


「…いやに強引だよなお前。 なんかあった?」



武道大会は一回戦で負けても皇都で待機しなくてはならない。開会式と同様に閉会式にも全員参加が義務付けられているからだ。それ故に滞在期間は長くなり、この時期は皇都が賑やかになる。お土産を買ったり散財する人間が増えるからだ。また周辺国からも観客が泊まりで来たりと外泊区は非常に忙しくなる。働く人間にとっては迷惑な話だ。



「あんな怪我を見せられたら心配するよ…」


「まぁ怪我っつうか自業自得なんだけどな。 想定以上であったことは否定しないけど。 そういや観客は俺の怪我を見ても悲鳴とか出さなかった?」


「気分が悪くなったって人は大勢出たよ。 吐いた人も少なくはないみたい」


「そらそうなるわな」



グロ耐性のある凪でも肉眼で今日の自分を見たら耐えれるか自信がない。会場の上部に備えられた魔道具でもあるモニターからそれを見ていた観客はひとたまりもないだろう。


試合をする舞台から観客席まではそれなりの距離がある。観客に被害が及ぶのを避ける為だ。その措置のおかげで観客席にまで被害が及ぶことは稀ではあるがその措置故に試合内容をはっきりと見ることは難しい。


その為、試合中は舞台の周りを拳大の映像認識魔道具がいくつか浮遊しており、その映像を上部のモニターに映して観客に見せている。勿論最前列はそんなモニターを見なくても迫力ある試合を見ることが出来るが離れた席ではそのモニターを見た方が早いのだ。


尚、一般人では肉眼で見えないような魔力や凪のスピードも多少スローにして映されている為に目に見えない速度で行われる試合の場合は周りを見回すと観客が皆、上を見上げているという不気味な光景が出来上がる。



「んあ?」


「誰か来たみたい」



響くノックに間抜けな声を出す凪へ分かりきった報告をするアルフ。窓から射す夕日がアルフの金髪に当たって光り輝く光景に目が奪われる。



「………」


「どうする? 私が出ようか?」


「アルフぅ」



定期的にリズミカルな音が室内に響く。出ようとするアルフに凪が声をかける。頭が上手く回らない。思考が鈍っていることを自覚出来ないままに凪の口の中から言葉が紡がれる。



「やっぱりお前の髪の毛、綺麗だよな」


「はぁ!?」


「ふむ…その顔に金髪が良く似合ってる。 いつも思ってるけど美人だよなぁ」


「なっななななっ!?」



言葉に出来ないアルフを無視してぼんやりと虚空を眺める。糖分が不足しているのか、肉体強化の反動か、寝不足なのか、思考が浮かんでは消えてくるくると回っている。



「…とにかく寝ろぉー!」


「あべしっ」



右側頭部に痛烈な手刀。元々ベッドに腰掛けていた凪の上半身がベッドに沈んで数度跳ねる。そのまま意識を失った。





「ん? 起きたか?」


「………知らない顔だ」


「おいおい、数時間前に見た顔も忘れたのかよ」



窓から射す夕日は消えて暗い。凪を覗き込むようにしていたカイルと目があった。



「なんでお前がここにいんだよ」


「友達と会うのに理由なんか要らねぇだろ?」


「んにゃ、欲しい」


「お前なぁ…」



ただ、会いに来たと言うカイルに凪は冷ややかな態度で接する。理由は一つ、凪よりイケメンだからだ。


短く揃えられた青色の短髪、野性味を感じさせる八重歯、鋭く見つめる三白眼。Mっ気のある女性からの支持が高そうなその風貌は現代の若者にはない、力強さがあった。無人島でも生きていける、そんな強さが。



「アルフは?」


「同室の嬢ちゃんは野暮用とかで出てったよ」


「薄情な奴め」


「お前が言うなよ」



仮にも気絶して、むしろ気絶させた張本人が気絶させた相手が起きる前に出て行くなんて言語道断である。と、口では言うが別に何も思っていない。されて嫌なことは他人にはしない主義の凪だがそのされて嫌なことがほぼ皆無に近い。


だからこそ人に対して遠慮と気遣いをしないのだ。非常にタチの悪い性格である。



「本当に何の用で来たんだよ」


「なに、皇都に来たのは初めてでな。 ちと皇都を案内して欲しくて来たんだが…」


「お前は俺が流れ者だと知った上でそれを言うか」


「まぁ望み薄ではあったがな。 その反応だとナギも詳しくないみたいだし、つーか気絶してたし」


「…アルフなら詳しいと思うが今はいないんだろ? さっさと帰れよ」



凪の生活の全てが学園の中で始まり、学園の中で終わる。別にそれで困ったことが起きた訳ではないので特に何も思わなかったが外の世界を知る機会を捨てていた。知識としてはあってもその目で体感したことがなかった。そんな凪に皇都の案内役を頼まれても何も出来ない。一緒に迷子になるのがオチである。



「んで? 今日のあれはなんだったんだよ」


「肉体強化のことか」


「あぁ。 通常以上の強化、んなこと流れ者のお前が出来る訳がねぇだろ」


「まぁな。 ………つーかお前怪我は?」


「お前よりかは酷くはなかったぞ。 首の骨が折れて死にかけただけだ」


「そんなもんか。 てっきり頭と体が別れていたと思ったわ」


「いや一応死にかけたんだぞ? ちゃんとくっついてるからな? …お前と同室の嬢ちゃんに治して貰ったよ」



救護員は何をしているのか。最早存在する意味がない。アルフ一人で充分ではないか。それ程までにアルフは万能で優秀だった。


そして本題。肉体強化の件を聞きたくて来たのであろうカイルはその風貌に似合わない真面目な表情で凪を見つめる。



「流れ者だから出来たんだよ。 常識に縛られない、先入観に囚われない流れ者だからこそ、な」


「………」


「この世界に住む人間で肉体強化が出来る奴、つっても魔法が使える奴は殆ど出来るらしいがその全員が肉体強化を使いこなせていない。 実際に俺の肉体強化を見たお前なら理解出来るだろ?」


「…まぁ、悔しいが納得出来るわな。 あの反応速度は俺の肉体強化じゃ再現出来ん」



この世界で生き、学園で長く魔法を勉強してきたカイル以上の肉体強化を見せた凪。その事実を素直に認めることはなかなか出来ない人も多い。実際、あの試合を見ていた魔法に対して理解のある人間はそれを認めていなかった。



「この世界で生きる人間の使う肉体強化はただの肉体強化だ。 己の体、身体能力を強化するだけの勿体無い使い方だな。 後半、視力を強化してただろ?」


「お、おう…良く分かったな」


「あの状態まで肉体を強化すると体の中に流れる魔力まで見ることが出来る。 カイルの眼球に魔力が集中してたからそうだろうと思ったよ」


「俺はそこまで見えなかったぞ?」



最初から見えると信じ込んで見るのと見えないと決め付けて見る、プラシーボ効果だ。前者の凪は見えないことを知らない。だからこそ見えた。後者のカイルは見えることを知らない。だから見えないのだ。


そんなカイルの疑問を無視して手元にあった枕を投げる。心身の新月面を描くような放物線、その落下地点にカイルの手が添えられる。



「今、俺が枕を投げてお前がそれを理解し、体を動かすまでの時間、これを仮に一秒とする」



再びカイルに投げ返すように言い、返ってきた枕を受け取る。



「あの時の俺はカイルの時間を十倍にまで速めた状態だ。 数値は仮定だから遅く感じるかもしれないが実際にはお前の投げた枕が俺に到達するまでの数秒の間に俺は服を着替えてから再び座って枕を受け取る姿勢を見せてもまだ枕は宙に浮いている。 ざっくりと言やぁこんな感じだ」



その反応速度は体を強化してこそ生きる。仮に体を強化していない状態でその反応速度になったとしても体が動いた瞬間に筋肉が裂けて骨が砕けて神経系の細胞は粉微塵になり脳は溶けて無くなる。



「なるほど、分からん」


「だろうな」



考え込む姿勢のまま、率直な感想を口にするカイルを当然だと思う。しかしそんなことよりも今の凪は二回戦のことで頭が一杯だった。

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